ぼくを葬る [DVD]

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監督 : フランソワ・オゾン 
出演 : メルヴィル・プポー  ジャンヌ・モロー  ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ  マリー・リヴィエール  ダニエル・デュヴァル 
  • 日活 (2006年10月6日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4988103631283

ぼくを葬る [DVD]の感想・レビュー・書評

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  • ファッションフォトグラファーのロマンはある日突然
    末期ガンと診断され、余命3ヶ月と告げられる。
    様々な感情がロマンの心に押し寄せる。
    愛しているもののなかなかうまく折り合うことが出来
    ずにいた家族にはこのことを秘密にすると決めたロマ
    ンだった。だが、恋人の青年サシャには冷たく別れを
    告げるロマン。
    唯一心を許す祖母にだけは自分の苦しみを素直に打ち
    明けるのだった。
    突然余命3ヶ月と知った主人公が辿る最後の時間を静
    かに見つめる映画です。
    鬼才フランソワ・オゾン監督がメルヴィル・プポーを
    主演に迎えて描いた作品です。
    ラストのシーンが美しく音楽が素敵だと思いました。
    心を揺さぶられる切ない映画でした。

  • 死に直面した時、
    一体何を悔み、求め、
    諦めて受け入れるのか。

    確かに己が失われていくことは、
    他者との関係性が終わっていくということと、
    自らを終えていくということの、
    両者が絡み合いながら、
    しかし最期はひとりだということ。

    庭に咲き誇りながら、
    一輪が神々しく咲く、
    バラの花のように。

  • ★~余命3カ月、生存率5%かぁ・・・どうする?~★

    この確率じゃぁ、あたしも延命治療しないな。

    職場で倒れたくないので辞める、友人、知人にも言わない、いや言えない。

    多分、毎日呑んだくれながら身辺整理、断捨離に励むんだろうなぁ~

    お墓に入りたくないので、どうすればいいのかネットで調べまくる。

    青木ヶ原は怖くてひとりじゃ行けないし、海も山も苦手だし、

    どうすればいいんだぁ・・・やっぱ入院かなぁ?

    勝手にしろ!って言われそう・・・。

    この作品、主人公ロマン役のメルヴィル・プポーいいですねぇ~

    静かなる苦悩の様子がグッと伝わりました。

    そしてぇ!!
    あたしのトラウマ「マドモアゼル」のジャンヌ・モローが、

    ロマンのおばあちゃん役で、どうだぁ!というさすがな演技をされてます。

    1928年生まれでこの作品が2005年だから・・・え~と・・・計算中、

    とにかく凄い存在感でしたぁ。

    ラスト、ポカーンと口を開けて観終わりました。

    終わってもしばらくそのままでいて下さい。

    波の音が悲しい余韻を・・・放心状態になりました。

    La Fin

  • 原題は、le temps qui reste(time to leave)。
    邦題の方が的確にイメージ捉えてるかとは思う。「ほうむる」と書いて「おくる」と読む。
    余命三ヶ月との宣告を受けた「ぼく」の軌跡。
    よくある「死を見つめる」映画の中に埋没しないのは、たぶん、この映画において「おくる」のは他人ではなくて「自分」だから。

    遣り残したことすべてをかなえて死んでいくわけでもない。
    親にも兄弟にも恋人にも自分の余命については伝えずにいるから、彼らの間では未来への希望に満ちた展開になったりするけど、その未来に僕はいない。
    何かを残して逝きたいと思って、同性愛者なりの形で新しい命を生み出すけど、その命を見守ることは、できない。
    「何かを残そう」「これでさよならだ」と思ってやったこと、それらの結果得た温かさには、それでも悲壮感が消えなかった。
    だけど、
    ふとした場所で、過去の自分を見つけることができた時、凄く穏やかな目をします。
    過去の自分のまなざしを受けて、「いってきます」と言えることが、自分をおくるということなんだろうか。
    これからも生きる人たちは勿論大事だったろうけど、「そこに確かに生きた自分」自身におくられること。それが穏やかな死へとつながったように、私には見えた。
    世界は自分を中心に回っているわけではないけど、ここが私の世界であることに変わりはない。そう思う最近、しっくりくる映画でした。


    「余命尽きるまで精一杯生きる」類の、感動ドラマラインではないです。ドラマ性を極力排除して、被写体にシンクロしやすいようにしてある気がしました。
    全体通して、静かで穏やか。フランス映画っぽい端々の飾りつけも抑制気味。そして役者が凄く良い。
    死を宣告された瞬間から、見知らぬ土地を歩く旅のような、緊張感と浮遊感をまとう主人公。
    生命の磨り減り方が、身体やまぶたの動きにまで出てきます。
    オゾン作品の中では、息が詰まるほどに生に執着してて、その執着が宙を舞う様が奥歯に痛くて
    最後はただただ、美しかった。

  • LE TEMPS QUI RESTE
    2005年 フランス
    監督:フランソワ・オゾン
    出演:メルヴィル・プポー/ジャンヌ・モロー

    フランソワ・オゾンの映画は、初期の頃のイメージだとシニカルでブラックユーモアがあって、色彩はポップでカラフル、どことなく舞台演劇風の密室劇的展開…という感じだったのですけども、最近なんだか重々しくてシリアスな印象が強くて、ちょっと敬遠していたのですが、それでも本作はとても良かったです。

