インド独立史 (1972年) (中公新書)

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感想・レビュー・書評

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  • こないだ「ミルカ」というインド映画がオススメ!とおしえてもらい、ちょうど頃合いの時間に上映している映画館のあたりに行けたので、見た。

    インド映画、という以外の情報をまったく得ていなかったので、いまいち話が分かっていなかったが、インドとパキスタンの分離独立の紛争をからめつつ、その紛争で身内を殺されたミルカがインド代表の陸上選手となっていく話…を描いたものだった。ミルカが走る映画でもあった。2時間半ほどの長い映画だったが、寝ることもなく、合間の歌や踊りも楽しめた。

    映画を見て、私はインドとパキスタンのことを知らんなーと思い、この『インド独立史』という古い本を借りて読んでみた。

    映画の主人公・ミルカのようなシク教徒の話は少ししか出てこなかったが、インドが大英帝国に支配されていた頃から、ガンジーの非暴力運動、そして統一インドとはならずにパキスタンとの分離独立に至った経緯を読んで、ヒンドゥーとムスリムの対立の根深さ、今も続くインドとパキスタンの対立の根っこが少し分かった気がした。

    読み終わってみると、「まえがき」の冒頭に、要点がぎゅーっと書いてあるように思った。この本が出たのは1972年、インドとパキスタンの独立から四半世紀が経とうとしていたとき。もう40年以上前である。

    ▼第二次大戦後の世界史の特質の一つは、久しくヨーロッパ帝国主義支配の桎梏のもとであえいできたアジア・アフリカ諸国に押し寄せた民族運動の高波である。なかでも、1947年にインドとパキスタンの独立はアジア・アフリカのナショナリズムの先駆的な役割を果たすものとして、世界史に新しい一章のはじまりを告げる重大な事件であった。それゆえに、インドの独立への歩みをふりかえることは、ひとりインド、パキスタンの現代史を知るだけにとどまらず、帝国主義下の植民地支配の実態と、被支配民族の覚醒から闘争への人間性回復の歴史を探ることでもある。
     また今日の国際問題の大きな焦点になっている印・パ紛争や、バングラデシュの解放独立は、もちろん分離独立後のインド、パキスタン両国の政治的・経済的軋轢や、パキスタン政府の東パキスタン(現バングラデシュ)住民への差別政策と経済搾取、そして紛争の背後で糸を引く大国間の策動が主要原因であることは言うまでもない。けれども、さらにその根は深く、独立以前のイギリスの巧みな分割統治と、それによって利用されたヒンドゥー=ムスリムの政治的・心情的な対立や憎悪に起因している点も見逃せない。この意味において本書では、インド独立史の一つの視点を、対英闘争をめぐるヒンドゥー、ムスリム両コミュニティーの提携・対立・分裂の推移におき、それを政治の視角からと同時に、宗教的・思想的な問題としてとらえようと試みた。(pp.i-ii)

    イギリスの資本主義が進展するにつれて、インドは「綿花・ジュート・インド藍[インディゴ]・茶など」(p.25)の栽培を強要されて、自給自足が崩れて農民が高価な穀物を買わされるようになり、インドの織物産業もイギリスの機械生産に太刀打ちできなくなって、「18世紀までは、世界の主な綿製品の産出・輸出国であったインドが、19世紀半ばまでには、完全に綿製品の輸入国になってしまった」(p.26)というあたりは、歴史の教科書でも読んだ記憶があるが、ヒンドゥーとムスリムの間の話は、ほとんど全く知らなかった。

    イギリスの支配に対する根深い反感と憎悪はインド中にひろがっていったというが、イギリスの露骨な宗教政策もあって、セポイの反乱を超え、農民や一般市民が立ち上がった大反乱が起こったときでさえ、反撃するイギリス側が「ネパール国の勇猛なグルカ兵と、パンジャーブ地方の精悍なシク族を味方につけ」(p.45)ることができた。

    著者によればそれは、「シク族が同胞の反乱鎮圧側についたというのは…(略)…宿敵ムスリムにたいするシク族の反感の根深さを物語るものであり、大反乱の時点においてさえ、インドにはまだ国民を一つに結びつける民族主義感情が欠けていたことを示すものであろう」(p.45)という。

    大反乱を鎮圧しながらも、これに狼狽したイギリスは、インドを東インド会社による間接統治から、国王の名による直接統治下に移した。インドの宗教信仰や社会慣習には干渉しないことも約束されたが、実際にはそれは「インド社会の保守性・後進性を逆手にとって、宗教・カースト制度・人種・言語・地方主義などその分裂的要素を意識的に助長し、いわゆる「分割統治」をはかろうとしたもの」(p.57)なのだった。

    イギリスのインド支配に「建設」と「破壊」の二面があったことがしばしば指摘されると著者は書く。植民地支配とはこういうことなのだと思える。たとえば日本の植民地支配について、"いいこともしたのだ"的な主張がなされることがあるが、その"いいこと"はあくまで支配側にとって"都合のいいこと"だったのだろう。

