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- / ISBN・EAN: 4934569634306
感想・レビュー・書評
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芸術至上主義の話。「地獄変」へのオマージュのような部分もあり、生前はまったく評価されなかったゴッホを彷彿とさせるような演出もあり。芸術という価値基準が流動的なものにとりつかれてしまった真知寿の人生を丁寧に描くことで、幸せとはなんぞやという疑問を投げかける映画でした。なぜそこまで絵に執着するのかということも、真知寿の幼年~青年時代をしっかりと見せることで説得力があって(幼年時代の衝撃的な出来事からの影響、ちょっとアスペっぽい気質などが見て取れる)ただ「こいつ人間として終わってる」という評価をしないで済みます。
結局芸術って、わかりやすいものをつくったもの勝ちだと思う。それはたとえ一見わかりにくくても、解釈が人口に膾炙すれば問題はないともいえる。芸術家は期待されたものと自分がつくりたいものとの狭間で苦しむ。そこでたとえバランスをうまくとったとして、期待されたものをつくり続けたとして、あるいは自己流を貫いたとして、それが高評価に繋がるかはわかんないし、真知寿のような人生ってたくさんあると思う。それでも好きで、好きで続けていたら、作品の真のファンが一人だけでも現れてくれたりして、それだけが本当に幸せでがんばれるんだ。
真知寿が亀なら、アキレスは幸子でもあり、時代でもあるんだろう。なかなか沁みてくる映画です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
芸術が、
わかる人にはわかる人が世界に一人はいる
ということでしょうか。
ついてきてくれる人はいる。ということでしょうか。
テイストはやっぱ北野ワールドですね。 -
北野武監督の作品らしく狂気もあり笑いもあり、尚且つ個人的に感情移入しやすい映画でした。
少年期、青年期、中年期と分かれている年代記で、絵にとり付かれてしまった男の人生がしっかり描かれていた。
何かになりたいと思った事がある人は、主役マチスに自分を投影できるんじゃないかな。
彼はどうしょうもない人間だけどひたすら絵に没頭する姿は愛らしく見えてくる。
周りには理解できない人もいるけど愛してくれる人もいる。
それはファンタジーなのかも知れないけど救われる部分でした。
麻生久美子が相変わらず美しい。
事務員姿と子供を見つめる横顔はいいなぁ、惚れる。
たけし監督の芸術三部作の最後らしい。
他の二作品も見たけど今作が一番見やすいので他の人にもオススメできる。 -
この映画はちょっとした西洋絵画史みたいになっているのだけれど、シーンごと、それに対するアイロニーが感じられて面白かった。
もう一つ気づいたのは、これは、例えば「アウトレイジ」などで人を殺しまくる作品のネガ(あるいはポジ)だということ。つまり、人を殺しまくるかわりに、自分を殺しまくる映画だ。 -
芸術だけじゃなく、何かを極めようとするには狂人と紙一重のラインが必要で、主人公は純粋に極めようとした結果、狂った。
北野作品でこんなに笑えなかったのは初めて。
良い作品です。 -
夫婦愛だと銘打っているものの、もっと北野さんの考えは深いところにあるようで。
アキレスと亀っていうタイトルから、映画の中でいったい何の物事が“アキレス”を象徴し、何の物事が“亀”を象徴しているのか、最後まで見ても分からなかった。
でも、ようやく分かったんですが、アキレスと亀のパラドックスの話を精一杯考えようとしても、体感的にはアキレスが亀に追いつけないなんてそんなはずはないと矛盾がないことはわかるのに、数学的に頭で考えようとするとなかなか理解が出来ない。そのもやっとしたジレンマや発生する感情が、この映画を見ることで全く同質のもやっとした感情が再現される。この感情のことを北野さんは“アキレスと亀”だといっているんだろうな、というのが個人的な思ったことでした。
アートっていうのが、往々にしてそういう矛盾の感情の中で、現実社会に受け入れられたり受け入れられなかったりすることを若干皮肉的に気づかせてくれる。
そうやってアートにまつわる送り手と、受け手。その間にある意図や思いのズレを描いている作品です。
…こういうような「アートに関する感情論」であることが北野さんのこの映画に対する思いだとすれば、現実社会には「何があっても支え合う夫婦の物語」と捕らえられている、この送り手と受け手のパラドックス。この映画“アキレスと亀”は、自分の作品自信でさえも、その矛盾に入り込んでいます。
んー、堅いこと言ったけど。それぞれの人がそれぞれ思いたいように思えばいい。そう思います。 -
これぞ北野武。不屈でゆるぎない、ラストが素晴らしかった。
芸術なんてしょせん自己満足に評価がついてくるだけのこと。
だから、錆びたコーラ缶が20万円したって良い、それを理解してくれるたった一人を探して芸術家は苦悩を繰り返す。
芸術は万人に愛されるための道具ではないとまざまざ思い知らされた。
存在証明として絵を描き続けた男の子がそのまま成長し、最後幸せを見つけた喜びはまさにおとぎ話。 -
映画監督たけしがアートというものを単純で一面的にしか視ていないような印象。アートへの認識も前時代的
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以下、ネタバレ注意。
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子ども時代が長く描かれているので、感情移入しやすい。
なんといっても一番楽しいのが、夫婦があれやこれやと芸術作品を作っていくシーン。
この調子でとことん夫婦愛を描くのかと思いきや、途中で別れる展開になったので驚く。
そして、娘の死。
ラストは一応ハッピーエンドだが、娘の死の件があるので、完全に喜ぶこともできず後味はとても複雑。
「ラストで妻と娘と和解する」
「芸術家としての成功を手にするも、今までの癖が抜けきらずに成功者であればやらないような行動をとる」
「成功を手にしたときに、本当に自分が描きたかったことは何かを模索したら、答えは意外なものだった」
……といった展開やシーンも見てみたかった。
真面目に主人公の人生について考えると、主人公が成功しなかった理由は、画廊に買ってもらうことだけを考えてしまい、「自分が本当に描きたいものは何か」を考えず、「たとえ売れなくてもこれが完成すれば自分は満足」だと思えるような作品を追求できなかったことだろう。
しかし、主人公が追い求めていたものこそが「芸術家として成功すること」であり、それに向けて行動することが生活原理になってしまっていたのだから仕方がないのだろう。
そもそも、あの画家が子どもに「うまいねぇ。これじゃ、おじさんすぐ抜かれちゃうなぁ!」なんて無責任なことを言わなければあんな人生を送ることもなかったのだから、大人は子どもに無責任なことを言ってはいけないのだとつくづく思う。
テレビ放送にて視聴。
いろいろとカットされたシーンがあったようなので、またあとでDVD等で見よう。
(2012.7)