ローマ法王の休日 [DVD]

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監督 : ナンニ・モレッティ 
出演 : ミシェル・ピッコリ  イエルジー・スチュエル  レナート・スカルパ  ナンニ・モレッティ  マルゲリータ・ブイ 
  • Happinet(SB)(D) (2013年2月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4907953042902

ローマ法王の休日 [DVD]の感想・レビュー・書評

  • 新ローマ法王を決める選挙「コンクラーヴェ」は、誰かが3分の2を得票するまで繰り返される。
    あるときのコンクラーヴェはなかなか法王が決まらず混戦となっていたが、最終的には全く注目視されていなかったメルヴィルが選出されてしまった。
    しかしその重圧に耐えきれなかったメルヴィルは、バルコニーでの信徒へのお披露目をボイコットし、ついにはヴァチカンから逃走してしまう…。

    これ、予告編やタイトルから「新ローマ法王がビビって逃げ出したけれど、街で市井の人々と交流したことで自覚を取り戻しヴァチカンに戻っていく」というハートウォーミングストーリーを想像していたのだがとんでもない。ハートウォーミングどころかハートブレーキングな物語だった。
    ここまで予告編詐欺なのも珍しいな~。「(予告編に)騙された!」という気持ちで評価を下げる人も多そう。

    一国の君主なり大統領なりも常人では耐えられないプレッシャーを強いられると思うが、法王(正式には教皇)は世界12億人のローマカトリック教徒の頂点に立ち、しかも宗教以外には時として相反する利害を持つ信徒たちの期待に最大限添うだけでなく、「神の御心に添うこと」という通常の国の総帥には求められていない使命まで負っている。
    冒頭のコンクラーベのシーンから既に違和感はあり、実は、名だたる枢機卿たちも内心では法王になどなりたくないと思っている。メルヴィルがコンクラーヴェで選ばれたとき、ほかの枢機卿たちの表情には、新しい法王が決まったこと、それがメルヴィルだったことを祝福する以上に、自分が選ばれなくて良かったという安堵が浮かんでいるように見える。

    そして法王に選ばれたメルヴィルは、「法王として」は、カウンセラーに対して人間としての過去や家族のことを語ることすら許されない。
    そんな彼が最後に出した「人間宣言」は、単にメルヴィルの個人的な心のありかたを描いたものなのかもしれないが、解釈によってはローマカトリックの運営や教義を真っ向から否定する思想を含んでいる。ダン・ブラウンの「天使と悪魔」よりもよほど過激な結末だ。
    果たしてカトリック教徒やヴァチカンがこの作品を観てどう思ったのか気になる。

  • コメントで散々書き尽くされている通り、コメディかと思ってかりてみたらとても憂鬱な雰囲気の映画でびっくりしました。
    始まりから、枢機卿たちの「法王に選ばれませんように!」という祈りの数々。この入り方、シュール。聖職者たちの人間くさい葛藤…迷える子羊たちを正しい道へと導く老獪たちの、なんとまぁ情けない姿!それがまた愛らしい感じで、メルヴィルに決まった瞬間のメルヴィルの呆然とした姿と、安らかな枢機卿たちの姿、静かな拍手…。(内心ガッツポーズだろうなw)ああ、どこで逃げだすのかな、どこでこの重圧に負けて休日しちゃうのかな、とわくわくしてたんですが、メルヴィルさんの精神不安定具合がガチで、雲行きが怪しい…。精神科医まで来てしまうし、挙句の果てには逃走…休日?逃避行でしょう。アン王女はきちんと自らの立場に戻ってきたけれど、彼は法王の座を放棄。カトリックはどうなってしまうの…?不安がいっぱいの終わり。

