女と男のいる舗道 [DVD]

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監督 : ジャン=リュック・ゴダール 
出演 : アンナ・カリーナ  サディー・レボー  ブリス・パラン  アンドレ・S・ラバルト 
制作 : ジャン=リュック・ゴダール 
  • ハピネット・ピクチャーズ (2006年5月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4907953015159

女と男のいる舗道 [DVD]の感想・レビュー・書評

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  • これまた結末がよく分からない感じなんですけれどもねぇ…自分は割かし楽しめましたかね!

    ヽ(・ω・)/ズコー

    「男性・女性」も良かったんですけれども、これもなかなか…基本は男女のお話? なのかな? ってな感じで相変わらず考えても分からないゴダールさんの映画ですけれども、後半の辺りでやや哲学めいた会話が交わされるシーンがあって、そこが僕的にはお気に入りなのかなぁ…。

    あと、アンナカリーナがダンスするシーンも不思議と印象に残りましたかねぇ…。

    まあ、そんなところですかね…(!) さようなら…。

    ヽ(・ω・)/ズコー

  • 最高!ひとりの女性が身を売っていく過程を冷静な視点で描きつつも、その中には論理では割り切れないような感情を描いているところが好きだった。主人公が「裁かるるジャンヌ」を見るシーンやこの作品自体の構図から「裁かるるジャンヌ」をなぞっている感覚にもなった。

  • ゴダールの映画は難解なイメージがあって、この作品も哲学について語らっていたり、詩の朗読があったりわたしには解釈が難しかった。夫と離婚し、映画女優を夢見てパリにやってきたアンナ・カリーナ演じるナナが、最初はレコード店の店員、そしていつのまにやら娼婦へと身を落としていくというお話。ドキュメンタリー風に淡々と描かれている。哀愁漂う挿入歌が何度も流れる。登場人物の後ろ姿だけを映していたり、カメラワークが独特な感じ。アンナ・カリーナが可愛い。この映画でのアンナ・カリーナの黒髪ショートボブや服装がお洒落。瞳が印象的な女優さんだなあ。「女は女である」、「アルファヴィル」も観たいです。

  • ゴダール流哲学的恋愛映画というべきか。以下引用。

    「何故話をするの? 何も言わずに生きるべきだわ。話しても無意味だわ」
    「本当にそうだろうか」
    「わからない」
    「人は話さずに生きられるだろうか」
    「そうできたらいいのに」
    「いいだろうね。そうできたらね。言葉は愛と同じだ。それなしには生きられない」
    「何故? 言葉は意味を伝えるものなのに。人間は裏切るから?」
    「人間も言葉を裏切る。書くようには話せないから。だがプラトンの言葉も私たちは理解できる。それだけでも素晴らしいことだ。2500年前にギリシャ語で書かれたのに。誰もその時代の言葉は正確に知らない。でも何かが通じ合う。表現は大事なことだ。必要なのだ」
    「何故表現するの? 理解し合うため?」
    「考えるためさ。考えるために話をする。それしかない。言葉で考えを伝えるのが人間さ」
    「難しいのね。人生はもっと簡単なはずよ」
    「人生を諦めた方がうまく話せるのだ。人生の代償……」
    「命がけなのね」
    「話すことはもう一つの人生だ。別の生き方だ。わかるかね、話すことは話さずにいる人生の死を意味する。うまく説明できたかな。話すためには一種の苦行が必要なのだ。人生を利害なしに生きること」
    「でも毎日の生活には無理よ。つまり……」
    「利害なしだ。だから人間は揺れる。沈黙と言葉の間を。それが人生の運動そのものだ。日常生活から別の人生への飛翔。思考の人生、高度の人生というか。日常的な無意味の人生を抹殺することだ」


    「考えることと話すことは同じ?」
    「そうだと思う。プラトンも言っている。昔からの考えだ」
    「言葉に自信が持てる?」
    「持つべきだ。努力して持つべきだ。正しい言葉を見つけること」


