世界でも珍しい「謝罪会見」という光景 [Kindle]

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  • アドレナライズ (2013年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (118ページ)

世界でも珍しい「謝罪会見」という光景の感想・レビュー・書評

  • ここ20年ほどの、企業から政治家、芸能人までまで、様々な謝罪会見について考察したもの。個別の評価については見解が異なるものもあるが、謝罪を裏側から見る試みはおもしろい。

    成年になった子供の不祥事を親が謝罪、学生の不祥事を校長が謝罪、業務外の社員の不祥事を企業トップが謝罪などは、そもそも謝罪が必要なのか。不祥事を起こした本人の責任以外の何者でもないのに、他人の謝罪など意味があるだろうか。

    部員の不祥事でに対して、連帯責任で大会への出場を自粛するのもよくわからない。 部活動中に発生したことならまだしも、全く関係ない事件も謝罪の対象にされる。

    こんなところが日本人の責任の所在に対する認識を表しているように思える。代表者や全体の責任とすることで個人の責任は曖昧にされている。

    マスコミがセンセーショナルに書き立て、誰か特定の目立つ個人が標的にされ、視聴者もそれに同調して、謝罪されれば気分が収まるという感情的な思考停止パターンが相変わらず繰り返されている。日本社会の同調圧力と、実質よりも感情重視の傾向を強く感じる瞬間だ。

    かたや、謝罪は企業の危機管理としても重要だ。松下の石油ファンヒーターのリコールCMの例があがっていたが、どれほど実質的な対応をして、それをプレゼンテーションできているかが企業の対応には求められるだろう。やりようによってはピンチをチャンスに変えることすらできる。

    最近はブログでの炎上に対する謝罪などもある。無知をさらけ出しただけであれだけ叩かれるの?というのも多い。有名人だから、というのは理由として弱い。一個人の見解が少々常識外れだからといって、よくあそこまで騒ぎたて責められるものだ。暇人としか言いようがないし、自分はそんなに完璧なの?と問いたい。取材や報道の行き過ぎと、そういうニュースを好む大衆という構図は相変わらずだ。

    謝罪はする側とされる側の騙し合いというが、感情や直感的な印象で動くのではなく、形式的な場をやり過ごすための対応でなく、
    実質的な意味のある対応と、本当に謝罪すべきときの真摯な謝罪を考えるべきだと思う。

  • 日本だけで行われる不祥事を起こした企業経営陣などの謝罪会見を綴ったもの。
    エンターテイメントとしては面白い。
    取材の深みは感じられない。

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