NHK大河ドラマ 義経 完全版 第壱集 [DVD]

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出演 : 滝沢秀明  神木隆之介  松平健  南原清隆  うじきつよし 
制作 : 宮尾登美子  金子成人 
  • ジェネオン エンタテインメント (2006年1月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4988102197537

NHK大河ドラマ 義経 完全版 第壱集 [DVD]の感想・レビュー・書評

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  • 第1回 1月9日 運命の子
    第2回 1月16日 我が父清盛
    第3回 1月23日 源氏の御曹司
    第4回 1月30日 鞍馬の遮那王
    第5回 2月6日 五条の大橋
    第6回 2月13日 我が兄頼朝
    第7回 2月20日 夢の都
    第8回 2月27日 決別
    第9回 3月6日 義経誕生
    第10回 3月13日 父の面影
    第11回 3月20日 嵐の前夜
    第12回 3月27日 驕る平家
    第13回 4月3日 源氏の決起
    第14回 4月10日 さらば奥州
    第15回 4月17日 兄と弟
    第16回 4月24日 試練の時
    第17回 5月1日 弁慶の泣き所
    第18回 5月8日 清盛死す
    第19回 5月15日 兄へ物申す
    第20回 5月22日 鎌倉の人質
    第21回 5月29日 いざ出陣
    第22回 6月5日 宿命の上洛
    第23回 6月12日 九郎と義仲
    第24回 6月19日 動乱の都
    第25回 6月26日 義仲最期
    第26回 7月3日 修羅の道へ
    第27回 7月10日 一の谷の奇跡

  • 2005年大河ドラマ

    大河ドラマに どっぷりつかっているようだ。
    『義経』をみる。
    史実とフィクションが絡んでいるので、
    知らなかったことが多く・・・
    なるほど、そうだったのか と思い浮かぶことが多い。
    『功名が辻』『風林火山』『武田信玄』・・・そして
    『義経』・・・まるで、タイムマシンに乗っているようで
    時代をさかのぼっている。

    いやーはや。
    義経(滝沢秀明)は 実に複雑な 
    人生をおくっているのですねぇ。
    だから、義経人気があるのかなぁ。
    その不遇さ・・・に魅力があるということか。
    『判官びいき』というのは、このことから出たようだ。
    義経物語

    義朝(加藤雅也)と契りがあった 
    常盤御前(稲森いずみ)には3人の男子がいた。
    その3男が、牛若。
    義朝にとっては9男目であった。
    牛若が生まれたのは 1159年。
    その年には 平治の乱があり 
    義朝は清盛に敗れるのである。
    そのため、牛若は父親の顔を見たことはない。

    常盤御前は、清盛(渡哲也)の
    寵愛を受けて 子供(能子)をもうける。
    常盤御前は 一条(蛭子能収)に嫁ぎ・・・
    能子(後藤真希)は 平家で 養われることになり
    牛若は鞍馬寺に 出家させられる。
    兄と妹は 源氏と平家に分かれるのである。

    牛若は鞍馬寺で 修行して 武芸にも励んだ。
    ときおり 京の街にも出かけた。
    その中で、五足とも知り合う・・。
    牛若は 身の軽さをいかして 武蔵坊弁慶(松平健)と
    5条の大橋で戦う。
    チカラあふれる弁慶をいとも簡単にいなす。
    東光寺の僧より 『遮那王』に改名する。

    遮那王は、吉次(市川左團次)の誘いで 13歳のときに
    奥州藤原秀衡(高橋英樹)のところに向かう途中
    父親 義朝が討ち死にした尾張で 元服し
    『九郎義経』と自ら命名する。

    藤原秀衡のところについた 義経と郎党は・・・
    暖かく迎え入れられたわけではない。
    義経の持つ ヒトをひきつける魅力や
    秀衡の跡継ぎ 泰衡(渡辺いっけい)の命を助けることで
    秀衡の信を得ることになる。

