「心の専門家」はいらない (新書y)

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著者 : 小沢牧子
  • 洋泉社 (2002年3月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784896916157

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「心の専門家」はいらない (新書y)の感想・レビュー・書評

  • 081230購入。090102読了。
    「心の専門家は必要か?」「治すとはどういうことなのか?」
    著者は臨床心理学「論」者の立場から、現代社会に蔓延る「心理主義」の問題や、カウンセラーの必要性などを本著で懐疑的に考えていく。
    たしかにある時期から「心」というものがやけにクローズアップされてきた感がある。長年、科学や哲学で、近年は主に脳科学の領域でその研究対象とされてきた「心」は、そもそも対象としてすら定まっていない。概念なのか実体なのか、「心」とはどこにあるのか、「心」とは何なのか、漠然としたこの対象物を良く言えば「治療」、悪く言えば「商売」のために扱っているのが臨床心理士たちである。カウンセラーと相談者の「やさしい権力関係」、問題を個人に還元することで背景や環境を無視し根本的な解決にならないこと(例えば、不登校とは悪いことなのか。不登校児個人の問題に還元してしまえば、学校という制度の欠陥が見えなくなってしまう)、「関係」は生き物で、制度と相性が悪いこと。心理学の理論と実践、両方からの問題の検討はわかりやすい。身体的な怪我や病気において人間に自然治癒能力が備わっているように、「関係」から発生した問題はゆっくりと「関係」によって戻していく。何かあったらすぐ専門家に頼るのでなく、日常を復権すべきというのが著者の主張である。

  • カウンセラーについて,マイナスの側面について書かれている本です。
    一般的に,カウンセリングは必要とされており,カウンセラーは人気の職種です。しかし,カウンセリングを行うことで問題の本質を覆い隠してしまうことになるという視点も重要です。カウンセラーについて,そんな視点もあるよという意味で重要だと思います。

  •  
    ── 小沢 牧子《「心の専門家」はいらない 200203‥ 洋泉社》新書y
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4896916158
     
    ♀小沢 牧子  心理学 19370618 北海道 /俊夫の妻/旧姓=下河辺 孫一の次女
     
    http://d.hatena.ne.jp/adlib/19350901
     小澤家の人々 ~ 金脈・名脈・血脈 ~
     
    (20150124)
     

  • 筆者の言うように、何かことがあるたびに、「心のケア」が強く叫ばれるのに違和感があった。
    そんな疑問に答えてくれたのが本書。

    カウンセリングによるケアで、救われる事もあるかもしれないが、問題の本質的解決にはならない。確かに欧米では、カウンセリングによる問題解決が根づいているのかもしれないが、何でもアメリカ流は如何なものか。

    一度、業界(カウンセラー)ができてしまうと中々解体は難しい。後は、利用者がしっかり声を上げるのと、行政が安易にその業界を使わないのが望ましいと思う。

  • 学校で何か事件・事故が起こればたいてい「心のケア」のため「専門家」が派遣される。気をつけて聞いていれば「そんなことにまで」と驚くような細々としたことに「心のケア」が叫ばれる。
    心のケアと称する専門家の介入は、考えてみれば、感情や、人間関係、あるいは人生そのものの「アウトソーシング」ではないだろうか?ぼんやりとそんなことを考えていた矢先、店頭で本書を見つけ手に取った。
    本書に批判的な人が言うようにカウンセリングにすくわれる人がいるのはわかる。ただ、それが行政や国からオートマティックに派遣されてくるような性質のものであることにひどく違和感を覚えるのだ。「制度」は供給側の発想であり、需要よりも先んじて「業界」を形成する。「業界」は安定した就労確保を目指す。そこにケアされるべき一人一人への眼差しはあるか。

