ツリー・オブ・ライフ [DVD]

監督 : テレンス・マリック 
出演 : ブラッド・ピット  ショーン・ペン  ジェシカ・チャステイン  フィオナ・ショウ  ハンター・マクラケン 
  • ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社 (2013年1月22日発売)
2.32
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本棚登録 : 109
感想 : 15
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  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4959241926753

感想・レビュー・書評

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  • 巷間言われているほど難解だと思わなかった。ブラッド・ピット演じる父親が、本当はそうではないのに「強い男」であろうとすることによって家族がつねに緊張を強いられていくという悲劇は、同じ男として共感あるいは同情できるものであった。でもって、最も父親と対立していた長男(ショーン・ペン)が、父親が求めてやまなかった「男らしさ」を得るというあたりが実に皮肉。
    ただ、テレンス・マリックはそうした連鎖は宇宙が始まって以来、ずっと続いていると言いたいらしいが、「そこまで大袈裟な話か?」とは思いますね。

  • 詩をよむように、絵を深く味わうように、見えるものから自分で感じとって考えさせる映画
    映画というものは、見るときの気分によって感じ方がぜんぜんちがったりする。
    この映画は、人生を見つめているとき、しっかり考えているときに見ないと中身が読み取れない映画のひとつ。
    見るタイミングを選ぶべき映画。 カンヌでパルムドールをとったからといって軽い気持ちで見ても楽しめない場合がある。
    付き合いたての恋人どうしで見るものでもない。 一人でじっくり見て考えるのにちょうどいい。
     そして、この映画を評価したカンヌはすごい。毎回こんな作品が出てきても困るけど、こういうのに賞を与えられることはいいことだと思う。

    次男が亡くなった家族を通して、神について考えさせる
     キリスト教は内容を知らない小さい頃はあこがれたこともあったけど、基本的に好きな
    宗教じゃなくて、キリスト教感漂うものにあまり惹かれないから、そういう意味ではどんずばな作品ではないと最初は思っていたけど、
    見ていくうちに、この映画は見ている人が自分の家族を見直し、自分と照らし合わせる。そしてそれぞれの立場で考えさせてくれるものだと気づいた。
    自分の家族が死ぬことを想像したらすごく怖い。 でもいつかは味わわなきゃいけない体験。
    覚悟を決めていたって、悲しさや喪失感には変わりないだろうけど、絶望感に襲われることを
    さけられるなら、覚悟を決めておきたいとまずは改めて思った。 
     そして、昔のことや弟のことなどをたくさん考えた。
     

     こうもりが束をなして竜のように空を舞うシーンからのぼやけたマリア様が
    だんだん煙となり、まるで水彩画のような煙が宇宙になっていき、マントル、火山のい爆発などのシーンはとても
    幻想的で、感動的で、監督はこのシーンが一番見せたいポイントだったんだと思う。
    どうやって撮ったのだろう。 煙や水の動きが本当に素晴らしすぎた
    自然の美しさ、神秘、はかりしれなさ、ときには脅威となる感じをすごくうまく表現している。
     とても美しい。
    私には神をも凌駕していると思う。





    父親が語った「世の中はいんちきだ人がよすぎると成功しない」ということ、
    「自分の人生は自分次第だ。できないというな。問題があるといえ まだ途中だと。
    できない は禁句だ」
     父親は勝ち組にあこがれていたからこういう発言なんだろう。
    自分も人生が苦しいと、うちの親はどうして人生をおくるのに、もっとかしこい(ずるがしこい)
    勝てる生き方を教えてくれなかったのか、とたまに思い、自分の子どもには人生の現実を教えようと
    思ったこともある。 父親は子どものために、自分のような思いを味わってほしくないか
    子どもたちに高圧的な態度だったんだろう
    それも、客観的に見たら責められるものではない。

    お母さん「愛がなければ、人生は一瞬ですぎる。胸に思いやりを。トキメキと希望を」
    母親は偉大。


    では、神を信じるとはどういうことだろう。 宗教ってなんだろう。
    私は自分の神様がそばにいるときと、いないときがある。
    自分の神様は何かではない。私だけの神様。 
    神様がそばにいるときは、神を意識しているとき、そばにいないときは意識していないとき。
    ただそれだけ。ただひとついえるのは、神を意識している自分を意識しているときは元気なときだけだ
    元気じゃないときは、現実の恐ろしさにやられて神を意識している暇もない。
    宗教に妄信的になることがいいことだとは思わない。 だけど、神を意識しているときは7
    くよくよ考えたりしない。 ということは、神様を信じるということはときに幸せだし秩序もたもてるんだ
    だから、人間にとっては必要なことでもあるのかもしれない。
    牧師さんが言った「神は善き人にも罰を与える、予測しないときに奪う」という言葉、
    信じたって信じてなくたって罰は与えられる。 ならば、より幸せを感じる時間が多いほうを
    選んだほうが1回の人生には大事だ。 そして、悪いことがふりかかったらそのとき悩んで悲しんでいろ¥「」
    いろんな感情を味わって、成長させてくれる。
     宇宙の計り知れなさを知ったら、神がいるかいないか、信じるか信じないかは逆に小さいことなのかもしれない。



    神を信じていれば不幸にはならないと小さい頃修道女に言われたとおり神を信じて生き、息子を失ったことで、神に絶望して神をうたがい絶望の体験をしたけど、最後は母親もなくなった息子を神にゆだねることができた。息子を失った悲しみを、神にゆだねるととらえたことで救われた。だから、結局神についての答えは出ない。

     

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