    物語自体が「憂鬱」に満ち溢れていますが、この「憂鬱」を助長させることになったと考えられるのは、「演劇」という要素でしょう。チェーホフの「かもめ」の公演を控えた劇団とのめぐりあわせと、メルヴィルの劇役者になりたかったという過去。そして、現実においては「法王」という役を演じなくてはいけない、という重圧。
    様々な人生が異様なまでに絡み、連鎖的に起こっていく不幸の渦を客観的に捉える。「かもめ」にはそんな印象をもっているんだけど、この感覚が「法王の休日」にかぶっていくと…現実の役割の重みに押しつぶされそうになる反面、本物の劇役者との関わりによって、現実と舞台がお互いの世界を侵食しあい、ああ、もうセリフひとつひとつが、主観性を帯びたり、架空の、言葉遊びになったり…。
    ああ、あと、「法王」という存在の空虚なこと。中身なんてどうでもいいのです、「法王」という、たんなるひとつの「記号」(映画だと、憲兵が法王の代役を務めていましたね、要はそういうことなのですな)にすぎない。ただそこにあればいいのか。これもメルヴィルを失望させるひとつの要因だったのでしょう。

    これを「映画」というまたひとつの「舞台」で展開されると思うと…、でもこの作品の場合はそこまで「映画」という媒体に言及するような必要はないと思う。たんたんと「演劇」と「人生」について、さらには「宗教」について考える場として機能するのみだ。あえていうなら、より客観的な立場を観者に提供するものとして、有意義だったのかな。

    そして、最終的な役割の放棄!
    彼は自ら、自分のできる範囲の役柄を選んだ。演劇学校に落ちてしまった過去をもつ彼は、やはりなにものかになりきるなんてことはできなかった。「自分」の人生を歩む決意をしたのだ。

    そう考えると、メルヴィルはようやっと、自分の人生を歩み始めることができるのかなぁ。憂鬱はいつでも付きまとうものですからね、折り合いをつけてやっていくしかないものです。劇的な事件ですが、非常に現実的に現実を見つめた映画です。地に足がついているからこその辛さを感じました。

  • 完全に邦題にミスリードされた。よくあるほんわかおじいちゃんムービーだと思ってた。休日の午後にぴったりな温かい作品に……なっていません!
    ラストの一言によってはそっち系にまとまる可能性もあったし、それはそれで素敵だとも思います、私も主に導かれながら頑張ります(^-^)/とか。でも無難な方には行かず、あんな音楽ドーン!でエンドロールとは、シニカルというかブラックというか。こんなに驚いたラストある意味初めてだわ

  • 2011 イタリア フランス

    世界で最も気高く栄えある役職の一つであるローマ法王の座。しかし現代において、その実態はただの生贄の子羊だった。

    規律を守り善良に生きてきたのに人生にむなしさと行き詰まりを覚えている孤独な老人の姿が、変わりゆく時代に対応できずにいるカトリック教会と重なって、何とも言えないもの悲しさを奏でている。

    メルセデス・ソーサの「トード・カンビア」(すべては変わる)が流れるシーンが特に美しく印象的だった。
    時代は変わる。すべては変わる。すべてが変わりゆくのだから、私が変わっていくのも不思議ではない。
    変わっていけるだろうか?変わるべきでないことを守りながら、新しく生まれ変わることができるだろうか?変わるべきことと変わるべきでないこと、それはどうやって選べばいい?

    最悪な状態にいる時は、それをありのままに認めることができれば、そこから回復の可能性が生まれる。ラストシーンのメルヴィルは誠実だった。誠実って、正直ってことだ。メルヴィルの回復はここから始まるのかな。カトリック教会はどうだろう?

    ローマの休日の横に並んでいたので、ローマの休日を借りるついでに、つい借りてしまった。パッケージにはコメディと書かれていたので、ローマ法王がオードリー・ヘップバーンみたいにスクーターを運転してみたり、どっかの広場でジェラートを食べたり、真実の口に手を突っ込んだりするのかな、という軽い気持ちで見てみたら…。チャプター3まではコメディだと思っていた。それ以降は、ユーモアはあるけれどコメディじゃない、人間ドラマだ。

    リーダー不在で何一つ決まらないとか、決まったことが次の選挙で全部覆るとか、選挙公約が何一つ守られないとか、民主制には問題が多々あるけれど、この映画を見てやっぱり王政とか独裁制とかは残酷すぎると思った。独裁者がとんでもないことをやらかすリスクがあるということだけではなく、一人の人間にあんまり重い責任を課すシステムは残酷だ。死ぬまで重いプレッシャーに耐え続けるなんて。国のトップだって同じような立場に見えるけど、民主政治の一国の首長なんて、いくらでもコロコロ変わるもの。

