ビルマの竪琴 (1959年) (新潮文庫)

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著者 : 竹山道雄
  • 新潮社 (1959年発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (197ページ)

ビルマの竪琴 (1959年) (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 【以下、文章が乱雑のため再確認が必要であると思う】

    ですます調で書かれ、「童話」とされているものの、解説にもあるように、むしろその内容は大人にこそ向けられたものであると感じた。
    様々なテーマが含まれている作品と思う。やはり解説にあるように、「思想小説」とも言っていいと思った。思想を出しすぎないように抑制しつつも、語り手を通じて、もちろん子ども向けという体裁なのであくまでも単純化したりわかりやすい形ではあるが、例えばビルマと日本の国民性を比較していたり、戦争のむなしさ、人と人のつながりの暖かさなどが、たまに直接的に批評のような形で語られている。当時は、なんであれ軍人は全て悪、戦争は全て悪の一緒くたになっていたという、戦後直後の時代であった。その中で、むしろ戦争を題材に明るさや清々しさまで感じるような物語であった。今でこそ「ビルマの竪琴」にあるような、戦争=全否定にのみ走るのではなくて巻き込まれていった若い人たちを鎮魂するようなことや、ひたすら発展を求めてビルマ的無欲さを失ってしまった当時の日本を反省するような考えは、今で言えばありふれた考えかもしれないが、それをこの作品は戦後すぐの段階から発信し続けていたとも言えるのではないかと思った。
    また、作者自身の体験に基づいた物語ではないことが驚きだった。確かに、この「隊長」のようにいたずらに部下に散華を強いることなく、前向きで理性的な軍人なんて本当にいたのだろうか、合唱をする軍隊などあるのかと思ったが…。それももちろん、作者が「思想」を伝えたいための舞台設定として考えられたものなのだろう。この作品は、戦争の不条理さとか、残酷さの詳細に立ち入るよりも、音楽を媒介にした形で、他国と我が国、あるいは日本人どおしの友情や親愛の感情を肯定的に描いて、戦後の混乱期に希望の光を当てようとした意図があるのだろう。
    構成については、第一話では特に、水島の人となりをまず読者に分からせ、そして彼がどうして戻らないのかを徐々に明らかにしていく描き方は、読み手を引き込むミステリー的要素があって素晴らしかった。
    一方で、ビルマの人たちから見たこの作品はどうなのであろう?という点も気になる。彼らからすれば、科学的経済的発展は望まない代わりに、欲深くもなく、そのため戦争の惨禍に巻き込まれずに済んだかのように書かれているが、日本軍が何かしら蛮行を行わなかった確証もないのだし、この作品では日本人に対しても比較的寛容のように描かれていても、「何を言っているのか、日本人にはひどい目にあった、ここにあるように必ずしも歩み寄っていたわけではない」と言われても仕方ないのではないか。関係のない国民を巻き込んだのは我が国ではないのか。そのことに対する反省のような記述はそれほどなかったように思う。
    音楽や合唱を通じて「敵国」のイギリスや「被害国」のビルマ人とも通じ合えていたように書いてはいるが、結局のところ日本人が、それも戦地に赴いていなかった者が、自分たちの責任を棚に上げているようにも思えてしまうのは穿ち過ぎであろうか?

