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福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2

  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784907188023

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福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2の感想・レビュー・書評

  • 考え方としては同意したいところではあるが、ざんねんながら実現はかぎりなく難しいだろう。実施主体が東電なのか県なのか国なのか。ね、無理でしょ。むしろデンツーとかウンタラ堂がやるのがいちばん近いのかもしれない。南三陸町の防災庁舎が31年まで保存されるが、これも県のリーダーシップ次第。

  • ダークツーリズムについて具体的に説明した本である。東北は大震災であるが、沖縄、広島、長崎は戦争のダークツーリズムで考えるとほとんどがそうである。会津若松では明治維新のダークツーリズムであるし、韓国、中国、サイパンやパラオやベトナム、マレーシア、フィリピンは日本の戦争のダークツーリズム、アウシュビッツやアムステルダムのアンネの家はナチスのダークツーリズムである。

  • これ、まじめに取り組んだほうが良いのでは?

    ダークツーリズムという観点もともかく、日本の原子力技術の集積地としてこのエリアを活用することに、大きな意義があるのでは?と思います。

    実際、行ってみたいですしね。

  • タイトルに違和感を持つ人が多いことは、ひとまず横に置く。
    日本の代表的なダークツーリズムといえば広島だが、広島は元から中国地方の中心地で産業があった場所。本の中でも指摘しているが、修学旅行などの旅行以外に、出張のついで、なども多いと思う。(実際、自分もそうである。)Fukushimaを観光地化するといっても、本の中の言葉で云えば「動員」力が弱いところを、ショッピングセンターや大型施設でカバーするだけでは難しいのではないか。
    とはいえ、福島第一原発の「人災の記憶」を風化させてはならない、そのためには今からプランを立てて実行していくべきだという主張には納得できる。
    東日本大震災という「天災の記憶」は、当事者にとって忘れたい/忘れてはならない、の葛藤があるが、福島第一原発は「人災」として記録=アーカイブしなければならない。

  • ダークツーリズムに続いて、読み応えのあるないようでした。 ちょっと、夢というか現実できるかは??だけど、こういうアイディアをだしたり議論するために、忘れてはいけない3.11によって起こった津波・地震・原子力災害の事象が残った今の状況に慣れて忘れてしまい、ちょっと遠いとこのことだと思うのでなく自分なりに興味を持ちつつちょっとは思考し続けようと改めて思わせてくれました。

    震災遺構をどうするかって話もやはり時間がかかるんだと思うけど、形あるものですから保存するとなれば人工物なのだから人の手が必要ですよね。 奇跡の一本松のように手厚く?でも、決めれないのであれば現状維持? 一筋縄ではいかないですよね。 一つ思うことは少しでも自分の目で見ておきたいと思うこと。

  • 原発事故地の観光地化はチェルノブイリで先行して行われており、それ自体は新味もない妥当な提案。

    この本自体には、読むべきところも多いが
    モンダイは音頭をとってる東のゲスさ。

    前書き・後書きとも中二病丸出しの寒々しさだが、
    それ以上に、津田との対談中に見せた「命名権」への執着ぶりがゲスさをよく表している。

    観光地化に動いてるグループは幾つかあるらしいので、それぞれ切磋琢磨していくのが良いのでしょう

  • この本のとおりに実現できるのかはわからないですが、僕も福島を観光地化することには賛成で、さらに、原発周辺地区の一部を再開発してこのような施設、それは博物館でありモニュメントでありホテルでありショッピングモールであり、そういったものにするのには、いろいろな批判がありそうですが、それでも、理にかなっている、と僕は思います。
    ボランティア、寄付、NPO、税金、そういった「きれい」なお金や人々だけで、力強く復興をするのには無理があると思っています。独立採算できるくらいの強いコンテンツを福島第一原発事故というものから抽出あるいは融合させて、「どうだ!」というくらいの気持ちで提示していくことはすごく大事なことのように感じられます。

  • 福島第一原発を単なる記念碑としてではなく観光地とすることで記憶にとどめていこうという企画。突拍子もないけれど、インパクトはあるよな・・

  •  興味深い書物。第一には、3・11原発震災から25年後の未来を発想する想像力の圧倒的な貧しさという点で。第二には、いわゆるゼロ年代の批評やジャーナリスティックな知が、その実、新自由主義的な政治=経済のコロラリーに他ならないことが改めて露呈されたという点で。