    コメディではなかったものの、いい映画だ。役者も風景も音楽も素晴らしい。また何度でも観たい。

  • 予告詐欺。映画の中の観衆と映画館の観客が( ゚д゚)ポカーンとシンクロ。

  • 何年もの間病に伏していた法王が逝去し、葬儀が執り行われる。そして次には、カトリックの総本山たるバチカンで、世界中から集まった枢機卿がコンクラーヴェ(教皇選挙)を行い、新たな法王を選出しようとしていた。
    繰り返される投票のすえにようやく新法王に選ばれてしまったのはメルヴィル。
    しかし、広場に集まった多くの信者に姿を現そうというその直前に絶叫。「私には無理」と言いだし、逃走してしまったからさぁ大変!
    すわ、心身の異常か!? と医師に体を診てもらっても、精神科医に相談しても、思わしい結果は出ずに、とうとうメルヴィルはローマの街へと彷徨い出てゆく。
    劇団に紛れ込み、俳優の代役を務めようと申し出たり、街の教会に入り込んで一介の神父の説教に耳を傾けたり。

    一方、残された枢機卿たちは、これまた法王に取り残された精神科医の発案によって、出身地域ごとに分かれてバレーのリーグ戦を行うことに。一見無茶苦茶な子の発案によって、ふだんから睡眠薬や抗精神病薬を手放せない枢機卿たちは、次第に活気を取り戻してゆく。

    やがて法王が“休日”から戻り、信者の前に姿を現す。新法王・メルヴィルが下した決断とは――。


    大きな話の展開はないが、新法王に選ばれたメルヴィルと、彼の不在の間の枢機卿たちの細々としたエピソードが丁寧に積み重ねられ、聖職者の中でも特に高位の彼らを愛すべき人々として描いていて思わずニンマリしながら見てしまう。
    それらがすべては意外な結末に確実に誠実につながっている。
    コメディ調で楽しめるが、最後に映画的な爽快感はない。けれどこの愛すべき等身大の聖職者の姿と気持ちに、共感を覚える人は多いはず。

  • なんか、まさかのラストにビックリ
    法王も人間なんだぞーっていう微笑ましい映画かと思ってたのに

    以下引用
    ローマ法王は、かつてローマ帝国の首都だったローマの司教である。
     数あるキリスト教の教会の中でも、ローマ・カトリック教会はもっとも信徒が多く、その数は11億人以上と云われる。
     日本の教会では「ローマ教皇(きょうこう)」と表記するのだが、邦題はマスコミの慣例に従って「法王(ほうおう)」としている。

     それはともかく、『ローマ法王の休日』とは実に秀逸な邦題だ。上映の際にスクリーンに映し出された邦題は、「法王」の字が少しばかり小さくなっていた。
     公式サイトで述べているように、本作は法王版の『ローマの休日』なのだ。

     『ローマの休日』といえば、今でも多くの人がロマンチック・コメディの代表として挙げる名作だ。ローマ法王と『ローマの休日』を引っ掛けるだけで、本作が愉快な映画であることは伝わってくる。
     だが、本作は単に楽しいだけの映画ではない。コメディとしてだけでなく、もっと奥深いところで『ローマの休日』に繋がっているのだ。


     映画は法王の葬儀からはじまる。
     カトリックの総本山たるバチカンでは、世界中から集まった枢機卿がコンクラーヴェ(教皇選挙)を行い、新たな法王を選出しようとしている。
     ところが投票で選ばれたメルヴィルが、新法王として挨拶する直前に「無理だ」と云いはじめたから、さぁ大変!

