街場の戦争論 (シリーズ 22世紀を生きる)

著者 :
  • ミシマ社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784903908571

感想・レビュー・書評

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  • 2015/08/16読了
    和光図書館

  • 街場の戦争論が書かれたのは、昨年の総選挙前、実際にそれに合わせてミシマ社のHPはじめこの著書のまえがきが公開され、徐々に外堀りを埋めながら、少しずつ政治的に戦争へ加担していく様子を危惧しているのが分かる。

    経済政策の圧倒的な強さは、すごい。雇用が回復し、企業の業績が伸び、株価が上がったことで得た信頼は、多少の反知性を全て見逃してくれる。

    そうした経済的なものから一歩離れたところにいる知識人たちは、経済政策だけが有効に作用しているあいだに、次々と自由が奪われていくさまに警鐘をならす。

    2015年の夏、そうした知識人の警鐘がついに表面化しつつある。国民の多くが疑問を抱えたまま、既定路線として決められた政治的な行程だけが進んでいく。

    集団的自衛権、武器輸出、防衛費の増大、非正規労働者の増加、原発再稼働、外国人労働者の受け入れ、貧困格差の拡大。
    全ての符号がいくストーリーは内田氏の指摘する通りだと思われる。軍需産業による経済発展はどれほどの効果をもたらすのか、一方で人を殺すための武器を作る人は何を思うのか。事故を起こしてもまだ共依存の関係にある原発で、過酷な労働を行う下請けの労働者は、声を上げることもできず、また仕事を続けるのか。その道しか本当にないのだろうか。
    搾取される側の意識、権利といったものの議論のないままに、ただただ一方的にいろいろなものが決められていくことの気持ち悪さを、本著は正しく丁寧に説明していく。
    少なくとも、学者や知識人だけは、サイレントマジョリティになることなく、声を上げてほしい。