     まずは第一の点から。驚かされたのは、俯瞰すると巨大なハニワの顔のように見える〈ふくしまゲートヴィレッジ〉構想が、あからさまに丹下健三の仕事の参照に終始しているように見える点。福島第一原発事故が戦後の高度成長の帰結であり、その総括が必要という立場には基本的に共感できるものの、それを丹下の語彙と文法によって行うというのは悪い冗談にしか思えない。それでは、丹下の仕事を批判的に検証するところから議論の土台を作ってきたポストモダンの歴史がなかったことになってしまう。
     また、その他の研究会委員から提示されているいくつかの施設(カジノ、ショッピングモール、人工ビーチ、大学院大学、博物館施設)も、基本的には、その気になればいますぐ作れるような、現在のテーマパーク的な要素のパッチワーク的寄せ集めでしかない。例えば、同じものが台場にあっても、仙台にあっても、国道16号線沿いのロードサイドにあっても不思議ではないようなものばかりなのだ。未来を構想する力がほとんど現在のビジネス=資本の利益の延長線上にしか働かなくなってしまっているところに、現在の日本の文化的な貧困が痛切に映し出されている。

     当然、この点は第二の点とも連動する。東浩紀は自分は「文学者」だと言っているが、「文学」的な計画というわりには、この計画はあからさまに新自由主義的な政治=経済に親和的であり、そのような発想を貫こうとしている現今の日本政府の政策的方向性と合致してしまっている。例えば、〈ふくしまゲートヴィレッジ〉は、いったい誰がつくるのか、誰がそれを運営するのかが明確ではない。こういう計画の書き方をわたしはよく知らないが、リゾート施設や商業施設が併設されるということは、ある程度経済的に自立した施設となることが構想されているのだろう。とすれば、そもそもここを〈ダーク・ツーリズム〉の現場としてしまった日本政府や東京電力や国際原子力資本の責任は、いったいどこに行ってしまうのか。核にかかわる事故を記念=祈念するする施設である以上、これは単なる〈未来〉の夢物語ではなく、政治=経済的な要因で作り出された人災を起源とするものとなる。ならば、その〈愚かさ〉と責任をどのように形象化するかという視点の欠落は、決定的な問題だと言わざるをえない。震災瓦礫で作ったオバQのような梅沢和木のタワーでは、まったく不十分なのだ。
     さきにふれた藤村龍至のプランもそうなのだが、この計画には、記憶や歴史に対する敬意が基本的に欠けていると思う。戦後の広島の〈復興〉がどんな軋轢と葛藤を生み出してきたか、どんな記憶を消去したのかという観点はまるでないし、ホロコーストやベトナム戦争のモニュメントが記憶を表象することの不可能性といかに向き合ってきたかという参照もないように見える。ただ〈メモリアル〉として可視化されていた要素が切り貼りされているだけで、〈なぜパッチワークでなければならないのか〉というポストモダニズムの緊張感がいささかも感じられない。
     
     おそらく、「ダークツーリズムの対象は、広島の原爆ドームであれ、水俣であれ、困難な過去を克服して現在を迎えた地域が多い。その過去は暗い過去であり、その色彩はダークとなる。とすれば、論理必然として、現在は光にあふれていることになるだろう」などと馬鹿馬鹿しい理窟をあっけらかんと書いてしまう、「日本の第二次世界大戦は、中国に対する侵略の側面もあれば、南方に対しては解放戦争としての性質を有していたことは否定できない」と書いて恬然と... 続きを読む

  • ダークツーリズムという観点は良いのだが、青写真がしょぼい。しょぼすぎる。説得力がないし、方向性がおかしいでしょ。なんじゃこれ?の連続。寄せ集めの放言もいいところ。F1は行きたいが、こんなふうになるならば、文字通り終わり、だよ。

  • 福島第一原発事故の風化とタブー化を防ぎ、事故の教訓を後世に伝えるためにも観光地化はひとつの方法であると思う。人は利己的な生き物なので、被災地の復興を考えた場合においても、観光地化は必要なことだろう。

    この本はいろいろなアイデアが詰まっていて、福島の復興を考える出発点としては貴重な本だと思う。表紙にあるモニュメント「ツナミの塔」は嫌悪感を覚えるし、中には疑問符が付くアイデアもあるけれど。

