街の本屋はねむらない (現代書店業)

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  • アルメディア (1997年6月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (124ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784900913073

街の本屋はねむらない (現代書店業)の感想・レビュー・書評

  • たしか、こないだ読んだ『一箱古本市の歩きかた』に書いてあったのだと思うが、東京の往来堂書店は、「本の学校―大山緑陰シンポジウム」の分科会での、定有堂書店(鳥取)の奈良敏行さんの発言に感銘を受けて、安藤哲也さんが新たな店をつくったのだそうで、その大山シンポの分科会の記録だという本が、近所の図書館にあったので借りてきて読んでみる。

    1996年9月に米子市で開かれた「本の学校」の第二回シンポの分科会「書店は地場産業」での報告に加筆し、インタビューを加えてまとめたという本。奈良さんの「町の本屋という物語」と、東京の恭文堂書店の店長・田中淳一郞さんの「コミュニティーとしての本屋」、さらに(おそらく田中さんを相手にした)インタビューが入っている。

    大山シンポのごっつい報告書は前に5冊揃いで買って、図書館に寄贈したけど、96年の報告書にこの話は載っていたっけな…

    奈良さんは、「かつて本屋が普通にやっていけた時代がありました」(p.18)と述べている。
    ▼私の考える本屋というのは、もっと受け身で、控え目な地味なものという気が致します。…(略)… 〈普通〉というのは、とくに仕掛けを必要としなかったということです。働くことの喜びの延長に、意欲や試みが工夫されるわけですが、それは、ここでいう仕掛けとは違うように思います。(p.18)

    〈普通〉とは、人が日常的に往き来をする〈往来〉にあることだと思う、とも書いている。そして、〈本屋の青空〉の話がいい。

    ▼私は〈本屋の青空〉という言葉が好きです。
     従来本屋は、空間としては非常に閉鎖的な感じを持たれています。まず壁際が書棚で埋めつくされる必要があるため、窓がない。天井も人工的な照明を強くするため、極めて低くなりがちです。そうした機能的な現実面とは別に、書物の前では、観念的に意識が拡大し、精神は大空へと飛翔します。つまり心の中の出来事としては、ここにこそ「青空がある」と思えるからです。
     また本屋の仕事というものは結構大変で、日常まさに地をはうような作業の繰り返しが多いわけです。しかし書物を扱っていく行為には、不思議な精神の拡張感があります。こんな喜びや感慨も含めて、〈本屋の青空〉と呼んでみました。(pp.23-24)

    ▼店頭での立ち話、本の話などから関係が始まり、構造的にも風通しの良くない本屋の棚に囲まれた空間に、いつしかポッカリと〈青空〉をつくりだすことができたら、これこそは本屋の〈青空〉だなァ、と。本屋の〈青空〉とは、本好きの人たちと出会い、そして一緒に何かができるということだと思います。(p.27)

    田中さんの話でそうやなーと思ったのは、住む場所を考えるとき、家やマンションを買うときに、以前なら「「本屋があるといいな」というのがあったんじゃないか」(p.77)というところ。不動産広告をみると、病院や役所、学校、公園が近いとか、スーパーまで歩いて何分とかいうのは、今も決め手なのだと分かる。

    私の場合は、「図書館」が大きかった。できたら歩いていけるところに図書館がほしい。

    今のところに住んで15年ほどになるが、もとはここの駅前には、週3日、半日だけ開くという小さい図書室しかなかった。2駅隣には図書館があるから、私はずいぶん迷ったのだ。その後、公民館の移転や駅ビル竣工などがあって、週3日の図書室は、休みは週1日だけの図書館になった。図書室しかなかった頃は、予約本の受け取りにさえ苦労して、結局かなり本を買っていた。

    本屋は駅のこっちと向こうに1軒ずつあったが、私が住み始めた頃にあったその2軒は閉店し、いまはチェーンの本屋が駅ビル内にある。この最寄りの本屋がなくなっては…という気持ちもあって、本を買うときにはなるべくここで買うよ... 続きを読む

  • 減少している個人経営の本屋、
    残っている個性のある本屋、
    応援しています。

  • 分類=街の本屋。97年6月。

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街の本屋はねむらない (現代書店業)はこんな本です

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