  • 内田樹の文章はいつも新たな発見があり、ためになる。
    まずは敗戦について。戦後日本が主権国家になれなかったのは、負けたからではなく、負けた後に、自力で戦争責任を糾明し、「次は勝つ」ことを目指してシステムを再構築するという「ふつうの敗戦国」の取る道を取れなかったから。ド・ゴールやシュタウフェンベルク大佐のような戦前と戦後を架橋できる英雄がいなかったから。主権国家だった頃の大日本帝国憲法下の臣民がいなくなってしまったからだという。なるほどもっともだが、著者は天皇の立場や戦争責任はどう考えているのだろうと疑問だった。
    「戦後レジーム」とは、主権のない国家が主権国家であるようにふるまっていること、であり、今の政権はまさに「戦後レジームの最終形態、そのグロテスクな完成形」である。
    この国は重要な政策について久しく自己決定権を持っていない。重要な政策についてはアメリカの許可なしには何もできないので、すべての政策が「アメリカが許可するかどうか」を基準にして議論される。そしてアメリカが受け入れてくれそうな政策だけを忖度して採用するようになった。それが70年二世代にわたって続いている。オリバー・ストーンにこういわれている。「あなたがたはアメリカの衛星国であり、従属国である」と。そしてこれだけ長い間アメリカに尽くしてきたのに、当のアメリカ人はこの「従属国の忠義」にいっぺんの感謝も抱いていない。
    日本にはヴィジョンがない、範例的な「おとな」の像が描かれていない。社会の指導的地位にある人々でさえ、自分をロールモデルにして自己形成すれば「おとな」になれるというようなことを口にしないし、思ってもいない。むしろ、自分のような人間は自分ひとりいれば十分だと思っている。現に、政治家、官僚、財界人、学者にしても、自分のような人間が少なければ少ないほど自己利益が増大するような生き方をしている。自分と似た人間たちとの競合で、今の地位が脅かされるから。自分みたいな人間はいないほうがいいと思っている。当然ながら、そんな人間が未来社会のロールモデルになれるはずがない。今の世の中でさかんに言われている「自分らしさ」とかは、「オレの真似をするな」と言っている。自分は余人より卓越しているところがあると思っている人は、自分と同じような能力を持っている人間がたくさんいると「食えなくなる」と思っていから、自分の属する集団の仲間たちが自分より無能で愚鈍であることを願うようになる。
    株式会社は利益だけを追い求める。何かを決定するとき、末端の従業員全員にまで意見を求めるなんてことはない。民主制は決定を遅らせることだから、ビジネスマインドの人間からは非常に効率が悪く見える。「マーケットは間違えない」という原理を深く内面化した人々が、立憲主義とか民主制というものに意味がないと思うのは仕方がないことである。そんなものは会社にも学校にもなかったのだから。表現の自由も、集会結社の自由も、どこにもなかった。見たことないものがなくなったってなんとも思わないのである。
    日本の改憲派の人たちは、民主性よりも効率の良い独裁制を目指している。選択肢は「民主制か独裁制か」ではなく、「民主性か金か」なのである。そして「金」を選ぼうとしている人が多い。「民主制や立憲主義を守っていると経済成長できないなら、そんなものいらない」と思っている。
    グローバル企業は、コストを国家国民に外部化し、最低賃金で人を雇い、何の社会的責任も果たす気がない企業が勝ち残ることが「フェアネス」だと信じている。自分さえよければ日本なんて滅びても構わないと本気で思っているのが、トップの人間ならまだ仕方ない。しかし、会社の利益のためなら自分の健康を犠牲にしても構わない、自分たちを「資源」として収奪しようとしている企業のためなら、戦争をしてもいい、私権を制約されてもいいと考える人たちが国民の過半数に近いか、超えているかもしれない。あきらかに自己利益を損うような生き方を進んでする国民の数がこれほどまでに達したのは、日本開闢以来初めてではないだろうか。これは国民がバカすぎるのか。
    就職活動の大都市圏での新規一括採用は、採用する側が有利になるためにわざと狭い期間に狭い空間に押し込んで行なっているのである。そうすることで若く優秀な人材を悪条件でも文句を言わずに働かせるようにできているのだ。「君の換えなんかいくらでもいるんだ」という具合に。たくさん落ちると、どんなところでもいいから働ければいい、ということになり、ブラック企業が蔓延することになる。
    「秘密保護法」は、本当に大切な機密を守れるようにはできていない。「キム・フィルビー事件」という二十世紀最大の機密漏えい事件から何も学んでいないからである。情報漏えいが最大の被害をもたらすのは、組織中枢に二重スパイがいる場合だが、「そんな人間は日本にいない」と思っている。諜報活動はそこから何も漏れない牢獄のようなものを作るわけではない。そんなところには何の情報も入ってこない。「秘密保護法」は誰がどのように機密を管理しているのかについての情報そのものを非開示にする仕組みなので、スパイが何十年でも大手を振って活動できるようになった。日本政府の中枢にあって意図的に機密を漏洩する人物がいるとしたら、それは日米同盟を堅持することが日本の国益にかなうと信じているエリートなので、この「秘密保護法」がスパイによって作られたという疑いさえ生じる。
    戦争にはどちらが正義だとかはない。「私たちに正義がある。あなたたちは侵略者だ」ときっぱり言い得て、全世界が同意してくれるのは、平和憲法を掲げ、いかなる他国にも兵を進めず、戦闘員も非戦闘員も殺傷したことがない国が他国に攻撃された場合だけだ。この倫理的優位性がどれほどの軍事抑止力に匹敵するか、冷静な軍事専門家に計算してほしい。
    日本はもう経済成長する余地はないのに、無理やり経済成長しようとしている。その方法として戦争がある。それは経済成長率の高い国のリストを見れば分かる。2013年の1位はスーダン、2位がシエラレオネ、3位がパラグアイ…。内戦などでぼろぼろになったあとが成長の余地がある。日本は治安がいいが、それをテロのリスクがある状態にすれば「防犯ビジネス」が出現する。水道、ガス、電気も自由化して外資が入り、料金がグッと上がるかもしれない。日本は「その気になったら帰農できる」国なのに、政府はそんなことはアナウンスしない。なぜなら東京一極集中モデルに基づいて作られた経済システムに影響があるから。消費者も労働者も狭い地域にぎゅうぎゅうにしてそれぞれが規格化された労働者として規格化された消費活動をするからこそ、製造コストを最小化し、利益を最大化するというビジネスが成立するから。労働者も消費者もライフスタイルが多様になったら、企業は収益を上げることができない。
    まず農林水産業をつぶすことが経済成長論者たちの目標。地方で生きるという選択肢そのものをなくす。TPPの国内的な政治目的のひとつは小規模自営農という生き方を不可能にすること。これはアメリカでも起きていることであり、まさに日本でも始まるのかと危機感を覚える。

