楊令伝 二 辺烽の章 (集英社文庫) [Kindle]

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  • 頭領に望まれた楊令は梁山泊に今は戻らないと会いに来た燕青らに告げ、金の幻王として遼と闘う。
    宗の青蓮寺の李富は自国を汚れきった着物だと判じるも反乱分子を討つ手は休めない。
    江南では喫菜事魔の教祖 方臘が王として立つ。
    中華は本格的に乱世の相を成してきたのだった。

  • 「俺はね、汚れたのですよ、燕青殿。梁山泊軍にいた時とは較べきれないほど、汚れきってしまった。そんな俺を待つことを、空しいとは思われませんか?」
    「汚れたかどうか、余人が決めることではない。おまえ自身が決めることだろう」
    「俺は、汚れましたね」
    「いいな。子午山から降りてきたおまえは、若いくせに非の打ちどころがなかった。それは、いくらか異常でもあった。人なのだからな。汚れを持っていて、当たり前と言っていい」
    「俺の汚れ方は、郝瑾や蔡福殿が呆れるほどのものでしたよ」
    「呆れるなどというものではない。恐怖そのものだった」
    蔡福が、小声で言った。

    「では、戦は無駄か、楊令?」
    「なんの。宋は、俺が倒しますよ。宋あっての童貫。敵は、童貫ではなく、宋でしょう」
    「それを、おまえがひとりで倒すと?」
    「そのつもりです。できるかどうかは、わかりません」

    ほんとうに勝つというのは、残酷なことなのだ。それは、史進にもわかる。いや、梁山泊の同志は、童貫に負けることで、それを知ったと言ってもいい。

    ただ、頭領だけは違う。誰もが仰ぎ見る志を、持っている必要があるのだ。そして人を魅きつける。

    負けた時の準備をしておけ、と言ったのは宋江だった。負けても、みんなが死ぬわけではない。宋江は、そう考えていた。

    清らかであればあるほど、美しければ美しいほど、穢れの惨めさも大きいのだ。

    「強いし、人を見つめる眼も持っている。それだけならほかにもいるだろうが、どうすればいいか瞬時に判断して、思い切りよく実行できる」

    人との出会いと別れは、心が残る程度がいい。そう思い切った。

    「だから、戦の前に、死ぬことを納得させるんだ。覚悟を決めさせるんじゃない。納得させる。無論、自分が死ぬことも納得する」
    「わかるような気もするが」
    「なあ、杜興。覚悟ってのは、どこかでぽきりと折れちまったりする。納得ってのは、どんなに曲げられても、折れやしねえんだよ。折れたら、折れたところで納得する。うまく言えねえが、そんな感じさ」

    冷めたくて、冷めているのではない。心の底にある、冷たく重い塊が消えないかぎり、熱くなれはしないのだ。冷たく燃える炎がある。自分という人間の心には、生涯、その炎しか燃えることがないのだろう。

    闘うために、生まれてきた。それは変わらない。しかし、人として生きるために、いまは闘わなければならない、と思うようになった。闘うことだけが、目的ではない。

    「そうなのか?」
    史進が訊いた。噂を耳にした時は、なんの判断もしなかった。いつか、本人に訊けると思ったからだ。
    「自分のやってきたことについて、説明する気が、俺にはありません」
    楊令が言った。
    さまざまなことを、言われる。恐怖や怒りや憎悪が作り出した、あり得ない話も、噂として流れただろう。そういう覚悟を、はじめから楊令はもっていたと、考えるしかなかった。
    なにが真実か、それぞれに自分で判断してくれ、ということだろう、と史進は思った。呼延灼も、それ以上訊こうとしない。

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著者プロフィール

北方謙三

一九四七年、佐賀県唐津市に生まれる。七三年、中央大学法学部を卒業。八一年、ハードボイルド小説『弔鐘はるかなり』で注目を集め、八三年『眠りなき夜』で吉川英治文学新人賞、八五年『渇きの街』で日本推理作家協会賞を受賞。八九年『武王の門』で歴史小説にも進出、九一年に『破軍の星』で柴田錬三郎賞、二〇〇四年に『楊家将』で吉川英治文学賞など数々の受賞を誇る。一三年に紫綬褒章受章、一六年に「大水滸伝」シリーズ(全五十一巻)で菊池寛賞を受賞した。二〇年、旭日小綬章受章。『悪党の裔』『道誉なり』『絶海にあらず』『魂の沃野』など著書多数。

「2022年 『楠木正成(下) 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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