恋しくて [DVD]

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監督 : ハワード・ドイッチ 
出演 : エリック・ストルツ  メアリー・スチュアート・マスターソン  リー・トンプソン  クレイグ・シェーファー 
  • パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン (2008年9月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4988113823722

恋しくて [DVD]の感想・レビュー・書評

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  • 先日観た映画の備忘録。
     DVDで観た「恋しくて」。1987年アメリカ映画。95分(だったと思う)。
     以前から、この映画はオモシロイと聞いていて、いつかできればスクリーンで観ようと思っていましたが、妥協してDVDで観てしまった。で、面白かった。年代も雰囲気も「セント・エルモス・ファイアー」に、似ているように見えますが、コッチは映画としてなかなかスグレモノでした。結論から先に言うと、コレは演出の勝利ですねえ。
     青春恋愛映画。ハイスクールものですね。
     邦題、素敵ですね。原題はsome kind of wonderful。邦題の方が勝ってるんでは?最近の愚直カタカナそのまんまタイトルに比べて、この心意気。拍手。

    さて、お話は、

    ワッツ(女)=メアリー・スチュワート・マスターソン、
    アマンダ(女)=リー・トンプソン、
    キース(男)=エリック・ストルツ、
    ハーディー(男)=クレイグ・シェファー

    という、4人で進んで4人で終わります。

     冒頭いきなり、ワッツがドラムを叩いています。ソレを執拗に割とアップでぐりぐり撮ります。ワッツのたたずまいと表情だけで、何かしらか憂鬱を抱えながら肩肘はって生きている、ボーイッシュな女の子の話だ!というのが理屈じゃなくって毛穴から吹き出るような絵作りですね。もうココから魅力的ですね。
     これはもちろん、メアリー・スチュワート・マスターソンが良いってことですけどね。この映画とともに青春映画史上に、一本だけで名を刻んでますね。

     さてお話はというと、冒頭タイトルバックあたりでもう、
    ●ドラム叩くワッツ。
    ●車いじって働くキース。
    ●キスしてるアマンダとハーディ。
    ●それを遠目に目撃しちゃうキース。
    ●線路沿いを歩いて、電車と激突しそうになるキース。
     というのがザクザクと見せられます。
    <アマンダとハーディがデキていて、労働者階級的なキースは、アマンダが好きで切ないんだな>
     という基礎情報がこれまた理屈抜きでわかります。

