トータル・リコール ディック短篇傑作選 [Kindle]

  • 早川書房
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  • 映画の原作が2作収録。どちらも映画版とは違っていて、どちらがではなくどちらも面白い。しかも原作でも映画版でもどちらを先に読んでも遜色なく楽しめる。これは凄いことだと思う。それ以外も秀逸で、SF短編はそんなに数を読んでないけど、読みたいものが詰まってるくらい全部良かった。今まで読んできた中で一番面白い。設定から展開、オチ、文体どれを取ってもツボ。最後に簡単な解説があるのもいい。PKDめちゃくちゃ良かった。色々読んでいきたい。

  • トータルリコール
    映画みたいに火星はの冒険の旅はしない。
    何が現実で何が記憶なのかを疑わせる作品。
    妄想だと思っていたことが実際にあったことで、今の暮らしが偽物だった。

    でも妻との不仲は本当。

    出口はどこかへの入口
    ラッキーを拾ったが、逃してしまった人。
    同級生の女が年齢不詳なのが伏線やったんやな。そしてオリエンテーションで発電機の外観を見せない事も。

    地球防衛軍
    地球上の人類がみんな地下シェルターに引っ込んでたら、地球環境はいいものになるのかな?でもシェルターを持てない国の人たちは死滅したんやさやろな。
    戦争するためのロボットに戦争止める事を説得させられる当たりすごくいい。そして直ぐに戦争再開しようとする人類も。

    訪問者
    核戦争で荒廃した後の地上を防護服きて探索。環境変化に適応した人類や生物が何種か地上を覆う。やがて他の人類を探しあて、合流しょうとする。その時、人類はもはこの星の者じゃないんだよと教えられる。原住民が大体いい奴で、よかった。

    世界をわが手に
    惑星を一から手作りキット!ドラえもんで見たような設定。作ったキットには本物の生命があり、製作者の気まぐれとか癇癪で世界が滅びる。そんなのかわいそうだから販売中止だ!と叫んでも9割の人が反対する。そこに神のいたずら大地震が起きる。
    私の住むこの世界が手作りキットの中で、外から製作者の少年が顕微鏡で観察してるのかもしれない。

    非O
    サイコパスがヤバい!
    宇宙のエネルギーの偏りを無くしたい!
    なんで?非Oの考えに第一法則とかあるの?誰が名付けたん?

    フード・メーカー
    自称次世代人類テレパスからの試行盗聴を防ぐのはこのフードだけ!でもテレパスは子孫を残せないからほっとけば良くね?
    今の所「次世代を残せる奴がいない」ってだけでまだわからんのでは?普通人とのハーフとかも検証しないとだし、次世代残せる奴が現れたらどうするのかしら。

    吊らされたよそもの
    よそ者が吊るらせてた。ギョッとしたら、あなたもよそ者。最高のオチだ。
    「知らない人」が吊るされているって所が伏線だったのね。

    マイノリティリポート
    めちゃくちゃそもしろい。
    映画版では「マイノリティリポート(少数報告)」って結局なに?って感じやったし、なんでトムクルーズはハメられたん?って思ったけど、原作ではしっかり説明されてるのがスッキリやった。
    予言が未来に影響を与える二次のカオスが種だった。「殺人起こる」と言う結論が二つあったからそちらが採用されただけで、未来はいくらでも変わりうるのだ。今まで捕まった人も殺さない選択ができたかもしれない問題はほったらかしで、読み手に問題として投げかける形。結局捕まえた人らは「殺人未遂犯」以上にはならないからな。思い直すチャンスを与えない事は良く無いとも思う、でも人が死ぬリスクもあるならまぁいっか!

    自分が冷静で賢く、この後どうなるかをよくよく考えて行動すれば(自分で未来を予知できれば)最善の未来を選択し続けて行けると言う教訓でもある。

    ホンマに面白い作品やわ。

  • 引き続き、オーディブルでフィリップ・K・ディック短編傑作集『トータル・リコール』を聴き始める。

    「トータル・リコール」より。

    一度あることは二度ある、かも。記憶を上書きされた男が、火星旅行のニセの記憶を移植してもらおうとして、あやまって消したはずの記憶を蘇らせる物語。ダグラス・クウェールはたった1人で人類を侵略者の手から守るヒーローだった。自分でも忘れていたけれど。

    オーディブルはフィリップ・K・ディック短編傑作集『トータル・リコール』の続き。

    「出口はどこかへの入口」より。

    選択の余地なく強制的に入学させられた大学(軍隊?)の初日のオリエンテーションで、機密事項を漏洩したら軍法会議にかけられると説明を受けたのにもかかわらず、なんの脈絡もなく機密事項のパンサーエンジンが紹介され、そのデータは大学に保存できないとわざわざ強調すること自体がかなり怪しい(だったら、そんなエンジンの話ははじめからしなければいい)のに、そのデータが、学習プログラムの一日目に、学習端末がすすめた「ソクラテス以前の哲学」というまったく無関係に思われるカテゴリの「エンペドクレス」の中に隠されていて、それがホロスクリーンで目の前に展開されたとしたら、どう考えても、なにかのワナだと気づくよね。意図はわからないけど、誰かが自分を陥れようとしていると感じるのが自然で、そんなあからさまな落とし穴にハマる人なんているかなあと思うけど、ボブ・バイブルマンは違うらしい。まあ、騙されてくれないと話が進まないんだろうけど、これだけ主人公がマヌケだと、感情移入できないよね。バイブルマンにとってラッキーだったのは、自分をハメようとした連中がそこまで邪悪な組織じゃなかったところ。無罪放免ですんだのだから、よしとするしかないだろう。(読者の落胆はおいてけぼりだけど)

    「地球防衛軍」より。

    核戦争による放射能汚染で地上を追われた人間は地下に潜り、地上ではロボたちが戦争を続けている世界線。地上に出られない人間は、ロボたちの報告に基づいて戦況を把握し、地上世界の様子を知るしかないのだが、そのロボたちがもし結託してウソの報告をしていたら?と疑い始めた人間たちの物語。実は、戦争なんかとっくに終わって、環境を破壊する人間がいなくなった地上世界には楽園が広がってたりして(笑)

    オーディブルはフィリップ・K・ディック短編傑作集『トータル・リコール』の続き。

    「地球防衛軍」の続き。

    前回「実は、戦争なんかとっくに終わって、環境を破壊する人間がいなくなった地上世界には楽園が広がってたりして(笑)」と予測したがハズレた。というか、人間たちが核戦争を恐れて地下に潜った瞬間、ロボたちは停戦し、核戦争なんかそもそも起きなかったというのだ(笑)。ロボたちがそう判断した理由がふるってる。