     法王の選挙制度は長い歴史の中で形作られたものである。その手続で選ばれた法王は、多くの枢機卿から信任されただけでなく、神の意志によって選ばれたといえる。
     それはメルヴィルも充分に理解しており、だからこそ彼も法王の大役をきちんと果たしたいと願っている。
     ところが、どうしてもそれができない。
     だから、まずは本人も周りも心身の異常を疑った。
     けれど、医者に体を診てもらっても、精神科医に相談しても、サッパリ埒が明かない。
     事態が進展しないまま、時間ばかりが過ぎていく……。

     というのが映画の筋であり、そのまま1時間45分の映画は幕を閉じる。
     それじゃあ起承転結の転も結もないじゃないかと思われるだろうが、そのとおり。この映画には目立った転だの結だのはない。


     それよりも、こまごまとしたエピソードの積み重ねがジワジワと効いてくるのが魅力だろう。

     コンクラーヴェでは、枢機卿団の3分の2以上の票を得なければならない。有力視される枢機卿といえども3分の2以上を制することができず、投票は何度も繰り返される。
     そのたびに選出されなかった枢機卿はさぞかし悔しがっているだろうと思いきや、なんと誰も彼もが心の中で祈っているのは「神よ、私が選ばれませんように」ということだ。
     これには観客もついニヤニヤしてしまうことだろう。

     さらにおかしいのが、集まった枢機卿たちが睡眠薬や抗精神病薬に頼っていることだ。
     枢機卿といえば聖職者の中でも特に高位の人たちだ。司祭に悩みを相談する信徒からすれば、枢機卿は遥かな高みの存在だ。悩みに煩わされることなど、ないものと思いがちだ。
     その彼らが実は睡眠薬に頼らなければ眠ることもできないのだから、枢機卿のイメージを引っ繰り返すシーンである。

     そんな悩み多き枢機卿たちが、晴れ晴れとした表情を見せるのがバレーボールの試合だ。
     精神科医の発案で、枢機卿たちは地域ごとに分かれてバレーのリーグ戦を行う。その彼らの何と楽しげなことか。宗教の中心を担う人々が、宗教とは関係のないところで元気を取り戻すとはケッサクだ。
     しかも取り組むスポーツが他でもないバレーボールなのは、日本人も親しみを覚えるところだろう。なにしろイタリアは日本のアニメ『アタ... 続きを読む

  • 新法王に選ばれた主人公が、その重さに耐えかねて逃げ出してしまう話
    てっきり法王だけにスポットが当たるのかと思いきや、周りの神父達もコミカルに描かれていて面白かった
    私はテレビ放送を見ていたのですが、ラストが「あれ?終わった?このCM終わったらまだ続きあるよね…あれ、ない…」って感じでしたw
    結論はバシッと出るけれど、消化不良感が残る結末なので、評価は分かれると思う

  • 最初はどの作品でも特典映像から観ています。大まかな作品の印象を掴んでからの方が、個人的に楽しめるからです。
    こちらの映画はイタリア映画だけあって、特典は全編イタリア語でした。字幕はないので、なんかヒゲのおじさんが叫んでいるぞ?! あまりのインパクトに驚きました。見続けて分かったのですがそのヒゲの方、監督でした。演技指導だったのでしょうね。

    イタリア語を独学ですが学んでいるため、所々で知っているぞという単語は出てきますが意味は分からず。吹き替えを入れろとは言いませんが、字幕は入れて欲しかったです。
    日本の特典はとにもかくにも演者がわちゃわちゃしている映像が多いように思えますが、これはとにかく演技指導がメインで、本編にはあまりなかったピリピリとした空気を纏っているように見えます。本編はピリッとした空気はあまりありません。

    本編は大役を務めたくないがために逃げ出したはずが、色々な物事に触れ、沢山の言葉を聞き、自分の中でなぜなのかという答えを導き出す逃避行劇というのでしょうか。重たくないのでさらりと見られますし、ちょっと煮詰まってしまった時、なにか自分の中にある感情を整理したいときに見ています。
    不思議と見終わると、視点を変えて物事を考える余裕が出てきますので。
    あとは、イタリア語を耳に慣らすことが出来るので何度も観ています。
    ラストシーンは賛否があるようですが、自分で好きに考えれば良いのでは? なんでもかんでも答えが見える形で転がっている訳がないのですし、すべての答えを出す必要もないと思います。
    「じゃ、仕方ないねー」ということにはならないのは作中でも描かれています。まあ、昨今のバチカンをみていて、コンクラーベが行われそうな気がしなくもないけど。
    低い評価が多いのが残念ですが、バチカンも面白い作品だと言っていただけあって個人的には楽しめました。