  • 主張のすべてに賛同はできないけど,
    視点は興味深かった。

  • 本書の題名を問い?ととるならば、応えはYes!必要であろう、ということだ。ただし、時と場合によるだろう。
    カウンセリング(を行う人)の是非を問うものである。カウンセルを求める人たちには必要だが、学校には必要なさそうである&PTSDに関しては時と場合によるだろう。心の問題を取り扱うためには⇒専門的な教育+相談経験がある+専門化が対応するべし、という社会通念である。現在(2012)では、医療検査技術の発達により、視覚化できるところが増えてきたようだ。
    「心の時代」と言われた、時代があったが、心も商品化されるものだと、今になって認識した。どういった経緯、背景があったのかはよくわからないが、狂気の犯罪が発生するたびに、心を直す@正す、ことが注目される。カウンセラー(対犯罪者)はすべての正義なのだろうか?少年犯罪にとっての大きなポイントになるが、匿名性=すべてを公開する必要性はない。
    心の病?平和すぎる時代背景があるのだろう。

  • タイトルにひかれて読んだ。

    「カウンセラーの人でも相談しても無理だったんで、何を言われても無理だと思います。」
    実際にカウンセリングを受けている人の言葉。

    この言葉にひどく違和感があった。
    カウンセラーって何者なんだ?
    何か宗教的なものを感じた。

    本著において著者は
    心の専門家たちのカウンセリングの手法をわかりやすく説明し、そこに「するーされる」の関係があると説く。

    一般にカウセラーに求められる
    個人の悩みに対する解決策など
    彼らは提示しない。

    そこにあるのは原因のすり替えである。
    こどもに「痛いの痛いの飛んで行け」となぐさめるように
    原因は解決されていない。
    そこに解決法はない。

    阪神淡路大震災においてしきりに心のケアが騒がれたが
    被災者たちが求めていたのは心のケアではない。
    安心して生活できる場所を求めていたのだ。

    体育館で雑魚寝をしている避難者に
    1時間でも家族だけで過ごせる時間や
    安心して寝れるスペースを与えるべきで

    心のやり取りは家族やご近所さんとしていくもので
    被災地に心のケアをしにくる専門家など
    当時の神戸に必要なかったのだ。

  • 3・11の被災者に関する報道で、被災地の学校に「心の専門家」の派遣をと書かれていたものが多かった。
    この本が書かれた当時よりもその傾向は一層進んでいる。

  • 心理学の中でも、カウンセリングについて重点的に書かれてある印象。専門性の弱点が挙げられている。ただ具体的に打開策みたいなものは書かれていなかった。
    「人と人とのつながり」「なじみ」に関しては同意見。

  • [ 内容 ]
    現在、社会で良きもの、必要とされているものを根底から問う!
    ここ五、六年、事件・事故が起こるたびに声高に叫ばれるものに「心のケア」「心の教育」という耳に心地いい言葉がある。
    なぜ、この風潮はかくも社会に浸透し、蔓延したのか?
    日常の関係に目を向けることを避け、「心の専門家」に依存し、そこに救済願望を託す「心主義」と言いたくなる傾向に対し、長年、臨床心理学の問い直いに携わってきた著者が、この学問の何が問題かを白日の下にさらす。
    「相談という商品」を「一緒に考え合う日常の営み」を取り戻す道を探る試み。

    [ 目次 ]
    序章 臨床心理学をなぜ問うか
    第1章 現代社会とカウンセリング願望
    第2章 「心の専門家」の仕事とその問題群
    第3章 スクールカウンセリングのゆくえ
    第4章 「心のケア」を問う
    終章 日常の復権に向けて

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 心理カウンセラーが学校へ導入されたいきさつ、学会の思惑など唐突とも感じられた「心の教育」事業に納得の行く解説であった。
    カウンセラーの問題点が展開される。人の心に携わる人は必読かと。