     で。お話は定番の登校場面から始まりますね。ワッツがキースに車で送ってもらって、学校に着く。ボロ車。会話からふたりが、色気抜きの親友ってことが分かります。わかり易い不良くん、鼻ピアスハードロック風の連中から絡まれるワッツ。「お前色気ないからレズだろう」みたいな。ワッツは色気のないオトコ女というキャラなんですね。そして、ワッツとキースのペアが、校内カースト的にはかなり低層にいる感じです。
     ハーディという男子が、悪役です。わっかりやすいです。学校内では勝ち組です。いわゆるWASPです。お金持ちの子でスポーツもできるかんじ。
     アマンダは、実は貧しい階層の娘で、校内カースト的に成り上がる目的もあってハーディと付き合ってるんですね。設定としては美人で男たちのあこがれの的なんですね。「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のお母さんなんですけどね。美貌を武器に成り上がろう、のハイスクール版ですね。
     で、このアマンダのことを、キースがいっつも遠目に見つめてる。見つめてそっと似顔絵描いてる(笑)。ソレをアマンダも、彼氏のハーディも気づき始める。なんだぁ?あいつ?オタクのキースだろ?笑えるなあ、みたいな。
     キースは熱烈に恋。片思い。見つめるだけ。そんな思いに、ワッツが気づく。っていうか、キースはワッツに相談したりするんですね。もうこの辺で、「ああ、ワッツは、男っぽく振舞って、色気抜きの関係を装ってるけど、ホントはキースのことが好きなんだなあ。切ないなあ」という映画全体を貫く基調音がハッキリわかるんですね。もうココんとこで結構前のめりなんです。オモシロイ。テンポ良し。「男はつらいよ」、じゃない、「女はつらいよ」ですね。
     キースが油まみれで働いているガソリンスタンドに、ハーディがアマンダ乗せて来たりする。身分の差。「おい、オイルもチェックしろよ」。鼻で笑われて、チップのお札を拾わされたり。「俺の持ち物のオンナをじろじろ見るなよな」。うーん。典型すぎてキュンキュンです。そんなキースを遠目に見させられるワッツだったりする訳なんです。
     で、この映画、実はキースが一応主人公なんで。キースを追って話は進みます。キースだけ家族が出てきます。オヤジさんは高卒で、タイヤのセールスマン。息子はビジネスの大学に行かせたい。でもキースは実は美大に行きたいんですね。でも摩擦を避けて悩んでる。この辺の感じも直球直球ビシビシ、素敵です。
     お分かりのようにハーディは悪役なんで、アマンダのこともモノ扱い。学内の権力に酔ってるので、別の女にも手を出すし。アマンダ、だんだん不機嫌になって、あてつけのためにキースとデートするわ、とか言っちゃったり。アマンダとハーディ、別れそう。漁夫の利得るか?キース君。切ないぞワッツ。
     ところがアマンダは全然本気じゃないんですね。あくまでからかってるだけ、みたいな。キースなんて眼中にないの。哀れキース。でも気づかない。あのアマンダと、学校のマドンナと俺がデートだぜぇ!って、もう雨に唄えば状態。ところがそんなことハーディは面白くなくて、アマンダは学内女子社会からも、シカトの洗礼を受けたりする。ハーディ、学内に絶大な権力持ってるんだなあ。すごいぞハーディ。デスラー総統だ。ハーディがワルい分だけ、この映画は立脚点が強くなって腰がスワってきます。善玉が如何に善か、よりも、悪役が如何にワルか、の方がはるかに大事だと言う定理は、ディズニー映画が証明してますね。
     という訳でわれらがハーディ、なんとキースをパーティに招待。「アマンダと来いよ。俺は負けを認めるぜ。友達になろうぜ」なーんて言って。もうゼッタイ罠ですね。わくわくしますね。
     ゼッタイ罠だ、アマンダだって本気じゃない!とワッツは力説。でもキースは、それでも俺は行く、と。止めてくれるな、おっかさん。ところが、キースの妹(コレがなかなか良いんですよ)が、たまたまハーディたちの会話を聞いちゃって、兄にご注進。「おにーちゃん、あれァ、罠だ。行ったらハーディの子分たちにボッコボコにされて、笑いものにされるだけだ」。さすがに現実を悟るキース。ガーン。・・・でも、行く!と言う。アマンダとデートして、そしてふたりでハーディ邸に行く、と言う。おいおい、キース、どうすんだ?策あるのかぁ?
     で、当日当夜。出かけようとするキースを父親が止める。「おい、キース、貯金が下ろされてるぜ。アレは大学入学資金じゃないか!」「父さんアレは僕がバイトしたお金だ。僕は今晩勝負のデートがあるんだ」「ふざけるな!目を覚ませ!」
     キースは、この夜に貯金はたいてるんですね。
     キースが言います。「父さん、高校で、主流グループに入りきれないはぐれものの、ヘンテコな奴っていなかった?・・・僕がそうなんだ。美術が好きで絵を描いてばかりで、友達といえばオトコ女みたいな奴しかいない。そんなのは高校ではカス扱いなんだよ。でも僕は、今夜のデートに賭けてるんだ」。ココんところ、ある種普遍的ですね。なかなか脚本が良いです。
     と、いう訳でデートですが、ぱりっとスーツ着て、レンタルの車でアマンダ邸へ。なんと、すごいのは運転手が。ばっちり運転手スタイルに身を包んだワッツ(笑)。惚れた男が片思いしている女とデートに行くのに運転手ですよ。いやーすごい。しかも志願。
     ここからキース&アマンダの芝居場になりますね。アマンダは内心、サッサと帰りたいんですね。ところがキースが夜の美術館デートしたり、いろいろ語ります。で、アマンダも、ハーディのお飾り女になってる自分に幻滅もしているから、ほだされる。お互い本音をぶつけあって、アマンダ、惚れます。キースとドラマチックなキス。キースとアマンダ、がっつりラブになっちゃう。どうなるんだワッツ。かわいそー。
     でも物語は進む。キース&アマンダは、ハーディの屋敷へ。パーティという名の戦場ですね。当然ながらハーディは子分連れて迎えて、まずは言葉で笑いものに。辱めて、そしてボコボコにしようとしたそのときに。キースの味方が登場します。
     ちょっと前後しますけど、鼻ピアス&ハードロック風の極ワル不良たちと、実はキースは仲良くなってるんですね。はぐれもの同士っていうか。彼らも貧乏階層で、金持ちWASPへの反感があるんです。で、この土壇場でその鼻ピアス系のホンモノのワルワル軍団が、現れる。無論、事前にそういう策だったんですねー。やるなキース。結構ワルじゃん。この連中に凄まれたらハーディ、しゅんとしちゃいます。と言う訳で、キースは無事アマンダを連れて退出。誇りを取り戻し、惚れた女も手に入れて。男の花道。
     さあ、ここから映画はラスト5分くらいなんですが、ここから、口あんぐりです(笑)。
    ハーディ邸から出てくるふたり。心配しているワッツが待っている。無事を知って、ワッツ、じゃあおいらは消えるぜ、と独り夜道を去っていく。
     そのワッツを見て、なんと忽然とキースは、「あっ!ワッツは俺のことホントに惚れてんだ!そして俺もワッツが大事なんだ!」と気づくんですね(笑)。その上、アマンダまでがそれに気づいて、「あなたの御陰で私は自分を取り戻せた。しばらく独りで生きていくわ。あなたは彼女のところに行ってあげて」とか言い出します。もう愕然です。爆笑です。
     そしてキース。アマンダ、ありがとう!とか行って走り出します。恋愛映画は走らなければならないという数少ない真実をちゃんと実行しています。走って走って追いついて、問答無用にワッツを抱きしめます。キス。
     ワッツも、大喜びの涙。「こうなると信じてた」。ハッピーエンドです。
     おいおいおいおいおいおい!ちょっと待てよ!キース、お前まだアマンダの口紅がついたままなんじゃないの?くらいの勢いです(笑)。
     コレはすごいですねー。ラスト5分の厚顔無恥な力技映画、ベスト5に入れたいですね。もう、目が点でした。

