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- / ISBN・EAN: 4988111285454
感想・レビュー・書評
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再鑑賞。いや、もしかすると溝口映画祭でも観た気がするので三回目かも。
最初に観たのはいつだったのだろうとさかのぼると2011年の4月にたどりついた。5 Japanese Divasと題されたFilm Forumでの映画祭はここ数年来の邦画熱の発端となった出来事のひとつであったわけで、こうして7年の時をはさんでまたフィルムで鑑賞させてもらえる機会を与えてもらえるというのはやはりこの街ならではということで感謝の念が深まるばかり。
この時間を経て、本作への観かたもずいぶんと変わってきた。当然今回はこれらわんさかの女優陣ををいかんなくフレームに収める作業はやはり宮川一夫に負うところが大きかったのであろうということは現時点での自身の中での結論。もはや視点は京マチ子や若尾文子といったところにはとらわれず、木暮実千代や三益愛子といった渋い方向へ向かってしまうのであった。(浦辺粂子については言うまでもなく)
あー、こんなことに想像を巡らすにつれ、前回の帰省時にポスターをみて指をくわえることしかできなかった沢村貞子のシリーズについては、やはり惜しいことをしたという感情が蘇ってくる。自身で組み立てた映画祭をお一人様向けに用意せねばならなくなる日もそう遠くない未来の話なのだろうか…。 -
生きるために働く。働くために生きてるわけじゃない
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溝口の2作品ぶりの白黒映画にして、遺作。そして彼の数少ない現代劇。溝口を代表する映画にはなかなか挙がらない気もするが、撮影はもちろん宮川一夫だし、キャストは溝口の他の作品に出演した人物が多い。実は溝口らしい作品であり、一方で遺作にして新境地を魅せてくれた作品。
時は売春禁止法が出るか否か、1956年。各々事情を抱えた女たちが売春宿に集まってくる。悲惨なまでに貧乏な女、無垢にも結婚を夢見る女、まだ社会に揉まれたこともない若い女、息子に縁をきられた女、お金に執着する女。彼女たちはそれぞれ事情はちがえど、ひたむきに生きていく。しかしもちろん挫折もする。現実はそう甘くもない。自殺未遂のシーンは印象的だ。その悲劇すらも溝口は、からっと軽妙に描くのだ。女は強いってのは本当だろ?とまるで言っているかのように。
最後の侘しさは悲哀にも思えるが、それでも生きていかなければいけない現実を叩き付けている。それが溝口が描いたリアリティなのだろう。 -
日本映画とはこういうもんなのだよなぁ~。タフである。男であろうが女であろうが人の一生とは売春となにが変わるか?全く古びた感じがしない。京マチコの軽妙さはもちろん木暮実千代の静かなふてぶてしさも好きだ。生きる事が辛いと感じない人は生きて行かないと思った。
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夢ちゃんに感情移入してしまった‥
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女性のわかりやすい不幸の形が詰まってる。溝口作品は初めてだったけど、時代を超えて普遍的なものは必ずある。感情の揺さぶりに時代なんて関係ない。ただ、見終わって疲れるんだよね。こういうのって。
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68点。1950年代の売春防止法制定に揺れる吉原を舞台に娼婦達が繰り広げる群像劇。溝口健二監督の遺作となった作品だが、下働きだったしず子が店に出るラストが監督自身のその後を示唆するかのようで印象的。
トゥーランガリラ交響曲のオンド・マルトノみたいな電子楽器を使った怪奇調の音楽がすんごいミスマッチ。調べたらクラヴィオリンという楽器らしい(シラネー)
いつの時代も女性はたくましく、男性はしょうもないんだな。 -
たくましい女たちと悲しい気持ち
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強者の論理では解決しないし、だからといって、弱者の視点だけでは悪循環にはまる一方だ。
赤線地帯は、今でも確実にある。
木暮実千代がちょっと高木美保に見えてならなかった。
【ストーリー】
赤線地帯にあるサロン「夢の里」で働くさまざまな女性たちを描く群像ドラマ。
父の保釈金のために働くやすみ、失業中の夫をかかえたハナエ、元は黒人兵のオンリーだったミッキーら、女たちはそれぞれにたくましく生きていく。 -
売春禁止法ができる寸前の吉原の話。
昔の売春の方が、健全なんじゃないかと
思ってしまう。
現実の闇はもっと深いんだろうけど。。。 -
観た後、頭と胸にガツーンときました。
京マチ子、いいです!
若尾文子も木暮実千代も三益愛子も光っています☆
木暮実千代と病床に伏せっている夫とのシーンが
忘れられません。
(監督:溝口健二 1956大映)