首都高物語―都市の道路に夢を託した技術者たち

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  • 青草書房 (2013年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (239ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784903735214

首都高物語―都市の道路に夢を託した技術者たちの感想・レビュー・書評

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  • 新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、3階開架 請求記号:514.6//Sh99

  • 首都高50年の歴史を概観。東京の河川の上に高架で建てることを考えた山田正男氏がめちゃ優秀。東京五輪までと目標が決まっちゃったもんだから、機会の下敷きになって死んだだの、3交代制だの、徹夜の連続で働いたのって、労基法違反やろなぁと思いながら、高度成長日本の裏って感じがいい。「首都高速」っていう広報誌からところどころ出てくる座談会が面白くて、そちらを読みたい。レインボーブリッジ、ベイブリッジ、大橋JCTなど後半は私的にはおまけ。もっと五輪の頃の話が中心だとよかった。

  • このテーマで面白くないわけがないのだが後半にかけて自慢話が少し鼻につく。首都高速道路協会(首都高速道路(株)の関連団体らしい、用地補償や駐車場などの管理や緑化などが主な業務)がコンサルに依頼して書かせたようだ。東京オリンピックに向けて整備された首都高を次のオリンピックに向けて整備を早めようと言う魂胆なのか?橋梁や建築など図面がもっと欲しいところだし、江戸時代の運河を利用して高速を安く造った所はもっと地図が欲しい。なんとも残念なのだが・・・

    とは言え首都高開発の物語は面白い。同縮尺で地図を見るとヨーロッパの都市などは環状高速はあっても街の中心には高速は入って来ていない。首都高は多分世界で一番密度が高く、しかも曲がりくねって慣れないとルートを間違える難易度の高さで橋桁が所々に現れる。この道路が中国にあれば多分事故だらけでまともに機能しないだろう。

    1957年に計画がスタートし、59年8月に都市計画が設定されたがこの年の5月には1964年の東京オリンピック開催が決まっていた。例えば銀座ナインの上を通る東京高速道路(KK線)が計画されたのもこのころで外堀の一部を利用して高層ビルを建て2階部分の壁面に沿って道路を通すというアイデアが当時の三菱地所の社長らにより「スカイビル・スカイウェイ」計画として発表され首都高建設を推進したとの建設局長がサポートし首都高より先に一部開通した。テナントから賃料を取るので通行料は無料だ。そういう事情でもなければあの狭い銀座を囲むように高速を通すということにはならなかっただろう。この辺はあまり計画的とは言えないように思うがエピソードとしては面白い。

    元々片側三車線として計画された首都高が2車線になったのはシャウプ勧告で都市計画税が廃止されたからだった。首都高を強力に推進した東京都都市建設部長の山田氏は「片側三車線にしても出入口からの車の流入、流出、それに伴う車線変更を考えれば、理論上の通行速度の向上は得られない。だから2車線でもいいんだ。」と言ったとされているがちゃんと全て3車線にして繋ぎ方を考えていれば渋滞は大きく減っただろうに。負け惜しみ感が少しでている。それでもとにかく堀の上を通し一部は堀を干拓してオリンピック開催前に1〜4号線を完成させ羽田からオリンピック村のあった代々木までそれまで2時間近くかかっていたのが30分で行けるようになったのだから計画の実行としてはよくできている。ヨーロッパでは中心街は堅牢な石造りの街で高速は乗り込めず、アメリカは逆に最初から道幅を広く取っていた。首都高のモデルになる高速は世界のどこにもなかったのだ。

    新しく採用された工法の話も興味深い。羽田トンネルは船の往来をできるだけ止めないようにするために予め作った箱を川の両側の台座にまるで水中の橋のように載せると言う工法がとられた。工事は小潮の日を狙ったがあいにく台風が来てしまい次の小潮は2週間後になり納期が危ない。なんとか実施し通常工法に比べると工期は半分に短縮された。同じ手法は先日開通したボスポラス海峡トンネルにも使われている。

