安全という幻想: エイズ騒動から学ぶ

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著者 : 郡司篤晃
  • 聖学院大学出版会 (2015年7月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (273ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784907113155

安全という幻想: エイズ騒動から学ぶの感想・レビュー・書評

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  • チャーリー・シーンが自身のHIV感染を告白した時、僕はこの本を読んでいました。なんというタイミング…というほどのことはないけれど、まもなく12月1日、世界AIDS dayがやってきます。たまたまメディアコスモスの「新刊本」の書棚を眺めていて、ふっと分類シールに一部名前が隠れたこの本を見て直感的に著者、郡司篤晃氏の名前が頭のなかで光った気がしました。

    HIV/AIDSという疾患についてはっきりし始めたのは1980年代初頭でした。僕が大学に入ったのは1983年、2年目に指定されて購入した英語版のReview of Medical Microbiologyにもよくわからない後天性免疫不全症候群が報告され始めていてCDCがサーベイランスをしている、という記述があったことを思い出します。エーアイディーエス、とボクが読んだら当時同居していたSくんが「ぽち、それはエイズって読むんだよ」と教えてくれました。その教科書にはすでにワトソン・クリックのセントラルドグマを覆す、逆転写酵素を持ったRNAウイルスが存在することが書かれていましたし、幾つかの病原ウイルスがレトロウイルスに分類されていることも書かれていたような記憶でした。

    その後、AIDS研究班ができ、血液製剤のうち、血漿成分の非加熱濃縮製剤がどうやら原因となって血友病患者に広がっていったことが明らかになっていきました。

    その間の様々な出来事について、ボクがこれまでに読んできたものは患者側の主張がメインであり、薬害訴訟に肩入れをした小林よしのり氏のゴーマニズム宣言に相当に影響を受けていたことをまず告白します。ゴーマニズム宣言の薬害エイズ訴訟に関わるあたりのお話は、当事者側の主張、解釈、見解を中心に埋め込んで、比較的丁寧に時系列を追った作品だったかもしれません。徐々に小林よしのり氏が「運動」から離れていくあたりまでは薬害エイズ訴訟の原告団側のドキュメンタリーとしては比較的丁寧な作品だったかもしれません。

    そして薬害エイズ訴訟・和解、官直人の意味不明な謝罪、ついで行われた民事訴訟、郡司氏の後任の松村が有罪判決を受けたこと、安部英医師の一審無罪判決と控訴審途中での死去に伴う控訴棄却あたりまでは個人的な関心としてことの成り行きを『新聞報道レベルで』観ていました。

    でもよく考えてみるまでもなく、今回僕は郡司氏のこの著書を手にするまで、ボクが加害者側だと思っていた人たちの言い分をつぶさに聞いたこと、読んだことはなかったのです。そしてこの本を手にした時、菅直人が意味不明の謝罪をして以来20年近くに渡り、郡司氏が公の場で郡司氏の知るところを公表してこなかったことに気づいたのでした。

    まずもって率直に行って、僕はサイエンティストとして恥ずべき思い込みと決め付けをしていたことを率直に反省します。

    僕はこの本を読むまでは薬害エイズ事件(ひとまず事件、と書いておきます)はとにかく厚生労働省と研究班の対応が後手に回ったせいで国内での被害が拡大し、沢山の血友病患者にHIV感染を引き起こしていたと思っていました。でもそうではない。そうではなかったのだ、とこの本を読んで感じたのだった。

    ゴーマニズム宣言を読んであっち側にボーン!と振れてしまって、反対側の意見を聴いてギューンと振り戻して、という、自分の考えがちゃんとあるのかお前は!?という嫌な気分でも有ります。だけれど、この本に出会ったことは、僕がバイキンの検査に携わるのならきちんとわきまえて置かなければならない冷静な視点を取り戻させてくれたのかもしれない、と思っています。

    全編を通して、郡司氏の視線はHIVの専門家ではないし血友病の専門家でもないけれど、科学的な視点はぶれていないように感じました。そして自分の限界と科学の限界、行政の限界、そして政治の限界といったそれぞれのセクションが何を何処までできるのか、ということを常に考え、見極めようとしていたように思います。いくつも印象に残る言葉があったのですが、その中で一つ上げると、「専門家とは」ということについて触れた一節があります。

