アシュリー事件: メディカル・コントロールと新・優生思想の時代

著者 :
  • 生活書院
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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784903690810

作品紹介・あらすじ

2004年、アメリカの6歳になる重症重複障害の女の子に、両親の希望である医療介入が行われた-。1ホルモン大量投与で最終身長を制限する、2子宮摘出で生理と生理痛を取り除く、3初期乳房芽の摘出で乳房の生育を制限する-。「重症障害のある人は、その他の人と同じ尊厳には値しない」…新たな優生思想がじわじわと拡がるこの時代を象徴するものとしての「アシュリー・Xのケース」。これは私たちには関係のない海の向こうの事件では決してない。そして何より、アシュリー事件は、まだ終わっていない-。

感想・レビュー・書評

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  • アシュリー事件を通して、介護の問題に触れている。
    社会が受容できないことを家族、や愛で誤魔化そうとする風潮に警鐘を鳴らす。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「家族、や愛で誤魔化そうとする風潮」
      んーーー
      優生思想と聞いただけでゾっとする。これは最近の事件?(後で調べてみよう)
      「家族、や愛で誤魔化そうとする風潮」
      んーーー
      優生思想と聞いただけでゾっとする。これは最近の事件?(後で調べてみよう)
      2013/05/28
  • 私には少し難しい内容でしたし、その先の現在のことがどうなっているのかわからないので、消化しきれていません。ただ、作者が自分も同じ障害児の親として正直に悩んでいることが伝わってきました。その後が気になりました。

  • 障害者の成長を止めたり、不妊手術を行ったりするのは是か非か。

  • この事件は日本ではあまり報道されなかったようだ。私もまったく知らな
    かった。2004年にアメリカのシアトルこども病院である手術が行われた。

    重い障害を背負って生まれた女の子アシュリーに施されたのは子宮と
    乳房芽の摘出、そしてエストロゲンの大量投与による成長抑制。

    子宮摘出は成長したアシュリーが生理の不快さと生理痛を感じなくて
    いいように。乳房芽の摘出は車いすのストラップ着用に際に邪魔になる
    のと、介護者がアシュリーを女性として意識しなくていいように。

    そして、エストロゲンによる成長抑制は彼女の介護をする両親とふたりの
    祖母の負担にならぬように。

    ぞっとした。のちに「アシュリー療法」と呼ばれるこの処置が、彼女の両親
    から出された強い要望だったことにだ。ソフトウェア企業の重役である
    父親は、医師たちの前でパワーポイントを使い、この処置がアシュリーの
    生活をいかに快適にされるかをプレゼンまでしている。

    著者もこの点を指摘しているのだが、医学の素人である父親の主張に
    何故、医師たちは他の方法を模索することなくその提案を受け入れて
    しまったのか。

    実際、アシュリーは生活のすべてに介護が必要になる。だからと言って
    本人が望んだこと(まず、意思の確認が出来ないだろうが)でもない処置
    が認めらるのだろうか。

    「介護する家族の身にもなってみろ」なんて感情論で語ってはいけない
    問題なのだと思う。障害を背負っている人には介護者の負担軽減の
    為であれば何をしてもいいか?そうじゃないだろう。

    アシュリーの両親と担当した医師の間には処置に対する認識の違いは
    あるのだが、担当医が発する言葉のはしばしに「どうせ障害者なんだか
    ら」との発想が見え隠れしているのが怖い。

    突き詰めて行ったなら「重い障害を持っている者は殺してもいい」になら
    ないか?実際、「この子は生まれた時に死んでいた方が幸せだった」と
    言ってしまう母親もいるんだが。

    「尊厳」ってなんだろう。生きとし生けるもの、すべてに尊厳はあると思う。
    だが、このアシュリーのようなケースが世界的に認められてしまうなら
    一定の条件下で医療は暴走しやしないか。

    本書執筆時点でアメリカ国内ではアシュリーと同様の処置をされた障害者
    が12人もいるというのも衝撃だった。

    事件の経過と賛否両論、医師たちの論文の瑕疵をつき、いくつかの医療
    事件を例に取って解説された良書なのだが、著者がアシュリーと同じような
    症状を持ったお子さんの母親である為か時々、感情がむき出しになって
    いるのが気になった。

  • 装丁:糟谷一穂

    【目次】
    はじめに [003-009]
    目次 [010-014]

    第1部 アシュリー・Xのケース 
    1 アシュリー事件とは 016
      “アシュリー療法”論争
      今なお続く論争
      P・シンガー「犬や猫にだって尊厳認めない」 

    2 アシュリーに何が行われたのか 025
      事実関係の確認
      子宮・乳房芽と盲腸の摘出
      エストロゲン大量投与による身長抑制
      「成長抑制」と“アシュリー療法” 

