藤森照信の茶室学―日本の極小空間の謎

著者 :
  • 六耀社
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感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784897377049

作品紹介・あらすじ

建築史家にして建築家の藤森照信が縦横無尽に、日本の極小空間=茶室に迫った。自ら国内外の茶室を手掛ける著者が書き下ろした渾身の力作。

感想・レビュー・書評

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  • 日曜日の新聞の書評欄で見付けた本。

    思いの外、アカデミックな内容だった。文章は微に入り細に入り、懇切丁寧。素人で頭の悪い当方は、残念ながら隔靴掻痒というか、今一つ判らないところもあった。それでも、知っているようで知らないこと、まったく知らなかったこと満載で、面白かった。例えば、西行から始まる兼好、長明のような世捨て人達の方丈の草庵。これが正に四畳半の住まい。四畳半は我々に深く根付いている。
    また、室町時代の婆娑羅達の闘茶、賭け事としての茶が、茶会の平等性、公平性に繋がっているという。
    白眉は利休が天王山の戦場で秀吉を招いた待庵の作成の秘密。寂れた阿弥陀堂に、その場で継ぎ足し、二畳の茶室をありあわせ=プリマコージュ(レビ・ストロース)で生み出す過程。建築探偵の推理再現はドキドキもの。
    秀吉と利休の二人が二畳の茶室に入ることで、内部が全体となり、外部は空虚となる変換が生まれるとの指摘。利休死罪についての言及はないが、これは殺されるよ。利休の茶には一休系譜の禅があるという。大徳寺との関係ってそういうことだったのか。

    日本の建築は縄文時代の竪穴式が茅葺と土間のある民家につながり、弥生以降の高床式は寝殿造り、書院造と変遷していく。意外なことに数寄屋は茶室を経験して生まれたが、書院造の発展形。はっきりと論述されているわけではないが、著者は茶室という方法に縄文を見ていると思う。

    藤森さんは信州諏訪の人。つまり、縄文の人だなと思う。その作品の建設によく素人の施主や仲間達を参加させたり、鉋引きしない材料を使ったり、近代に捕らわれない野蛮さを現わせている。茶室に惹かれているのは、そういうことだなと思う。

    ところで、高過庵って鬼太郎の妖怪ハウスに似ているよね。

  • 茶室の名作を詳細に分析していて興味深いが、あまり図版が載ってないのが残念。写真などの資料かできれば実物と照らし合わせながら読みたい。

  • 侘茶に始まる茶室から、近代建築家が手掛けた茶室、果ては自身が設計した茶室まで、茶室の歴史を独自の視点と大胆な考えで紐解いた一冊。
    最後に、磯崎新氏との対談が収録されていてそのあたりは建築専門外の人間にはやや難解な部分もあったけれど、総じて専門外の自分でもわかりやすい内容だった。

  • 茶道、煎茶道の実践者、前田珠光から紹鴎、利休、織部、遠州の紹介と唐物や台目などの様式の推移ならびに、日本の伝統的建築様式の流れを記す。寝殿造、書院造、数寄屋造り、そして茶室。さらに、これをヨーロッパの歴史主義建築とアールヌーボー、ディ・スティル、バウハウス、コルビジェ、ポストモダンの系譜と対比する。そして現代の隈研吾などの建築家による茶室の取り組みを紹介する。

    利休の編み出した簡素な茶室は、堺を滅ぼされながら信長・秀吉に仕えることとなった利休の華麗な安土・桃山に対する反転、叛逆で、壺中天を作り出したという。ヨーロッパの建築がルネッサンスやヴィクトリア・リバイバルなど繰り返されるのに対し、茶室は現在もサバイブし、しかも合戦の時にも急ごしらえであり合わせのものを仮設するというブリ・コラージュの建築様式であるという。

  • 100倍、茶室が作りたくなった!笑 茶道、煎茶道、台湾茶の違いについて言及してあるのがさらに興味深い!

