オーギュスト・コント―社会学とは何か (1978年) (岩波新書)

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著者 : 清水幾太郎
  • 岩波書店 (1978年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)

オーギュスト・コント―社会学とは何か (1978年) (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 「借」(大学の図書館)。

    社会学の創始者であるコントについての入門書。
    コントの生涯をおいながら、「三段階の法則」や人類教などについての解説をしている。

  • オーギュスト・コントの入門編。
    コント研究の第一人者であり、社会学の権威でもある清水幾太郎の非常に分かりやすい解説が、本書の代々の魅力。

    ちなみに、清水幾太郎氏はE.Hカーの「歴史とは何か」の翻訳でも知られている。


    以下は、本書の内容を忘れないようにメモ書きしたもの。

    コントを初めとする古い社会学者は、経済、政治、文化、宗教など社会現象の全体的関連の包括的研究を企て、現実の社会問題の解決を企てていた。
    社会学が独立の学問として、存立して行こうとした際、固有の対象が必要であった。
    それは、根本的な社会関係であり、具体的には協力、支配、従属、競争、闘争などにおける、心理学的分析であった。

    また、古い社会学においては、人類が何処から来て何処へ行くか、現在は時間経過の如何なる地点にあるかということを明らかにしようとした。
    これは歴史哲学的であり、時間の流れて行く方向が決定されることによって、現代の問題の解決の方法が明らかになるという考えに基づいていた。
    マルクス主義の唯物論はこの代表例ともいえる。


    社会学において、フランス革命の歴史的必然性という命題が常に議論されてきたが、革命当時その波にのまれていた人々から見れば、バスチーユ監獄の攻撃をはじめ、偶発事件の連続であったという。
    あの日、バスチーユ監獄は殆ど空っぽで、囚人は7名しかいなかったという説もある。
    偶発事件が続いていくうちに、政治的ロジックが自ずから目覚めて、革命が次第に純粋化されていったのではないかというのが、清水幾太郎氏のフランス革命観。

    では、フランス革命によって目覚めた政治的成果とは何か?
    「民主主義」がそれである。
    著者によれば、啓蒙思想家のうち、民主主義を説いたのは、ルソーだけであるらしい。但し、ルソーの説いた民主主義は、全体主義と区別のつかないものであるとも指摘している。
    個人の自由は一般意思により尊重されるというあたりが、全体主義に近い印象を与えるのだろうが、これは否定できないと思う。

    コントは、「民衆は、或る制度が没落した後でなければ、その制度の悪が判らない」と考えていた。
    民衆には現在を読む力が欠けている。革命前の旧制度も、それが亡んだ後に、その悪を人々は知った。ロベスピエールが処刑された後になって、人々は漸くテロの恐ろしさに気付いた。ワーテルローの敗戦の後に人々は初めてナポレオン専制の恐怖を悟った。


    コントが特に関心をもっていたのは、「法則」についてであった。
    天体や物体など、自然の諸現象については、科学の進歩により、種々の法則が認められてきた。
    モンテスキューは、道徳や政治のような社会現象において、物の本性に由来する必然的関係としての法則の存在を初めて認めたのである。

    コントの思想体系は、「三段階の法則」と「科学分類の法則」という二つの法則の上に立っている。
    「三段階の法則」というのは、人間の精神が三つの段階を経て進歩して行くという仮説である。

    三つの段階は、神学的段階、形而上学的段階、実証的段階と呼ばれる。
    神学的段階では、少数の孤立した観察があって、それが幾つかの超自然的観念によって統合されている状態である。観察された事実は、神秘的観念によって説明されていた時代ともいえる。

    形而上学的段階とは、過渡的で折衷的なもので、原因・実在・実態・自然などの観念が発見されたのは、この段階に於いてである。

    実証的段階とは、精神の最後の段階で、観察された真実は著しく増し、それらを統合する観念も事実によって確認されたもの、あるいは事実そのものである。


    「科学分類の法則」とは、数学・天文学・物理学・化学・生物学・社会物理学の六部門に分類され、この六つが横に並ぶのではなく、上下関係にあるとした。
    コントは、科学を人間の精神の産物であると考えた。
    遠い蒙昧の時代に発する精神の細い流れが、緩かに動いて現在へ至り未来へ進んで行くという連続的過程の中にそれを確認することができる。精神の覚醒から進歩がはじまり、進歩は専ら未来の原理となるのである。
    パスカルの言葉にもあるように「多くの世紀にわたる、人類の連続性は、永久に生存し不断に学んで行く一人の人間のように考えねばならぬ」にとした。

    人間の精神の産物である科学が、神学的・形而上学的、実証的という三段階を進んで行くというのが、コントの仮説である。
    コントは、個々の経験の蓄積から、帰納によって一般的な観念(法則)を抽出し、一切の化学を実証化することで、方法の統一性と内容の同一性とで結ばれた諸科学の総合としての実証哲学を完成することを目指した。
    「進歩とは、大いなる帰納である」というコントの言葉がそれを端的に表している。
    革命と戦争とで惨めに分裂した社会に統合の精神的基礎を与えることが、オーギュストコントの使命であった。


    最後に、著者の清水幾太郎氏の、啓蒙思想に対する考え方と、自由放任思想の最大の責任者はアダム・スミスについての記述が、非常に興味深かったので、以下に抜粋する。

    啓蒙思想とは何か?人間の理性や性善を深く信じるのが特色として挙げられる。人間が無智や悪行に陥る事があれば、罪は堕落した環境や制度にあるとするのである。現状の批判・否認・破壊を行えば、おのずから立派な人間と立派な社会とが出現すると考える思想である。
    誰しも自分の内部の善を信じて、外部の悪を攻撃するのは痛快に決まっており、啓蒙思想はそうした「精神の戯れ」によって自ら快哉を叫び、その喜びを広く人々に頒ってきた。

    しかし、現状の批判、否認、破壊を行った後の建設については、啓蒙思想は多くのことを教えていない。制度など形式的なものを思い切り破壊すれば、その瓦礫の下から、自然の生命のようなものが現れて、それが自ずから申し分のない制度を生み出してくれるという信仰があるのではないか?
    多くの人間が各自の利益を求めて勝手な行動を行っていけば「見えざる手」が働いて、自然に全体の福祉の増進が実現されるという自由放任の思想は、ケインズが「自由放任の終焉」を宣言しても、一向に力が衰えない。
    自分が破壊すれば、建設の方は、神か、自然か、他人か、どちらにしても自分以外のものが引き受けてくれる、そういう甘えた考えが人間という弱い存在の根本にあるのであろう。

  • (1997.02.20読了)(1981.10.30購入)
    社会学とは何か

    ☆関連図書(既読)
    「私の社会観」清水幾太郎著、角川文庫、1954.10.30
    「本はどう読むか」清水幾太郎著、講談社、1972.11.20

  • 10/08/16、神保町・古書かんたんむで購入(古本)。

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