    静御前(石原さとみ)と再会するのも 奥州。
    不思議な縁で結ばれる。
    母から継いだ白拍子。

    兄のいる伊豆に向かわず・・
    奥州に行くというのが 義経の大きな視野で行動している
    姿がある。
    義経の活躍が楽しみであるが・・
    渡哲也の清盛は 味があっていい・・・。
    高橋英樹の秀衡・・・要所はよくおさえてある。

    屏風の牛若の落書き・・・・。
    清盛の 福原を語る 想い。
    武士が 理想の国とは何か を考え始めたときである。
    天皇の時代から・・・武士の時代への変わり目。
    いまから 900年近く前の話である。

    義経は頼朝(1147~1199)が兵を挙げたということで、駆けつける。
    頼朝(53歳で死ぬ)と義経とは12歳違いである。

    頼朝(中井貴一)は 北条時政の娘 
    政子と1167年に結婚をする。
    政子は時政のきめた相手とは違う 
    頼朝を選んだ。
    北条政子 というのは 
    時代の鍵というより 頼朝を握っていた。

    清盛の娘徳子を高倉天皇に嫁がせ 男子が生まれ 
    安徳天皇(1178年~1185年)となる。
    清盛は『わが世の春』をうたった。
    天皇をものともせず、天皇をとりこもうとする。

    後白河法皇(平幹二朗)の存在感は・・・
    圧倒するが・・・
    それを物怖じせずに向き合う 清盛。

    平家は 『兄弟・親族』で政(まつりごと)をしようとした。
    平安(藤原)のしくみを 
    そのままスライドしたようなシステムだった。

    清盛の息子 重盛 基盛 宗盛 知盛 
    ・・・そして重盛の嫡男 維盛。
    清盛は 子沢山である・・・。
    清盛は 福原に 理想の国 をつくりたいと願った。
    理想の国とは 外国との貿易をして 争いのない豊かな国。
    福原に移転してみたが 続かず、京にもどした。
    国のしくみが 作れなかったのである。
    しかし、かなうことはなかった。

    清盛は言う
    『夢をかなえるには大きなチカラがいる』と。

    頼朝は『理』で、武家社会を作ろうとした。
    天皇の時代から 貴族の時代 そして 武士の時代へ
    時代は流れていくが、頼朝がその仕組みの基礎を作った。
    『武士の時代』は、明治維新まで続くことになる。

    武士を 『もののふ』と呼ぶが
    古代朝廷に使えた 文部の官人をいう
    『物部』とかいて もののふ だった。
    山伏の 『ぶし』 が 武士になったという。
    貴人のそばに仕える 『さぶらふ』から
    平安時代の貴人に使える男を『さぶらひ』といった。
    それが『侍』となった。

    鎌倉幕府のしくみは
    御家人制度・・・
    鎌倉殿(頼朝のこと)から御家人へ(御恩)
    御家人から鎌倉殿へ(奉公)
    そして、機能を作り上げた。
    侍所(さむらいどころ)・・・1180年設置。
    公文所(くもんじょ)・・・1184年設置/
    →1191年に政所(まんどころ)へ改称
    問注所(もんちゅうじょ)・・・1184年設置。
    京都守護・・・1185年設置。

    各地に守護と地頭をつくる。
    これを全国に張り巡らす・・・。

    正剛センセイは言う
    『封建制度は三つの要素からできています。
    ひとつは「一所懸命」、
    「一生懸命頑張る」と言いますが、
    本来は「一所」から来ています。
    ひとところに命を懸けること、
    つまりリーダーに「そこを守りなさい」と言われると、
    その場所を守り続けることが「一所懸命」なんです。

    次に「本領安堵(ほんりょうあんど)」。
    自分が与えられた土地をリーダーが安堵する、
    ゆるぎないものとして安定させるということ。
    三つ目が自分が仕えている
    棟梁の御恩を必ず返すという「御恩奉公」です。
    これが鎌倉時代の領地の保証をめぐって
    成立した封建制度の仕組みだったんですね。』