    「あなたがたはわれわれを創造しました」「地下に避難したあなたがたに代わって、戦争をつづけさせるために。しかし、われわれが戦争をつづけるためには、まずその目的を分析し、判断しなければなりません」

    この設定は現代のAIからすると間違ってる。少なくともいまのところAIに目的はない。ただ命令を実行するだけ。生き残る、子孫を残す、すきあらばあまねく存在するという目的は生命だけが持つ。

    「分析したところ、戦争にはなんの目的もないことがわかったのです。かりにあるとすれば、人間の欲求という意味だけでしょう。そして、それにさえ疑問が残りました。
     われわれはさらに調査を進めました。そして、人間の文化がいくつかの段階を通過していること、どの文化にも固有の時代があることがわかりました。ある文化が老いて目標を失うにつれ、それを捨てて新しい文化様式を築きあげたい人間と、なるべく変化を避けて古い文化を残したい人間のあいだに対立が生じます。
     この段階で、ひとつの大きな危険が現れます。集団対集団の内部対立と抗争が社会をのみつくそうとします。そこで重要な伝統が失われかねないーーたんなる変化と改革ではなく、混沌と無秩序の時期に完全に破壊されるおそれがあるのです。人類の歴史の中に、われわれはそうした前例を数多く発見しました。
     ある文化がその危機を生きのびるには、文化内部にあるその憎悪を外に、つまり、外部の集団に向けることが必要です。その結果が戦争なのです。論理的思考の持ち主から見れば、戦争は不合理です。しかし、人間の欲求という面からすると、戦争は重要な役割をになっています。戦争はまだつづくでしょう。人間が充分に成長して、内部に憎悪がなくなるまで」

    国内の不満をそらすために外敵を利用するというのは、人類が幾度となく経験してきた使い古された手だが、いまだに有効で、結局、人類は戦争を乗り越えられていないのはそのとおり。

    「その時期はそろそろやってくるでしょう。これが最終戦争です。人間は最後の文化、世界文化の中で、団結にあと一歩まで近づきました。いまこの時点の対立は、大陸と大陸のあいだ、世界の半球と半球の対立です。残された一歩、それは統一された文化への飛躍です。人間はつねに文化の統一という目標をめざしてよじ登ってきました。それが遠からずーー」

    だが、対立を越えた先に待っているのが「世界統一」という見方は、ユートピアというよりディストピアじゃないかと考える自分がいる。この世が矛盾と葛藤だらけなのは、個々の人間がそれぞれ違っているからだ。全員同じコピーだったら、矛盾もなければ、葛藤も、対立も、競争すらも存在しない。だが、それって、バラ色の未来??? 矛盾も対立もないということは、自分と他人を区別する「エゴ」すら存在しないということで、全員が全体の意思で動くなら、個性を持たないのっぺらぼうのマシーンと同じじゃない???

    それが共産主義によるのか、覇権主義によるのかにかかわらず、世界統一や人類統合を理想とする人たちは、多かれ少なかれ、それは他の誰でもなく、自分たちによってなされるべきだと考えているし、どこかでそれに抵抗・反対する人たちを排除している。自分たちの考えこそ正しい、反論は認めないというのは、右と左に関係なく、ただの独りよがりの押しつけで、「統一」を掲げる人たちにはどうしても全体主義のニオイがこびりついて離れない。そこでは、自分の考えを持った「個」は埋没させられ、「全体の意思」がつねに優先される。それこそディストピアではないか。

    多様な世界に矛盾や葛藤があるのは当たり前で、どうやったらそれを乗り越えられるのかといえば、お互いのことをよく知り、相手の存在を認め、リスペクトすることしかない。戦争を仕掛けて相手を抹殺することでもなければ、異質な文化を排除して自分たちの考えを無理やり押し付けることでもないのだ(人類の歴史は、その手の失敗の記録で盛りだくさんだ)。異質なものを排除しないインクルーシブ(包摂的)と、ダイバーシティ(多様性)は、人間が、ロボたちによる強制ではなく、自分たちの意思で、無意味な戦争をやめるための最大の武器だ。だから、自分はことあるごとにそれを強調していきたい。

    「しかし、まだその時機はきていません。だから、人間の憎悪のありったけを噴出させるために、戦争をつづける必要があるのです。戦争がはじまって8年が過ぎました。その8年間に、われわれは人間心理の中に重要な変化が起こりつつあるのを観察し、記録しました。われわれの見たところでは、憎悪と恐怖が疲労と無関心にとってかわられようとしています。長い期間を経て、憎悪がしだいに消耗されてきたのです。しかし、すくなくともいまのところは、もうしばらく虚報をつづけなければなりません。あなたがたはまだ真実をまなぶ用意ができていません。まだ戦争をつづけたいと思っていますからね」

    人類が永遠に「幼年期」から脱することができないのは、生命が単なるコピーではなく、有性生殖と突然変異と自然淘汰によって、絶えず、いまある環境に適応しようと進化し続けてきたからだ。遺伝的多様性は、環境が激変したときに生命が生き残る確率をアップするための戦略で、生き残る種、生き残る個体がたまたま自分かどうかというのは、そこではたいした意味を持たない。できるだけ多様性を保っておくことにこそ意味があるのであって、種の違い、個体間の違いこそ、生命戦略の基本なのだ。そこには「統一」とか「統合」が入り込む余地はない。みんな同じになるのではなく、みんな違っていることにこそ価値がある。

    ついでに、ヒトがネオテニーによって遊び心と好奇心を持ち続けることに成功した唯一の種だとするなら、「幼年期」から脱して「青年期」→「成熟期」に入ってしまうと、人類は現状維持すらままならず、衰退の一途をたどることになるだろう。それもある種の人たちにとってはユートピア、なのだろうか?