  • 前法王の逝去で時期法王の選挙が始まった。中々決まらず、みんな心の中では自分が選ばれません様にと必死で祈る。何度も投票が繰り返された末誰も予想しなかったメルヴィンが選ばれた。
    しかしメルヴィンはバルコニーに出られず、鬱状態に陥り、セラピストに会いに行った足で逃げ出してしまう。

    じいさん・じいさん・じいさん達の波。セラピストにのせられてみんなで何故かバレーボールをしたり、選ばれなくて呑気にしつつ、自分がなりたくなかったというのもあるだろうけど選ばれたものに対して不満を言わないのは偉いなと思う。
    選ばれてしまったメルヴィンの苦悩が漂いながらも何処かコミカルで、日本語タイトルから期待した感じのコメディではないけれど、モレッティらしくつて結構好き。バチカンの衣装が凄く鮮やかで楽しかった。

  •  コンクラーベで決まったローマ法王はその責任に耐えかねて篭ってしまう。他の司教や治療の為にやってきた精神科医は右往左往。やがて法王はこっそり外に出ていき。。。

     これはコメディというより相当にパンチの効いた皮肉の映画だと思う。確かに笑えるがドタバタコメディみたいなものではない。
     教会という権威も精神分析という権威もこきおろされる。市井に出た法王がその中で何かを見つけ、法王を待つ間に自由に過ごす司教や精神科医達が生き生きしてくる描写が象徴的だ。
     法王の人間宣言からの驚きのラストはこのこきおろしから考えると必然に思える。本当にパンチの効いた映画だ。 

      ナンニ・モレッティは「息子の部屋」でも精神科医役を自らやってたけど、何か意味があるのだろうか?

  • 映画館で観ました。
    この映画、ラストについて「意外」という感想もあるかもしれませんが、このストーリー展開でしたらむしろ当然の帰結のように感じます。

    さて、パンフレットで精神科医(名越氏)が次のようなことを言っています。
    -----
    ここで着目すべきは、「迷える子羊の導き手」であるはずの「枢機卿仲間」が彼の相談相手になりえなかったことであり、またそれ以上に彼が「不安を受け止めてくれる最大の理解者」であるべき<神>に「祈らない」という点です。
    <略>
    登場人物は、すぐそばで会話をかわしますがそのやり取りは空虚で、そこに「心の対話=繋がり」を感じさせるシーンが不在なのです。
    -----
    確かにこの映画では、ほとんどの会話が一方通行です。それが現代社会への風刺なのかは分かりませんが、映画はそれを解決せず、不安と混乱した状態のままバッサリと幕を下ろします。

    ところで、当映画の監督がカンヌ映画祭で審査委員長を務めたとき「映画作家たちはその登場人物よりも様式を愛しているようだった」と評したそうです。そう言うだけあって、確かにこの映画では監督からの登場人物(人)への愛は強く、主人公はもちろん他の枢機卿たちにも冷たい目線でなく愛情をもって描かれているように感じます。

  • おじいちゃんも逃げたくなる

  • レビューで散々書かれてたけど、このタイトルからコメディを想像してた。内容はいろんな皮肉がたくさん詰まった映画になっていて、あとから考えれば考えるほど面白いシリアスな映画だと思った。神とはこんなものだし、人間とはこんなものだけど、あなたは何を信じる?とでも問いかけてるのかな。セリフのある役で一番普通だったのは、セラピストの子どもたちかも。

  • ローマ法王をメインに描いた映画って何だろう?って5秒考えてみたけど何も出てこなかったんで、もしかしたらこの作品が俺にとって初めてってことになるのかもしれない。

    ある男(メルヴィル枢機卿)が新・ローマ法王に選出されたのだが、就任演説(?)直前の土壇場で「無理だ!!」と叫んで職務放棄する。その後はカウンセリングを受けさせられるも、街で取り巻きから逃げ出して、世俗の中で数日過ごす。そして決定的な体験となる自分の夢だった演劇に触れたりすることで、自分の生き方を確信する。歓声を送る聴衆の前にようやく現れると、神の意思で選ばれた法王の地位を「自分には無理だ」と人々の前で告白する。みな呆然として終わる。