    『一所懸命』『本領安堵』『御恩奉公』・・・・

    京都ではなく 鎌倉に幕府を置き
    天皇 貴族 などの 風習を新しく作り変えた。
    1192年 鎌倉幕府を作り 頼朝は、征夷大将軍となる。

    それまでは 任命権は 天皇にあって、
    地方の豪族たちは 天皇から 任命されて始めて
    確立したのが 鎌倉幕府が任命できるようになった。

    歴史は編集される。
    この物語は 義経の視点から描かれる。
    知盛の視点で書くとまた違ったドラマがある。

    おごる平家に対して 反感が強まる。
    1177年 鹿ヶ谷の陰謀

    1180年 安徳天皇(第81代)の即位
          以仁王(後白河法皇の3皇子)の令旨
    これによって 頼朝は挙兵を決意する。
          平重衡 東大寺、興福寺を焼き払う。
    南都の焼き討ち
    (なぜ 南都焼き討ちをしたのか?
    (僧兵という存在が、不思議である。
     殺生を好まぬ僧がなぜ武器を持つのか?

    1181年 清盛 死す(64歳)。
          宗盛(1147年~1185年)が継ぐ

    1183年 木曽義仲がクリカラ峠で維盛の10万の兵を
    5万の兵で破り、そのあと進撃し京都にはいる。
    これによって 『平家』の政権は 崩壊したことになる。
    義仲は旭将軍といわれるが、軍の乱れによって、略奪などをする。
    そのときは、ちょうど飢饉が重なっていた。

    1184年 
    範頼と義経が 義仲を打つために、鎌倉を立つ。
    義仲をあっという間に散らしてしまう。
    木曽義仲(1154~1184) 31歳であった。
    松尾芭蕉が木曽義仲に共鳴しているがなぜなのだろう?

    一の谷の合戦で ひよどり越で 平家を一気に攻める。
    知盛は、その奇襲に驚く
    平家と一の谷の戦いで勝利したにもかかわらず
    義経(滝沢秀明)には 頼朝(中井貴一)から論功がなく 
    後白河法皇(1127~1192)が、義経を京都の検非違使に任命される。
    範頼は 平家の征伐を任命されるが、義経は任命されない。

    1185年 
    義経に 屋島の平家を討つことを命じられる。
    梶原景時と逆櫓をつける。
    援軍を待つ ということで、義経と対立。
    直接 屋島に向かうことなく 
    暴風雨を突いて 阿波に渡る。
    陸路より攻める・・
    宗盛らは 相変わらず逃げ出すことに・・・。
    那須与一の 扇を射るという ドラマが・・・

    元暦2年(寿永4年)3月24日(1185年4月25日)に
    長門国赤間関
    壇ノ浦(現在の山口県下関市)で行われた合戦。
    (恥ずかしながら、壇ノ浦が下関付近にあるとは知りませんでした。

    弁慶は 平家方の熊野水軍 湛蔵の応援をあおぐ・・・。
    知盛の活躍 義経の八艘とび・・・・。
    潮の流れで・・戦いの流れも変わる。

    3種の神器があって始めて、
    神格化される天皇ができるのであるが・・・。
    壇ノ浦の戦いで、草薙の剣は 海底深く 沈んでしまった。
    そうすると・・・
    今の天皇の場合の草薙の剣はどうなっているのだろうか。

    天皇をめぐる見方が 
    平清盛 平宗盛 義仲 行家 義経 頼朝
    それぞれが、微妙に違う・・・そこに、面白さがある。
    木曽義仲は なぜその際 
    徹底して 天皇を破壊しなかったのだろうか?
    それが、できたはずなのに・・・。

    後白河法皇(平幹二朗)の妖怪ぶりは 徹底している。
    風見鶏のように 風の流れを読み 院宣 を発する。
    物語の重厚さをつくりだす・・・・。
    丹後の局(夏木マリ)が、怪しく、魔女のような 役を。
    はまっている

    それにしても 義経の活躍ぶりは目を見張る・・。
    兄 頼朝(中井貴一)は 1御家人 としか 見ない。
    功労に対して 報いるわけでもない・・・・
    亀裂が生じていく。
    何ゆえに起こった 『亀裂』 なのだろうか?