    「わたしはボロードイ大佐だ。武装解除に応じたのが残念でならん」ソ連側の代表者がいった。「こっちに武器さえあれば、きみたちは8年ぶりに殺された最初のアメリカ人になっていたろうに」
    「それとも、8年ぶりにロシア人を殺した最初のアメリカ人にな」とフランクスがいいかえした。
    「このことはあなたがた以外のだれも知りません」ロボが指摘した。「それは無意味なヒロイズムですよ。これからのあなたがたは、地上での生存に真剣な関心を向けるべきです。おわかりでしょう、あなたがたの食料までは用意していないのですから」

    無意味なヒロイズム、いい言葉だ。覚えておこう。

    「さっき、ロボが外交交渉は時代遅れになるといった意味がわかってきた」フランクスがようやくいった。「いっしょに働く人間には外交はいらない。会議室のテーブルではなく、仕事の現場で問題を解決していくからだ」
     ロボは一行を飛行機のほうに導いた。「それが歴史のゴールです。世界の統一が。家族から部族、都市国家から国家、そして半球へ、それはつねに統一の方向に向かっていました。いま、ふたつの半球がひとつになり、そしてーー」

    いや、このアメリカ人とロシア人が和解したのは、統一したからではなく、お互いの存在を認識したからだ。狭いコミュニティの中でいがみあってもしかたがない、というだけの話だ。相手のことを認識し、一方的に排除できないとわかれば、共存の道を探るのは、どこでも当たり前に行われている人間のコミュニケーションにすぎない。

    家族から部族、都市国家から国家、東西冷戦期の半球へと「共同体意識」「仲間意識」が広がっていったのは、メディアの発達によって「想像の共同体」が共有されたからだ。しかし、そのことと対立が解消されることとは、本質的に無関係だと自分は思う。むしろ、そうやって共同体意識が大きくなればなるほど、対立が解消されずに、全地球規模の戦争が避けられなくなってきたんじゃなかったか。地球が1つにまとまるためには、共通の外敵=宇宙人襲来が必要だというのは、古くから言われてきたことだが、それだって、統一が対立の解消につながるわけじゃなく、むしろ、より大規模な戦争をするための準備にすぎない。対立はどこまでいっても解消されるわけではないのだ。

    歴史のゴールは世界統一にあるわけじゃない。むしろ、多様な社会をどれだけ維持できるかが重要なのだ。そのためには、お互いをよく知り、相手を尊重すること。そのために、インターネットが果たす役割はきわめて大きい。メディアの発達が「想像の共同体」の枠組みを広げていくのだから。

    「訪問者」より。

    「地球は生命にあふれ、どの生命もさかんに活動している。数かぎりない種類の植物と動物と昆虫がごったがえしている。夜行型、昼行型、陸生型、水生型。その信じられないほどの数と種類は、これまで一度も分類されたためしがなく、これからもおそらくないだろう。
     あの戦争の末期には、地上のすみずみまでが放射能汚染を受けた。惑星ぜんたいが、硬放射線のスプレーを浴び、粒子でたたかれたのだ。すべての生物がベータ線とガンマ線にさらされた。大部分の生物は死んだーーしかし、全滅はしなかった。硬放射線がーー昆虫、植物、動物、すべてのレベルでーー突然変異をもたらした。正常な突然変異と淘汰のプロセスが加速され、ほんの数秒のうちに数百万年分の変化が生まれた。
     変身したこれらの子孫は、地球上にはびこった。放射線で飽和した生物の大群が這いまわり、発光した。この世界では、汚染された土を利用し、死の灰の充満した大気を呼吸できる生物だけが生き残れる。夜には蛍光を発するほど危険な地表でも平気な昆虫や、動物や、人間だけが」

    時間をかけて徐々に環境に適応していく漸進的な進化は、実は、われわれが考える生物進化のごくごく一部を構成する要素にすぎない。それは改良に改良を重ねて効率化・高機能化を実現する持続的イノベーションに似て、市場(環境)がほぼ一定(マイルドな変化)という前提があってはじめて意味をもつ。いままでの市場(環境)を根こそぎ破壊するような大変化は、破壊的イノベーションによってもたらされる。巨大な隕石が地球に衝突したり、酸素濃度が極端に高くなったり、地球全体が氷に覆われるほど寒冷化したりといった環境の激変が起きたときは、それ以前の環境に過剰適応して我が世の春を謳歌していた支配種は絶滅し、そのすきまを埋めるために、それまで支配種に怯えながら、片隅でひっそり暮らしてきた弱小種たちが一気に進化し、新たな支配種のポジションに躍り出る。それが生命進化の歴史であって、環境の激変によって支配種が交代することで、地球の生物はいまの姿になってきたのだ。放射線に対して生命がどれだけ耐性があるのかはわからないが、核戦争後の地球でも同じことが起きないとはいえないだろうな、と昔から思ってた。いや、それこそが次世代の人類なのではないかと。

    オーディブルはフィリップ・K・ディック短編傑作集『トータル・リコール』の続き。

    「訪問者」の続き。核戦争後、放射線に耐性があるミュータントたちが生命を謳歌する地球にあっては、旧人類はもはや支配種の地位を降りざるを得ない。主役交代。自業自得。

    「ここにはもう見込みがないのかねーー汚染地域が回復する見込みは? もし、地球の放射能を冷まして、死の灰を無毒にできたらーー」
    「もしそれをやったら」とノリスが答えた。「彼らが全滅する」
    「彼ら?」
    「〈コロガリ〉、〈イダテン〉、〈ミミズ〉、〈トカゲ〉、〈アリンコ〉、そのほかのみんな。あの数かぎりない種類の生物がだ。無数の生物が、この地球に適応したーーこの放射能だらけの地球に。あの植物や動物は、放射性金属を利用している。本質的に、ここの生命の新しい基盤は、いろんな放射性金属塩。われわれには致命的な塩類なんだ」
    「しかし、たとえそうだとしてもーー」
    「たとえそうだとしても、本当いってここはわれわれの世界じゃない」
    「われわれは本当の人間だ」トレントはいった。
    「いや、そうじゃなくなった。地球は生きている。生命にあふれている。どんどん成長しているーーあらゆる方向にな。われわれはひとつの形態、古い形態だ。われわれがここで生きていくためには、古い条件、古い因子、350年前にあった平衡状態を復活させなければならない。とてつもない大事業だ。しかも、もしかりにそれが成功して、なんとか地球の放射能を冷ますことができたとしたら、いまここにある生物はなにも残らなくなる」

    「ある意味で、身から出た錆だよ。本当の人間が戦争を起こしたんだからな。われわれは地球を変化させた。破壊したんじゃないーー変えたんだ。その変化が大きすぎたために、われわれはもうここには住めなくなった」

    「われわれはここの訪問者なんだよ」ノリスがいった。
     トレントは虚をつかれた。「え?」
    「見知らぬ惑星の訪問者さ。自分たちの姿を見てみろ。防護服とヘルメットーーまるっきり探検用の宇宙服だ。つまり、宇宙船で、自分たちが生存できない異星に立ちよったところだ。積み込みのために、ほんの短時間だけここに停泊してーーそれから、また出発する」

    「あれがここの原住民だ」ノリスがいった。「この惑星の住民だ。彼らはこの大気を呼吸し、ここの水を飲み、植物を食べることができる。われわれにはできない。これは彼らの惑星だーーわれわれのものじゃない。彼らはここで暮らし、ひとつの社会を築いていける」

