私とは何か 「個人」から「分人」へ (講談社現代新書) [Kindle]

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著者 : 平野啓一郎
  • 講談社 (2012年8月13日発売)
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (192ページ)

私とは何か 「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)の感想・レビュー・書評

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  • オードリー若林さんの本に紹介されていた、分人という考え方に興味を持ち、手にした本。
    一人一人が、対応する相手やコミュ二ティに応じて、異なる価値観を持つ「分人」を持つという考え方は、非常に興味深く、また現代社会で生きていく上で必須の考え方ではないかと思った。
    勿論、どれだけの「分人」を持つかは人それぞれだろう。ただ、自分自身を振りかえってみても、結構な数の分人がいるはずだ。
    現代社会で生きていくためには、あえて価値観の違う人と交流する機会を増やすなど、様々な価値観に触れ、分人を増やしていくことで多様な価値観を認め、受け入れられるようにしたいところである。あるいは多くの分人を持たなくても良いような職業選択をするという選択肢もあるだろう。
    様々な価値観に触れるという意味では、大学や留学、転勤、部署異動、転職やアルバイトなどは貴重な経験といえるだろう。

  • 肌感覚で思っていたことを、見事に言語化してくれた一冊。これ程分かりやすく、人間存在の本質の一端を述べた本は貴重。一方で、では個人とは何か?という問いには著者自身も答えが出てないと思われる。(そのことを否定するわけではない)分人の総和が必ずしも個人でない。
    そこに人間として生きる難しさと面白さがある。

  • 相手に応じた、自分の姿『分人』と言う視点。 この考え方は、人間関係、相手との距離感、自己の捉え方が、少し楽に考えられるよう思う。 最も自分にとって心地よい『分人』こそが、本当の自分(つまり、心許せる関係性) どの『分人』も、全てその人にとっては本当の自分(相手との対比で) 発想の転換でもあるが、この構想に基づいて描かれている、著者の小説も久しぶりに読みたくなって来た。

  •  友達といるところを家族に見られたくなかったり,SNS上の知人が自分の知っている知人とはかけ離れたキャラクターだったり…。人間を,個人(individual=「不可分」の意味)ではなく「分人」(dividual)として捉えると説明がしやすい,という。
     ラジオで紹介されていたときは,さほど興味も湧かなかったが,読んでみると思いのほか精緻で,納得できた。
     あとがきによると,「分人主義」はもともと小説「ドーン」で発表した考え方だったのだが,小説を読まない人のためにエッセンスをまとめて新書で出版してほしいと言われ,これをきっかけに小説にも関心を持ってもらおうと考えて執筆した,とのこと。たしかに小説も読んでみたくなってしまった。まんまとはめられた。

  • 多くの人間関係の中でその都度相手や状況に合わせて応対する、そのいろんな自分ひとつひとつが自分の中の「分人」であり、どれかひとつが本当の自分などではない。
    とても腑に落ちる考え方であり、自己啓発、自分探しなどといったものに強い違和感があった自分としては大いに賛同したいと思った。

  •  現代社会はよくコミュニティ中心社会に移行しているといわれる。TwitterやFacebookの登場に端を発し、特にインターネットのような安価で各個人で発信できるメディアインフラが整っている時代では、細かく見ると追えないくらいにソーシャルサービスが各所で立ちあがっているのだ。そんなコミュニティが重要視されている時代で僕が不安に感じているのは、そこに参加する各個人がどのような意思や考え方をもって参加するのか、よほどしっかりした個人でないとダメなのではないかということだ。そんな人格不安に陥る人は結構いるのではないかと思うのだ。

     でも、ここでいう個人という考え方にフォーカスすると、よりよい個人とはキャラクターがはっきりとしていて、どんな人にあたっても首尾一貫している人のことだと思う。人によって性格が変わる人というのは、古い考えからみれば軽薄な人と捉えられることだろう。しかし、著者が指摘するのは、つながりが重要視されている時代において、その関係をつくっていくことに全てのベースがあるのではないかという問いかけである。それが「分人」という、人によって複数の人格をつくっていくということだろう。

     コミュニケーションを成功させる、人と心を通わせることは嬉しい。無論、人の意思というのは貫かれるべきものだろうだが、今後は組織・社会の中で如何に立ちふるまえるかというところに人の評価ポイントが出てくるように思う。だからこそ、人によって人格が変わってもいいのだという哲学的な許しは、現代社会には必要なことだと思うのだ。

  • この人の著書を読むのは芥川賞受賞作「日蝕」以来。本書は小説ではなく、一種の哲学書である。

    「自分探し」という言葉がある。多くの人は若い頃に終えるようだが、私の場合、それは一向に終わらない。終わりなんてあるのか?私は変なのではないか?と自問自答しているところで出会ったのが本書である。

    本書では、1人の人間は「個人」ではなく、更に細分化できる「分人」で構成されていると説く。分人は、他者との関係性で決定され、かかわる他者の数だけ自分の分人があり、それらを更新し続けることで「個人」も変わっていくというのだ。

    とすれば、自分(=個人)に完成はない。関わる人がいる以上、そして新しい人と出会い続けることは、分人は常に更新されるからだ。怖いのは、人と触れ合うことがなくなることかもしれない。もっと人と触れ合おうと励まされる一冊である。

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