ポエトリー アグネスの詩 [DVD]

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監督 : イ・チャンドン 
出演 : ユン・ジョンヒ  イ・デビッド  アン・ネサン  キム・ヒラ  パク・ミョンシン 
制作 : イ・チャンドン 
  • 紀伊國屋書店 (2013年1月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4523215084161

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ポエトリー アグネスの詩 [DVD]の感想・レビュー・書評

  • 傑作『シークレットサンシャイン』のイ・チャンドン監督作品。ここでも、人の真の姿は目に見える表層の下に隠されている。
    正直に告白すれば、この映画をみるうえでもっとも障害になったのは、わたし自身の偏見だった。いい年してフリフリのドレスにブリッコみたいなしぐさ、空気よまない言動。主人公のミジャがまったく好きになれず、感情移入できなかった。しかし、ミジャが抱える矛盾がしだいに明らかになってくる。おしゃれな恰好をしているのに、生活保護をうけてヘルパーをしていること、「なんでも話せる親友みたいな」娘に、実は何も話せていないこと。
    詩作教室の課題「人生でもっとも美しい瞬間」に、記憶も定かでない幼い頃、姉に名を呼ばれ、「私って本当に可愛いんだと思えた」と涙を流しながら語る場面を見るに至って、あのフリフリドレスはおそらく辛かった人生の中で彼女が自己イメージを守るためにまとった鎧であり、「愛されたい」という切なる心の叫びであることが見えてくる。そう考えれば、孫息子が自殺に追い込んだ少女の遺族を訪ねるという怖ろしく深刻な事態に、もっとも不釣り合いな派手なドレスを選んだことにもうなずける気がする。
    おそらく、「いつまでも少女のような可愛いおばあさん」という自己イメージをまとうことで現実と直面するのを避け続けてきたのであろうミジャは、最後には意外な行動をとり、一篇の詩を残して消えてしまう。彼女のなかで、いつ、何が起こったのかは説明されない。あたかも、カメラには人の心を映すことなどできないのだと、目に見えないものがあることを示唆することだけが、詩/映画にできる唯一のことなのだというように。

  • イ・チャンドンという作家は、映画に対する挑戦とか、表現者としての新境地とか、監督自身の抱える欠乏感を埋めるために作品を撮るとか、そういう観点から語られるような立ち位置とは無関係のところにいるタイプだと思う。
    この人が撮る映画は、“達するところまで達しきってしまった”人から提示される、それこそ一遍の詩のようなものに感じられるのです。

    事実、この映画に真新しい発見はないし、映画的な盛り上がりもない。ひたすらなだらかに、ゆるやかに物語は進行する。

    観ている途中は、心の中が激しく乱されることや動かされるといったこともない。しかし、物語の最後になって、それまでの過程はすべて、ラストの主人公の言葉と、そして観終わった後の余韻のためにあったのだと気づく。

    心の細胞一つ一つが、知らずうちに何か特殊な性質を持った、透明な液体によって満たされていき、その液体によって、観る者の心は映画の終わりでようやくそれぞれ個別的な反応を見せることになる。

    イ・チャンドンはそうやって、静かに静かに、観客の心に浸透する作品を撮る。

    物事の奥の、そのまた奥に隠れた、多くの人が見逃してしまいがちな大切なものを、静かに、決して目を離すことなく見つめることができる、イ・チャンドンは私にとって、そういう作家です。だからこんな作品が撮れるんだろうなあと思います。

    この作品は、観た人の人生を大きく変えてしまうような力を持った作品ではありません。おそらく。でも、一生消えない何かを残す可能性がある作品であることは、確かです。その“何か”が何なのかは、この映画の主人公がそうしたように、自分なりの、貴方なりの言葉が見つかるのを待てばいい。

  • 最後まで見終わってカタルシスを得るタイプの映画ではないですね。本当に切ない終わり方というか、いろいろと考えさせられるエンディングでしたよ。これ以上はネタバレになるから書けないですが、おばあちゃんがカラオケとバドミントンが上手なのにはびっくりした!