    3 “アシュリー療法”の理由と目的 038
      主治医論文は「在宅介護のため」
      親のブログは「本人のQOLのため」
      身長抑制の理由と目的
      子宮と乳房芽摘出の理由と目的
      基本は「用がない」それから「グロテスク」 

    4 アシュリーとはどのような子どもなのか 052
      論文が描くアシュリー
      親のブログが描くアシュリー
      「重症障害児」というステレオタイプ
      ディグマのステレオタイプ
      ステレオタイプの背後にあるもの 

    5 経緯と、それが意味するもの 068
      2004年初頭から夏 
      異例の厚遇
      隠ぺいと偽装
      隠ぺいと偽装が意味するもの

    第2部 アシュリー事件 議論と展開 
    6 議論 090
      効果はあるのか? 
      「科学とテクノで簡単解決」文化
      優生思想の歴史とセーフガード
      医療化よりもサービスと支援 

    7 WPAS調査報告書 107
      医療決定における障害者の権利
      病院との合意事項
      WPASの不可解
      未解明の費用 

    8 K. E. J. 事件とケイティ・ソープ事件 122
     1)K.E.J.事件 123
      K.E.J.判決(イリノイ州)
      セーフガードのスタンダード
      代理決定のスタンダード
      本人の最善の利益を認めるに当たって考えるべき六つのファクター
      米国産婦人科学会倫理委員会「知的障害者を含む女性の不妊手術に関する意見書」
     2)ケイティ・ソープ事件【英国】 131
      繰り返される論争
      「この子にできるのは息をすることだけ」
      NHSは要請を却下 

    9 法と倫理の検討 141
      ある倫理学者の論文
      豪・法律事務所の見解
      アリシア・クウェレットの論文
      エイミー・タンらの論文
      「どうせ」が共有されていく「すべり坂」

    第3部 アシュリー事件が意味するもの 
    10 その後の展開 162
      ディクマがカルヴィン大学で講演
      父親のブログ1周年アップデイト・CNNインタビュー
      ピーター・シンガーが再びアシュリー・ケースに言及
      子ども病院の成長抑制シンポジウムとワーキング・グループ
      ディクマとフォストらが成長抑制に関する論文
      ディクマとフォストが論文でアシュリー・ケースへの批判に反論
      親のブログ3周年アップデイト──既に12人に実施
      インターネットで続く“怪現象”
      ディクマ著、小児科学会の栄養と水分停止ガイドライン
      アンジェラ事件(オーストラリア)
      メリーランド大学法学部で障害者に関する医療と倫理を巡るカンファレンス
      成長抑制ワーキング・グループの「妥協点」論文、HCR
      別の存在だと「考えるべきではない」という防波堤

    11 アシュリー事件の周辺 206
      ゴンザレス事件とテキサスの“無益な治療”法
      ノーマン・フォストの“無益な治療”論
      シャイボ事件(米 2005)
      ゴラブチャック事件(カナダ 2009)
      リヴェラ事件(米 2008)
      ナヴァロ事件
      ケイリー事件
      フォスト、シンガーらの「死亡者提供ルール」撤廃提案
      臓器提供安楽死の提案 
      「死の自己決定権」議論 

    12 アシュリー事件を考える 236
      記事から“消えた”2行
      親が一番の敵
      親たちの声なきSOS
      ダブル・バインド
      対立の構図を越えるために
      メディカル・コントロールと新・優生思想の世界へ

    あとがき(ガンサー&ディクマ論文から五年目の秋に 児玉真美) [261-264]
    著者略歴 [265]

  • 2015年6月新着

  • 政治色が濃い。読みたかった、あるいは勝手に想像していた身体論とはだいぶ違ったけど、面白かった。

  • 医療介入とは何を目的にしているのか―倫理というコトバ(またはその手続き)ではすまされない、何かもっと深刻で根深い問題が潜んでいるように思える。倫理というコトバさえ、医療行使を前提としているのではないか、とさえ疑いたくなる。もう少しよく考えてみたい。

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著者プロフィール

児玉真美(こだま・まみ):1956年生まれ。一般社団法人日本ケアラー連盟代表理事。京都大学文学部卒。カンザス大学教育学部でマスター取得。英語教員を経て著述家。最近の著書に、『増補新版 コロナ禍で障害のある子をもつ親たちが体験していること』(編著)、『殺す親 殺させられる親――重い障害のある人の親の立場で考える尊厳死・意思決定・地域移行』(以上、生活書院)、 『〈反延命〉主義の時代――安楽死・透析中止・トリアージ』(共著、現代書館) 、『見捨てられる〈いのち〉を考える――京都ALS嘱託殺人と人工呼吸器トリアージから』(共著、晶文社) 、 『私たちはふつうに老いることができない――高齢化する障害者家族』 『死の自己決定権のゆくえ――尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』 (以上、大月書店)など多数。

「2023年 『安楽死が合法の国で起こっていること』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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