太陽 [DVD]

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監督 : アレクサンドル・ソクーロフ 
出演 : イッセー尾形  ロバート・ドーソン  桃井かおり  佐野史郎  田村泰二郎 
制作 : ユーリ・アラボフ 
  • クロックワークス (2007年3月23日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4532640303242

太陽 [DVD]の感想・レビュー・書評

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  • かつての連合国、とりわけアメリカをはじめ世界の多くの国々で9月2日はVJ Dayということで、今回関連作品として鑑賞してみました。
    しかし、本作ではその前後の描写はあるものの、ポツダム宣言受諾(8月14日)、玉音放送(8月15日)、降伏文書調印(9月2日)の一連の出来事の描写はなく、いきなり前後比較となるので、監督の意図としては一層際立たせる目的があったのでしょうね。

    2005年、ロシア・イタリア・フランス・スイス合作映画。監督はアレクサンドル・ソクーロフ。
    ヒトラー、レーニンを描いた前2作に続くシリーズ第3作です。
    主演は、昭和天皇役のイッセー尾形。主要な共演としては、藤田侍従長役の佐野史郎、下僕役のつじしんめい、マッカーサー元帥役のロバート・ドーソン、マッカーサー元帥の通訳役のゲオルギイ・ピツケラウリらです。
    その他に、阿南陸相役に六平直政、米内海相役に西沢利明、鈴木首相役に守田比呂也、木戸内大臣役に戸沢佑介などがいます。
    そして、最後の決めのシーンに登場するのが皇后役の桃井かおりです。

    日本でこのような作品の製作は無理だったかもしれません。観終わって、ただただアレクサンドル・ソクーロフ監督にしてやられた感でいっぱいになりました。
    まず物語の背景として、敗戦を「終戦記念」とし、戦争相手ではなく自国民に終わったよと言った日をその日とし、実際に降伏した日を無視するような毎年のイベントが繰り返されるようではこうした映画は作れません。
    いつまでもわけのわからない「反省」を口にするだけでは、このようなぞくぞくするような切り口の映画を作るのは到底無理で、他国の監督に盗られる(撮られる)のも仕方がないのかもしれません。
    そして何より素晴らしかったのはイッセー尾形の、おそらく多分にコミカルさを含んだ演技です。
    顔面神経痛を思わせる口周辺の動き、口髭を生やし口を開けたまま周囲を見渡すペンギン風な仕草、御前会議をはじめとする的外れで婉曲なセリフやノイローゼを思わせる記憶の蒸し返し、アメリカ撮影班に「チャップリン」と呼ばれおどけてみせる卑屈さなどなど、本来こっけいな場面であるにもかかわらず日本人としては少しも笑えない、痛々し過ぎてもういい加減に勘弁してやってくれといいたくなる極端なまでの人物模写が凄かったです。

    ソクーロフ監督のこの「権力の黄昏」を描いたシリーズ第3作目の主題は、「神」と祀り上げられた「普通」の「男」の苦悩です。
    終戦間際の御前会議では、陸軍大臣は本心では天皇に戦争を止めて欲しいと願いつつも本土決戦を主張し、天皇も戦争終結の明言を避け抽象的な話をせざるを得ない状態になっています。天皇も戦争の契機と戦局の悪化は理解していながら、「神」という立場上、ただただ「神」の日常を費やします。
    一転、敗戦後はマッカーサー元帥との会見や、アメリカ兵たちの好奇な目にさらされ最大級の屈辱を味わう日々を送ることになります。
    拠り所はただひとつ、同じく「神」であり偉大な栄光であった祖父の明治天皇(これがまた重い!)。
    イッセー尾形の名(迷?)演技を得て、一人の「普通」の「男」に課せられた責務としてはあまりにも重過ぎ、精神に異常をきたしてもおかしくないと思えるようなこうした数々の出来事の演出は物凄く見応えがありました。
    どう見ても「神」には見えないが、皆が「神」だと言い張り、傍から見てどうにも「笑われる」存在を作ることで、「笑い」をここまで深刻で痛々しいものにしたんですね。
    この映画でのマッカーサー元帥は唯一「まとも」な存在になっていて、現在のわれわれの視点的役割を果たしてくれたのと同時に、われわれ観客とともに彼の苦悩を受け止める存在でもありました。
    この「マッカーサー元帥」のおかげで、「神」から「人間」になろうとする彼へのわれわれの眼差しも優しくなったのではないでしょうか。
    その意味で、「マッカーサー元帥」は彼に救いの手を差し延べる西洋的な「神」であり、「通訳」こそは現状に留めおこうとそそのかす「堕天使」であったと言え、さらには東西の正邪対決ならぬ正正対決をあらわす寓意であったとも言えます。
    ちなみに、映画では主題を明確にするために苦悩の元となる描写が限られていましたが、実際は国体の護持をはじめとして大日本帝国の行く末など、より深刻でより大きな責任と「苦悩」があったと思います。全てを描くと作品としては冗長にもなりかねないため、終戦前後の話はねらって捨象したのでしょうね。