     というあらすじなんですが、これがドウシテ、面白いんですね。もうね、撮り方がすごいんですよ。
     とにかくこの4人の心情しか興味ないの。とにかくがんがん顔に迫っていきます。恐ろしいことに、ワッツとキースの場面なんか、ドコにいるんだかよく分からないくらい、とにかく二人の顔、顔、顔の切り返しの場面とかあります。その割り切りって言ったら、脱帽です。
     女子更衣室で着替えている女子たちの場面(見えちゃまずいものは見えませんよ)。ワッツが遠目に、アマンダが着替えているの見るんですよね。アマンダ、セクシー下着にボンキュッボンのプロポーション。それをまあ、これでもかとねっとり見せます。そしてまあ、それを憮然と凝視するワッツ。こっちは割と洗濯板気味で、しかもなぜだか男物の下着。こっちはこっちでねっとり撮ります。もうその視野狭窄の心理描写が・・・。拍手。
     やっぱりね、このベタなパワーがイイんですね。日本の低予算青春モノにあるような、雰囲気描写の薄味淡々ブンガク的ゲージュツ映画なんか、泣いて吹っ飛びます。
     アマンダとのデートを控えて、ワッツがキースに「キスとか上手くできんのかよ?」。なにかと思いきや「練習台になってやってもいいぜ」。どっひゃー!。で、キースはキースで、「ほんと?じゃあお願いしよっかな」ってんで、ディープキスっすよ!この恥ずかし気もない展開!たまりませんね。制作・脚本のジョン・ヒューズ、なんてヤツだ。
     で、この映画、主役はキースなんだけど、やっぱりワッツなんですね。それはもう、そういう撮り方になってる(笑)。キースの闘争と勝利の物語という運びなんだけど、いちばん手渡したい味わいは、ワッツの切なさなんですね。ワッツ、ひたすらボーイッシュ。泣き言も自己弁護もしません。どうにもキースの気持ちは変わらないと知って、「俺たちもう会うのよそう。俺はアマンダの悪口言ってあんたを傷つけちゃう。あんたも。。。俺を傷つけるんだ」。涙目ですよ。コレは、ぐっときますよ。とにかく直球。ひたすら直球。まあ、それでも気づかないキースっていうところに興ざめしちゃう人もいるかもしれませんけどね。でもキースはキースで必死なんで。若いから。それに、キースが気づかないっていうのがゲームの規則なんで。僕はそこンとこ、許せます(笑)。
     監督はハワード・ドイッチという、他に僕は不勉強で知らない人ですけど、この映画ではイイ仕事していると思いますね。とにかくテンポも画面も、密度が濃い。ひたすら顔。感情。芝居。低予算作品の鏡ですねー。

     もう、とにかくメアリー・スチュワート・マスターソン絶品ですね。色気があってタマラン、とかっていうのとは別世界ですけど。ヒトの思いの切なさみたいな感情、体現してますね。

