「俺はね、汚れたのですよ、燕青殿。梁山泊軍にいた時とは較べきれないほど、汚れきってしまった。そんな俺を待つことを、空しいとは思われませんか?」
「汚れたかどうか、余人が決めることではない。おまえ自身が決めることだろう」
「俺は、汚れましたね」
「いいな。子午山から降りてきたおまえは、若いくせに非の打ちどころがなかった。それは、いくらか異常でもあった。人なのだからな。汚れを持っていて、当たり前と言っていい」
「俺の汚れ方は、郝瑾や蔡福殿が呆れるほどのものでしたよ」
「呆れるなどというものではない。恐怖そのものだった」
蔡福が、小声で言った。
「では、戦は無駄か、楊令?」
「なんの。宋は、俺が倒しますよ。宋あっての童貫。敵は、童貫ではなく、宋でしょう」
「それを、おまえがひとりで倒すと?」
「そのつもりです。できるかどうかは、わかりません」
ほんとうに勝つというのは、残酷なことなのだ。それは、史進にもわかる。いや、梁山泊の同志は、童貫に負けることで、それを知ったと言ってもいい。
ただ、頭領だけは違う。誰もが仰ぎ見る志を、持っている必要があるのだ。そして人を魅きつける。
負けた時の準備をしておけ、と言ったのは宋江だった。負けても、みんなが死ぬわけではない。宋江は、そう考えていた。
清らかであればあるほど、美しければ美しいほど、穢れの惨めさも大きいのだ。
「強いし、人を見つめる眼も持っている。それだけならほかにもいるだろうが、どうすればいいか瞬時に判断して、思い切りよく実行できる」
人との出会いと別れは、心が残る程度がいい。そう思い切った。
「だから、戦の前に、死ぬことを納得させるんだ。覚悟を決めさせるんじゃない。納得させる。無論、自分が死ぬことも納得する」
「わかるような気もするが」
「なあ、杜興。覚悟ってのは、どこかでぽきりと折れちまったりする。納得ってのは、どんなに曲げられても、折れやしねえんだよ。折れたら、折れたところで納得する。うまく言えねえが、そんな感じさ」
冷めたくて、冷めているのではない。心の底にある、冷たく重い塊が消えないかぎり、熱くなれはしないのだ。冷たく燃える炎がある。自分という人間の心には、生涯、その炎しか燃えることがないのだろう。
闘うために、生まれてきた。それは変わらない。しかし、人として生きるために、いまは闘わなければならない、と思うようになった。闘うことだけが、目的ではない。
「そうなのか?」
史進が訊いた。噂を耳にした時は、なんの判断もしなかった。いつか、本人に訊けると思ったからだ。
「自分のやってきたことについて、説明する気が、俺にはありません」
楊令が言った。
さまざまなことを、言われる。恐怖や怒りや憎悪が作り出した、あり得ない話も、噂として流れただろう。そういう覚悟を、はじめから楊令はもっていたと、考えるしかなかった。
なにが真実か、それぞれに自分で判断してくれ、ということだろう、と史進は思った。呼延灼も、それ以上訊こうとしない。