    イッセー尾形と一緒に繰り出す佐野史郎とつじしんめいの共演シーンでは、深刻さとコミカルさが適度に配分されていてなかなか面白かったです。
    チョコレートの場面などは深刻な中にもクスリとくる場面でしたね。
    あと、マッカーサーとの会見場面で、いきなりまともに話始めるところなんかは一服の爽快感を感じさせる場面でした。
    意外にも桃井かおりのシーンは最後だけなんですが、最後の癒しとラストの顔のドアップシーンだけのために彼女の登場が必要だったんですね。

    どこまで史実かはわかりませんが、監督の企図とイッセー尾形の演技を観るだけでも一見の価値がある作品です。
    日本で作るにはまだタブーなんでしょうかねえ?

  • THE SUN
    2005年 ロシア+イタリア+フランス+スイス
    監督:アレクサンドル・ソクーロフ
    出演:イッセー尾形/佐野史郎/桃井かおり

    ソクーロフはエルミタージュ幻想ぶりなのではや3年ぶりですね。ソクーロフ映画の上手な見方としては、個人的に眠くなったら遠慮せずに序盤のうちに寝てしまって軽く仮眠をとり、後半じっくり見ればいいやという戦法で(開き直り)

    ロシア人監督の撮った昭和天皇、しかもマッカーサーとの会見シーンがクライマックスとなるという意味では、日本とアメリカの歴史的瞬間をわざわざロシアの監督が映画にするというのも奇妙なもので。

    日本人でありつつも、このへんの歴史に全く不勉強な自分はこの映画のどのへんまでが史実でどこからが虚構なのか詳しくはわからなかったのですが、まあ、そんなことは気にするだけ野暮というものでしょう(少なくともラストサムライよりマシなことは確か)。

    そこはソクーロフですから。別に歴史大作でもドキュメンタリーでもなんでもなく、いつものように淡々と、褪色したような色彩の輪郭のぼやけた映像の中で、どこか朧な悪夢めいた光景が、延々と繰り広げられます。薔薇の咲く庭に鶴がいるっていうのも、ソクーロフらしい光景だったなあ。

    出演者はほとんどが日本人、そして当然のように日本語。イッセー尾形の昭和天皇は、どこか飄々とユーモラスで、一国の命運を背おわされるにはあまりに頼りなく人間くさく、そこがむしろ常人離れしているといえばしているような不思議な存在感で、しかしだからこそ、肩に力の入った人間にはむしろこの役目(神であることを義務づけられた時代の国主)は勤まらなかったんだろうなあという哀愁を感じさせられて秀逸でした。皇后役の桃井かおりと、ふたりの口癖は何を言われても「あ、そ」と流してしまうところ。そうやって何事も(そう例えば原爆が落とされても何百万人という国民が死んでも)「あ、そ」と流せるくらいじゃなければ、自責の念に苛まれて生きてなんていけない。それだけに、最後の最後で天皇の人間宣言を録音した青年が自決したと聞いた瞬間の、彼の表情で終わるラストは印象的でした。

    (2007.01.26)

  • イッセー尾形の演技は、この役はもう彼にしかできないとさえ思わせる完璧ぶりだった。
    そして映像が素晴らしいのと、美術や演出がブッ飛んでるとこに衝撃を受けた。「天皇」という日本の象徴でもありタブーでもある存在をあれほど愛しく、コミカルにかつ繊細に描けるのはなぜなのか。日本人にとっての根源であり、最も重要なテーマでもあるのに不思議と日本人には絶対に描けないような気がする。
    映画というのは確かに作り物だけど、時代を残す記録でもある。まさにそれが映画の映画たる由縁であり、私たちには語り続けていく義務がある。「映画を作る」とはなんなのか、改めて考えさせられた作品だ。
    しかもこの監督、撮影も兼ねているのである。うーん、鬼才!

