- Amazon.co.jp ・電子書籍 (311ページ)
感想・レビュー・書評
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母親が幼少の頃に亡くなったこともあり、少年は優しく思いやりのある祖父母に育てられた。
少年の最初の友達は、デパートの屋上で飼われていた亡き「インディラ」と名付けられた小象だった。
34年間、デパートの屋上で鎖に繋がれての一生を過ごすことになった「インディラ」へ思いを巡らすのが、少年の常となった。
少年の家と隣の家との間には、狭い隙間があった。
そこに入って行った少女は、その隙間から抜け出ることができずにミイラになってしまったと、大人たちは噂した。
少年はミイラを少女の名前だと思い、寝る時に壁に向かって亡霊ともいえる小柄な少女の「ミイラ」に話しかけるようになり、二人目の友達となった。
ある日、少年は廃車となったオンボロバスの中で、「ポーン」と云う名の猫と暮らす「マスター」に出逢い、彼からチェスの手ほどきを受ける。
途端に少年はチェスに夢中になり、毎日オンボロバスに通ってチェスの指南を受けることになる。
優しい「マスター」は常に甘いおやつを食するために巨漢となり、バスから出ることも出来ず、亡くなった時にはバスを壊して「マスター」を運び出さなくてはならなかった。
「インディラ」、「ミイラ」、「マスター」と接して成長を恐れるようになった少年は、11歳から成長することを自ら止めてしまう。
少年のチェスの腕前は飛躍的に向上し、大人の世界でも評判となるのだが、少年は自分の狭小の世界に閉じこもることを良しとしていた。
少年は狭い世界の中で、雄大なチェスの世界を「インディラ」、「ミイラ」、「マスター」を仰ぎ見ながら泳いで生きてきた。
深い大海で「インディラ」を仰ぎ見ると、鎖から解放された太い足を動かして自由に泳ぎ、隣では少女の「ミイラ」が踊るように泳いでいる光景を文章から想像させられる。
過去の偉大な棋士「アリョーヒン」の名を引き継ぐことになった少年は、「リトル・アリョーヒン」と称されるようになる。
しかし、「リトル・アリョーヒン」がチェスを指す姿を見た者は殆ど存在しない。
同じ「リトル・アリョーヒン」と名付けられたカラクリ人形の中に入って、肉体の「リトル・アリョーヒン」はチェスを指していたためだ。 カラクリ人形の空間は、異様な程に狭小な世界に思えてしまうのだが、「リトル・アリョーヒン」にとってはきっと雄大な海原だったのだろう。 -
小川洋子さんの作品レビューはこれで2作目です。
私は小川さんの語り口や文体がとても好きなのですが、この本に関しては、読み始めて一度、ギブアップして積読となり、のちに(再度冒頭から)読了している、という経緯があります。
「どういうワクワク、面白さを提供してくれるのだろう?」という気持ちを(無意識ながら)期待していたところに、その原因があるのかなと今では思うのですが、この物語は「受け身」であってはなかなか退屈なのではないか、と個人的には考えています。
誰かの流した音楽をただ聞いているだけでは、その音楽の本当の意味や、一段奥の素晴らしさに気づけないのと似ている気がします。
描写自体には複雑な言葉は使われていないのに、感受性を開きながら改めて眺めてみると、実にイキイキとした世界が広がっていることに気づかされます。
小川さんの本は、たとえばそういった「読者自身の扉」のようなものを開きながら見る必要が多分にあるのでしょう。
物語としてはチェスに出会った少年が、チェスに魅入られてその生涯をチェスに捧げる、といった斬新さは無いストーリなのですが、そこには出会いから冒険、そして別れといった雄大な流れがあり、同時に暖かく優しい空気が流れています。
これは単純に「面白い」「面白くない」で語れる作品ではありません。個々の体験の中に”落とし込んで”味わうタイプのお話なんです。他の物語が単純に面白いかどうかで語れる、という意味合いではなく、他の物語よりも一層、そういった要素が強いということです。純粋にそこのみに絞られている、と言っても過言ではないかもしれません。
出会いと別れの描写でも、猫のルークひとつ取っても、それぞれに見ている世界は違うはずで、読書が好きな人ほど、コツが掴めればこの世界を愉しめるはずです。
ぜひ、冬は暖かい飲み物を置いてストーブの傍らで、夏は冷たい甘い物をお供に読んでいただきたい一冊です。
あっ、でも甘い物はほどほどに……(笑) -
チェスのルールを理解していない自分でも惹き込まれてしまう、美しい文体と情景描写が詰まった小説。
大胆なストーリー展開は無いのに、チェスの一手一手をじっくり味わい、あたかもその場で同じ空気を吸っているかのように、圧倒的に秀逸で芸術的な文章。
登場人物であるミイラという少女が一体どんな人物なのか最後まで判然としなかったが、主人公である少年の生き様、葛藤、そして「与えられた世界・宿命」の中でひっそりと、でも信念をもって生ききる姿に、じんわりと感動した。
読み終わった後に残る穏やかな幸福感は今までにないものだった。 -
「大きくなること、それは悲劇である」
成長しすぎたことでデパートの屋上から
おりられなくなった像インディラ。
狭い壁の隙間から出られなくなった
亡霊ミイラ。
巨体ゆえに死後、回送バスから
出せなくなったチェスの師匠マスター。
これらにふれる主人公は成長を拒み
リトル・アリョーヒンとして
チェスの盤下で生きることを選ぶ。
個性的な登場人物が繊細に描かれていて
その特徴のひとつひとつが愛おしくなる。
アリョーヒンは生まれた時、
くちびるが閉ざされていた。
それを医者が開いて口にした。
物言えるように。
世間では良いとされるような
成長すること、
饒舌に語ること、
存在を主張すること、
明るいこと…
それらポジティブな事柄を強調する
意味を問われているように感じた。
成長しないこと。
物言わないこと。
存在しないかのような在ること。
物静かであること。
ネガティヴともとれる
その生き方を許容してくれる空気感がある。
小川洋子さんの繊細緻密な描写で
様々なもの、場所、人が頭の中に
鮮やかに描き出させる。
心揺さぶられる作品だった。
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世間的には不遇と思われようが、主人公が少しずつ成長して、最後には自分の居場所を見つける物語。
百貨店の象、壁のミイラ、師事したマスター、アリョーヒンの猫、主人公の捉え方と心理描写が秀逸。
かなり没頭して読み、思わずチェスのスマホのゲームをダウンロードしました。「慌てるな、坊や」というマスターの声も頭に残りそう。
最後は、運命に抗おうとする婦長の姿勢に涙しました。 -
彼がチェス盤の上に描きたかったのは美しい宇宙だった。チェスに魅了され命をかけた一人の少年の姿が著者の透き通った言葉で語られる。史実かどうかなどと考えながら読み始めたのが途中からそんな思いはどこかへ。そう、確かに彼はこの書の中に生きていたのだから。