    それをたくみに 義経を操ろうとする 
    後白河法皇(平幹二郎)
    義経 まばゆいばかりの 素直さ。
    義経についていく 静御前(石原さとみ)のけなげなさ・・・
    頼朝の前で 堂々と踊る 白拍子。

    『義経』をみおわって・・ボーっとしている。

    一の谷の戦い、屋島の戦い そして壇ノ浦での戦い。
    義経の戦術は 勇猛果敢であり、奇襲。
    壇ノ浦では 海での戦い・・も掟破り。
    ただひたすら、勝ち抜いた。
    それは、兄 頼朝 を思ってのことだった。

    義経と頼朝・・・
    あくまでも テーマは 『兄弟』
    異母兄弟・・・・。
    頼朝を演じる 中井貴一 表情に出ない部分の演技。
    苦労しておるなぁ。
    言葉を少なくして表現することの難しさよ。
    兄の複雑な思い・・・もう、ひと踏ん張りいるところである。

    北条政子の やり取りとかけひき・・・うまいよ。
    頼朝はなぜ 
    義経を討つことを決めざるを得なかったのか?
    サブテーマが『親から子』へという 継続 ということ。

    その時代の 情報伝達の速度から・・・
    コミュニケーション不足からくる誤解なのだろうか?
    弟へ対するねたみなのだろうか?
    目標とする目的の違いなのだろうか?

    『義経』をみながら
    文化とは 幾重にも重なった 
    年輪のようなものかもしれない。
    それが、死するときにその文化がでるのかもしれない。

    壇ノ浦の戦いで 平家の女性たちの潔さ。
    次々と 海に 飛び込んでいく。
    知盛(阿部寛)が女子たちに告げる・・・
    とらわれて、生き恥をさらさずに、運命を受け入れる。
    運命共同体であったのは 平家の女子たちだった。
    華やかさが より華やかな幕で閉じられる。

    兵も 勝ち戦になると見れば 人が集まり
    負け戦になると、あっという間にちりじりになる。
    『兵隊』というのは、多くは農民で構成されている。
    その集合のルールが 実に機を見て・・・
    命を投げ出すのは わずかな人数になってしまう。

    『義経』の中では
    切腹という儀式はなく 斬首であり
    義経の自害の場面も 
    頚動脈を切ろうとするシーンで終わる。
    自害のあり方が、
    まだ日本の美意識というかたちをつくっていなかった。

    武将の度量 によって・・・
    歴史が大きく変わる。
    清盛の 度量の大きさ
    秀衡の 度量の大きさ
    頼朝の非情さはよくでたが、度量まで見えない。

    一体、人格はどのように形成されるのであろうか?
    そして、受け継がれないのは なぜなのだろうか。
    20年のサイクルでニンゲンが生まれてくるが
    20年という時間は その時代背景の展開が大きく
    伝えることはできない。

    百年先の夢を見た秀衡 その夢ははかなくついえる。

    大河ドラマは 『北条政子』をやってほしいなぁ。

    天皇は、そのときのチカラある集団を認知することで
    その勢力の維持を図っていた。
    つまり、天皇は『軍隊』をもたないかたちで 
    その政を維持する ことが成立した。
    これが、日本という国の持つ特殊性なのだろう。

    チカラある集団は 認知をする天皇を 
    滅ぼすという行動を起こさなかった。
    天皇を滅ぼすことによって 
    自らの存在位置がなくなるという矛盾を持っていた。

    『虚』から『実』になるための 認証権を 天皇が持つ
    という国のかたちを 作り上げた 天皇システムは
    『日本書紀』や『古事記』によって、はぐくまれた。

    『天命』という言葉によって 
    中国では 『皇帝』そのものが攻撃され 崩壊し 
    新たな『皇帝』ができる。
    中心は常に変化していたが、日本ではその中心が変化しない。

    天皇に仕えるかたちで 藤原家は融合して 政を行った。
    清盛は 武家であるが 朝廷 公家に融合した。
    頼朝は 武家社会をつくろうとしたが 
    天皇を滅ぼすことは 考えてもいなかった。
    やはり、認証を受けることが大事だと思っていた。