     この映画の素敵さって、濃度とか直球って言葉使いましたけど、まあ、寓話だと思うんです。リアルじゃないの。でも、強者がいて弱者がいて、不条理で暴力と権力とが恋愛まで支配しちゃうような世界っていうのは、実はソレはソレ、リアルなんですね。その世界観は。ただ、そこに戦いを挑むだけだったら、それはメッセージ映画になっちゃうんですけど。この映画はそこにひとひねり。
     つまり・・・その不条理に、勇敢に戦いを挑んで行く、塔の上のお姫様を救いに行く、弱者である愛の戦士。・・・に片思いしちゃってる、弱者。
     応援したい。でも勝って欲しくない。でも負けて欲しくない。コノ葛藤軸が絶妙です。ここンとこで物語が光ります。ここのところで、メッセージ映画ではなくなってるんですねー。世界観は舞台背景として、描かれるのはヒトを思う気持ちですね。恋してるっていうのはイタくって哀しくって甘くって醜くって残酷で、それでもってなんて素晴らしく美しいんだろう。まるで人生そのものですねー・・・。みたいなコトなんですね。この映画の手渡したいものは。それが上手く表現できちゃってる。舞台背景の世界観が強度が強いから、直球勝負でグサっとイケてます。
     だからまあ、要は寓話でおとぎばなしなんですね。だから、ラスト5分は、大破綻でイイんだ!という確信犯ですね(笑)。いや、それでイイんだと思います。ただ、それは、画作りとか演出とか、芝居とか出演者の持ち味次第で、全体が破綻しかねない、ものすごーいタイトロープ勝負なんですけどね(笑)。この映画は、うまく行ってます!。

     この映画、面白いんですよ。なんとなく、面白くてもB級映画扱いされがちですが、実はこれ、ホント立派な映画、名作だと思います。映画にとって、物語とかラストの整合性なんてものは、いくつかの要素の一つでしかないので。ソコが破綻してたって、ぜーんぜんOKな映画なんていくらでもあります。未見のヒトがいたら、コレは圧倒的に娯楽作品なんで、気楽に構えずだらだらとDVDで楽しんでください。
     むしろ、大人が見た方が楽しいかもですよ。振り返って身悶えするほどに恥ずかしく、そして密かに愛おしい自分の若い若い時代を思い返せるかも、ですね!

     最後に、個人的に言うと、10代後半から20歳前後くらいって、この映画のキース君みたいに、僕もマッタク学校内階級で言うと最下層にいたんで(笑)。なんだけどこの映画におけるアマンダ的な女性と出会わなかったおかげか(笑)、別にゼンゼン悩みもせず、好きなことばかりやっていたんですね。でもこういう映画を見ると、ケッコウ人々はそういう階級制の中でもがいたり悩んだりしていて。映画を見ながら、「もっと俺も最下層に置かれているコトを悩んだりするべきだったんだろうか・・・」と、今更悩んだりします・・・。

     ※まあ、近年のグリーなんかもそうですけど、こういう学園モノのアキレス腱は、「いけてない人々」という設定の主人公たちが、でも十分に美男美女である、という商品成立上の矛盾点がある、ということなんですけどね。現実世界で「いけてなかった僕たち」は、もっともっともっと・・・いけてなかった訳で(笑)

  • WOWOW。
    主役はアーティスト志向の二人でルーザー感は薄いけど、雰囲気は好き。

  • 請求記号:95G232(館内視聴のみ)
    所蔵資料はビデオテープです。

  • いつの時代に観ても、共感できる作品。
    育ちによる劣等感、富裕層への憧れ、人と違うことへの恥じらいと反発...
    世界共通で青少年期に通り過ぎる悩みだと実感。
    特に、ワッツのひそかな恋と、キースの鈍感さにはもうイライラさせられつつも、恋している時のもどかしさを感じさせられました。
    ー人は淋しいから、誰かを欲するー
    本当にそのとおりだと、改めて思わされた映画でした。

  • ハワード・ドイッチ監督。
    原題は「Some Kind of Wonderful」 。

    人気者の美女と、彼女に恋する冴えない少年、そしてそんな彼に恋する男まさりな女の子。ありきたりな学園ラブストーリーだけど、十代ならではの純粋な恋心に、切なくなる。みんな瞳がきらきらしている。
    シンプルで古臭いけど、好きな映画です。

  • 主人公が情けなくて何だかなーと思わされるのとは好対照に、ヒロイン2人の心情が生き生きと描かれている。

    ワッツの健気さは言うに及ばず、アマンダの成長も見所だろう。ビンタ2発、いいですねーw

    終盤少し…というか結構急ぎ足になってる点が残念。

  • 高校生の瑞々しい恋情景。
    怖い友達がほんとに怖くて、笑けた。
    あんな高校生いるのかなー。

  • もはやコメディの域!時代を感じる字幕がすごく面白い。

  • めっちゃよかった!
    恋って恋って恋っていいなぁぁって思った!!!
    学園ものだけど、最近のよりずっといい:)
    ステキな映画だった!!

  • 姿を見かけるだけで幸せになれる。
    その人が誰かのことを見ているだけで悲しくなる。

    そんな青春時代にした恋が描かれていて
    ワッツにその頃の自分を重ねた。

    観る度にきっとその頃のことを思い出す
    アルバムのような作品になった。

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