  • 2015/06/22

  • アメリカから憲法改正を止められたところから始まる安保改正。必然性のない政治の季節。

  • 少しだけあとがきが良かったです。『「みんながいつも同じ枠組みで賛否を論じていることを、別の視座から見ると別の様相が見えます」ということを述べているだけです。』議論をするとき、収束に向かうよう土俵に乗っていないといっていろいろな発言を排除していく進め方が多いような気がしますが、土俵から転がり落ちたときに見えたものの中に良いありようが含まれている可能性があることを忘れないようにしたいと思いました。

  • 最近の内田先生の本の中で特に良かった。語り下ろしが良かったのだろうか。

    "僕たちは未だに韓国から先の戦争中の従軍慰安婦制度について厳しい批判を受け、謝罪要求されています。日韓条約で法的には片がついているとか、韓国には十分な経済的な補償を済ませているから、いつまでも同じ問題を蒸し返すなというようなことを苛立たしげに言う人がいますけれど、戦争の被害について敗戦国が背負い込むのは事実上「無限責任」です。定められた賠償をなしたから、責任はこれで果たしたということを敗戦国の側からは言えない。戦勝国なり、旧植民
    地なりから、「もうこれ以上の責任追及はしない」という言葉が出てくるまで、責任は担い続けなければならない。”  21ページ

    "靖国神社に終戦記念日に参拝する政治家たちのうちには「中韓に対する謝罪は済んだ。いつまでも戦争責任について言われるのは不快である」と言い募る人が少なくありません。僕はこの考えがどうしても理解できないのです。彼らがもし自分たちのことを大日本帝国臣民の正当な後継者だと思っているのなら、祭神である死者たちに深い結びつきを感じているつもりなら、死者たちに負わされた「責任」の残務をこそ進んでわがこととして引き受けるはずです。それによって死者たちとのつながりを国際社会に認知させようとするはずです。”  79ページ

    ”民主制も立憲主義も意思決定を遅らせるためのシステムです。政策決定を個人が下す場合と合議で決めるのでは所要時間が違います。それに憲法はもともと行政府の独創を阻害するための装置です。民主制も立憲主義も「物事を決めるのに時間をかけるための政治システム」です。だから、効率を目指す人々にとっては、どうしてこんな「無駄なもの」が存在するのか理解できない。
     メディアも理解できなかった。そして「決められる政治」とか「ねじれの解消」とか「民間ではありえない」とか「待ったなしだ」とかいう言葉を景気よく流した。そうこうしているうちに、日本人たちは「民主制や立憲主義は、『よくないもの』なのだ」という刷り込みを果たされたわけです。
     現在の安倍政権の反民主制・反立憲主義的な政策はそのトレンドの上に展開しています。国民たち自身が自分たちの政治的自由を制約し、自分たちを戦争に巻き込むリスクが高まる政策を掲げる内閣に依然として高い支持を与え続けているのは、「民主制や立憲主義を守っていると経済成長できないなら、そんなもの要らない」と思っているからです。  143ページ

  • 非常時にフリーズするのではなく動けるように、歴史を学び、もしもを想像し続けていきたい。

  • 著者とは年代がほぼ同じ。安倍政権の右寄り危険性については私も全く同感。日本は中韓にいつまで謝らないといけないのか。著者は相手が「もういい」というまで、無限責任という。舌鋒鋭く読んでいて痛快である。「狼少年心理」で危険性を訴えるあまり、その不幸の実現を望んでしまう!ということは著者の言うとおり。心せねばならない。日本が未だ米国の属国であるという主張は些か極論のように思えるが、恐らく講演での内容を文章化するとこのようになるのかもしれない。歴史に「もしも」を導入して、その場合の動きを推測するという提案は、知的な訓練として重要なことだと思った。「1942年6月のミッドウェイ後に戦争を止めておれば」その後の展開が大きく異なったことはいうまでもないが。鶴見俊輔は「戦争が終わったときに負ける側にいたい」という理由で開戦後、米から帰国した!本当なら凄いこと。

  • 太平洋戦争で日本が失ったものは何かを、じっくりと炙り出す骨太な一冊。見えてくるのは戦後という時代の歪み。白井聡の『永続敗戦論』と合わせて読みたい。

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著者プロフィール

1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。神戸女学院大学を2011年3月に退官、同大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。著書に、『街場の教育論』『増補版 街場の中国論』『街場の文体論』『街場の戦争論』『日本習合論』(以上、ミシマ社)、『私家版・ユダヤ文化論』『日本辺境論』など多数。現在、神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。

「2023年 『日本宗教のクセ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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