    井出明さんの提言「ガイドを育てる」と「ダークツーリズムから考える」、そして堀江貴文さんの提言「福島にスペースポートを!」に共感した。

    ダークツーリズム(負の遺構の観光)において、ガイドの育成はとても重要。被災地の解釈を行う役割(インタープリター)もそうだが、観光客と被災者の間に立って軋轢を防ぐ役割(ネゴシエーター)が担えないとうまくいかない。また語り部とガイドは異なるということも分かった。語り部は主観的、ガイドは客観的ってことのようだ。両者を混同するとうまくいかない。

  • ようやく読み終わった。β4-1チェルノブイリ本の続編。福島復興の具体的なアクションプラン。
    人間にとって風化に抗うことはとても難しいことで、今日この日にこんな事を書いている自分も強く実感している。今日は3月11日。
    単純に面白かった。夢のような構想もたくさんある。素人目、そしてどうしても現地を遠巻きに見てしまうものからすると、足を運びたくなる夢プランはやっぱり楽しいのかもしれない。
    不謹慎とされればそうだけど、それでも、こんなプランが実現して、足を運んで、学んで、楽しめる空間が出来るなら、それを応援したいと思う。僕は。
    なんだかすごくキレイゴトになってしまった。

  • 前編の「チェルノブイリ・ダークツーリズムガイド」に、原子力災害を経験した地域のその後を見て、福島第一原発観光地化ということに明るい光を見たと思っていた。本書には、それを前提にして、福島を中心とした東北を具体的にこうしていこうぜ、という提言が多数掲載されている。のだけれど、多数すぎるかな、という印象を持った。未来のイラストは清く明るくて、それは悪いことではないんだろうけれど、何か明るすぎるんじゃないか、と、特に論理的ではないけど感じるのだった。
    建築という視点からどうするか、といういくつかの提言や、オフィシャルとアンオフィシャルのはざまにある東京電力復興本社の社長インタビューなど、コンテンツは多岐にわたる。
    チェルノブイリは、ウクライナで一番有名な地名になってしまった、という。確かにそうだろう。日本はどうか。原子力発電所に県の名前がついているところは少ない。福島と島根だけである。僕の住む静岡県にも原子力発電所があるが、浜岡という、もうなくなった自治体の名前がついている。ここで事故が起きたら、静岡がシズオカになるのだろうか、それともハマオカなのだろうか。視点をいろいろ変えて読む。
    本書は多岐にわたり、賛成できること、疑問視するようなことが混ざっているが、ともあれ一読する価値はある。

  • 藤村龍至さんがどこかで発言していたが、時代を先どる提言は同時代の“学者さん”たちの放言的な批判にさらされる。彼らはそれらの批判に責任を持つ気などさらさらないが、傍からみると糾弾する側がえらく見える…ジレンマである。クリエイターはいつだって批判に耐えるロジックとメンタルの強さが必要だ。

    さて「ダークツーリズム」は、本当にこの国の義務教育で育った“ふつうの人たち”に訴えかけることはできるだろうか。「ラディカルな思想」と「耳障りのよさ」の狭間で揺られ、どこに着地するかに全てはかかっているのだろう。

  • 福島第一原発事故を風化させてはならないというはっきりとした意図を感じた。私も原発は訪れて見たいと思うし、観光地化されたならば一度は足を運びたい。お客さんという立場からすれば、かなり面白い「パンフレット」だと思った。ただし、計画を全て実現させるのは不可能であろう。また、一人のサッカーファンとしてJヴィレッジはあくまでサッカーをメインとして復旧させたい。個別具体的な計画には反対のものがあるが、理念的には概ね賛成である。(非常に生産性のない意見ではあるが…)

  • 前回のチェルノブイリ本が「チェルノブイリに行って来ました」メインだったのに対して、「福島行って来ました」「福島こうしましょう」と焦点がばらけちゃったかも。井出さんとか一つ一つの記事はおもしろいけどトータルとしてどうだろう?という。まぁ仕方ないっちゃないんだけど。

  • 賛否両論、福島第一原発観光地化計画のいわば叩き台。計画に対して懐疑的な人との対談や、現地のレポートも含めた内容。以後、本計画を批判するのであれば、簡単にでも、この本に目を通してほしい。
    発起人の東もあとがきの中で認めるように、現実と夢想が混ざり合った状態の計画かもしれないが、まだ見えない状態のもの対して、こうしたい、という形を考えて、調べて、議論して、まとめて、提示しているだけでも充分賞賛に値すると思う。
    あとがきの文学、哲学に対する意志は、程度の違いこそあれ、少しでもそれに触れたことのあるつもりの自分としては、よく言ってくれたと思う。

