榎本武揚 (1965年)

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著者 : 安部公房
  • 中央公論社 (1965年7月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (262ページ)

榎本武揚 (1965年)の感想・レビュー・書評

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  • 安部公房の作品の中で、実は結構好きだったりする。五稜郭以降も生き残って活躍した榎本武揚は、果たして…土方戦死したし、あんた男としてどうなん?

  • 安部公房っぽくない作品。
    装丁が美しい。

  • 本を読むと何かそれについて言いたくなる気持ちになるのだけれど、こういう本を読んだ時いつも感じるのが、本の内容に十全な知識の無いままに何かを語ってもよいのだろうか、という逡巡である。自分は歴史書の類いに興味がない。興味がないし知識もない。世の中が歴史を学ぶことを是とする時代または社会に生きていなくて本当に良かったと思っている位だ。という言い訳はともかく、そんな訳だから、この本について歴史的にどうとかコメントするつもりもさらさらなく、その方面の知識がないことがコメントを控えさせるのだ、と言っているのではないのだ。この作品を安部公房が書いていることに関して、少しきちんと調べてみたい、という気持ちになっている自分がいて、その気持ちが、何かを語ることにブレーキをかけているのである。それならば、調べてから出直してもいい筈だが、その知識をもとに何かをしたり顔を書いてみたところで、文学的論考をしている訳でもないのだから、何の意味もない訳で、だから取り敢えず書き始めておこう、と思う。

    自分の気になっているのは、これを安部公房が書いたのが、彼が日本共産党を除名される前だったのか後だったのか、という一点だ。

    安部公房の共産党における役割と、彼の作品の価値について自分は何の感情も持たない。安部公房といえば、自分にとってSF作家、という立場しかなく、それ以外の分野の作品を読んでも違和感を覚える位なので、その政治的立場がどうということは全く関心がないのだが、この作品に関する限り、彼が共産党という活動を自身の中でどう捉えていたのかという疑問の答えを、どうしても作品に重ね合わせて探してみたい誘惑に駆られてしまうのだ。

    本の構成は、安部公房とみられる作家がふとしたことで知り合った北海道厚岸に住む老人福地氏の話と、彼から送られて来た「五人組結成の顛末」という資料に描かれた架空の歴史物語を、作家が語り直す、という形を取っている。そういうと、ボルヘスやエーコを連想してしまうのだが、安部公房の語る架空の歴史物語は事実にその枠組みを取っていて、幕末の箱館共和政府の領である榎本武揚にまつわる謎のようなものである。あり得たかも知れない歴史という切り口がエーコらのそれとは異なっている。最初に言った通り、歴史的にその謎がこの作品に描かれているようなものであり得たのかどうかは、自分には判断できないけれど、それを架空の歴史的資料の断片らしきものも取り混ぜて描くやり方は、エーコの周到さに通じるものがあるだろう。二人の作家がどれだけお互いを知っていたのか、なんていうことも調べてみたら面白いのか知れない。

    かい摘まんで、その謎を説明すると、旧幕派の大物生き残りと見なされていた榎本が断罪されることもなく謹慎を解かれ、新政府の中で小さからぬ役割を与えられその後を生き抜いている、という素人目にもちょっと不思議な話の裏には、榎本と勝海舟の共同謀議があったためで、戊辰戦争はおろか、江戸城の無血開城時に新撰組が江戸にいなかったこと、会津落城から蝦夷転戦まで、全て旧幕派の残党を押え込むための八百長だった、というものだ。

    確かに幕末のころの話は学校で習う歴史の中でも、子供心に妙に腑に落ちない話だったと記憶している。徳川慶喜の大政奉還の後になんで内戦が起こるのか、とか、明治以降の日本を支える技術の先鞭を付けた小栗上野介が、新撰組の近藤勇と同様に断罪されているのに、勝と榎本がのうのうとしているのはどういう訳だ、とか、多分歴史好きの少年を育てるのに一役も二役も買っているだろうエピソードに事欠かないだろう、という印象はある。だから、安部公房が単に歴史的な面白さを借りて上手く絵空事の話を書いたとしても、いろんな小説技法を試みた作家の、独創的な物語、と受け取れないこともない。現に、本の函書きにある推薦文の中で大江健三郎は、そのような切り口で賛辞を贈ってもいる。

    しかし、先の福地老人がこだわっているものが、そんな単純な図式に疑問を投げかける。老人は、時代に、ということは時代を支配した体制に、対する忠誠は、時代が変わったという理由だけで断罪されてもよいのか、ということにこだわっている。福地老人は、戦中憲兵として思想に対して明確な判断を下さなければならない立場にあった。その判断は個人に帰するというよりは、体制に帰するものであったのだから、それを後世の判断、つまり、その判断もまた後世という時代を支配している体制が裏打ちする判断、が断罪することはできない筈である、と主張する。もしその断罪が可能であるならば、時代に対する忠誠は、過去においてだけでなく、現在においても真であらねばならず、翻って現在という時代に対する忠誠もまた断罪の対象となり得べきもの、いや悪と認めねばならない筈と主張する。この体制に対する厳しい問い掛け、それが安部公房自身のものであったのかどうか、その点に最も興味が惹かれるのだ。

    ロシア革命からソビエト連邦、そして第三インターナショナルへと拡がりを見せた共産主義は、資本主義に基づく社会的構造の歪みを正すという錦の御旗の下、それ自体が体制的に硬直化していったのは歴史的事実だ。後世の人がその御旗を、錦とみるのか、葵とみるのかは勝手なことだが、旗であることには変わりはなく、その限りにおいて忠誠のありようは不偏だし、忠誠の構造に真偽の差はない筈だ。安部公房が本書の中でも指摘している通り、葵の旗の下に集まった侍、社会構造的にも心情的にも儀があった筈の者達を、武士ではなかった近藤勇や土方歳三が切り捨てて新撰組のコントロールを強化していく様に、違和感を覚えないではいられないのは、トロツキーを例に出すまでもなく、問題の同質性を示唆している。そこにもまた、忠誠、というものに対する判断の基準の不可解さがあり、土方が二重に白黒をひっくり返しているのなら、榎本はそれを三重にひっくり返してもいる、といこともできるのだが、それ程、白黒は単純ではない。忠誠が単純であるのに、白黒は単純ではないのだ。だから、そのような判断基準の不明さ、延いては変節などが、言うほどに不正なことであると変節の志が考えてはいないだろうことは想像に難くない。であればこそ、存続することがすなわち真、勝てば官軍、という歴史において何度も証明されて来た事実も、実は官軍側にある限り否定的には響かないのである。否定的色合いを込めるのは、負けたものだけであり、そのような負けを頑に拒むのは、あるいは信仰のみであろう。

    共産党における活動が、時代の流れを無視して第三インターナショナルの使命を守ろうとした結果、信仰になってしまい、政治的意義、社会を動かして行く力を失ったのは、あるいはまた新撰組の進んだ道と重ね合わせることができる歴史的教訓なのかも知れない。そのことを安部公房が揶揄しているのか、あるいは、そこから何かを言わんとしているのか、そのことがとても気になる。しかし、その教訓から自分達は一体何を学び得るのか。それは逆説的にしか響かない教訓なのである。そんなことを、つらつら思っている内に、やはり江戸末期に生まれ明治を生きた夏目漱石が、個人主義、というものを追いかけていった姿に、共感を覚えてしまうのは仕方のないことだろうか。

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