    主人公は若くてハンサムで売れっ子のカメラマンで、そしてゲイなのだけど、ある日突然倒れて病院へ行くと、ガンを宣告されてしまう。助かる見込みもないのに苦しい治療を続けることより、彼はただ死を待つことのほうを選ぶが、残された時間はおよそ3ヶ月・・・っていう設定自体は、多分そんなに目新しいものじゃないと思うのですよね。まあ簡単に言ってしまえば『死ぬまでにしたい10のこと』的な、死を覚悟したとき人間は最後に何を思い、何をしようとするのか、という、ある意味普遍的なテーマなわけで。それを、ありがちな風に終わらせないところがオゾンの視点であり手腕なのだなと。

    主人公は、じたばたするでもなく、荒れるでもなく、比較的淡々と死への準備を進めて行きます。不仲だった家族と仲直りすること、恋人と別れること、自分の遺伝子を残すこと。そういうのが全部、偽善的でもお涙頂戴にもならないところがいい。

    主人公が唯一自分の病気を打ち明ける、祖母役のジャンヌ・モローの存在感は圧巻でした。そしてメルヴィル・プポ-は、とっても目の保養でした。ラストシ-ンの美しさも圧倒的。バカンスで賑わう真夏の海で、やつれはてた主人公がやってきて群集に混ざりながら、少年時代の自分と邂逅する。携帯電話をゴミ箱に捨て、彼はもはや何も持たない(他者との繋がりさえも)。そして波が引くように黄昏れの海から人々が消えて、そこには眠るように静かに死んでいる彼だけが横たわっている・・・こんな美しいラストシーンは久々に見た気がします。

    (2006.08.28)

  • フランス映画の邦題ってなんでこんなに秀悦なのだろうといつも思うのだが、これはなかでも群を抜くものなのではないだろうか。
    ※原題は直訳すると残された時間。英題は去りゆく時間だそうです

    同性愛者のカメラマン・ロマンが余命3ヶ月を宣告される。治療を受けても生存率は5パーセント未満。エイズではなくガン。
    ロマンは粛々と自分の死を受け止めようとし日々葛藤。交際相手と別れ、家族には言えず、唯一の似た者同士であり死期の近い祖母にのみ告げる。レストランのウェイトレスに旦那の不妊について相談を受け子どもを授かることができるよう協力という名の3P。フランス映画っぽい!! 熱い。なかなか無理のある展開。
    ラストの海辺でのシーンが美しかった。あんな風に自分を葬りたい。

  • 死を描くことを通して、生を描く。

    これは表現者ならば誰もがきっと一度は挑戦しようとする題材。思うに死とは、いわば生の凝縮であり、ときに最も苛烈な生の表出でもある。死をテーマの中核に据えた作品を手がける、ということは表現者にとっていつの時代でも半ば宿命的な課題であり、誇りを以て営むべき行いである一方、相応の覚悟と決意を要する。

    しかし、まさに死を主題として掲げているにも関わらずこの作品には、そういった生きることの根本を探るテーマを描こうとする気負いは感じられない。むしろそのような使命感を伴う姿勢とはまるで無縁の様相を呈している。

    おそらく理由は単純だ。監督は癌という設定を用いて自分をひたすら徹底的に見つめ直したかっただけなのだと思う。とても個人的で、内省的な筆致。それはまるで画家が人生の転機において描く自画像のようで。

    気負いがない、ということは必ずしも軽い、ということを意味しない。
    この映画には死を中途半端に扱った作品によくある感動の押し付け的な演出もなければ、役者が大げさに涙を流しわざとらしく「もらい泣き」を誘う安っぽい描写もない。
    全て流れに任せつつも、自分を貫き通していこうとする主人公の達観した“生のしめくくり”が、無数の煩悶を背景に描かれる。

    そして観る者もまた個人的に、内省的に、自らの生と向き合うこととなる。主人公と同じように、心の中で葛藤し、自らの命について自問自答することとなる。


    監督が自分と存分に向き合うために作られたものでありながら、決して一方的にそれを観客に見せつけて終わるのではなく、観客にも自ずとそうさせるよう促す映画。



    深みのある、上質で良質な作品でした。
    あとこの邦題、何気にすごく好き。

  • 天からの導きの如く追尾良くDNAも思い出も後に残し、こんな理想的で素敵な死に方が出来れば最高だよなぁと思う。

    あえて辛辣な態度で周囲の人を蹴散らして、ひとりで墓に入って行こうとする所とか、色々と主人公の気質に共感出来る部分もあり、若干自分を観ているような気分で傷口を弄ばれてるような感覚。

    悩みを打ち明けられる人がひとりでもいるってのは、すごく幸せなことだ。

  • フランス映画。ガンで余命三ヶ月だと宣告されたゲイの主人公の死と生。
    監督は自身もゲイであると公表するフランソワ・オゾン。
    俺は同性愛者ではなく異性愛者だけど、主人公に共感する部分がすごく多くて胸が締め付けられた。一般的な人が観て共感するかはちょっと疑問だし、突っ込みどころもいくつかあるがシンプルさがポエティックに映る良い作品だった。

  •  

    この映画は正直私には難しかったです。
    すごく抽象的な部分が多くて、なかなか人物の表情から読み取ることができませんでした。
    でもそれだけ、死というものは複雑なものなのかなと思います。
    自分を葬(おく)る…それはなんて悲しくて儚いものか。
    まだまだ若く、生きるべきだった彼にとっては衝撃的だったと思います。
    しかし、彼は自分の死を真正面から見つめ、受け止めています。
    彼にとって最後につくったものはきっと彼にとってとても価値あることだったと思います。

    祖母役だったジャンヌ・モローと共演したシーンは印象的でした。

     

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