失われた動力文化 (1976年) (岩波新書)

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著者 : 平田寛
  • 岩波書店 (1976年11月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (217ページ)

失われた動力文化 (1976年) (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 牛、馬にはじまり、水車、風車など動力の歴史が分かるので、技術者が読むとよい本です。
    新しい技術を開発する際には、過去の技術の歴史を読むと、よい考えがうかぶことがあります。
    本書は、過去を振り返るのにはよいと思います。

    日本のように、牛馬、から、籠に戻ったような文化もありますが、それらの細かい解説はありません。
    また、最近の話題はすごく短いので、動力に関する論理的な発展を十分読み取ることは難しいかもしれません。
    今の技術だけに縛られた、狭い発想を転換するのに読むとよいでしょう。

  • 中学生の時に出会った。1976年末の出版だが、ありがたいことにまだ古書で入手可能。

    「動力文化」というのは聞き慣れない言葉だが、「ものを動かすシステム」のこと、古くは手挽きの石臼、牛のくびきから、水車、帆船、風車、(のちには現代の電動自転車まで含まれるだろう)広いジャンルを覆っている。
    しかし、牛のくびきと馬のくびきの用途、肉体構造の違い、などなどから違いが分かりやすく見え解かれている。

    作者はカチコチの科学技術者ではなく、水力の項には「流れにはずむ妖精」、風力には「風に立つ巨人」というサブタイトルがついている、ロマンチストでもある。

    出版の前後、特に前期、執筆されたであろう時期は「公害」の時代であった。私がこの本と出会ったとき「光化学スモッグ注意報」はなくなったが、隅田川の水は臭かったし、「江戸前の魚」は姿を消していた。

    巻末の一文が心を打つ。
    「もしも正しい技術の進歩を望むならば、世界的な規模で自然との調和を意識的、組織的にはかって技術の進歩を減速させ、つねに過去をふりかえる余裕を持つべきではないだろうか。・・・(中略)・・・だれもが「むなしい繁栄の中の不平等」よりも「みじめでない貧しさの中の平等」のほうを進んで選ぶにちがいない。ー私たちのかけがえのない子孫のためにも。」

    34年も前の出版である。

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