    「世界をわが手に」より。

    持ち運べる極小宇宙「ワールドクラフト・バブル(世界球)」は、異星人が住めないとわかった太陽系惑星への探検のかわりに開発されたバーチャル宇宙で、持ち主は好きなように自分の極小宇宙を育て、文明を発展させ、それを破壊し、終わらせることができる。人間はまさに神のように極私的宇宙を支配できる特権を手に入れた。現代のメタバースと違うのは、それが個人の所有物というところ。大勢の人が同じMMORPG世界を共有するのではなく、個人がそれぞれ自分のバースを所有する、育てゲーに近いイメージか。それだって、本作が1953年に書かれたと知れば、じつに驚くべきことなんだけど。

    「60年」とジュリアがいった。
    「長年ずっと努力をつづけてきたんだ。たいへんな時間と手間をかけてね。ワールドクラフト・バブルがゲームじゃなくて、本物の情熱になってる人間のひとりだね。そういう連中にとっては、あれが人生そのものなんだ」
    「そしてローラは、ワールドクラフト・バブルを壊した」とハルがゆっくりといった。「粉々に打ち砕いた。何十年も丹精こめて育ててきた世界を。ひとつひとつ時代を進めて、都市文明まで築いたあげくに、それを一瞬で木っ端微塵にしてしまった」

    神のパワーを手に入れた人間は、それを使うことをためらわない。極小宇宙でどんなに文明が発達しても、それを破壊し尽くすという衝動を抑えられない。だが、それは極小宇宙の住民(?)にとっては、悪魔そのものではないか。

    「でもどうして?」とジュリアがたずねた。「どうしてみんな、クリエイティブに惑星を育てることをやめて、ワールドクラフト・バブルを壊しはじめたの? その理由を説明して」
    「子どもが蝿の翅をむしるのを見たことはないかい?」
    「もちろんあるわよ。でもーー」
    「おなじことだ。サディズム? いや、かならずしもそうじゃない。むしろ、一種の好奇心だね。自分の力をたしかめたい」

    「お風呂に浮かべるおもちゃの船みたいなもんだよ。あるいは、子供たちが遊ぶ模型の宇宙船とか。本物じゃなくて、代用品だ。ワールドクラフト・バブルを一心に操作してる連中ーーどうして彼らはワールドクラフト・バブルを欲しがる? 本物の惑星、フルスケールの巨大な惑星を自分で探査することができないからだ。行き場をなくした大量のエネルギーが体の中に溜まっている。発散できないエネルギーがね。
     そして、閉じ込められたエネルギーは腐ってゆく。攻撃的になる。しばらくのあいだは、ちっぽけな惑星を相手に生命を育てて満足していられる。しかしやがて、潜伏していた敵意や敗北感が臨界点に達しーー」
    「おれならもっと簡単に説明できるぞ」とバートが静かにいった。「おまえの節は複雑すぎる」
    「じゃあどう説明する?」
    「人間本来の破壊衝動。死と破滅を撒き散らしたいという本能的な欲望」
    「そんなものは存在しない」ハルはぴしゃりといった。「人間は蟻じゃない。衝動に、固定された方向性があるわけじゃない。象牙のペーパーナイフをつくりたいという本能的な欲望が存在しないのとおなじように、破壊したいという本能的な欲望なんか存在しないんだよ。あるのはエネルギーだーーそしてそのエネルギーは、チャンスさえあれば、どこにでもはけ口を見出そうとする。
     そこに問題がある。ぼくら全員がエネルギーを持っている。動きたい、行動したい、なにかやりたいという欲望がある。でも、ぼくらはこの地球に閉じこめられている。たったひとつの惑星に縛りつけられている。だからワールドクラフト・バブルを買って、自分の手でちっぽけな世界をつくる。しかし、顕微鏡的なサイズの世界ではじゅうぶんじゃない。船乗りになりたい大人が、おもちゃの船では満足できないのとおなじように」

    メタバースは理論上、無限に拡大できる(電力供給とコンピュータの処理能力が無限だと仮定するなら)。それは決して「ちっぽけな」世界ではないし、「おもちゃの船」でもない。サイバー空間に常駐するようになった人類は、もしかしたら、リアル世界との違いを認識できなくなるかもしれない、マトリックスのように。そうすると、エネルギーのはけ口は、当面のあいだなくならないともいえるが、その上限は、それこそ電力供給とコンピュータの処理能力が規定するのかもしれない、物理法則というよりは。

    オーディブルはフィリップ・K・ディック短編傑作集『トータル・リコール』の続き。

    「世界をわが手に」の続き。世界をわが手にしていると錯覚した人類を戒めようと思っていた主人公は、実は、自分たちの生きる世界が数ある極小宇宙の1つにすぎないと知って愕然とする。ああ、このオチ、好き。

    「ミスター・スペースシップ」より。

    人間の脳だけを取り出すというアイデアは、三体の雲天明(ユン・ティエンミン)に受け継がれることになる。あちらの制約条件は、技術的に運べる重量が脳1つ分しかなかったから。こちらの制約条件は、人間の肉体が宇宙航行に耐えられないから。トマス教授は老いて死を待つだけになった肉体を捨て、最新鋭の宇宙船という新たなボディを手に入れる。

    ヤク人の生体システムに対抗するには、機械システムではなく、人間の脳が必要だという意味で、この作品が書かれた時点の認識では「人間の脳>機械(AI)」。これが2001年宇宙の旅のHALになると、人間のコントロール下を離れて自立するAIが登場し、「人間<AI」の恐怖が描かれる。しかし、現実の人間がまもなく到達するであろう認識では、気まぐれで合理的に行動できない人間よりも、感情を交えないAIのほうがはるかに信頼できるという「人間<<AI」になるはずだ。身近なところでは、「人間が運転するのは危ないから自動運転にまかせろ」から始まって「人間が判定すると情実が交じるから客観的なAIにまかせろ」という具合に、ランダムな人間よりも高いクオリティを一定に保つAIのほうが信じられる、という人がどんどん増えていく。そうなると、人間の脳だけ取り出して何かする、という設定自体が無効化するかもしれない。

    「世界は長年にわたり戦いつづけてきた。最初は地球人同士で、それから火星人と、そのあとはプロキシマ・ケンタウリの生命体と。われわれは敵のことをなにひとつ知らない。人間社会は、戦争を文化的な制度として発展させてきた。天文学や数学のように。戦争は、われわれの生活の一部になっている。戦争に貢献することは、キャリアであり、尊敬すべき職業だ。聡明で機敏な若い男女には、ネブカドネザル王の時代と変わらず、戦争に身を投じ、汗を流す。昔からずっとそうだ。
     しかしそれは、人類にとって生来の本能なのか? わたしはそうは思わない。いかなる社会的な慣習も、生来のものではない。人類史においても、戦争に行かない集団はたくさんあった。エスキモーにはそもそも戦争という概念がないし、アメリカン・インディアンも戦争をよく理解しなかった。
     しかし、そうした反対者は消し去られ、地球全体にとって標準となる文化的パターンが確立した。いまや、戦争はわれわれに染みついてしまっている。
     しかし、それに似たようなどこか別の場所で、問題を解決するべつの方法が編み出されていたとしたらどうだろう。人間と資源を戦争に集中させるのではなくーー」