  • 様々な不安を抱えながら生活の中に詩(美)を探す主人公を、物語はゆっくりと辛抱強く追う。醜悪な現実を受け止めた時、主人公は初めて本当の美を見つける。それはイ監督が表現しようとしたものと似通っているのかも知れない。

  • 『詩』を書くというのは残酷な現実と向き合う行為である。

    この映画の登場人物の殆どは俗っぽく人の心を平気で踏みにじる『現実』の世界の住人だ、そんな人達との軋轢を避けて、ことなかれ主義で生きてきた主人公の老婆はある日『詩』を書こうと思い立つ、しかし世界の表面的な美しさばかりを追いかけている老婆に詩を書くことはできない。
    だが突然降り掛かった残酷でむごたらしい現実と向かい合い、その『苦しみ』を受け入れた瞬間、彼女は美しい詩を紡ぐことができるという、あまりにも悲しく切ない映画。

    現実は残酷で醜悪であるが、それを受け入れ立ち向かう人は美しい、美しい『詩』はそんな現実の苦難を受け入れた人だけが残すことのできる人生の軌跡なのだとこの映画は教えてくれる。
    誰かの苦しみが、誰かの悲しみを癒す
    それがどんな残酷な行為だとしても。

  • 公式サイト:http://poetry-shi.jp/

     この作品の主人公ミジャを観ていて、昔、実践神学の授業で教授が、「詩人は聖書の預言者たちのように、現実と未来を洞察して語る」と言っていた言葉を思い出した。目の前にある事物や天空の惑星を見つめ、宇宙や天地創造、ときには魂や世界の終りをも研ぎ澄まされた感性と言葉で語る詩人。だが、聖書の預言者たちが聖書の神のみことばを説き明かして伝えても、民には理解されず悲嘆の淵に追いやられ、時には命さえ奪われたように、詩人にも言葉を見つけ出す苦しみと伝わらない悲しみに打ちひしがれる時があるのかもしれない。

     60代半ばを迎えたミジャ(ユン・ジョンヒ)は、遠く釜山で働く娘の一人息子を預かっている。中学三年生のその孫の面倒を見ながら、在宅介護の仕事をしている。ぎりぎりの生活だが、安物の服であってもオシャレするのが大好きな明るい人柄。だが、ある日右肩に痛みを覚え診察を受けると「右腕よりも、物忘れの方が心配」と言われ精密検査を勧められる。その病院を出ると、中年の女性が放心したように救急車の前にくずれ落ちている姿を見る。川に身投げして運ばれてきたが死亡した女子中学生の母親だった。

     その帰り道、ミジャは詩作教室の募集広告を見て、小さいころ詩人になるといいと言われていたことを思い出し通うことにする。詩の講師は「詩は、見て書くもの。人生に一番大事なことは、よく見ること。世界を見ることが大事」と教える。その教え通りに、台所のリンゴや木を見ては、感じることを書き留めていくミジャ。1か月の詩作教室は、最後の講座までに各自が詩を一篇つくり発表するのが課題となった。

     ある日、孫のジョンウクの友人の父親に案内され、ジョンウクら仲の良い6人組の父親たちから、ショッキングなことを教えられる。先日、自殺した女子中学生は、ジョンウクら6人に数か月間性的暴力を受けていたという。学校の教頭は、警察沙汰になる前に慰謝料を支払って示談にするようにと勧める。1人500万ウォンの慰謝料など、出せる当てはない。しかも、女子学生の母親に示談の話をするようにと懇願されるミジョン。

     女子学生の慰霊ミサが教会堂で行われている。洗礼名はアグネス。出入り口に置かれていた小さな額に入ったアグネスの写真を持ち帰ってきたミジャ。アグネスの顔写真を食卓に置いても、何も話そうとしない孫のジョンウク。仲間の父親たちと学校側も外部に漏れないようにと腐心する。娘を亡くした後も、傷心の心を引きずりながら野良仕事をするアグネスの母親。