    チカラによって 天皇を制御できると考えた。
    本当は 滅ぼしてしまえば 権力は握ることができる。
    『3種の神器』があれば、自ら天皇になるということも
    思わなかった。
    天下をとるには、『天皇』による認証システムが必要だった。

    日本の歴史で 二つの不思議は
    天皇は自らで軍事力を持とうしなかったこと
    頼朝は天皇を滅ぼそうと思わなかったこと

    天皇は なぜ 軍事力を持とうとしなかったのか?
    それは、武士が『人を殺す』という 
    殺生する という役目の階層だった。
    殺生をすることを忌み嫌ったのである。
    殺生が ケガレ という思想につながった。
    それが 牛や豚を殺す職業を ケガレ と見る文脈にもなる。

    怨霊信仰である 怨霊の呪詛から逃れたい
    という思想の中に深くかかわっていた。
    殺生をすることが 怨霊のたたりが起こり
    それを人に任せてしまう という カタチをとった。
    逆賊を討伐する ということは 
    殺生をさせるという命令に他ならないが、
    自ら手を下すことがないということで
    天皇自身を納得させるものであった。
    武力を持たない天皇権力の思想は 怨霊がはぐくんだ。

    頼朝に『征夷大将軍』という 役職を与えた。
    それが、武家の棟梁に与えられる名称となった。
    (それ以前にも『征夷大将軍』とよばれるものはあったが
    『後白河法皇』の持つ、奇妙な役割は
    日本の歴史の 根幹 を成していた。
    清盛 頼朝 その後の戦国の武将 たちは
    寺を建立することに熱心だったのは 
    殺生による たたり への恐れが そうさせたのだろう。

    太平洋戦争において 天皇を 戦犯としなかったのは
    アメリカにおける 日本の歴史とニホンジンの精神構造を
    十分に研究した成果だった ともいえそうだ。

    義経は父親が殺された人の大将のところで 養われる。
    あまりにも幼いゆえに そのことさえも知らない。
    『清盛』を父親と勘違いしてしまう。
    物心ついたときに それが 父親を殺した 
    人であり、 自分の母親は 清盛の側室として 
    子供さえ生んでいる。

    義経の持つ 複雑な感情は
    『恩情と復讐』の混じったものだ。
    それを自分のプラスのエネルギーにどう変えるのか?
    実際 義経は 実の生みの父親を知らない。
    その父親代わりになるものが 兄である 頼朝 とした。
    兄の指示に従うことは 父親に従うに等しいことだった。

    清盛は幼いころから 父を知らず、母にも思い出がない
    さびしい 子供時代を暮らしたことから
    源義朝の子供たちには 恩情を働かせることになり。
    頼朝は 流人として 伊豆へ

    常盤御前(稲森いずみ)の子供たちは 長男と次男は出家させ、
    牛若は預かることに・・・・
    清盛の恩情が 頼朝と義経を生き延びさせ、
    平家の滅亡につながる。

    頼朝は ことごとく 清盛の子供や孫を殺してしまう。
    頼朝には、いささかも 恩情はなかった。
    いや、そのことが、新しい武家の国を作ることができない
    とおもった・・・。

    頼朝と義経が手を組んだら、
    大きな源氏の力になると考えた 北条政子はいかにして 
    頼朝が、義経を討つように仕向けるか
    それは、北条家にとって大切なことだった。

    兄弟間での殺し合いは自らの血統を絶滅させるしかなくなる。
    兄弟の憎しみあいは、血で血を争うことになる。
    義経の中には あだを討つ 
    ということの向こうに 自分にとって目指す国があった。

    あだを討つというだけではない 大きなエネルギーを生み出していた。
    『父母と兄弟がなかむつまじく暮らす国』
    これは、戦国時代の  マイホーム主義だったのかもしれない。

    「汝の謀を持って、汝もまた謀られる。」という諺があるように
    信玄は景虎を追放して 
    嫡男 義信に謀反を起こされることになる。

    信玄が自害させた諏訪頼重の妹との間に生まれた 
    勝頼に 自分の跡目を継がさせることになる。
    あだを討つ というエネルギーが違うエネルギーに
    転化していることに、勝頼の力強さがある。