    最近の例では横浜ベイブリッジやレインボーブリッジの話も面白い。横浜ベイブリッジは当時日本最大の斜張橋で船の往来が多いため工事海域を多く取れなかった。また地盤も悪く費用や両側の土地の制約から選ばれたのだが当時の世界最先端技術に挑むという側面もあった。それにどうでも良いことかもしれないが斜張橋は見た目が美しい。現在世界最長の斜張橋はウラジオストックのルースキー島連絡橋で次がなじみ深い蘇通大橋だ。また柱の基礎を作るのに巨大なコンクリート製のはしけを別の場所で作り、柱の位置まで曳航しまた別の位置から持って来た基礎柱をはしけの穴に打ち込み、はしけそのものは基礎柱のフーチング(柱の底で逆T字に張り出す部分)のてっぺん部分になる。この本の残念なのはこういう所の図が全くない所で専門用語だけで書かれてもイメージがわかない。今では大型化したためベイブリッジをくぐれず横浜港の大桟橋に接岸できない巨大客船が増えて来ているそうだ。

    レインボーブリッジは羽田に近いため柱の高さに制限があり船舶の往来のため柱の中央の間隔は570m必要で橋の手前では急カーブが待っているというこれまた制約が多い。方式としては吊り橋に決めたがケーブルの重しとなるアンカレイジは45x70x51mの巨大なコンクリの塊で鉄製の箱を埋めコンクリを流し込む方法がとられた。レインボーブリッジは主塔間の距離に比べ主塔と両側のアンカレイジの間隔が極端に短くケーブルの角度が中央は最大21度に対し両側では最大35度と非対称になっている。風洞実験ではゆりかもめの2両目が最大風速35mで転覆してしまうため風を通す吹き抜けにも工夫がされている。ちなみにレインボーブリッジも飛鳥Ⅱはくぐれるが外国の巨大客船はくぐれない。

    首都高の維持補修技術は高いらしいがそれでもおそらく長くは持たない。最期にちょっと触れられているが16kmは更新(作り直し)と2013年1月に調査委員会が提言をまとめている。それだけでも費用は5500億円かかり大規模修繕を合わせると今回検討した区間だけで7900〜9000億円かかる。さらに10年後にはまた検討対象区間が増えるが首都高株式会社だけでは財源を確保できない。新しい路線を開通することも反対ではないのだがむしろインフラの維持を持続するためにどうするかが課題だろう。都知事選では細川さんが日本橋の上の首都高の撤去を打ち出している。それもいいが代替のバイパスはどうするんだろう、この辺は地下も余裕がないし神田川の上くらいしか空いてる所は思いつかない。外環を整備して都心への流入を減らしたとしてそれで足りるのか?

  • 土木すげえ。一貫して言えるのはこのこと。特にオリンピックに間に合わせる時期の建設が凄まじい。当時の技術でよく作ったものだ。橋の建造もそう。世界に例がない工法の連続技に酔いしれた。いずれも想像の範疇をはるかに越す重さ・人数・工期・金額を費やしあの構造物を作ったのかと思うといたずらに「高いよばかやろう」なんて軽々しく毒づくこともできない。とにかく感心した。
    土木すげえ。

  • 土木技術者の端くれとして深く読ませていただきました(^^)
    何かとケチを付けられる首都高ですが、大橋JCTのように「地上30mの換気塔屋上に田んぼを作ろう」なんてことができるのが凄いです。
    これからのインフラ整備に重要な視点です…

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首都高物語―都市の道路に夢を託した技術者たちの作品紹介

首都高の歴史は、東京の歴史でもある。1964年の国家的行事を支えた「首都高」。そして2020年に向け、巨大都市・東京に寄与する「首都高」。

首都高物語―都市の道路に夢を託した技術者たちはこんな本です

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