盲目と洞察―現代批評の修辞学における試論 (叢書・エクリチュールの冒険)

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制作 : Paul De Man  宮崎 裕助  木内 久美子 
  • 月曜社 (2012年9月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (355ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784901477987

盲目と洞察―現代批評の修辞学における試論 (叢書・エクリチュールの冒険)の感想・レビュー・書評

  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。
    通常の配架場所は、3階開架 請求記号:901.4//D51

  • ◆十分に理解できたわけでも、主張すべてに首肯できたわけでもないけれど、非常にスリリングで手応えのある読書体験だった。フルコースのディナーにたとえれば、メインディッシュといえる第7章デリダ論が白眉。デリダの粗を探して批判するのではなく、最もおいしいトロの部分を評価しつつ批判するという二重の身ぶり。◆レトリックのうちに洞察(明)と盲目(暗)を表裏一体のものとして読むド・マンの読解スタイルは、扱う批評家に対する評価と批判もまた背中合わせで、文学と批評(哲学)の関係も常に問いかけている。◆名シェフのド・マンが差し出す料理は全9品(章)。そのうち第1~3章は俯瞰的なパースペクティヴでの論考。フライやアウエルバッハら文芸評論家への言及とともに、レヴィ=ストロースやメルロ=ポンティといったフランス思想家への言及も多い。前菜としてはやや重いけれど、カラフルな彩りのオードブルといった趣。たとえば3章はビンスヴァンガーをダシにしてフーコーを語っているかのような印象で、「野菜を食べているつもりが魚を食べていた」みたいなフェイクがある。論旨をやや辿りにくいところもあるので、最初の3皿でつまづかないように注意したい。◆第4~7章は何が料理されているのかが明快だ。ルカーチ、ブランショ、プーレ、デリダが調理された4皿。元の素材をある程度知らないとシェフの腕前を測れないけれど、4人の批評家にド・マンがしっかり対峙していることが伝わる濃厚なテイスト。甘いかなと最初は感じてもかなり辛いスパイスが後から効いてくる。◆最後の2品、第8・9章は「モダニティ」を扱った論考。デザートというにはこれまた重いけれど、他の章に比べれば予備知識がさほどいらない。とはいえ、注意深くかまないとシェフの伝えようとするテイストを味わい損ねてしまうのは他と一緒。◆71年に原著が出てから40余年を経ての待望の翻訳。《批評の批評》ともいえる評論集。本書のキーワードはタイトルにもなっている「盲目(ブラインドネス)」と「洞察(インサイト)」だけれど、ひと言で形容するなら、これは「アレゴリー料理」といえるのかもしれない(アレゴリーとは?――本書はその問いをめぐっている)。

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盲目と洞察―現代批評の修辞学における試論 (叢書・エクリチュールの冒険)の作品紹介

テクストと向きあう"読むこと"の透徹した営みによって、現代における批評の新たな方向性を決定づけた古典。ブランショ、プーレ、デリダらと果敢に対峙し、彼らの洞察そのものが不可避的な内的齟齬への盲目性によって支えられていることを暴く。鋭利な考察が今なお輝きを放つ、イェール学派の領袖の主著。

盲目と洞察―現代批評の修辞学における試論 (叢書・エクリチュールの冒険)はこんな本です

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