  • 着眼点は良い。納得できる。
    まだまだ答えは出ないんだろう。

  • 着目点は良いと思われる。
    ただ、文献の使い方は怪しい。
    文献を根拠に読むと、誤った捕らえ方をする可能性あり。

    100208

  • 病院は安心できる場所だが、実社会はそうではない。
    周囲との関係性を断ち切った回復は真の回復ではない。
    出来事だけでなく問題の背景を見ることが重要である。

    鋭い指摘をする文章で納得できるところばかりだった…
    しかし、この主張は時代に飲み込まれてしまうだろう。

    周りにだれもいない人で溢れている時代だからである。
    本当にだれもいない個人にとって専門家の手が必要なのだ。
    たとえそこが関係性を断ち切った場所だとしても……。
    長期的視点で解決できないほど、切迫しているように思う。
    もう少し歩み寄って欲しいと感じる部分もある。

    とはいえ、私は非常に感銘を受けた。

    生きることは悲しみや苦しみの連続なのだ。
    幸せは荒れた土壌に咲く枯れやすい花なのだ。
    小さな生活の営みを大切に、生きて行こうと思う。
    正直、耐えられるか不安でいっぱいですが。

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  • 人と人との関わりが薄れつつある中で、
    とりあえず、専門家っていゆー人にまかせれば良いか
    と安楽的に考えるのはどうかということ。
    時代の流れが必ずしも正しいとは限らないのかなと…

  • 【出版社による内容紹介】
    現在、社会で良きもの、必要とされているものを根底から問う!ここ五、六年、事件・事故が起こるたびに声高に叫ばれるものに「心のケア」「心の教育」という耳に心地いい言葉がある。なぜ、この風潮はかくも社会に浸透し、蔓延したのか?日常の関係に目を向けることを避け、「心の専門家」に依存し、そこに救済剤願望を託す「心主義」と言いたくなる傾向に対し、長年、臨床心理学の問い直しに携わってきた著者が、この学問の何が問題かを白日の下にさらす。「相談という商品」を「一緒に考え合う日常の営み」を取り戻す道を探る試み!

  • ぼんやり感じていた「ココロ業界」の胡散臭さってなるほどそういうことかと納得。作者の小沢牧子さんはかの小沢健二の母君。彼が幼少期に散々ロールシャッハ・テストを受けていたことは『Rokin'on JAPAN』の2万字インタビューでも伝えられていますが、彼のその後の成長が母君に何か思わせるところがあったのかどうかは謎ですが。

  • いらないのかね。

  • 不確定なるこころをモノと見ることへの警鐘。「こころのケア」なる言葉を疑え。

  • かなり極論が語られているため、有識者の中でも賛否両論です。ただ激しくバッシングされるということは、それだけ議論すべき題材でもあるということなので、心理学やカウンセリングを勉強する人は、自己反省の意味も含めて小沢さんの考えを知っておく必要があると思います。

  • かなり極論が語られているため、有識者の中でも賛否両論です。ただ激しくバッシングされるということは、それだけ議論すべき題材でもあるということなので、心理学やカウンセリングを勉強する人は、自己反省の意味も含めて小沢さんの考えを知っておく必要があると思います。

  • 「心の専門家」。確かにこの言葉はうさんくさい。自分はそれを目指して頑張っているのだけど、「(自分の)心の専門家」は自分だと思う。作者の視点は、いわゆる心の専門家を目指す私たちも持っていなければいけない視点だとおもう。
    ただ、「カウンセリングが問題を自分からずらして」いる、と作者が述べているが、作者自身が「カウンセリング」に対するなにか「ずらし」のような感情があるのではないかと個人的には思った。

  • 私自身は、“心の専門家”が全く不要だとは思わない。しかし、家族や友人との日常的な関わりよりも“専門家による対処”に重きを置き優先するという考え方には疑問を感じる。この本、学校の先生方やカウンセラーまたその周辺領域の方々は、視野を広げるという意味では一読して損はないものだと思う。
    http://blog.drecom.jp/tsubuyaki/archive/101

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