  • 1945年7月、ビルマ(現在のミャンマー)における日本軍の戦況は悪化の一途をたどっていた。物資や弾薬、食料は不足し、連合軍の猛攻になす術が無かった。
    そんな折、日本軍のある小隊では、音楽学校出身の隊長が隊員に合唱を教え込んでいた。隊員達は歌うことによって隊の規律を維持し、辛い行軍の中も慰労し合い、さらなる団結力を高めていた。彼ら隊員の中でも水島上等兵は特に楽才に優れ、ビルマ伝統の竪琴「サウン・ガウ」の演奏はお手の物。部隊内でたびたび演奏を行い、隊員の人気の的だった。さらに水島はビルマ人の扮装もうまく、その姿で斥候に出ては、状況を竪琴による音楽暗号で小隊に知らせていた。
    ある夜、小隊は宿営した村落で印英軍に包囲され、敵を油断させるために『埴生の宿』を合唱しながら戦闘準備を整える。小隊が突撃しようとした刹那、敵が英語で『埴生の宿』を歌い始めた。両軍は戦わないまま相まみえ、小隊は敗戦の事実を知らされる。降伏した小隊はムドン(英語版)の捕虜収容所に送られ、労働の日々を送る。しかし、山奥の「三角山」と呼ばれる地方では降伏を潔しとしない日本軍がいまだに戦闘を続けており、彼らの全滅は時間の問題だった。彼らを助けたい隊長はイギリス軍と交渉し、降伏説得の使者として、竪琴を携えた水島が赴くことになる。しかし、彼はそのまま消息を絶ってしまった。
    収容所の鉄条網の中、隊員たちは水島の安否を気遣っていた。そんな彼らの前に、水島によく似た上座仏教の僧が現れる。彼は、肩に青いインコを留らせていた。隊員は思わずその僧を呼び止めたが、僧は一言も返さず、逃げるように歩み去る。
    大体の事情を推察した隊長は、親しくしている物売りの老婆から、一羽のインコを譲り受ける。そのインコは、例の僧が肩に乗せていたインコの弟に当たる鳥だった。隊員たちはインコに「オーイ、ミズシマ、イッショニ、ニッポンヘカエロウ」と日本語を覚えこませる。数日後、隊が森の中で合唱していると、涅槃仏の胎内から竪琴の音が聞こえてきた。それは、まぎれもなく水島が奏でる旋律だった。隊員達は我を忘れ、大仏の体内につながる鉄扉を開けようとするが、固く閉ざされた扉はついに開かない。
    やがて小隊は3日後に日本へ帰国することが決まった。隊員達は、例の青年僧が水島ではないかという思いを捨てきれず、彼を引き連れて帰ろうと毎日合唱した。歌う小隊は収容所の名物となり、柵の外から合唱に聞き惚れる現地人も増えたが、青年僧は現れない。隊長は、日本語を覚えこませたインコを青年僧に渡してくれるように物売りの老婆に頼む。
    出発前日、青年僧が皆の前に姿を現した。収容所の柵ごしに隊員達は『埴生の宿』を合唱する。ついに青年僧はこらえ切れなくなったように竪琴を合唱に合わせてかき鳴らす。彼はやはり水島上等兵だったのだ。隊員達は一緒に日本へ帰ろうと必死に呼びかけた。しかし彼は黙ってうなだれ、『仰げば尊し』を弾く。日本人の多くが慣れ親しんだその歌詞に「今こそ別れめ!(=今こそ(ここで)別れよう!)いざ、さらば。」と詠う別れのセレモニーのメロディーに心打たれる隊員達を後に、水島は森の中へ去って行った。
    翌日、帰国の途につく小隊のもとに、1羽のインコと封書が届く。そこには、水島が降伏への説得に向かってからの出来事が、克明に書き綴られていた。
    水島は三角山に分け入り、立てこもる友軍を説得するも、結局その部隊は玉砕の道を選ぶ。戦闘に巻き込まれて傷ついた水島は崖から転げ落ち、通りかかった原住民に助けられる。ところが、実は彼らは人食い人種だった。彼らは水島を村に連れ帰り、太らせてから儀式の人身御供として捧げるべく、毎日ご馳走を食べさせる。
    最初は村人の親切さに喜んでいた水島だったが、事情を悟って愕然とする。
    やがて祭りの日がやってきた。盛大な焚火が熾され、縛られた水島は火炙りにされる。ところが、不意に強い風が起こり、村人が崇拝する精霊・ナッの祀られた木が激しくざわめきだす。「ナッ」のたたりを恐れ、慄く村人達。水島上等兵はとっさに竪琴を手に取り、精霊を鎮めるような曲を弾き始めた。やがて風も自然と収まり、村人は「精霊の怒りを鎮める水島の神通力」に感心する。そして生贄の儀式を中断し、水島に僧衣と、位の高い僧しか持つことができない腕輪を贈り、盛大に送り出してくれた。
    ビルマ僧の姿でムドンを目指す水島が道々で目にするのは、無数の日本兵の死体だった。葬るものとておらず、無残に朽ち果て、蟻がたかり、蛆が涌く遺体の山。衝撃を受けた水島は、英霊を葬らずに自分だけ帰国することが申し訳なく、この地に留まろうと決心する。そして、水島は出家し、本物の僧侶となったのだった。
    水島からの手紙は、祖国や懐かしい隊員たちへの惜別の想いと共に、強く静かな決意で結ばれていた。
    手紙に感涙を注ぐ隊員たちの上で、インコは「アア、ヤッパリジブンハ、カエルワケニハイカナイ」と叫ぶのだった。

  • 戦争の悲惨さに対する著者の憤りを感じた。
    戦争で命を落とした人々は弔われることなく腐敗し、亡くなったことすら誰の耳にも届かない。
    そんな戦後の状況を目の当たりにした作者は、小説の中で主人公の水島上等兵に戦地で遺体の供養をさせることで、戦死した方々の冥福を祈ったのではないか。

  •  村上春樹の小説で「50年読み続けられる本には価値がある」とかなんとか書かれていたような・・・本書は過去に中学生推薦図書で読んだ記憶がある。年月を経て再読してもこの本は読んで損はないと思える。「おーい水島、一緒に、日本へ帰ろう!」 は泣ける。バカな戦争を繰り返さないためにも永遠の中学生推薦図書であってほしい。

  • 若い日本兵水島がビルマ(ミャンマー)で戦争によって生まれた死者の埋葬をライフワークとすることを決意し僧になる。

  • "The Burmese Harp" Michio Takeyama

  • いま、ミャンマーの民主化が注目されている。
    ミャンマーの前身「ビルマ」を知る参考にもなるでしょう。

  • 2011/8/15古書店の店頭のワゴンで購入。50円。

  • 1947 1948

  • 「おーい水島、一緒に、日本へ帰ろう!」

    正直この一言だけで泣ける!いや、「埴生の宿」の伴奏だけで泣ける!『ビルマの竪琴』はそれだけの泣きの名作であります。物語の構成と言い、第3章の水島上等兵による長い長い手紙と言い、淡々とした展開が与える重みと感動は他の小説の追随を許しません。

    そして巻末の「ビルマの竪琴ができるまで」の中に見られる著者竹山氏の謙虚な姿勢に、また心打たれます。

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