  • 理解できていない部分も残るが、少しずつ読み進めたあとで、最後の磯崎新との対談で、ぼんやりしていた輪郭がすこしわかってきた気がする。
    世界をつめ込まれたのが茶室の中にあり、例えば、一輪の花が自然界を象徴する。壺中天のなかで湧き出す建築家たちの創造力。
    私にとっては、このまとめ方がとても印象的で、このまま終わってしまうのがもったいないように感じる。


    「煎茶の茶道」と「茶の湯」の茶室の違いは炉の有無/中国の北の方では、床に座る生活があったので卓が発達した/中国茶は茶碗の内側の味と香りを、イギリスの紅茶は茶碗の脇のスイーツを、日本の茶道は茶碗から茶庭までを求めて発達した/小さな入り口から入ることで得られる壺中天効果/日本の住まいの系譜は、竪穴式住居と高床式住居/寝殿造りをベースにしたことで、闘茶だけへの空間をつくれた
    /日本の住まいは、①戸の防風性の向上②視覚を遮るふすまの出現③畳の一般化④天井の出現⑤丸柱から角柱への変化/国をまとめるためには、宗教やスポーツなど「まつりごと」の力が必要/書院は書斎、書院造りは寝殿造りから進化した住宅形式/京のような政治都市には行列のための大通りが必要だが、商業都市には最低限の公共面積のほか店、倉庫、住まいにあてられる/安土城は、ヨーロッパの大聖堂を意識された/畳は「起きて半畳、寝て一畳」/待庵の特性は「仮設性」「偶然性」→「プリコラージュ」/利休の死後、茶室に身分の違いが持ち込まれた/日本建築史の主流は、神社と仏教寺院/書院造:楷書 数寄屋造:行書 茶室:草書/書院を正、茶室を反、数寄屋を合という流れ/煎茶は何度も煎じて飲め、いまの日本の日常の茶/自然の中削ぎ落とされた鋭い世界を供するのが茶室/茶は、人や生活まで含む「生活構成の芸術」/社会一般、華麗なものを求める反面、閑寂さも同時に求める/茶室は日本では社寺の、世界では石造の対極

  • 建築探偵・藤森氏の茶室学。
    トマソンよろしく、自身が茶室に興味を持った切欠を軽快に語るイントロから、段々と探偵らしい専門的な分析までを一気に読ませる内容。
    所々、専門家でない素人が読むには読み返さなければならない点もあるが、煎茶の歴史にまで触れられているのはうれしい。
    戦後モダニスト達が茶室を無視していた経緯など、一見雑学に思える事項から語られる建築学は大変面白い。

  • 待庵が宝積寺の阿弥陀堂にブリコラージュ的に作られたものではないかという推論を、建築材料や空間構成を分析しながら実況中継のように書いている部分が、非常に面白かった。

    利休にとっては、あの狭さは閉じこもるというよりは世界を反転させるために必要な仕掛けだったというのは、面白い視点だと思う。
    やはり、茶道や茶室の空間は、利休という人物によって初めて、思想的にも芸術的にも可能になったものなのだろう。

    茶室という建築様式が、その立ち位置として世界的に見てもユニークなものであるということが、非常によく分かった。

  • 阿弥陀堂から待庵が作られた、という説にかなりひかれる。

  • 藤森氏ならではの視点で、茶と茶室を論じている1冊。なぜ千利休は2畳の待庵をつくったのか、その実際が感じられておもしろい。

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著者プロフィール

1946年長野県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。専攻は近代建築、都市計画史。東京大学名誉教授。現在、工学院大学教授。全国各地で近代建築の調査、研究にあたっている。86年、赤瀬川原平や南伸坊らと「路上観察学会」を発足。91年〈神長官守矢史料館〉で建築家としてデビュー。97年には、〈赤瀬川原平邸(ニラ・ハウス)〉で日本芸術大賞、2001年〈熊本県立農業大学校学生寮〉で日本建築学会賞を受賞。著書に『日本の近代建築』(岩波新書)、『建築探偵の冒険・東京篇』『アール・デコの館』(以上、ちくま文庫)、『天下無双の建築入門』『建築史的モンダイ』(以上、ちくま新書)、『人類と建築の歴史』(ちくまプリマー新書)、『藤森照信建築』(TOTO出版)などがある。

「2019年 『増補版 天下無双の建築学入門』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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