白鯨〈中〉 (1957年) (岩波文庫)

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  • (2016.08.25読了)(2016.08.18借入)(1975.09.01・ほるぷ図書館文庫)
    中巻を読み終わりました。42章から89章まで収録されています。
    42章では、「白」について考察しています。白い色についての文化的イメージをあれこれと考察しています。鯨についてのいろんな考察にとどまらず、ここまで脱線されると脱帽するしかありません。
    鯨、捕鯨、船員、船同士での情報交換、船から故郷への連絡方法、故郷から船への連絡方法、抹香鯨のエサは深海に生息するダイオウイカであるらしいこと、鯨の皮膚はどの部分までなのか、一回の呼吸で一時間も潜っていられるのはなぜなのか、鯨の潮吹きで吹き出されているのは空気なのか水なのか、鯨の鼻は匂いを感じる器官としては役立たないだろうこと、捕獲した鯨に銛がいくつか既に撃ち込まれていたら鯨は誰のもの? 鯨を描いた絵にはどんなのがあるか?
    鯨に関することが、何でも書いてあります。
    物語としての面白さはあまりないので、読み続けるのがしんどい!
    鯨に関するあれこれを興味深く読める人なら読み進められると思います。

    【目次】
    四十二章 鯨の白きこと
    四十三章 聴け
    四十四章 海図
    四十五章 宣誓供述書
    四十六章 臆測
    四十七章 索畳造り
    四十八章 最初の追跡
    四十九章 豺狼
    五十章 エイハブの舟とその乗組フェデラー
    五十一章 妖しき汐煙
    五十二章 信天翁
    五十三章 往訪
    五十四章 タウン・ホー号の物語
    五十五章 怪異なる鯨の絵について
    五十六章 より誤謬少き鯨図及び捕鯨図
    五十七章 油絵、鯨牙彫刻、木刻、鉄板彫り、石彫り、また山嶽や星座等の鯨について
    五十八章 魚卵
    五十九章 大烏賊
    六十章 捕鯨索
    六十一章 スタッブが鯨を斃す
    六十二章 投槍
    六十三章 叉柱
    六十四章 スタッブの晩食
    六十五章 美味としての鯨
    六十六章 鮫退治
    六十七章 鯨切り
    六十八章 毛布皮
    六十九章 葬式
    七十章 スフィンクス
    七十一章 ジェロボウム号の物語
    七十二章 猿綱
    七十三章 スタッブとフラスクとがせみ鯨を屠り、それについて談義する
    七十四章 抹香鯨の頭‐比較論
    七十五章 せみ鯨の頭‐比較論
    七十六章 大槌
    七十七章 ハイデルベルヒの大酒樽
    七十八章 水貯めとバケツ
    七十九章 大草原
    八十章 胡桃
    八十一章 ピークォド号、処女号と遭う
    八十二章 捕鯨の名誉と光輝
    八十三章 ヨナについての歴史的考察
    八十四章 槍の長投
    八十五章 噴泉
    八十六章 尾
    八十七章 大連合艦隊
    八十八章 学校と教師たち
    八十九章 仕止め鯨、はなれ鯨
    訳註

    ●なんでも拾う(72頁)
    船自体もまた、大海原に板子とか、また難破船の破片とか、橈とか、捕鯨短艇とか、独木舟とか、漂流中の日本戎克とか、何でもかでもに乗ってただよっている妙な浪人どもを拾ってゆくものだ。
    ●岩塊(135頁)
    檣頭から、ことに彼ら(鯨)が一休みとばかりじっとしている時に見れば、その巨大な黒い体躯は、どう見ても生命なき岩塊としか眼にうつらなかった。
    ●大烏賊(141頁)
    こいつ(大烏賊)が抹香鯨の唯一の食物だなどと多くが信じている。なぜならば、他の種類の鯨は水面上で餌をあさり、現に食っているところを人は見もするが、抹香は、水面下の人知れぬあたりでしか絶対に餌を取らないのだから、その食物が正しくは何であるかということは、誰にしても当てずっぽうでいうほかはないのだ。
    ●海豚の焼肉(171頁)
    ヘンリ八世の御代、さる宮廷料理人が、絶妙なソオスを発明し、それを、鯨の一種とされるところの海豚の焼肉に添えて出したので、大変な御褒美をもらったという。もちろん、海豚は現代に至るまで大滋味とされておる。
    ●温血動物(184頁)
    鯨は、人間と同じく、肺を持つ温血動物だ。血が凍れば死んでしまう。
    体の保温を人間同様に必要とするものが、あの北極洋の中に、まさに口までひたりながら、平然としているというのは、不思議の中の不思議と思われてならぬだろう。
    ●空気の必要(270頁)
    鯨捕りよ! お前が凱歌をあげるのは、お前の腕によるのではなく、空気の必要という一大事によるのだ。