    ヒトラーを人間的に描いた映画が批判されてたけど(絶対悪でなくてはならない)、ローマ法王を人間的に描いた点で、この作品も挑戦的なのかもしれない。重責にしんどくなって逃走するところとか、息が上がってゼーゼーしてる自分を介抱してくれた女性の一言にカチンときて恫喝したりするところとか、なんせ聖職者、ましてキリスト教、いわんやローマ法王のイメージにはてんでそぐわない。超越者というより世俗人にふさわしい態度の描写が「人間」的だなと思った。もちろんローマ法王も人間なんだけど。だからこそこの映画が出来たわけだけど。へへ。

    神の意思に背くローマ法王のご決断。罪の告白。どう解釈する?聖職者一同が頭を抱えたのも分かる。前代未聞。哲学者や神学者が好むタイプの新たな論争の受肉化、定在、成熟。芥川賞は受賞前に受け取るか否かを訊いて、受け取ると答えた人にだけ受賞させる仕組みがあると聞いたのだが、今後芥川賞の受賞を承諾しておきながら土壇場で拒否ったら同じ構造になるわけだが、まぁ、だからと言って何かあるわけでもない。

    バレーボールとは何だったのか? そしてあのカウンセラーこそ、他でもないナンニ・モレッティ監督とのこと。

    最後の終わり方は好きだわ。そういう意味じゃ始まりも好きだわ。「無理だ!」に始まり、「無理だ!」で終わると。一貫しており実に高貴な態度である。俺も修論指導会で同じこと言いたい。

    どの感想を読んでも分かる通り、全然コメディじゃねえ!コメディだとするならば、かなり独特のセンスを必要とするコメディである。風刺的な作品というならばまだ理解できるのだが。。。とりあえず欧米のコメントだとコメディ、公式サイトの日本人コメントはヒューマニズムで、圧倒的に後者が正しい。

    かわいいおじいちゃんが好きな女子にはウケるかもしれん。
    ☆2

  • えっ!?っていう終わり・・・
    そこで終わりかっていう意味で・・・
    そしてもっとコメディかと思ってたらそうでもない・・・
    この期待を裏切られた感は完全に予告に騙された私の落ち度です。

    バチカンの聖職者を普通の人として新しく描いたのはすごいと思うし、最後の法王の決断もすばらしいと思いますが、そこからどうするのかがフィクションとしては大事なところなのでは・・・
    というかむしろ、私はたぶんメルヴィルの物語を期待してたので、それを描いた作品じゃなかったという残念感が大きいのか・・・

    とにかく、娯楽映画ではなく、ドキュメンタリー並の心構えを持って見なければならない作品だったなと後悔。

  • ローマの休日、ならぬローマ法王の休日。
    アン王女は逃亡すれど、自覚を持って自分の場所に戻っていきますから。法王さまもなんだかんだいって立派にバルコニーに立ち、「ローマです」の一言に匹敵するくらいの名演説をされるのだと思っていましたが。まさかの迷演説。聴衆とともに唖然としました。え、この後みんなどうするの……??

    でもそれが、人間なのでしょうね。無理なものは無理。己を叱咤し、周囲に激励されようとも、駄目ったら駄目なんです。
    法王だって枢機卿だって医者だって、みんな人間なのよ……というヒューマンドラマでした。救いがないような、あるような。

  • どたばたコメディかと思って観ていたので結末にすこし驚いた。都合のいい物語を作り上げるなよ、現実をみろ、とナンニ・モレッティに冷や水を浴びせかけられた感じ。しかしこれもコメディライクな映画でやられたので、今までに味わったことのない変な後味が残った。それだけでも、観てよかった。
    ストーリーはさておき、ミシェル・ピコリが法王を演じているのと、枢機卿たちがバレーの試合をする場面、最高だった。