    <ここから引用>
     『専門家というのは、ただたくさんのことを知っているとか、上手に解説ができるということではない。具体的には、単に断片的にあることを知っているというのではなく、体系的にその世界を理解している人であり、知識を創り出せる人である。基礎医学の研究だったら自分で試験管を振って実験しているから、一つの論文を読んでもそこに書いてあることが本当に正しいことか、確かなことかがわかる。ガロが1983年の論文でエイズの病原体はHTLV-1だと書いた時、安部研究班で大河内医師が、「この論文は怪しいんです」と発言された。それを聴いて私は「さすがに専門家は違う」と思ったのでよく覚えている。そして、大河内医師の指摘通りガロらは最後まで間違っていたのである。
     専門家は一を聞いて十を知る。重大なリスクの判断には超専門家の英知と直感が必要である。エイズの問題については、村上省三医師という超専門家がリスクを察知して、課長の私に手紙をくれた。その後も引き続き文献を送り続けてくれた。そのおかげで日本は比較的早く対策に取り組むことができた。しかし、これはたまたま個人的な関係があったからできたことである。
     科学の先端的な情報を持っている人々は、学会という組織をつくっている。だとしたら、学会は、その社会的な使命として、少なくとも行政や社会に対して警告を発する責任を担ってもよいのではないだろうか。
    <引用ここまで、本文P210~1>

    専門家というものがどういうものでなければならないか、というのはいろいろなレベルがあることとは思うけれど、少なくとも国の進む方向を決めていく先頭に立つものの持つべき専門性というものを想像すると、自分自身の中途半端な専門性について改めてよく考えて見る必要があるのではないか、と思うのでした。もちろんこの郡司氏の手記の中にあるようなレベルの専門家ではないことは言うまでもないけれど、僕の仕事のレベルにおいて、自分のこれまでの経験と知識と張り巡らしたアンテナに引っかかってきた物事を総合して考えてみると、今目の前にしているモノ・現象の価値、意味について、この程度のことは言えそうです、ということをはっきりと発信する責任が僕にはあるのだろう、と思ったのでした。

    薬剤エイズ事件について、実際に感染し、発症し、亡くなった方、幸いにして抑えこむことに成功している、だけどいつも不安を抱いている方は沢山いらっしゃるわけですし、そうでなくSTDとして感染し、突然発症していわゆる「いきなりAIDS」というような悲惨な状況にある方もあるでしょう。日本国内のHIV感染者/AIDS患者数は昭和60年からの累計でそれぞれ17,346名/7,851名とされていて、3ヶ月毎のレポートを見ていると毎回増加の一途をたどっていることから、いかに感染拡大を抑えこむか、また、感染者の発症坊市のためのコントロールをしていくかということが主題になるのだな、と改めて思った次第です。

    そして、これまでの拡大の経緯とその犯人探しをしたとしても、「血液製剤」の特性上100%の安全というものはなく、再びこのような出来事が起こるだろう、という郡司氏の発言は無理からぬ事のように感じられました。

    郡司氏の「医学は発展途上の技術』であるという主張には非常に説得力があり、それは僕の科学至上主義を否定する立場と根は同じではないかと思うところもあり、改めて自分自身がサイエンティストの端くれであるなら、もう一度冷静に物事を読み解く基礎を鍛えなければならないんだな、と思わせてくれました。

    正直なところ、これまでずっと沈黙していて、多くの人々が忘れたころにようやく自分の言いたいことだけを言おうと言うのか?といきり立ったような気持ちでこの本を手にとったのですが、最後の年表に至るまで読みきったあと、最後のページを穏やかな気持で閉じることができたのは、自分にも多少は物事を順序立てて、可不可を見極めつつ考えを進める力が残っていたからかなぁ、と思っているところです。

    最初に手にしてから10日余りで読み切ることができたのは、自分自身もそれなりに集中して読もう、と思ったこともありますが、それ以上に、郡司氏の語る物語にグイグイと引きずり込まれたことも有ります。

    HIV/AIDSについて関心のある方ばかりではないでしょうが、仮にこの病気が日本で広がり始めた初期の頃のことについて関心がお有りならば、ぜひとも読んでおくべき一冊だと思います。その評価を強制するものではありませんが、これを読まずに一方的に薬害HIV事件を語ることは適切ではないと考えます。

    僕にとってはたくさんのことを改めて考えさせてくれた、とりわけ学生時代を始めた頃のことを思い起こさせてくれた良い作品だったと思います。そのような意味を込めて★5つを付けました。このレビューを読んで関心をお持ちになられた方がいらっしゃいましたら嬉しいなぁ。この本のレビューのような、あるいは僕の思い出のようなものを、かくも長々と書いた甲斐があるというものです。

  • 配架場所 : 一般図書
    請求記号 : 498.6@G100@1
    Book ID : 80100016405

    http://keio-opac.lib.keio.ac.jp/F/?func=item-global&doc_library=KEI01&doc_number=002471321&CON_LNG=JPN&

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郡司篤晃の作品

安全という幻想: エイズ騒動から学ぶの作品紹介

なぜ日本の血友病患者にエイズ感染が広がり、そのことについての誤った責任追及が行われたのか。その真実は、これまでジャーナリズムが作り上げてきた常識とは全く異なる。
エイズ政策の意思決定にかかわり、日本社会の危うさと病理を実感し続けてきた当事者が30年越しに綴る、悲劇を繰り返さないための政策提言。

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