太陽の簒奪者 [Kindle]

著者 :
  • 早川書房
4.13
  • (15)
  • (15)
  • (8)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 129
感想 : 10
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (254ページ)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • かつてラジオドラマ版の「太陽の簒奪者」を聴いたことがある。
    音声のみで表現されるラジオドラマは、漆黒の宇宙空間が舞台となるSFと相性が良く、とても面白かったのでいつか原作も読みたいと思っていた。
    (当時自分もラジオドラマ作家として活動しており、とても参考になった。今でも録音データを持っている。)

    それから15年以上たってようやく原作を読んだ。
    思ったよりもコンパクトにまとまった秀作で、ラジオドラマよりも白石亜紀の女子高生時代や若者時代が短く感じたり、マークは意外とあっさり死んでいたり。

    2000年代前半に書かれた話だが、お話の設定が2030〜2040年代とそう遠くない未来。
    なので2023年の今となっては、SFの宿命ではあるが一部の設定が陳腐化している。
    戦艦の推進力が核融合ではなく未だに原子力(核分裂)だったり、宇宙戦艦のネットワーク速度が『400Mbpsの高速回線』とうたっているが、今では一般家庭の光回線でも10Gbps出るので「そんな装備で大丈夫か?」とツッコミを入れたくなった。

    作者はオーバーテクノロジーを完全な空想で描くよりも、執筆当時のテクノロジーの延長で説得力のあるものを創造していくタイプと見える。
    夢はないがその反面、妙にリアルで納得させる力がある。

    また作者のストーリーテリング力は、現実の延長から脱線飛躍しない。
    ビルダーとのリング破壊をめぐる攻防、異星人の風貌や宇宙船の生活環境も、なんとなく過去に見てきたドラマや映画を思い起こし、読者の想定範囲内におさまってしまう。
    だがこれもまた話をスポイルしているとは思わず、上質なノンフィクションを読んでいるかのような気にさせられた。

    白石亜紀は作中で「つまらない娘」という形容されているが、そもそも設定としてつまらないのではなく、作品の主人公としてつまらない。

    ファーストコンタクトのためなら死んでもいいという情熱の強い科学者、という性格設定からしてステレオタイプだし、笑う時に口元を手で隠す奥ゆかしさ、マークやラウルといった男性とやりそうでやらず、50歳すぎまで喪女のように見せながらも内には欲望を秘めている描写がある。
    まさしく『従順、貞節、無私の奉仕(+微エロ)』という古典和風女性の三点セットであり、作家の願望が惜しみなく投影されている。
    その願望から抜け出ることができず、個性をつぶされた主人公といってもいい。

    とはいえこの「つまらなさ」はこの本の(特に男性の)読者層には逆に好まれそうな気がする。キャラとしてつまらないが、そういうのがむしろ良い、と受け入れられそうな奇妙さがある。

    ちょうど直前に「三体」シリーズを読んでいたので、異星文明とのファースト・コンタクトの考え方についての違いが、とても興味ぶかかった。
    「三体」の『暗黒森林理論』を読んだあとだと、「太陽の簒奪者」のビルダーに対する人類の態度は、あまりにも無垢な二、三歳の子供のように思えた。

    三体の「暗黒森林理論」は、銀河系は生命体と文明にあふれる過密な環境であり、過密な環境では猜疑連鎖が起きるというものだった。
    すぐ隣の星系の異星文明は味方かもしれないが、こちらを侵略しようとしている敵かもしれない。
    おたがい相手が何を考えているかわからないのでおたがい信用できないという猜疑連鎖におちいり、
    自分はこの星に住んでいるという情報を安易に発信することは危険だということになり、
    それならば異星文明は見つけしだい滅ぼしてしまおうという発想になる。

    いったんはリングを破壊しておきながら、武士の情けとばかりに太陽系にとめおこうとする発想は人類の性癖としていささか優しすぎるとは思う。
    しかし現実として人類はアレシボ天文台やボイジャーのように無邪気すぎる「私はここにいる」発信をしてしまっている。

    そう考えるとこれまた、「三体」よりも話の展開は凡庸だけれど、はるかにリアルなドキュメンタリーを読んでいるような気分になれる点で、評価としてマイナスにはならないところが面白い作品ではあった。

  • 言語が思考を規定するって考えは迷信なんだ。もしそうなら子供は言葉を覚えられない。ある言語を別の言語に翻訳することもできない。新語が生まれることもない。誰かの話を聞いたり読んだりした時、あとに残るのは言葉じゃない、概念そのものだ」

  • おもしろい。水星軌道上に出現するリング。ビルダーとのコミュニケーション、心の理論、非適応的知性など。最後の評論も面白かった。ハードSFは世界で起こる出来事ではなく、世界そのものに興味をもっているという点。

  • 単行本が出てから15年、いまごろ初めて読んだ。自称SFファン失格だ。
    出だしは女子高生っていうか今風にはJKだった主人公を描いていた「カメラ」がぐぐっとズームアウトしたり時間軸方向にパンしたりするかのような描写移動が連続するこれを薄っぺらいと思うなら読む資格なし(失敬)。
    『ヤマト2202』が始まったいま、アンドロメダ五人衆と本作の宇宙戦艦はイメージが重なったりもするが、それもまた楽しい2017年の体験。
    (人間が一生に知覚できるささやかながら長い) 時間の広がりと宇宙の広がりに恐れをなして泣け。
    「す、水星の異変はサンドスターなんかじゃないんだからねっ!」

  • こういう作品に出会えるので、SF読むのはやめられない。

  • 俗に言うところのファーストコンタクト物。筆者が後書きにも書いていたけど科学考証がかなりしっかりしている模様で、途中までは読んでて非常に腑に落ちる感じで、ぐいぐい読めた。ラスト異星人の見た目とかがやや凡庸な気もして少し失速してしまった感はあるけど、でもまあ名作だと思う。面白かった。

  • 生物としては無駄とも言える、文化的なことを尊ぶ社会に安堵しました。
    彼らの生き方も繁栄の一つの形としては理解できます。
    比較をすると受けいられないが、
    比較をする対象がなければそれが普通とも言えるのでしょう。
    安定していておもしろい。

  • 地球外生命体の痕跡の発見からファーストコンタクトまでの三十数年。その長いスパンを語るためには仕方がないのかもしれないけれど、目まぐるしく章が変わりエピソードが細切れになるのであまり感情移入ができなかったな。淡々と話が進む感じ。
    しかし生命の次のレベルへの進化にとって、個の持つ意識というのはそんなにジャマな存在なんだろうか。個々の意識の拡大によってわかりあえる人々とは対照的かな?

  • ファーストコンタクトものだが主人公の内面か、地球の人々か、知性体のロジックのいずれかでもいいのでもっと書いてほしかった。もっと読みたかったかも。読後感の似たところで「神は沈黙せず」のあっさり味バージョンみたいなところ。

    雪風のジャムといい All you need is Kill のギタイといい本作にでてくるビルダーといい、人類を全く意に介さない正体不明の高度知性体(っぽいものを含む)ってのは格好いいな。

    「南極点のピアピア動画」の著者とは同じ人とは思えない。

全10件中 1 - 10件を表示

野尻抱介の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×