魔法の世紀

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著者 : 落合陽一
  • PLANETS (2015年11月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784905325055

魔法の世紀の感想・レビュー・書評

  • 頭が完全にパンクした…もっかい読もう。

  • 携帯という機械、iPhoneが人に感動を与え、人の生活を変えた。

    ハリウッド的な 文脈としての感動
    が蔓延してる現代に

    心を動かす計算機をつくることが、
    メディアアートには必要。

    グーグルや、ショッピングモールや都市
    プラットフォーム

    あらゆるコンテンツを吸収し

    全体批評性を飲み込んでいる。

    西洋と東洋の庭

    話はそれるけど、文脈の感動が蔓延している中で、
    もっと単純な自然に対する感動を
    思い出すべきではないかと感じた

  • メディアアートの定義や意義と著者が何を考えて研究、創作をしているのかがわかる一冊。場の固有値で物体が定義されるというところがよくわからなかった。なんとなくわかって先に進めようとしても、その定義を前提に論を進めていったのでそうも行かず、もやもやした。

  • 系推薦図書 3系(情報・知能工学系)
    【配架場所】 図・3F開架 
    【請求記号】 007.3||OC

    【OPACへのリンク】
     https://opac.lib.tut.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=17701

  • 20世紀は映像の世紀で、21世紀は魔法の世紀。
    20世紀の人間は映像によっておmの事を大量の人間で共有することの威力にすぐに気が付いた。と同時にこれを社会的に利用しようつ考える人も現れた。ヒトラーである。彼は群衆の統治の手段として文字を信じていないことと書いている。代わりにヒトラーは映像や音声によって国民に自らの思想や権威を共有させた。

  • 著者の不思議なメディアアート作品を見て興味があったので手に取った本。
    映像技術が発展した20世紀を「映像の世紀」とし、今後訪れる世界を「魔法の世紀」と著者は呼ぶ。その「魔法の世紀」がどのようなものになるのか解説した図書。

    「映像の世紀」とは人間に指針を合わせてメディアを設計した時代。「魔法の世紀」は人間の感覚を超越した設計をコンピュータで行うことによってモノと人間の関係を再設計する時代という説明には驚いた

  • 内容がやや理屈っぽいと感じる人は、まず巻末に紹介されている著者の作品を実際に動画(Youtube)で見てみることをお薦めする。この不思議な現象はどうやって可能になるのか、他にどんな魔法が可能なのか、それらが可能な時代が当たり前になった時、人はどのように変わっているのだろうか。そんな感想を漠然と抱いたなら、本書の目的は既に半分以上は達せられているように思う。

  • 今まで読んだ中でもトップレベルの読みにくさ。もう一度読むしかないな

  • 感想
    4章の新しい表層/深層らへんが特に自分の将来目指すべき方向に参考になった。デザイン(見た目だけじゃなく、ユーザーの体験をどういうものにするか)ができるエンジニア(それをどう実装するか)を話せるエンジニアになりたいと思った。
    またその未来のものづくりとして、人間の感覚を超越した設計みたいなものがでてくるのはとてもおもしろそうだと思った。人間とコンピュータが同じようなレイヤーの存在になって、ロジックをコンピュータが、感動を人間がやる的な話は、なんかすげーなーとおもった。

    第1章
    研究者としての僕がなぜ「魔法の世紀」という言葉を定義しなくてはならないのかを節目しました。

    第2章 心を動かす計算機
    僕はメディアアーティストという存在を、先人たちのコンテクストを踏み越えて、新しいメディア装置を生み出し、その行為自体を表現にしていく存在として定義しました。

    第3章 イシュードリブンの時代
    表現者がテクノロジーを使いこなし、あらゆる創造活動がメディアアートに漸近し、様々なテクノロジーが製品の面でも文化の面でもメディアアートに接近している現在、自ら問題を生み出して自ら解決するような手法が様々な分野で台頭しつつあるという話をしました。

    第4章 新しい表層/深層
    こういう状況でより重要になってくるのはエクスペリエンスデザイン、つまり人間の体験の設計ができるエンジニアです。(p.140)

    そのときプログラミングという行為は、リアルでの体験まで含めたエクスペリエンスに強く影響を及ぼす価値をもつことになるのです。(p.141)

    「魔法の世紀」においてエクスペリエンスとは、一つの重要なキーワードです。エクスペリエンスドリブンの製品は、単に体験を生み出す装置という意味にとどまらず、コンピュータのサポートによる表層と深層の一致の中で、生活や社会の中にある問題を解決していくための装置にもなっていくはずです。(p.144)

