生きることと考えること (1970年) (講談社現代新書)

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  •  人間にとっては「生きること」と「考えること」を離すことは事実上できません。つまり、「よく生きる」ということは「よく考えること」、「よく考えること」は「よく生きること」で、この二つは離すことができない。私はそう思うのです。(中略)理解ということについては、ずいぶん進んでいると思われますが、それはただ理解にとどまっているだけで、行為にならない、あるいは自分の考えにならない、人のいったことばを理解する。だからある意味で、ことばの自己回転と理解の過剰となった。これが日本の文化の欠陥だと思うのです。(pp.190-1)

     まず生きた自然の中でカブト虫ならカブト虫というものを見るのではなくて、図鑑によって知る―それが現代の多くの子どもたちの成長過程らしい。つまり、全部がつくりものに基づいて考えているわけだから、生きている自然を見て、その自然とともに自分の思想が成長していくということがなくなってしまった。(p.193)

     自分本位に生きるということは、私のように経験という考え方をつくらなくてもかまわない。ほかの形でいくらでもできる。それは形の問題ではなくて、大事なのは、ある人がほんとうに自分の立脚地をおくことができる世界を、自分の中に築きあげていくことだと思うのです。ですから、禅宗でそれをやる人もあるだろうし、浄土真宗でそれをやる人もあるだろうし、キリスト教でそれをやる人もあるでしょう。また自分の思想、哲学、あるいは生き方でやる人もあるでしょうし、もっと具体的な仕事の中でやる人もあるでしょう。(p.221)

  •  私の場合は、すべてが具体的・感覚的出発点を持っているのです。
    そこから、そこに現れてくるものを自分で納得し、自分の手に入れ
    ようとするために、思想とか概念とかいうものが出てきて、そうし
    て、期せず私の思想というものが生まれてくる。私は初めから思想、
    思想といって学んだものは一つもないのです。
     
     ある一人の人間ということと、ある一つの経験ということとは全
    く同じことであり、その一つの経験とは、一人の人間を定義するも
    ので、それ以外に人間というものは考えられない。

     自己の中の生活と経験とが発展し進化されて、おのずからその経
    験そのものが、平和を、自由を、人格形成を定義するようにならな
    ければ、全てが軽薄になり、混濁になる。その時になって初めて、
    人間は過去の伝統の中に生きるということの、ほんとうの意味が出
    てくる。それ以外に、伝統の中に生きるという意味はどこにもない
    のです。

     彼の文章を読んでいると、いかに現代が空虚なものであるかがわ
    かる。空虚な情報社会は、非常に抽象的なもので、具体的な事象は
    こぼれおちていくように思う。

     とにかく共感する点は、体験として物事をとらえるのではなく、
    経験として物事をとらえるようにしなければいけないということ。
    自身が抱える様々な悩みに立ち向かう答えになったように思う。

    良書!

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