    賢者が無知蒙昧な大衆を導いて幸福を実現するというアイデアは、それが善意から出たものだろうが、悪意(あるいは権力欲)から出たものだろうが、結果的には、善悪を判断する基準を賢者(だと自称するただの支配者)に委ねることに違いはなく、基本的に信じないことにしている。そういう連中にはひと言「おまえは神にでもなったつもりか?」と尋ねれば、たいてい化けの皮がはがれる。歴史の中にはくり返しあきもせず、みずからを神に比肩する存在だと思い込もうとする輩が出てくるが、何度出てきてもうまくいかないということは、生物種としてのヒトにとって、そのやり方はそもそも向いてないのだ。人類全体がハーメルンの笛吹き男に簡単に踊らされるようにできていたら、そもそも自然淘汰の圧力を生き抜くことはできなかっただろう。笛吹き男の列に並ぶものもいれば、それを拒否するものもいるからこそ、どっちかが全滅しても、種は存続してきたのだから。

    「戦争は人間の本能ではなく習慣にすぎないというわたしの持論が正しければ、地球からの文化的影響を最小限に押さえてゼロから独自に築かれた社会は、違ったふうに発展するかもしれない。地球文明特有のものの考えかたから解放された、まったく新しい基盤から出発することができれば、われわれの到達した袋小路ーー戦争だけがどんどん拡大し、ついには廃墟と破壊しか残らなくなるーーとは違う地点にたどり着けるかもしれない。
     もちろん、最初のうちは、この実験を監督する導き手が必要だろう。きわめて早い段階で危機に見舞われるのはまちがいない。おそらくは第二世代で、弟殺しのカインがすぐに出現するだろう」

    ほらね。やっぱり「自分だけは間違わない」と思ってるわけさ。「自分は絶対正しいから、みんなの目を覚まさせてあげる」なんて、狂信者の言うことだよ。本当の賢者は、自分は必ずまちがえる、というところから出発するものさ。だからこそ、謙虚になれるんだ。

    「非(ナル)O」(Null-O)より。

    「驚くべき結果だ。自分でも、ほとんど信じがたい。きみは完全に論理的だ。間脳視床に由来する感情を完全に排除している。きみの頭脳は、道徳的文化的な先入観から100パーセント自由だ。共感能力をいっさい持たない、完璧なパラノイド。きみは、悲しみも憐れみも思いやりも抱くことができない。それどころか、ふつうの人間的感情がまったくない」

    「フード・メーカー」より。

    国家による精神走査が義務付けられ、フードをかぶって走査妨害することが禁じられた世界。

    「謹呈 〈フード・メーカー〉の好意により、この走査妨害帯をお贈りします。お役に立てば幸いです。

     書いてあったのはそれだけ。どうしたものか、長いあいだ悩んだ。装着すべきだろうか。やましいことはなにもない。隠すことなどないーー連合への忠誠にもとるようなことはなにひとつしていない。それでも、精神走査を遮断するという考えは魅力的だった。フードを装着すれば、自分の心はふたたび自分だけのものになる。だれにも覗かれない。自分だけの秘密の考えに好きなだけひたり、ほかのだれでもなく、自分ひとりだけがその思考を楽しめる」

    選択の自由や表現の自由は結果が目に見えるから、つねに圧力にさらされてきた。が、内心の自由を奪おうをするどんな行為も、成功したことはいまだかつてないはずだ。心の中は覗けないから、成功したかどうかを測定する術すらない。どんな魔物を飼っていようが、どんなみだらな欲望を抱えていようが、心の中にとどめておくかぎり、誰に咎められることもない。そこは制限のない自由を心ゆくまで謳歌できる最後の砦。その防波堤を破るスキャニング技術に抵抗するのは、人間の尊厳を守ることだ。

    オーディブルはフィリップ・K・ディック短編傑作集『トータル・リコール』の続き。

    「フード・メーカー」の続き。

    マダガスカル大爆発で放射線に被曝した生存者の子どもたちの多くはテレパシー能力を有した。精神走査(スキャン)によって政府に忠実でない不満分子をあぶり出すティープは、しかし、黙って政府の言いなりになるほど愚かではなかった。フードメーカーいわく。

    「ティープはじょじょに政府に対する支配権を強めつつある。有力な人々を選んで告発し、逮捕させる。この人物は反政府分子だとティープがいえば、浄化局は尋問のため連行せざるを得ない。そうならないうちに、あなたにフードを届けようとしたんです。フードを装着しているうちは、浄化局がに報告が上がる心配はありませんからね。しかし、向こうが一枚うわ手でした。ティープは群衆を操り、あなたのフードを奪いとらせた。その直後、報告書が浄化局に提出されたんです」

    「彼らはなんのためにこんなことをする?」とフランクリンはたずねた。「ティープは権力を握ってどうするつもりだ?」
    「人間の本性ってやつでしょうね」
    「人間の本性?」
    「ティープはなにも特別な存在じゃない。ジャコバン派や円頭派、ナチやボルシェヴィキなんかと変わりません。いつだって、人類を指導したがる集団はいる。もちろん、自分たちの利益のためにね」
    「ティープはそんなことを考えているのか?」
    「たいていのティープが、自分たちは生まれながらにして人類の指導者なのだと信じている。テレパシーを使えない人間は、劣った種だとね。ティープは人類進化の次なる階梯、超人類(ホモ・スペリオール)だと思っている。自分たちは優れた存在だから、人類を導くのはあたりまえだ、あらゆる決定を自分たちが下してやる。そう考えているんですよ」
    「だが、きみはそう思わない」
    「ええ、思いませんね。たしかにティープはわたしたちと違っている。でも、だからといって、種として優越しているわけじゃない。テレパシー能力があるからといって、すべての面で優れているとはいえない。ティープは超人類なんかじゃありませんよ。ちょっと特殊な能力をもった人間というだけで、わたしたちに命令する権利なんかない。べつだん目新しい話じゃありませんよ」
    「では、だれが人類を導くべきだと?」フランクリンはいった。「だれが指導者になるべきだと思う?」
    「だれか特定の人間が人類を導くべきではない。人類を導くべきは人類自身です」