    第5章 コンピューテーショナル・フィールド
    僕が博士論文で書いた「コンピューテーショナル・フィールド」は、そういう様々な現実の場を捉える「ひな形」になる表現形式のことです。「場」の概念は、物理的な「空間」と「時間」の関係、つまりは「動」と「静」を統一に扱うことができます。それと同時に、これはいかにも西洋科学らしい人間とモノを峻別する発想の延長線上にある「ユビキタスコンピュータ」に対して、同じような発想に基づきながらも、モノと人間を区別せずに一つのオブジェクトとして扱い、その周囲にある見えないもの=エーテル的発想から現象を捉えていく東洋的な考え方であると思っています。(p.167)

    第6章 デジタルネイチャー
    「映像の世紀」とは、人間に指針を合わせてメディアを設計する時代でした。しかし、「魔法の世紀」では人間の感覚を超越した設計を行うことで、メディアが物質世界自体をプログラミングできるようになります。そして僕は、コンピュータが制御するモノとモノ、あるいは場と場の新しい相互関係によって作られ、人間とコンピュータの区別なくそれらが一体として存在すると考える新しい自然観そしてその性質を「デジタルネイチャー」と呼んでいます。(p.179)

    その実現のために、僕は研究を続けます。いつの日か、コードという呪文と、コンピュータというマナによって、人間が世界の理を操れるようになり、この物質世界そのものを物語の中に変えていけるような、「魔法の世紀」が訪れることを信じて。(p.207)

  • 【超高解像度によって生まれる原初的感動】
    インターネットを中心として多様なアイディアや作品が共有可能になった事から、アートにおいて文脈のゲームは終わった。これからは人間の知覚を越えて価値観をアップデートする原初的な感動のみが価値を持つようになる。そのような感動は、人間の知覚解像度を越えたメディアを作ることや、人間と物体を並列に扱い物理空間の「場」そのものをコンピュータで制御する事によって生まれる。

  • 眼球内にコンタクトを埋め込むインプラントには驚愕 デジタルネイチャーの発展具合

    掃除機の代わりの家畜など、デジダルとアナログの境界が曖昧になる遺伝子設計 想像力が喚起される

    ラインツイッターの強力な機能による1点突破

  • 「現代の魔法使い」と呼ばれている落合陽一氏の本。情報技術とアートを融合した独自の世界観を切り開いている天才研究者兼デジタルアーティストということで、書いてあることはとても壮大に思える。デジタルネイチャーの概念とか、確かに思考実験としてはあり得るし、将来実現するかもしれないのだが、ちょっとぶっ飛んでいる。私のような凡人には理解できないことが多すぎて残念。

    【川崎市立川崎図書館 007.3】

  • 20世紀・映像の世紀的なメディア装置がいかに高度な文脈から感動を生み出そうとも絶対に得られないような、原理的なレベルでの眞新しい感動を生むのが21世紀・魔法の世紀。感動の主体は人間、文化の紡ぎ手はコンピュータと人間の共生、保存装置はインターネット。人間基準の解像度を乗り越えた世界が、新しい知覚の可能性をもたらす。

    情熱だけでは足りない、賢くないと作れなさそうなメディアアート。コンテンポラリーアートも、論理武装が必要だったという意味ではそうだったのかもしれませんが。

  • 落合くんの本。そりゃ読まんと嘘だよね、ということで買って読んだ。
    また新刊も出るって言うしハイペースだ・・・。

  • 今のメディアアートやこれからの技術の未来を知ることができる。
    本書に登場する作品を深く掘り下げていけばより理解が深まると思う。
    ただ言葉遣いが独特で面白いんだけど分かりにくいところもあった。
    全体的には分かりやすくまとまっている。なにより読んでてワクワクする。

  • 未来の話。ワクワクしたいです。

  • Amazon Primeのオーナーズライブラリで無料で読めるようになっていた。20世紀は「映像の世紀」だったが、21世紀は「魔法の世紀」になる、というのが著者の主張。

    魔法の世紀という言葉では、アーサー・C・クラークの「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」ということを意識している。コンピュータは日常に自然に溶け込み、かつてはできなかったことも、それとは意識されることなく実現される。IoTという言葉自体はバズワードであるかもしれないとしても、インターネットがあらゆる物理空間に波及することが魔法の世紀の世界だと。アラン・ケイやアイバン・サザランドなどのコンピュータ業界の巨人たちの言葉や製品を参照しながら、著者の主張を進める。ディズニーを高く評価し、長期的にはGoogleやAppleよりもディズニーこそが最強のプレイヤだと評価する。なぜなら、最終的にはコンテンツ産業こそが重要となるからだと。

    著者は、ユーザインタフェースやメディアアートを専門とする研究者、ということにはきちんと収まりそうにない。超音波を使って粒子の位置を制御してディスプレイする「Pixie Dust」はテレビで紹介されているのを見たことがある。

