真知子 (1966年) (新潮文庫)

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  •  昭和初期、社会意識に目覚めた女子学生の思想と愛情の行方を追った秀作。
     第一次大戦後の経済恐慌を背景に、マルキシズム興隆期の精神風俗が鮮やかに描かれる。
     東大の聴講生として社会学を学ぶ才女・曽根真知子の視点から、虚飾と虚栄に満ち戯画された旧態依然のブルジョア階級が鮮烈に批判される。
     自身もプチ・ブルジョア層として、真知子の鋭い感性は、盲目的な俗物根性を痛みでもって嫌悪し、自己と他者とを分析し、階級からの脱却と救済を模索する。
     単なる知識人の苦悩に留まらず、安易なヒューマニズムにも陥らず、彼女はやがて、『思想の為の思想』の矛盾をも感知する。
     聴講生仲間で没落地主の家系にある大庭米子の退学と就職。
     米子を挟み、正統マルクス主義を鼓吹する関三郎。
     彼らの若さと純粋さ故の性急な潔癖さ。
     輸入思想の未熟な錯誤。
     個人の主体性や私事の解釈から浮かび上がるエゴイズムと虚偽。
     人間尊重を説く革命家に潜む人間性の圧殺。
     真知子の真摯な疑念は、階級との訣別を蹉跌させ、緩やかに回復させる。
     不合理な現実社会の根源を動かす力を認識したいという率直な探求心の発露が、痛々しいまでに懐かしく思われた。
     彼女の物語は、考古学者である財閥の御曹司・河井輝彦への愛情の確認で終わる。
     明記せず結婚を匂わせることで、自社の労働争議に私財を擲ち対処する、誠実で生真面目な男の許に寄り添う姿を想像させる。
     若者達の一途さに情を寄せながらも一方的に肩入れはせず、卓越した識見で、著者は時代を翻弄した思想を冷静に看破する。
     鋭敏かつ繊細な筆致と、二転三転して引き込む構成に、ストーリーテラーとしての巧みさが顕在。
     写実的でリズミカルな会話の連なりといい、一昔前でも古びぬ諷刺といい、現代でも共感できる作品として色褪せぬ輝きを放っている。

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