トム・ジョウンズ〈4〉 (1975年) (岩波文庫)

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  • 一言で言うと、とても"良かった"。女の誘惑に弱くて些か直情的すぎるトムも、自らの娘を私物化して憚らないウエスタン氏も、女の薄暗い虚栄心とその薄情さを具現化したようなベラストン夫人も、その他種々多様な登場人物それぞれが、救いようのないほど浅はかで、強欲で、自己保身ばかりで、、、同時にただひたむきに一生懸命生きている、その姿は私を憤懣やるかたない気持ちにさせると同時に、彼らを愛おしく思う心をも起こさせた。この第4巻の半ばまで読み進めて、彼らとお別れするのが寂しく感じたほどである。

    第1巻の感想で、この作者は客観性に甚だ欠けていると明言したことを、まずは撤回しなければならない。彼の"神の目"が、登場人物たちに平等に降り注いだとまでは思えないが(特にオールワージ氏やソファイアには)、それでもここまでの長編を飽くことも辟易することもなく軽快に読み進められたのは、各巻序章のためばかりでは決してなく、作者の客観性に裏打ちされた、人間に対する冷静な観察があったからこそだと思う。傍目には一貫性のない行動(例えばトムの味方だったものが次のページを捲ると敵になっていたり)を、上手く調和させて1人の人物に当てはめる描写は見事で、その矛盾を孕んだ危うい調和が、読者に"親近感"を持たせている。

    さらに全編に溢れている"喜劇"の雰囲気、突然現れる荘厳で古典的な文体や、登場人物への痛烈な皮肉と揶揄、所々顔を出す"神の目"からの口出しがなければ、殺人(ではなかったのだが)の咎で獄中のトムに、ソファイアからの別れの手紙が渡されるあの絶望的な場面を、あれだけ凪いだ気持ちで読むことはできなかっただろうと思う。加えて、終盤のトムとソファイアの幸せを心から嬉しいと感じることもできなかったろう。

    トムに関する真実が暴露されてからの急転直下、怒涛の展開は、些か急いでいる感もあったが、これまでが焦らしに焦らされてきたからというのもあって、特に小説としての面白味を欠くほどではない。けれど中盤の山男の件だけはなんの意味があったのか分からない(もしかしてウエスタン氏の弟なのでは?とか思ってたんだけど)。ただ、ソファイアがトムとの結婚を散々拒んだ挙句に父親の鶴の一声であっさりと承諾したあの場面は、作者の結末に急いだ結果ではないと思う。本当は好きだしトムが他の人から求婚されてるのも心配だけど(自分のために断ってくれたのは実はすごく嬉しかった)、自分がいながら他の女に一時でもうつつを抜かしたトムを容易に受け入れたくはないし深く反省してもらいたいからすぐに結婚の承諾はしたくない、、、という時にあの父親からの「結婚せよ!」との命令、"仕方がなく"今すぐ受け入れてあげましょうというソファイアの女心、想像しただけで可愛くてたまらない。ソファイアはほんと始終可愛かった。

    これだけ手放しに主人公の幸福を祝える小説は珍しいかな、特にあのトム・ジョウンズが主人公とあっては。敵役のブライフィルとかその他の登場人物が不幸になったわけではない(私の主観では)のもこの爽快感の理由だと思う。主人公が完全無欠のヒーローでは全くなく、そして勧善懲悪のお話でもない、まさに"人間性"を微細に描き出した類稀なる良書であったと思います。作者に感謝です。

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