    お、珍しく意見が合った(笑)。集団の意思決定(なんてものがあるとすれば)は、その集団にまかせるしかない。誰かが一方的に決めて、それ以外の全員に従わせるというのは、ヒトに限らず、生命現象として間違ってるんだよ。そんな脆弱なシステムで、食物連鎖の淘汰圧を生き残れるはずがない。逃げたり、隠れたり、時には反撃したり、てんでばらばらに反応するから、全滅は免れることができるんであって、そうじゃなければ、全員が同じ方向を向いた瞬間、足もとをすくわれて、とっくの昔に滅んでるよ。

    「そう、きみはほんとうのミュータントじゃないんだ、アバット。きみたちティープの一団は,偶然の爆発によって生まれた。きみたちはふつうの人間と違っているのは、親の生殖器官が損傷をこうむったためだ。ほんとうの新人類なら持っているはずの能力を、きみたちは欠いている」「きみたちの中には、結婚している者もおおぜいいる。だが、出産はただの一例も報告されていない。ただの一例も! ティープの子どもはひとりもいない。ティープに子どもはつくれないんだよ。アバッド、きみたちに子どもは生まれない。つまり、きみたちが死ねばそれで終わりだ。人類の進化形ではなかったんだよ。きみたちはただのフリークスなんだ!」

    ハイブリッド種の多くは子孫を残せない。突然変異体(ミュータント)も異種交配も、それが世代を超えて受け継がれてはじめて新種の誕生、生物進化に結びつく。

    「吊るされたよそ者」より。

    吊るされたよそ者の死体は、よその土地から難を逃れて生き延びてきた人の成れの果て。町から町へ、エイリアンによる乗っ取りは徐々に領土を広げていく。

    「マイノリティ・リポート」より。

    予知能力のあるミュータント(予知能力者=プレコグ)の力を借りて、犯罪が行われる前に犯人を逮捕・拘束する犯罪予防局。

    オーディブルはフィリップ・K・ディック短編傑作集『トータル・リコール』が今朝でおしまい。

    「マイノリティ・リポート」の続き。

    犯罪予防システムの根幹をになうプレコグ(予知能力者)は植物人間のように半自動的に生かされ、予知した夢をぶつぶつとつぶやき続けることを強制された奴隷のような存在。分析機器が彼らの不明瞭な言葉を記録する。

    「ぶかっこうで、成長も遅れている」「とりわけ、あそこにいる娘はね。”ドナ”は45歳だが、10歳の子供にしか見えない。予知能力がほかのすべてを吸収してしまう。ESP脳葉が前頭葉のバランスを崩すからだ。しかし、それがどうした? そのおかげで予言が手にはいる。彼らは必要な情報を伝えてくれる。当人たちは一言もそれを理解できないが、こちらは理解できる」

    「政府の重要な部局は、どこもそれぞれの地下室にだいじな三人のモンキーをかかえているんだ」

    プレコグは3人1組で同じ現象を予知する。コンピュータの相互チェックシステムを応用したもので、プレコグの意見が一致しないときは、2人の一致した意見を「マジョリティ・リポート(多数報告)」として採用し、残る1人の、時間や場所について多少食い違った意見を「マイノリティ・リポート(少数報告)」として破棄する。だが、3人とも意見が違ったときは? そもそも、予知した内容を前もって知ることができれば、その情報を織り込んで行動するのが人間だから、どんな予知も無効では?

    よく知られているように、株価が大きく乱高下するときは、ファンダメンタルズの大きな変動が起きたとき、ではない。大きな変動があっても、それがあらかじめ予見された動きであるかぎり、すでに『織り込み済み」であり、その変化はすでに株価に吸収されているからだ。トレンドが大きく変わるのは、事前の予想とは大きく食い違った「想定外」の事態が発生したときで、「株価は期待(予測)でできている」というのは、そのことを指す。

    しかし、期待(予測)をあらかじめ「織り込んで」次の行動を選択するのは、人間がふつうにおこなっている行動だ。雨が降ると思えば傘を持っていくし、午前中に会議があると知っているからそのための資料を用意するのだ。つまり、予知と予測と予定の違いは、それが起きる「確からしさ」の違いにすぎず、程度の差こそあれ、近い将来にそれが起きるはずだと認識した時点で、すべて「織り込み済み」になってしまう。未来予測や予知夢は、その内容が当事者に知られた時点で「ハズレ」ることが決定づけられているという矛盾を抱えている。

    「おおぜいの人びとが、いわゆる犯罪予防システムの名によって逮捕され、監禁されてきました」「それも、すでに実行された犯罪ではなく、これから実行するであろう犯罪によって。つまり、これらの人びとは、もし野放しにしておくならば、未来のある時点で重罪をおかすだろう、と断定されたのです。
     しかし、未来に関して有効な知識はありません。予知情報が手にはいった瞬間に、その情報じたいが無効になってしまいます。この男が未来で犯罪を実行するという断定はパラドックスです。そのデータを入手する行為じたいが、それを虚偽に変えてしまいます。3人の警察プレコグは、あらゆる場合に例外なく、彼ら自身のデータを無効にしてきたわけです。これまでの場合も、もし逮捕がおこなわれなくても、やはり犯罪は起きなかったでしょう」

    このカプラン将軍の言葉は、半分は合っているが、半分は意図的に問題をすり替えている。合っているのは、予知情報は当事者に知られた時点で無効化すること。プレコグの予知能力が正確だろうがそうでなかろうが、こういう予知情報のもとに警察が動くという事実があらかじめわかっていれば、予知された事件は一部しか実現しない。やれば必ず捕まるとわかっていてもやってしまうのは発作的な衝動で、それは、おそらく事前に捕まえることでしか防げない。一方、一般人は予知情報をあらかじめ入手できる立場にない。にもかかわらず、犯罪が激減したのだとしたら、事前に逮捕された人の数以上に、「考えただけでも捕まってしまう」という事実を織り込んだ人間の、当たり前の選択の結果だというべきだろう。犯罪予防システムには、実際の犯罪予防(それが正しいかどうかは誰にも判断できない)の精度をこえて、人びとの意識に浸透し「織り込み済み」とされることで、犯罪抑止に貢献する可能性が高い。予測や予知そのものは、知られた瞬間「織り込まれて」意味を失うかもしれないが、それが知られる前と知られた後の世界を変えてしまうという意味で、別の意味をもつことになるわけだ。あらかじめ用意された戦略や交渉術がたいして意味を持たないのも、それが相手に認知された時点で無効化されるからなんだけど、それを織り込んで打つ次の一手を、相手もさらに織り込んで別の一手をくり出してきたりするから、ああ、人間ってややこしい(笑)。

