311 [DVD]

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監督 : 森達也  綿井健陽  松林要樹  安岡卓治 
  • マクザム (2013年3月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4932545986821

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311 [DVD]の感想・レビュー・書評

  • 遺体を探す人たち、津波の体験を語る人たちを見ていて辛いけれど、災害はいつ起きてもおかしくないし、こういうこともあるのだと知らなくてはいけない。見る限り土砂と瓦礫。絶望しかない。それでも、家族の絆を感じるし、地域の力も感じる。人は生きていれば強い、なんとかなるという気がする。この人たちはいまどうやって生きているのかな。私たちはここから学ばなきゃ。自分で自分の身を守るんだ。それを強く感じた。

  • オウム作品と比べて惹かれる感が低い理由は、Aシリーズは大手マスコミができなかったオウム側に立ち撮影しての、それも大衆の反発を必然的に食らう手法でその辺にアングラ感があるんですけど、本作の方向性は大手メディアが進めてきたものと同じですし、地震直後だったこととちょいと生っぽい感じに見えるブレがいいかなというくらいで、むしろこの数年後どんなトラブルがあるかっつードキュメントがあるといいのかもしれませんね。

  • 東日本大震災の現場に行き、体験し、記録し伝播していく。
    時には、原発20キロ圏内で車のタイヤがバーストしたり、遺体収容時の映像を撮影して、遺族たちに木の棒投げつけられる。そんなシーンを隠さずドキュメンタリーにしてある。

  • 東日本大震災をテーマにしたドキュメンタリー映画。
    森達也、安岡卓治、綿井健陽、松林要樹の共同監督。

    東日本大震災・福島第一原発事故発生から二週間後、4人はとにかく現場を確認しようと、被災地に赴いた。動機や準備などは不十分なまま、とにかくカメラを回していた。
    被災地の惨状や現地の人々を写していたカメラだが、次第に撮り手を写し始める。そこには、戸惑い、立ちすくむ、彼らの気まずい表情が映し出されている。

    森達也はインタビューで、「後ろめたさ」がこの映画のテーマなのだと言っていた。だから、カットしたいような場面もあえて残して映画にした、と。
    そして、その後ろめたさは、実は多くの国民が少なからず抱えているもので、それはごまかさずに直視すべきものなのだ、とも言っている。

    正直言って、ドキュメンタリー映画としてはかなり稚拙な印象だったけれど、「後ろめたさ」に関しては、思い当たる部分はある。
    他のメディアが隠す部分をあえて露呈させて見せたこの映画、物議を醸したのも無理はないだろう。

  • ドキュメンタリーを撮る側も撮影対象にしながら、前半は原発、後半は津波にのみ込まれた被災地を描いている.
    撮る側をここまで対象として組み込むのは今までの311には無かった撮り方だと思う.そういう意味ではさすが森達也である.
    しかし、震災が個々の人間にもたらした物語が大きすぎるせいだと思うのだが、この短い時間ではそれらの物語をとらえられた感じがとても少なく消火不足を感じた.
    森達也が子どもに対して家族はちゃんといるのかどうかを聴くシーンが、心に突き刺さった.(トークイベントでの質疑応答で、森自身そのシーンの際どさについて触れている)

  • (劇場鑑賞)
    東日本大震災発生直後、映画監督4人が被災地を訪れた模様を、
    自分たちを被写体にしたドキュメンタリー映画。

    本人たちも冒頭で話している通り、当初は映画公開の予定はなかったらしい。
    そのため、特に前半は伝えたいこと、撮りたいことが曖昧だったが、
    恐らくは取材の途中から、「遺体を探す」という被災者の行動を
    ひとつのメタファーに据え、某かを表現しようと、
    遺体を映像に収めることに腐心しているように感じた。

    勢いで現地に行ったところで何もできやしない。
    だけど、行かずにはおられないし、撮らずにはおられない。
    伝えるという大義名分を振りかざしながらも、
    甚大な被害を前に圧倒的な無力感、
    ただ茫然とするだけの大の大人4人。

    大多数の非・被災者が抱えていた、震災発生当時のふわふわとした、
    落ち着かない心情、
    更に言えば、恐らくは1年経ち、ふわふわはかなり薄まっている現在において、
    本作のもつ警句や提案性は鑑賞に十分に値する。

    が、それにしても、本作はやはり、いささか拙速であり、
    自己満足の域を出ない。
    森達也の得意とする、「表現しづらい煩悶」の過程を映像として残すことで、
    結果的に某かを表現する、というクオリティには残念ながら至っていない。

    その要因として、「A」や「A2」で見せた、
    内側に入るという視点の欠落が挙げられる。

    内側に入るということは、何かを肯定したり否定したりすることではない。
    言うなれば、彼自身のスタンスの表明である。
    表現者としての立ち位置の表明。
    俺はどこから撮るか。その意思表明である。
    本作ではそれが圧倒的に足りない。

    議論のきっかけとなることも含め作品の存在意義だというのならば、それは詭弁だ。
    大多数の人が陥る思考停止への警句こそ、森達也の真骨頂。
    合作とはいえ、作中中盤から終盤にかけては
    ほとんど森達作品と言っていいと思うが、
    論点軸が定まっていない、どっちつかずの表現作品に、
    投げかけの力は無い。

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