  •  出世に興味のない主人公がローマ法王に選出され、悩み、周囲やその期待から逃げ出す逃亡劇。PVを見たときはコミカルな作品だと思っていましたが、実際に劇場に足を運んでみると、時折くすりとさせるものも、内容は思ったよりも暗く静かに進んでいきました。自身の信仰と歩んできた人生を振り返り、どうすべきが最善なのかを悩む主人公。また、逃亡されたことに気付かない枢機卿達のやり取りなど、彼を取り巻く環境はよく表現されていました。
     彼が最終的に選んだ結論が正しかったのかは別として、もう少しウィットにとんだ結末にできたら…。と思うと残念です。 

  • CMで、地団駄踏んで、法王になるのを嫌がる新ローマ法王が出てて、面白そうと思ったら…蓋開けたら、とんでもない鬱々物語だったorz いや、なかなかシニカルな笑いもあったけどね。うーん、ウツな人を無理やり連れ帰ってはいけません!って教訓映画?みたいな。
    でも、うーん、要は自分なら何とかなる、きちんと生きてきた、これからも何にも問題ないんだと奢っていた人間が、デカすぎる壁にぶち当たって、自分の真実(とても小さい人間だ)を知る物語。おっそーーーい自分探しのお話なのかな?まぁとにかく、終いがよろしくないので、スカッとは全くしません。ちょっとマジでがっかりしましたorz

  • ちょこちょこと聞く「期待はずれだった」という意味は、実際観てみて「なるほど」と。ストーリーに思いを馳せると、誰にでも勧められるようには思わないので、星一つ減。
    でも、世間的には“偉い人”と思われてる方々が、実はキュートなおじちゃん&おじいちゃんたちで、キュートにおろおろぐたぐたしてる様子は、素直に笑えました。画面は、厳しい建物や僧衣で埋め尽くされているのに、やってることとのギャップがなんとも。(^^;)
    そして、このラストでも意外と――この先も、法王は法王でいさせられるんでないかと思えたり。(。。;) まわりが苦しい言い訳したり、世間が勝手に好意的な解釈したりして、“希代の素晴らしく謙虚な法王”扱いされたりしてそう。

  • 第64回カンヌ国際映画祭正式出品作品。

    新しいローマ法王を選ぶ、法王選挙の場で皆が祈る言葉は、
    「どうか私が選ばれませんように」
    そんな中、選ばれてしまったメルヴィル枢機卿。
    新ローマ法王を待ち望む民衆を前にして、
    彼はプレッシャーのあまり、演説のバルコニーから逃亡する。

    司祭のおじいちゃま達がもちゃもちゃしてて、可愛い映画。
    善良な人々しか出てこない映画は、心静かにみれて良いねー。

    ただラストが残念だったので、☆ー1。
    もうちょっとラスト展開に尺あって盛ってれば、
    収束する感じに浸れてよかったのになー。
    それか、あそこまで描かずに余韻を残してくれたら名作だったのに。

    でも、それをしなかったのが斬新な映画だったのかもしれない。

  • ローマ法皇に選ばれたメルヴィルはプレッシャーのあまり鬱状態に。回復のためにと内密にローマの街に出ていったメルヴィルの出した答えとは。

    自己受容、ということの大切さを考えさせられる。
    「私は導くのではなく、導かれるべきひとりの人間だ。」ということばが重く響きました。
    とても、真実な告白だと思いました。

    ラストのアモラルぶりが衝撃的でした。

  • BS-TBS録画,吹替>う~む、ローマ法王も所詮悩める"普通の人"ってことなんだろうか…いい人なんだけどねw何とも後味の悪い結末でどんよりしちゃった(^^;)。。コメディって予告編で何となく見たのでもっとコミカルな軽い喜劇かと思ってたんだけど違った…どこがw?次期法王を決めるコンクラーベ。皆本音は法王になりたくないのかな?やっぱり重責で?シニカルな場面もやや有り。法王に何のフォローもしてないあの精神科医は必要だったんだろうかwwバチカンの修道院内(セット?)には荘厳さや惚れ々する物がある。


    邦題完全に間違ってる。。違くない?コメディって謳ってる予告も何なの??日本のPV酷いぞ。

  • 終わり方が残念

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