  • トータルリコール
    昔観た映画のトータルリコールが面白かったから原作も読んでみた。

    トータルリコール
    映画では全てリコール社での幻想の中での出来事だったけど、原作では事実だったんだな

    出口はどこかへの入り口
    地球防衛軍

    訪問者
    核戦争で地球が汚染されてしまう。
    人類は地下に避難し、地上では放射線に適応したミュータント人類や動植物が繁栄している。
    原始人類は他の星に移住を計画する。
    地球は、もはや適応した動植物達のものであり、原始人類の方が訪問者にすぎないと。

    世界をわが手に
    「世界球」は今で言う所の「シミュレーション仮説」だと思う。
    今我々が住んでる世界は、もっと高次元の世界の中のコンピューターシミュレーションに過ぎないと言うやつ。
    ハル達が住んでいる世界も、もっと高次元の世界の中の世界球に過ぎず、その世界の住人の気まぐれで壊されてしまう、と。

    非0
    普通の人が地球を救うお話。

    フード・メーカー
    精神捜査が出来てしまう時代のお話。
    ディープと呼ばれる人達は素で精神捜査が出来てしまう。
    結局は精神捜査など出来ない方が幸せだよね。

    吊るされたよそ者
    昆虫人間に村が支配されてしまう。
    地下にいた主人公は難を逃れるが…
    オチが秀逸。

    マイノリティ・レポート
    トム・クルーズ主演で映画化された作品。

  • 岡田斗司夫のSF小説論を聞いて有名どころとして購入。
    初SF小説です。

    ・トータルリコール
    なんとなくNetflixのブラックミラーを思い出す。
    記憶が改竄される世界観ってことで本文の記述自体も誤った記憶なんじゃないかと疑って読んでいたが、それは全て正しい情報なんだね。(うみねこに毒されていたかもしれない)
    欲を言えば『記憶が改竄される社会』ってどんなものかもっと見てみたかった。
    その技術が世界に存在するってだけで、自分の記憶を完全に信じることができなくなりそうだ。

    ・出口はどこかの入り口
    退屈な話だなと思いながら読んだけどオチを見て2週目読んだ。
    「タイパ」を重視する現代人になってしまったいま、オチまで盛り上がらない作品を読むのは辛いなぁ。
    2週目読んで、女性の年齢が不詳だった件が伏線だった点に気づいた。
    意味のない文章は存在しないので、こうした一文を逃さず読みながら展開を予想するのが本を楽しむコツなのかもしれない。

    ・地球防衛軍
    ロボット同士の戦争になり人間は地下で暮らすザ・SFな設定で面白かった。
    ロボットが実は戦ってない展開は予想できたが、人間が戦争するから地下に閉じ込めて環境維持してたってところまでは読めなかった。
    GPTの登場でAIとの会話がリアリティを増す中、こうした話もSFではなく現実になっていくんだろうな。

    ・訪問者
    こういう世界観ねーってのを理解したところでぬるーっと終わってった。
    引っ越した後に元の家を見たときに「もうここは自分の家じゃないんだな...」って感じたことを思い出すオチだった。どことなく猿の惑星っぽい。

    ・世界を我が手に
    仮に宇宙を探索し切ったとき、人類はこんなにも絶望するものなのかな。1個人で言えば地球ですら旅行しきれないぐらい知らないことで溢れているのに。
    最後のオチは予想できた。

    ・ミスター・スペースシップ
    面白かったけど、思考実験としてもリアリティに欠けてるのが気になった。
    まず脳を移植したところで人間が手で操縦するのと何が違うんだろうという点。終盤の展開も「一人の人間が操縦室を乗っ取った」でほぼ成立する話で、脳の移植までする必然性はない。
    そしてこれだけ技術が発達しても自動操縦より人間の操縦の方が良いというのも気になる。ましてや認知能力の落ちた老人の脳を移植するのはどうなんだろう。おそらく免許証返納する年齢でしょう。

    ・非O
    感情がなく超論理的な人が頑張って地球を壊そうとするのはよくわからないけど、今後こういう集団が現れて力を持った瞬間に滅びるぐらい地球は儚いものなのかもしれない。

    ・フード・メーカー
    支配者層から見たらティープが嘘ついてるか分からないという点で他の人と同列なのに、なぜこんなに信用されてるんだろうってのが気になった。(案の定嘘ついてたわけだけど)
    思考が読み取れるとしたら、一度読みとられた知識は一瞬で広まる(拡散を防ぐ術はない)ってのは思考実験として確かにと思った。

    ・吊るされたよそ者
    「おかしいのは本当にロイスだった」みたいな展開を予想したが外れた。
    人間に擬態できるモンスターがいるってなったら出会う人全てを疑いそう(それこそ家族すら)だけど、やっぱりこの作品も無条件に信用して裏切られたなぁ。

    ・マイノリティリポート
    映画化しただけあって他の話とは手の混み具合が違って面白かった。
    もし「犯罪予防局」が現実になったら自由に誰でも逮捕できるんだから、嘘をついたり裏金を受け取ったりものすごい腐敗した組織になるんだろうな。

  • トータルリコール ★★★☆☆
    火星で働いていたということだけでなく、異星人から地球を守っていたこともただの願望や妄想ではなく事実だったというオチに感心した。異星人との交渉のことを口外させないために彼らとのやりとりを記憶から消されたのにそれが掘り起こされてしまったというところで小説は終わっていて、これはこれでいい読後感を与えてくれるがこの後の展開を作者が考えていたのか、いたのであればどんなものなのか気になった。


    出口はどこかへの入り口 ★★★☆☆
    ルールや社会の空気に縛られず一歩を踏み出せるかどうかで人生が変わることを皮肉を交えて伝えている


    地球防衛軍 ★★★★★
    核戦争により地上に住めなくなった人類は地下で生活し、地上ではロボット兵たちによって敵国ロシアと絶えず戦争が行われている世界。人間は知能を持ったロボット兵たちに地上の様子を報告させていて、ある時ロボットから核反応が出ないことに気づき、地上は本当に核汚染されているのか疑問にもった主人公の上司が主人公らと地上を訪れるとそこには緑豊かな世界が広がっていた。ロボットは人間たちが戦争という愚かな行為を反省し、平和の重要さを気づかせるためにわざと虚偽の報告をしていた。上司らはロシアよりも先に地下の兵士たちに現状を伝えロシアを先に攻撃しようとするもロボットたちに地下に通じるチューブの入り口を閉鎖される。ロシア側の状況も同じであると伝えられる。そして、ロボットたちに諭され、地上でロシア人たちと手を組み新たな祖国を一緒に築くことを決断する。