    ☆関連図書(既読)
    「白鯨(上)」メルヴィル著・阿部知二訳、岩波文庫、1956.11.26
    「老人と海」ヘミングウェイ著・福田恒存訳、新潮文庫、1966.06.15
    「キャプテン・クック」ジャン・バロウ著・荒正人訳、原書房、1992.10.25
    「南太平洋物語 キャプテン・クックは何を見たか」石川栄吉著、力富書房、1984.03.31
    「鯨人」石川梵著、集英社新書、2011.02.22
    (2016年8月31日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    “モービィ・ディック”との遭遇を前にして、エイハブ船長ひきいるピークオッド号の航海はつづく。ほかの捕鯨船との“出あい”を織りまぜながら、鯨と捕鯨に関する“百科全書的”な博識が、倦むことなく、衒学的なまでに次から次へと開陳されていく。

  • 白鯨はリア王、嵐が丘と並んで英語で書かれた三大悲劇と言われている。しかし中巻まで読んだ限りでは悲劇とは思えない。
    この巻では主に捕鯨船の日常や捕鯨の瞬間の描写、他の捕鯨船との交流や争いなどが書かれている。
    スタッグが鯨肉を鯨油で焼いて食べるシーンやクィークェグが捉えた鯨から油を採取するシーンを読んでいると、子どもの頃に食べた鯨のベーコンが食べたくなる。

  •  三分冊の中巻である。この巻から、いよいよ捕鯨の場面が描かれる。それは血沸き肉踊る、命を賭した闘争であり、塩気と血潮の臭いが交じり合う荒波の上で、恐怖を超えた狂気に犯された鯨と、それを追う人間との、魂の激突である。しかしながら捕鯨という行為が持つ過激さとは裏腹に、それを描く文体は不気味なほど冷静である。嵐の前の静けさというよりも、激流の中に孤立する岩の上に立ち尽くしているような、あるいは大渦の中心で、己の乗り込んだ短艇が沈むまでの僅かな一時を過ごしているような、諦観にも近い印象を受ける。
     さて、捕鯨に関する薀蓄こそ有名な本書であるが、その薀蓄はあたかも外堀から埋めていくかのように、伝承あるいは芸術作品から始まり、捕鯨船の細部に渡る解説、捕鯨の様子、そして解体と食事(油だけでなく肉も食べていたらしい)、油を回収した後に廃棄(それでも大半は海に棄てる)へと続く。次第に物語の中心へと迫る構成は一考の価値があるだろう。こうしていよいよ鯨に関する種種雑多な考察が行われ、蝉鯨と抹香鯨を比較し、その躯体の細部に至るまでの特徴を述べていく。その範囲は汐吹の成分研究から、雌雄で異なる鯨群の特徴まで及ぶ。これらの緻密な解説が、作品に説得力と広大な背景を与えているが、同時に読みにくさも与えているとも言える。
     最後に、本文の一節を引用して本文の結びとする。『嬰児のごとき人類がいかにその科学と技術とを誇り、楽しい未来においてはその科学と技術とがさらに進もうとも、永遠に、限りもなく、海は人間を侮辱し殺害して劫滅の淵へと突きおとし、壮大堅固の舟蒙舟童(舟は偏、蒙や童は旁。モウドウ、戦舟)をも踏みしだいてしまうのだ。だがしかも、こうした感想自体の絶えざる繰返しそのものによって、人間は、原始以来の本質だったところの海の絶大の恐怖の感覚を喪失してしまった』(p136)東日本大震災と東電原発事故、まだ記憶に新しいが、この二つを思い起こさずにはいられない。

  • 相も変わらず途轍もなく長い・・・;
    前巻より筆者?の鯨についての思い入れの凄まじさが感じられます。

    特に今回は船が出港してから初めて捕鯨話が出てきたので、盛り上がる場面が多くそれに伴い後に入る鯨の骨格何かについての文面がかなり多く、話が進まない。

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著者プロフィール

(1819年8月1日 - 1891年9月28日)ニューヨーク出身。著作は代表作『白鯨』の他、『代書人バートルビー』『ビリー・バッド』などがある。

「2015年 『白鯨 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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