    最後のあとがきにて、21世紀中になくしたいものが三つあるとして、「ゲート」「重力」「繋ぎ目」を挙げる。「ゲート」は、店のレジや交通機関の改札、銀行の窓口ということなので何となくわかるが、「重力」や「繋ぎ目」というのが出てくるのは自分からは全く出てこない発想。それをどうとるのかは本書の評価も含めて読者にゆだねられるだろう。

  • 2016年最初のクリーンヒットだった。想像力の射程が広く、見てる未来の桁が1つか2つ大きい。かけ離れた星をつないで星座を描いてくる。伝えようという熱量がすごい。読んでてソワソワしてくる本だった。

  • メディアアートとテクノロジー

  • HCI年表として非常に役立つ

  • 研究者・メディアアーティストの落合さんの本。

    普段からいろいろ講演やテレビ出演されているが、「コンピューテーショナルフィールド」や「デジタルネイチャー」などについて、講演では話しきれないような深いところまで書かれているのでとても良かった。

    第1章ではコンピュータの歴史が、第2章ではメディアアートにおける文脈の変化がとてもよくまとまってて、ここだけでも読む価値がある。

    メディアの歴史を壁画・彫刻から辿るなど、すべての文章が過去の歴史を踏まえて書かれているのでとてもわかりやすくてとても参考になる。

    未来のテクノロジーに興味がある人にオススメで、特にコンピュータサイエンスに関わる大学生、大学院生にはぜひ読んで欲しい。

    --
    モリス・バーマン「世界の最魔術化」
    カームテクノロジー
    マクルーハン「グーテンベルクの銀河系」
    象徴的機械
    近場の見立てがあっという間に過去になる→ビジョンを定め長期的な活動を
    メディアアート作品の殆どが岩井さん達の90年代の域を出ていない
    八谷さん「メディアアートは溶けた」
    原理のゲーム。アルスでも増えてきた
    理系のアカデミアの役割:企業には扱えない超高額装置、企業では企画の通らないプロジェクト
    産業革命以前にはサイエンスとテクノロジーの明確な区別はなかった
    子供が書いた落書きの建築物がコンピュータの力で建つ
    「音が再生される光プロジェクター」「音が聞こえてくる触覚ディスプレイ」
    HapticTurk

  • 軽い語り口調ながらに、かなり専門的な内容も。
    メディア、技術の歴史を著者独自の観点で紐解いている。

    「映像の世紀」から「魔法の世紀」へと言うことで、
    20世紀までの時代、世界と現在、今後の状況について
    多角的な説明がされている。

    今の時代、主人公となるのはコンピュータ。
    デジタルがアナログを超えるとある。超えて
    生の情報となることもあるだろうし、新しい
    今までにない生の情報を作ることもできるのだろう。

    今後の活躍が益々楽しみです。

  • 【資料ID】150953
    【分類】548.96/O96
    技術のコーナーに並んでいます。

  • 縦横のマトリクス状に配置された超音波スピーカーで音響場を操り、粒子状の物体を空中に保持して任意のグラフィックを表現する「Pixie Dust」等の作品で話題を呼んでいる若手メディアアーティスト/研究者の落合陽一。彼がコンピュータを中心にしたテクノロジーの進化を背景として、21世紀に来るべき世界観を、20世紀の「映像の世紀」と対比づける形で「魔法の世紀」と名付け、その社会的な意義、芸術的な意義について広範に語った一冊。

    かなり広範な問題系を扱っていることに加えて、多少ロジックが飛躍する傾向があり、前後の話題の論理的関係性が正直理解しにくいという難所はあれど、自分なりに「魔法の世紀」の特色をまとめるなら、情報を表現するメディアとその受け手である人間という二項対立的な関係性ではなく、それら全てが「場」の中に溶けていき、人間や自然さえもがプログラムで操作され、人間の新たな感覚が誕生するような時代、ということだろうか。歴史的に見ても、我々が自明のものと捉えている概念、例えば美意識でさえ、実は技術の進化によりアップデートされ、決して普遍的なものではないように、テクノロジーが支配する「場」を通じて、「魔法の世紀」の人々は新たな感覚を得ることができるとされる。

    本書が面白いのは、テクノロジー一辺倒の話ではなく(そうした話題なら、テック系の研究者やライターが既にその世界観を表現しており、目新しさはない)、メディアアーティストとしての顔も持つ著者が、古来からの美術史や20世紀のメディアアート史を参考にしつつ、「魔法の世紀」ならではの芸術論としても読める点である。特に、これまでの芸術様式(建築物を含む)を、環境自体に関するエーテルの動性と、その表現物自体が持つフレームレートの動性という2軸から整理したマトリクスはシンプルながら、論理的な説得力を持つ。

    これからも彼の作品に注目したい。

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