    ▼…破壊面とは、前述の大反乱にいたる圧制と収奪であり、建設面とは中央集権の確立による国家的統一、それにともなう英語教育・鉄道・電信・印刷機などの導入である。けれどもわれわれは、「建設的」という言葉にまどわされてはならない。イギリスの産業資本家たちは、インドを彼らの工業製品の市場ならびに原料供給地にとどめておく、いわゆる植民地政策に徹したのであって、建設的といわれるこれらの政策も、結局は、そうした植民地行政を容易ならしめる手段、方便にすぎなかった。ただそれが、【はからずも】、インド各地にばらばらに萌芽しつつあった地方的・宗教的民族意識を、新しいナショナリズムの方向に結集する役割を果たした点において「建設的」であったと言えよう。まさに、歴史のアイロニーというほかはない。(p.60、【】は本文では傍点)

    そのアイロニーは、たとえば英語教育にみられる。インド人の民族意識を新芽のうちに摘みとった英語教育は、一方で、「英語をとおして、ミルトン、ロック、ルソー、バイロン、シェリー、J.S.ミル、マッツィーニなどを読んでヨーロッパの偉大な自由思想に目を開き、自由・平等・博愛・民族自決などという【恐るべき】言葉を口にする」(p.62、【】は本文では傍点)ようになった青年たちをうみだした。

    本の後ろ半分は第三部「独立への歩み」。「I 自治をめざして」、「II 完全独立[ソールナ・スワラージ]をめざして」、「III インドを出てゆけ[クイット・インディア]」の3つのパートで、ガンディーの登場から"非協力"運動、ヒンドゥーとムスリムのいっときの提携がやがて対立に至り、インドとパキスタンが分離独立するまでを描く。

    いっときの提携が破れ、ムスリム連盟が反ヒンドゥー色を強め、ムスリムの聖戦[ジハード]の矛先がヒンドゥーに向けられるなかで、ガンディーは、「いま必要なのは一つの宗教ではなく、さまざまな宗教の信者が互いに尊敬し合い、寛容になることである」(p.139)と言った。

    だが、ヒンドゥーとムスリムの融和に奮闘したガンディーが求めた「一つのインド」は実現しなかった。分離独立に最後まで反対したガンディーは、「そのような運命からインドを救うためには、ヒンドゥーがムスリムに支配されるほうがよい」と言い、「インドを生体解剖するくらいなら、わたしの体を解剖してからにしてください」とまで言ったという(p.204)。

    そして、イギリスは、ヒンドゥー=ムスリム騒動などあまりにも緊迫し、行き詰まったインドの情勢を前に、ようやくインド支配から手を引くことにした。「裏がえせば、イギリス帝国主義は、インドをそこまで追い詰めたときに、はじめて手離したということである」(p.198)と著者は述べる。

    ▼分離独立はますます民衆を宗教的熱狂へとかりたてた。復讐は復讐をよび、ついに住民は死か逃亡かの二者択一にせまられた。こうして世界史上まれに見る宗教による住民の大移動が始まったのである。
     東パンジャーブ(インド領)からはムスリムの難民の群が西パンジャーブ(パキスタン領)に向かい、西からはヒンドゥー教徒・シク教徒の難民が東に流れていった。この大移動で国教を越えた者の総数は、1200万人とも1500万人とも言われている。汽車やバス、トラックから馬車・牛車に至るまで、ありとあらゆる交通機関が動員されたが、大多数は数百マイルの道程を、恐怖におののき飢餓にあえぎながらとぼとぼと歩いていった。難民の列はえんえん80キロも切れることがなかったと言う。道中双方で、掠奪・婦女暴行・強制改宗とあらゆる残虐行為が連鎖的にくりかえされた。落伍した老人や病人は路上に見捨てられて禿鷹の餌食となり、おまけに、移住民の間にコレラや天然痘が発生した。こうして緑なす「五大河[パンジャーブ]」流域は、一夜のうちに流血の修羅場と化した。(pp.198-199)

    この流血の修羅場のひとつが、ミルカの故郷なのだろう。映画の公式サイトでは、パンジャーブの語源「パンジ(5)+アーブ(水・河)」のとおり、5つの河が流れ、インドの一大穀倉地帯、豊かな地域であったと書かれている。

    この『インド独立史』を借りたときに、あわせてレファレンスを頼んだら、『今夜、自由を―インド・パキスタンの独立』という分厚いノンフィクションを紹介されて、これも読んでみるつもり。

    (2/10了)

    ※映画「ミルカ」公式サイト
    http://milkha-movie.com/

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著者プロフィール

1928年和歌山県生れ。同志社大学神学部卒業。インド国立ヴィッシュヴァ・バーラティ大学准教授を経て、帰国後、名城大学教授等を歴任。名城大学名誉教授。現代インド思想・文学専攻。


「2015年 『女声合唱とピアノのための 百年後』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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