     ミジャは、いつしかアグネスに心を寄せていく。そして、自分の心のうちをもじっくり見つめていく…。

     認知症の初期と診断されて心に不安を覚える人は、少なくないだろう。しかも、生活保護すれすれの経済状況と介護での少ない実入り。孫と仲間たちのしでかしたことだが、ミジャの心は罪悪感と取り返しのつかない失われた命への思いに打ちひしがれる。そして、慰謝料を捻出するためにミジャがとった現実的な行動。そこには、社会の底辺を必死に生きるものの生き様が、隠しようもなく描かれていく。人間の哀しいまでの罪と欲望、そこから迫りくる悔悟と贖罪。イ・チャンドン監督は、物事を見つめて詩を作るというプロセスを敷きながら、複雑な人間の感情と行為を直視していく。詩作という心を写す鏡が、人間の存在という輝きを気づかせてくれる。  

  • ネタは重いが描写は軽い
    淡々とし過ぎて見過ごしてしまいそうな程
    画も映画色というよりTV色
    それが軽さに拍車をかける
    色々と謎は残るが、軽さ故か感情は残らない

    脚本賞を取ったらしいが、
    物語より字幕が興味深かった
    「シャワーの五段活用」という表現
    韓国語にも五段活用があるのか
    英語字幕はどう訳すのか
    再鑑賞する気は起きないが、それは知りたい

    他の論評を見ると、高評価ばかり
    自身の未熟度が分かる作品かも


    以下、ネタバレあらすじ全容


    主人公は65歳の老婆
    離婚した娘の息子と暮らす

    その孫は高校生で、仲間5人と同級生に性的暴行を犯してしまう
    その少女は河に身を投げ、命を落とす
    事を穏便に済ませようと加害者の親達は示談に持ち込もうとするが、生活保護も受ける老婆にはそんな示談金はない
    それを娘に相談もしなければ孫に打ち明けることもせず、介護ヘルパーに行っている先の老人と性交を持って工面する(推測)

    時同じくしてアルツハイマー病と診断を受ける
    老婆は病気を誰一人に打ち明けるなく、命落としたアグネスという名の少女に詩を読んで、同様に河に身をなげる(憶測)

    少女の母は、結局、示談に応じず警察に届け出る
    重厚な箱に入った少年達はそれによって違う箱に入る(推測)

    老婆に呼び戻された少年の母親は、老婆も息子もいない家に着く

  • 人生は美しいか?

  • 『オアシス』や『シークレット・サンシャイン』のイ・チャンドン監督作。
    自分が母親代わりとなって育てている孫が犯罪を犯してしまった、加害者のおばあちゃんが主人公。
    こないだ『キーチVS』読んだからなのか何なのか知らないけど。
    このおばあちゃんは抜きにして、映画の本筋とは関係ないところだけど、犯行に加わった他の男達の親御さんらの態度とか、ありえんなー。
    一切事件について振り返ったり見つめ直すようなことはなく、自分達の子どもらの将来のためとか言って、世に事件が出ないように、どうやって被害者の母親を示談金での解決に持ち込むかとか、そんなことばっかり。
    被害者の女の子の名前を言うシーンはあったけど、きっとあの物語の中で、ああいう親御さん達の立ち位置からすると、名前は知る必要があったから知っただけで、きっと被害者の女の子の顔とか見ることなく暮らしていくんだろうな、それが普通の感覚の人達なんだろうなと思えて、観終わった後に少し胸くそ悪かった。
    ラストシーンで始めて動く被害者が出てきて、彼女の顔で終わるから、尚更印象付いたんだと思うけど。
    最近観たり読んだりした一連で共通してるけど。
    ほんの少し自分よりっていう感覚を持てるだけで違うのになー、と心から思う。
    本当に。

  • 最初は"痛い"としか思えない初老の女性が
    アグネスの詩へとたどり着くまでの過程が
    静かに心に染み入る良作


    【ポエトリー アグネスの詩(うた)】予告編
    http://www.youtube.com/watch?v=F9Mwxhhzu6U

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