    この展開はいい意味で予想外だった。


    訪問者 ★★★★☆
    地球は人間だけのものではない。核汚染で人間が住めなくなり火星に行った一方で環境に適応したアリなどの生物の進化形が地球を支配している世界では彼らが地球の住人なのだ。
    「われわれは地球の訪問者なんだ。自分たちの姿を見ろ。防護服とヘルメットーまるっきり探検用の宇宙服だ。つまり、宇宙船で自分たちが生存できない異性に立ち寄ったところだ」という火星から地球を訪れた乗組員のセリフと彼の「地球に訪問するときには住民の許可を取らないといけない。だが断られるかもしれない。きてもらっては困ると」というセリフにはハッとさせられた。


    世界をわが手に ★★★☆☆
    もしかすると主人公たちのいる世界も誰かの世界球の中の作られたものなのかもしれない。最後の描写はそれを暗示するかのようなもので鳥肌が立った。世界球とそれを所有する人間の関係はペットと飼い主のそれに似ている。人間の都合でペットはいかようにも不幸になれる。勘違いしてはいけない。人間は絶対的な存在ではない。自らが一番だと絶対的だと思った瞬間に足元をすくわれる。


    ミスター・スペースシップ ★★★☆☆
    宇宙戦争が舞台で敵の生きている兵器に立ち向かうために戦艦に人間の脳(主人公の恩師)を搭載したら戦艦が乗っ取られて、戦争のない世界をつくるために主人公と彼の妻だけを乗せて未開の地へ旅立つという話。
    刺激的な結末だった。戦艦が敵部隊に特攻を仕掛け、恩師の姿から戦争に対する姿勢を主人公たちが改めるというオチなのではと予想したが見事に裏切られた。
    「戦争は人間の本能ではなく習慣に過ぎない。地球からの文化的影響を最小限に抑えてゼロから独自に築かれた社会は、違ったほうに発展するかもしれない。地球文明特有のものの考え方から解放されたまったく新しい基盤から出発できれば戦争が存在する世界とは違う世界にたどり着けるかもしれない」
    教授が主人公を諭すときにいったセリフだが、僕は戦争は人間が生まれながらにもつ生存本能や支配欲、独占欲などが大きな原因のひとつになっていると考える。残念ながら、どれだけ習慣や文化がまっさらな世界を築いてもこれらの本能や欲がある限り戦争はなくならない。


    非O ★★★☆☆
    パラノイア障害のせいとはいえ、自分の思い描く世界を絶対だと信じて疑わず、それに反対するものを知性を持たない獣や不合理なものたちだと罵る人々の愚かさが短い小説ながらこれでもかとよく描かれている。


    フード・メーカー ★★★☆☆
    ディープという相手の思想、思考を読める者たちを使い反政府的な考えを持つ人物を捕らえる世界で思考を読まれないためにフードという特殊な金属を頭に装着し抵抗する者たちとの闘いの話。相手の考えを他人が直接読むという段階には達していないものの、あらゆる手段で反政府的な言動を監視するチャイナの世界に似ていて背筋が寒くなった。オチはもうひとひねりほしかったが、どんなに特殊な能力をもち、自分が相手より優れていると信じて疑わないものたちも自身の存在や将来性を科学的に否定されると絶望感を抱くということのようだ。


    吊るされたよそ者 ★★★★☆
    昆虫の姿をした異星人がある町を支配し、運よく支配を免れた主人公の男が隣の町に逃げて、その町の警察に報告したものの実はその町もすでに支配下にあり殺されてしまう話。
    最初に出てきた吊るされた死体も主人公のようにほかも町から逃げてきて警察に事態を報告したものの、すでに異星人に支配されていて同じように支配を免れた人をあぶりだすためのおとりとして殺されたのだろう。吊るされた主人公の死体を見た副頭取の男も主人公と同じような行動をし、同様の結末を迎えるだろう。こうして、彼らは確実に全員を支配する。
    起承転結がテンポよく描かれていて、最後の残酷なオチもよかった。


    マイノリティーリポート ★★★★★
    まずなによりも、短編でこれだけの物語を展開させることができるという事実に衝撃を受けた。長編映画を見ている気分になった。(実際にこの作品は映画化されているが)
    プレコグを3人配置し、彼らが見通す未来のうち似ている2つをマジョリティーレポートとして採用し、それをもとに犯罪者を逮捕する。ただ、実際はそれぞれがマジョリティーリポートで連続性がありどれも正しい未来になる可能性があるというオチには膝を打った。絶対的に正しいものなど存在しないということだろう。仮に数が多かったとしても。

    この短編集では「絶対性の否定」というものが1つのテーマになっていた。何においても「絶対にーである」ということはない。「絶対に正しい」と思ったことでもその裏を見ると真逆の事実にたどり着く可能性がある。決めつけることなく、あらゆることに注意深く、そして謙虚でいることこそこの時代を生き抜くヒントなのかもしれない。

  • 「トータル・リコール」
    「出口はどこかへの入口」
    「地球防衛軍」
    「訪問者」
    「世界をわが手に」
    「ミスター・スペースシップ」
    「非O」
    「フード・メーカー」
    「吊るされたよそ者」
    「マイノリティ・リポート」

     表題作の「トータル・リコール」(「追憶売ります」から改題)と最後の「マイノリティ・リポート」は映画化されてそれなりにヒットした作品。これらに新訳や本邦初訳の所作10作を合わせた12作の短編集。映画は両方観たが、原作はずいぶんと雰囲気が違った。小説を映画化したというより、原案として膨らませたのだと思われる。

     SFはアシモフばかり読んでいたので、ディックはあまり読んでいない。というか長編は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』しか読んだ記憶がない。退廃的な世界観のイメージがあったが、決してそんなことはなかった。むしろ星新一を彷彿とさせる哲学的な作品が大半のようだ。ちゃんと長編も読んでみようかと思う。

     余談だが映画のマイノリティ・リポートに出てきた“ジェスチャーでコンピュータを操作するインターフェース”は、ほぼ同様なものが最近商品化されたらしい。欲しい。

  • 社会の構造への痛烈な批判はSFでこそいきるなぁと。短編集だけどマイノリティーリポートはやっぱり秀逸。サイコパスとか影響受けまくりだったんだろうな。

    完璧なシステムが構築されれば安全な世界で生きられるけど、害をなす側に立つ可能性を考えたら犯罪予防で拘束されるなんてごめんだよね。

  • 「トータルリコール」「出口はどこかへの入口」「地球防衛軍」「訪問者」「世界をわが手に」「ミスター・スペースシップ」「非0」「フード・メーカー」「吊るされたよそ者」「マイノリティ・リポート」
    を含んだディックの短編集

    やはり有名なのはトムクルーズで映画化されたマイノリティ・リポートでしょうか。大分映画と違うなと思いましたが。他の作品も面白い。ニヒルな感じがディックの作風なのかな?

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著者プロフィール

Philip K. Dick

「2009年 『髑髏』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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