芸術新潮 2008年 02月号 [雑誌]

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  • 新潮社 (2008年1月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・雑誌
  • / ISBN・EAN: 4910033050285

芸術新潮 2008年 02月号 [雑誌]の感想・レビュー・書評

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  • 地元の図書館で読む。三田村先生のファンです。天皇制の存続の理由について、源氏物語をあげています。大胆な仮説です。暮らしの手帳の編集長へのインタビューは興味深いです。

  • 右翼はもっと憂国の士であるべきだ。
    今年は源氏物語千年紀。
    1008年の(もちろん当時の日本は西暦なんて使ってないけど)
    紫式部日記に源氏の記述があるから、2008年でとりあえず千年。

    千年に一度のお祭りだというのに……ちっとも盛り上がる気配がない!
    右翼はこういう時こそ、我が国の誇りを大掛りに宣伝すべきではないか。

    と思うわけだけど、あの人たちにとって源氏物語というものは、
    愛国心のなかに、申し訳程度に入るものなのだろう。
    源氏で「大和魂」といえば、実務の能力のことを指すのだけれども。

    実際のところは右翼よりもスノッブの問題で、
    もっと多くの人がにわか読者になって
    半端な知識をふりかざすべきなのだ。
    (たとえば酢豆腐」の若旦那……いや、私のように)
    この千年間、源氏物語が保存されてきたのは、
    そうした俗物たちのおかげなのだから。


    「芸術新潮」2008年2月号の特集
    「源氏物語 天皇になれなかった皇子のものがたり」を読むと、
    源氏物語が院政時代から戦後まで、九百年間もの歴史と密接にかかわってきた不思議を、学者の三田村雅子さんによって学ぶことができる。

    物語がうまれてから約百年後、長らく途絶えていた舞の大曲「青海波」が「紅葉賀」の巻に典拠する形でよみがえった。
    このとき源氏物語は、私的な娯楽品から公的な規範へと格上げされたのだという。

    やがて武士の時代がくる。王朝の栄華の、ほとんど唯一の証言者として、源氏物語の写本は聖なる価値を持つようになる。

    桐壺帝のモデルは醍醐天皇といわれるが、その「理想の帝」像を意識して、鎌倉を倒したみかどは、自分の名を後醍醐天皇と定めたとされる。
    (慣例なら、崩御の後に名が贈られる)

    応仁の乱によって、京の町は焦土と化した。
    しかし皮肉にも、それによって王朝文化の希少価値が高まったため、のちに空前の源氏ブームが起きる。

    信長は謙信に源氏絵の屏風を送り、
    外交の道具として利用した。
    秀吉は文化の庇護者であることを示すために
    能「源氏供養」を舞った。
    家康は清和源氏の末裔(自称)として
    源氏物語の秘伝を四度も受けた。

    江戸の資本主義は絵入源氏物語をベストセラーにし、
    とうとう柳亭種彦のパロディ、偽紫田舎源氏を生み出す。
    馬琴の八犬伝さえ六百、七百部だった時代に、
    なんと各巻ごとに一万~一万五千部を売ったという。

    雛飾りの流行も王朝幻想・源氏幻想の象徴である。
    明治維新は王政復古の革命でもあったが、
    源氏文化の浸透もそれに一役買ったのかもしれない。

    しかし西洋文明に対抗するため、
    明治天皇は率先してたおやめぶりを切り捨てる。
    敗戦後、源氏物語はまたしても復活するが、
    敬して遠ざけられる状況は変っていないようだ。

    裏側から歴史を見る楽しみを満喫した、と言いたいが、
    大古典だからむしろ、こちらが表なのか。

    所変れば品変る、源氏絵もさまざまな画風がある。
    なにしろ薄学なもので、狩野派と土佐派の対立なんてはじめて知った。
    「土佐派の源氏絵は男性共同体のための絵画」
    「桂離宮は光源氏の別荘を模したもの」
    「家康が好きな能は「葵上」に「野宮」だった」
    「紫の上臨終の場面では、写本の筆致もふるえている」
    教えられることばかりだった。


    不思議な縁というものはあるもので、
    これを読み終えてほどなく、二月二十四日、
    幻の写本が発見されたというニュースを知った。

    それは斎宮女御、徽子女王の歌集。
    六条御息所と秋好中宮のモデルとされる。
    この人のことを知りたいなら、丸谷才一『新々百人一首』がおすすめ。
    百首のうち九十六首目、文庫本なら下巻の250ページから。

    「世にふればまたも越えけり鈴鹿山むかしの今になるにやあるらん」
    丸谷さんは、この歌は老いと無常を嘆いたのだという従来の説に異を唱え、
    これは「人生で二度も神に仕へることの感動」をうたったのだと解釈する。
    斎宮とは天皇に代って天照大神に仕える最高の巫女。
    徽子女王は少女時代に斎宮を務め、村上天皇の子を産む。
    その娘が斎宮になったとき、伊勢までついていった。
    この史実が六条御息所の「野宮の別れ」のもとになったという。

    そんな人の歌集が、源氏物語千年紀にひょっこり出てくるとは!
    捏造ではないかと疑いたくなるくらい、華やかな偶然だ。


    2008年2月28日記

  • 特集:源氏物語 天皇になれなかった皇子ものがたり

    資料番号:030208367
    資料区分:雑誌

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