    戦国時代の 武将のアイデンティティは、
    生れ落ちたときから 
    常に自分の血を知り自分で自分に戦うことになる。

  • しずやしずが大好き!
    静御前がかっこよすぎるw

  • 配役も脇役を中心に重厚な感じで好印象。それ以上に絵的に大変綺麗で美しい情景描写。平家の公達の服装は雅だし、実際(史実)はともかく、物語として十分楽しめた。個人的には小澤征悦さん扮する木曽義仲と小池栄子さん扮する巴御前のドラマが好きかな。また中井貴一の頼朝も良い。寂しげな頼朝を良く演じていると思います。鵯越(一ノ谷の合戦)などの合戦描写も戦国時代の合戦の描写と違い、「美しさ」が有って、とても楽しめたし、余韻も残った。

  • 私が滝沢さんを好きになったきっかけである義経様。もう大好きです!★10個つけたい!!(笑)

  • みたいなぁ。

  • 2005年大河ドラマ「義経」。
    私が日本にいたなら、2005年、日曜夜8時はテレビにかじりつくように見ていたことでしょう。
    すごく見たかった「義経」が、この中国でDVDで見れてよかった(感激)!

    久しぶりに大河ドラマらしい大河なのではないでしょうか。
    実力派の俳優陣、豪華なセット(前半は平家の栄えっぷり、後半は合戦シーンの迫力!)、美しい映像!これぞ、大河だよ〜〜。

    なんといっても、タッキー、義経にぴったりですね。
    義経は反っ歯で痩せたブ男だったという説もありますが、やっぱり義経といえば「美少年」でしょう。
    私、ジャニーズファンでもタッキーファンでもございませんが、タッキーの美貌に感服しております。

    「御曹司!」と呼ばれるために生まれてきたのではないかとすら、思えてきます。
    体も存在感もデカイ、上様(マツケン→弁慶)を部下にして違和感がないのはタッキーの美貌ゆえ!紅の鎧を身に付け、馬に颯爽と乗る武者姿はとってもりりしいのです。


    何なんでしょう、このはまりすぎているキャストは・・・。
    貫禄の清盛@渡哲也、平家の尼将軍二位の尼@松坂慶子、腹黒頼朝@中井貴一、源氏の尼将軍政子@財前直美、怪物後白河法皇@平幹二朗、美貌の母常盤@稲盛いずみ、、、、
    もう、すべての役者さんが役にはまりすぎなんですよ、イメージが。役者さんの実力ということももちろんあるんでしょうけどね。

    唯一違和感があったのは、重盛でしたが。
    初回登場時に、「重盛にしてはちょっと線が細すぎなんじゃ・・」と思った重盛@勝村政信さんは、回を重ねるごとに気迫の演技力で、貫禄をつけ、ご臨終のシーンではパパ清盛@渡哲也の演技を完全に食ってました・・・。すごかった!

    あと、子役の演技もすごかったですね!
    っていうか美貌義経は、赤ちゃん義経も、子供義経もカワユイの!
    あんな目がぱちくりしてかわいい赤ちゃん、どこで見つけてくるんでしょーか、NHKさんは。
    牛若を演じた子役くんも演技が上手い!
    それからなんといっても、義高と大姫の子役コンビ。

    1話から27話までの前半部分で、一番私が泣かされたのは、義高くんですよ!
    北条時政@小林稔侍からパパの木曽義仲が頼朝勢に討ち取られたことを聞いても、子供ながら武士らしく取り乱さず冷静に「承りましてございます!」とか言ってる健気な姿!

    それでも耐えられなくて、床下で泣くじゃくる義高・・・。
    子供といえども、元服した武士として、人前で泣けないよね。
    っていうか、頼朝の婿として、頼朝の敵の死に対して泣いていることなんて絶対に鎌倉の人々には見せられないよね。それがいくら父上でも。
    ああ、そんな頭の良さが、自分の命を縮めてしまうんだよ・・・(号泣)。


    義経がいよいよ出陣、滅びに向かっていく平家。
    一の谷の戦いが終わり、源平合戦はいよいよ本格化・・・。
    後半は涙なしでは見られない予感。

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