  • これって他の国でも
    映画として成り立つの?って…

    淡々としてて、
    昭和天皇のことはシトシトって感じで
    伝わってきました。

    ボクが知っていたあの方とは違う感じだった。

    最後のカットはぼろぼろの東京が美しかった。
    あー、太陽。かぁーって。

  • ☆8

    2007.7 視聴

  • 制作年:2005年
    監 督:アレクサンドル・ソクーロフ
    主 演:イッセー尾形、ロバート・ドーソン、桃井かおり、佐野史郎
    時 間:110分
    音 声:日(一部英語):ドルビーステレオ


    1945年8月。疎開した皇后や皇太子たちと離れ、地下の待避壕での生活を送る昭和天皇。
    御前会議で、陸軍大臣は本土決戦を提唱するが、天皇は明治天皇の歌を詠み、降伏する用意があることを示唆する。
    迷路のような待避壕の中で袋小路にあたりながら、研究室で平家カニの研究をするときだけ、天皇の心は安らぐ。
    想念は次第にこの戦争の原因へと移り、天皇は東京大空襲の悪夢を見る。
    夢の中でアメリカ軍のB29爆撃機は巨大な魚で、焼夷弾ではなく大量の小魚を産み落とし、東京を焦土にする。苦悶のうめき声をあげながら目を覚ます天皇は、皇太子宛ての手紙を書く。
    アルバムを取り出して自分と皇后の写真、皇后に抱かれた小さな皇太子に口付けする。
    そこへ動揺した侍従がやって来て、天皇は黒いフロックコートと黒い帽子に着替える。
    占領軍最高司令官であるダグラス・マッカーサーとの会見が行われるのだ。
    悲惨な焼け野原、荒んだ人々の間を走り抜け、天皇を乗せた米軍の車はアメリカ大使公邸へ到着する。
    天皇はマッカーサーに、連合軍のどのような決定も受け入れる準備があると告げ、会見は短時間で終わった。
    マッカーサーからハーシーズのチョコレートを送られ、従軍カメラマンの写真撮影に応じ、「チャップリンそっくりだ」と大喜びするカメラマンの視線にさらされながら、撮影される天皇。
    マッカーサーとの二度目の会談はディナーをとりながら行われ、その晩、天皇はひとり思い悩む。
    疎開先から戻ってきた皇后に、天皇は「人間宣言」をすることを決意したと告げる。
    宣言の後、玉音放送を放送した人間が自害したと聞き、打ちひしがれる天皇。
    皇后はその手を握り、家族の待つ部屋へ天皇を連れて行く。

  • 天皇が無礼な扱いを受けるとヒヤヒヤする。やはり日本人のアイデンティティに確実に入り込んでいると感じた。

  • 私の考えだと映画とは状況をうまく切り抜けることだ。この映画に出た昭和天皇という人物はそれをするのがこの上なく上手い。たとえば、見世物を見に来た気でいる米国人たちの前でチャップリンのマネをしたり、マッカーサーが席を外したすきにロウソクの火を全部消したり、チョコレートの包み紙を目にも留まらぬ速さで破ったりする。中でも見逃せないのが、彼が真珠湾攻撃の責任を否定し、マッカーサーが原爆投下の責任を否定する場面だ。ここは双方の切り抜けようという意欲に支えられており目が離せない。涙を抑えられないシーンも数多い。たとえば皇居の庭で米兵にからかわれていた鶴は主人公が車で出て行くまで鳴き続ける。皇居の堀にかかる橋のガス灯が、朝のシーンでは当然消えており霧の中に白くぼんやりと浮かんでいるが、主人公が夜帰宅するとガス灯がついており、背後の満月と同様に光を放っている。物語としては神とされている主人公が一人の人間に戻って行く過程を描いている。だが答えは始めから出ている。彼は最初の方で神として扱われることに疑問を持っていることをはっきり表明していたからだ。むしろこの映画を見たあとでは彼は神でも良いと思える。少なくとも映画の神であるとは言える。
    映画は一つ一つのシーンやカットが事件である。我々が災害や日常を切り抜けるように映画はそれを乗り切る方法をつねに模索し続ける作業だとも言える。この映画が素晴らしいのは主人公がまるでそのことを肝に命じているように見えるからだ。

  • 平成生まれの私は昭和天皇のことを知ったのは最近のこと。様々なメディアで取り上げられている昭和天皇、どれを自分の意見にすればいいのかまだ分からないけど、この映画は凄いのは分かる。(初めはつまらないと思ったけど中盤面白くなる!)アレクサンドル・ソクーロフの他の作品も観たくなった。

  • 2005年 アレクサンドル・ソクーロフ

    なかなか感想をまとめられないけれど
    これは日本ではこういう風に撮る事は出来ないよなぁと思う

    好きか嫌いかで言えば凄く好き
    でも何が好きかと言われれば正直良くわからない

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