    「愛は唯一の真実?」
    「愛は常に真実であるべきだ。純粋な愛を理解するには成熟が必要だ。探求が必要だ。人生の真実だよ」

  •  ゴダールは、女性という生き物を観察するのが、そしておそらくこの映画を撮った時にはこのアンナ・カリーナという女優の造形を眺めることが好きでたまんなかったんだろうなぁ。

     油断すると寝てしまいそうではあるが、人間の、生き物としての本能と作為との境を意識させる物語で興味深かった。 作為は本能よりも人を滅ぼし、本能的な行動も、それを意識した瞬間に作為になってしまう。 人にとって本能は遠く、だから簡単に滅びてしまうんだろうな。

  • 「三銃士」は読んだかね? つまり・・・ポルトスという人物が・・・これは「二十年後」の話なのだが、太った大男が出てくるだろ。 彼は一度も考えたことがない。ある時、地下に爆薬を仕掛けることになった。そして、導火線に火をつけ、逃げた。その時、突然考えた。なぜ右足と左足が交互に前に出るのかと。そう考えた途端に急に足が動かなくなった。爆発が起こり、地下が崩れた。彼は強い肩で必死に支えたが、1日か2日後には押しつぶされて死んでしまう。考えたために死ぬんだ。

  • パリのカフェ。離婚したカフェで話すナナ。相手は別れた夫だった。
    流転するナナの人生。

    冒頭のシルエットのシーンとか、ナナへのカメラ目線のアングルなど、なんかいいな、というシーンがいっぱいある映画。

    マニアックではあるので、人にはすすめないけど。

  • 私はすべてに責任があると思う。自由だから
    手をあげるのも 私の責任
    右を向くのも 私の責任

    不幸になるのも 私の責任
    タバコを吸うのも 私の責任
    目をつぶるのも 私の責任
    責任を忘れるのも 私の責任

    逃げたいのもそうだと思う
    すべてが素敵なのよ

    あるがままに見ればいいのよ

    顔は顔

    お皿はお皿

    人間は人間



    娼婦は美しくなくてもよい

    娼婦は医者と警察の管轄だ

    金を払うかぎり 娼婦は客を選べない

    衣装と化粧と身振りでその目的を明確にする

    考えた為に死ぬんだ


    言葉は愛と同じだ

    でも何かが通じ合う

    考えるために話し合う

    人生はもっと簡単なはずよ

    人生をあきらめた方がうまく話せるのだ

    話すことはもう一つの人生だ

    話すことは、話さずにいる人生の死を意味する

    話すためには一種の苦行が必要なんだ

    だから人間は揺れる沈黙と言葉の間を

    それが人生の運動そのものだ

    日常的な無意識の人生を抹殺することだ

    誤りと嘘の間に大きな差はない
    もちろん日常的な嘘は別だよ

    5時に来ると言って 来ないのはトリックだ

    正しい言葉を見つけること

    つまり何も傷つけない言葉を見つけるべきだ


    誤りを通じて
    真実に到達させるためだ

    ライプニッツの充足理由律
    永久心理に対する真実心理
    日常的人生

    現実は矛盾も可能な世界として認識されうる

    愛は常に真実であるべきだ

    純粋な愛を理解するには成熟が必要だ

    探求が必要だ

    だから愛は解決になる
    真実であれば


    目をつぶった
    考えるための衝動的な動作だった
    錯覚でない事を確かめ
    そして冷静に 的確に 見つめるためだった

    また私は肖像画をじっと見つめた

  • 非道い売春婦のお話。
    演出、おもしろいねー。

  • 1962年 フランス
    原題:Vivre sa vie: Film en douze tableaux
    監督:ジャン=リュック・ゴダール
    出演:アンナ・カリーナ、サディ・レボ
    音楽:ミシェル・ルグラン、ジャン・フェラ

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