  •  現在すでに始まっている原発周辺のガイドの紹介に始まり、2020年の復興博の提案、2032年の一大施設ふくしまゲートヴィレッジ構想へと続いていく。思ってたよりずっと具体的なプランが描かれていて、読んでてワクワクする。
     現在のガイドや未来のプランの中に、原発の問題を風化しない、福島だけの問題にしない、といった重要なメッセージが見えてくる。今、福島でも日本全体でも放射能や原発の問題をなかったことにするような感じになってることを考えると、これはとても大切なことだ。
     福島内外の様々な人が出てきてバラエティに富んだ内容になっていて、どこから読んでも面白い。豊富な写真も嬉しい。
     
     読みながら、福島の10年、20年先のビジョンが前向きに語られることが今まであっただろうかと考えてしまった。だからこの本を読んで、涙が出るほど嬉しかった。
     あとがきまで読んで思った。福島第一原発観光地化計画は具体的に練られた夢なんだと。今、日本は一つの夢の終わりを迎えていると思う。そこに必要なのは新しい夢なのではないか。その一つの形がこの福島第一原発観光地化計画なんだと思う。
     今こそ福島の未来を語りたい。本当に多くの人に読んでもらいたい一冊。

  • お疲れさまでした!

    個人的に、結論の出ていること、ではあるので、「ああ、ここまでくるのにこんなに時間が経ったのか。あれから2年半、あれもこれも読んできたけど、そんなにかかったのか…」という感慨の方が大きい一冊となりました。考えを形にする、ということ、人に分かるようにする、ということ、それを広める、ということがいかに大変なことかを、改めて感じました。本当にお疲れさまでした。

    とにかく分かりやすく、イメージの膨らむ形での紙面構成。こんなこと考えたこともない、3.11をどのようにとらえたら良いのかまだわからずにいる、という向きには是非。一読に値すると思います。

    距離もあり、なかなか直接的に何が出来るということではないけれども、自分の立ち位置で同じように未来を描く力について考えたい、実行していきたい、という意味で、とてもエネルギーを頂きました。あとはこれがどのように世界に染み渡っていくのか、を見つめ続けたいし一緒に考え行動していきたいです。

    私的には、巻末の東氏が、今後のテーマを「超越について」とされていたのが一番の見所でした。そこかなやっぱそこかな!

  • はっきり言おう。これは福島を自らの「思想」のもとに従属させる、極めて醜悪な計画だ。もう少し突き詰めて言うと、これは福島を永久に「原発事故」という枠に押しとどめる行為でしかない。

    そもそも計画者らは「風化させないことが大事」と言うが、なぜ「風化してはいけないのか」を本書から考えると、そもそも「原発」という象徴に(昔も今も未来も)縛り付けるための方便にしか見えない。そしてその視線が向いているのは、被災地の現実ではなく彼らが打って出たい「東京」「世界」だ。同書には(申し訳程度に藤田浩志の寄稿があるものの)地元経済に対する視線が観光ガイドの育成以外にない。

    さらに、同書では導線が世界-東京-福島と設定されているが、震災という視点から考えれば岩手などを経由する必要があろう(世界-東京-八戸-久慈-釜石-大船渡-気仙沼-石巻-仙台-福島第一原発など)。同書にとって福島は「象徴の中心」でしかない。また同書の中には「ツナミの塔」という作品案があるが、津波瓦礫を使った芸術品と称されているにも関わらずなぜか原発事故関連の作品ということになっているのがそれを象徴しているだろう。

    もう一度言うが、これは福島をある種の差別構造に従属させるものでしかなく、こういった「思想」の押しつけにどのような効果があるのか、極めて大きな疑問を持たざるを得ない。

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福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2の作品紹介

Amazon総合ランキングベスト10入り、紀伊國屋書店、青山ブックセンターなど主要書店の人文書ランキングで1位を獲得した、『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』の続編がついに登場!

2013年、現在の福島はどうなっているのか。(第1部「制度をつくる」)
2020年、東京は福島のためになにをすべきか。(第2部「導線をつくる」)
2036年、福島は世界にどのように開かれているべきか。(第3部「欲望をつくる」)
さらに補遺として、『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』の追加取材報告や、官民の福島の復興計画案を網羅した資料集を掲載。

前巻をはるかに上回る192ページフルカラーで、写真・図版を多数収録。テレビ・新聞で話題沸騰の「福島第一原発観光地化計画」の実態がついに明らかに!!!

福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2はこんな本です

福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2のKindle版

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