聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か (講談社現代新書) [Kindle]

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著者 : 岡崎勝世
  • 講談社 (1996年9月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (160ページ)

聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か (講談社現代新書)の感想・レビュー・書評

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  • 歴史の面白さがたっぷり楽しめる1冊。

    古代ローマ時代にキリスト教が成立。聖書に基づいた世界史は普遍史と呼ばれる。普遍史を簡単に言うと、天地創造から始まり、アダムとエヴァからノアの箱舟、4つの王国の話を経て、最後の審判で現世が終わるというもの。本書は、普遍史の変遷とその崩壊までを描く。

    カノン史によれば、天地創造はキリスト生誕の約6千年前、それから3千年後、大洪水が起きた。また、聖書の世界観は3つの大陸であり、インドやアフリカには一つ眼の怪物が住んでいるという化物世界観が存在する。
    本書の圧巻は、その時代の知識人が、当時信じられていた史実と普遍史をいかに辻褄を合わせてきたかにある。例えば、大航海時代が始まり、コロンブスはインドで人間を発見したが一つ眼の化物はいなかった。また、中国の歴史とノアの箱船の関係は、どう解釈するのか。しかし、神の言葉で書かれた普遍史は絶対である。教会側の学者は「大洪水は局地的なものだった」という苦しい解釈を行う。

    皮肉なのは、宗教改革をきっかけに聖書の研究が進み、聖書は実は「編集されたもの」であることが、判明。それにより、普遍史は崩壊する。
    しかし、筆者は、これが科学への歩みをの第一歩であると断言する。
    「ただ他方で 、彼らは自己の信仰まで捨てたわけではない 。ということは 、かれらの 「世界史 」への移行は 、歴史叙述と信仰とを切り離すことで 、初めて可能となったということでもある 。逆に言えば 、長らく信仰を直接的基盤とし 、それに従属してきた歴史学は 、この時点で 、独立した一科学への歩みを開始したということにもなる 」。

    本書は新書でありながら、かなり学術的な本。しかし、推理小説的な娯楽に満ちている。お勧めの★5つ。

  • 西洋古代~近代におけるキリスト教的歴史観、「普遍史」の発展と衰退とを解説した書。聖書に基づく人類史として生み出された普遍史が現実の歴史をどのように記述していったのか、その二者の間の齟齬をどのように処理しようとし、そして瓦解していったのかを詳説する。
    本書は、聖書に基づく西洋の歴史観である普遍史を、主に近世~近代における動揺の時期を中心に紹介したものである。キリスト教的歴史・世界理解の方法とも言える普遍史は、天地創造やノアの洪水などの聖書の記述を軸に(西洋人にとっての)普遍的な人類史を組み立てて行こうとする試みであった。アダムに始まる人類の歴史は預言者ダニエルの説いた四つの帝国を経て黙示録の終末に至るものであり、その中においてキリスト紀元や「化物世界誌」といった概念が西洋人の世界観として構築されていった。
    しかしその一方で、聖書の記述と現実の歴史との間には易々と解消することの出来ない齟齬・矛盾が存在していた。古くは創世紀元を大きく超過してしまうマネトのエジプト史に始まり、聖書の想定していない「新大陸」や中国文明の発見、果ては文献的研究の進展に伴う聖書の記述そのものの信憑性疑義など、歴史を経るにつれ普遍史の権威は大いに揺らいでいく。多くの学者がこの齟齬を解決しようと様々な理論・歴史記述を呈するも根本的な解決には至らず、遂に18世紀のシュレーツァーを以ってして普遍史は「世界史」へと瓦解していく――その一連の流れに焦点を当てて解説しているのが本書である。
    本書の内容で興味深かったのは、「聖書に基づく」普遍史において聖書の記述の取捨選択が行われてきたという事実と、中国史など聖書の枠外にある地域・文明を聖書の記述の中に包摂しようとした諸々の試みである。聖書にも記述のあるはずの新アッシリア帝国や新バビロニア帝国が(『ダニエル書』に基づく四世界帝国論を説く)普遍史においては無視されている件や、また中国史の古さを解決しようと中国の歴代皇帝を聖書の登場人物に対応させていく(例:伏犠=アダム)といったことは、まさに自らの文化・価値観の下で他者をどのように描写するか(その過程で他者をどのように改変していくか)ということと深く結びついていると感じられた。

  • [世界観の変遷]聖書の記述に基づいて描かれる世界史とも言える「普遍史」の成立と変遷、そしてその崩壊までを考察していく一冊。「普遍史」という言葉も考え方もあまり馴染みのないものだと思いますが、一からその内容を学べると同時に、歴史の捉え方がどのように変わってきたかを知ることができます。著者は、ドイツ近代史を専攻とする岡崎勝世。


    本書を手に取るまでは「普遍史って何?」という認識だったのですが、丁寧な解説でその輪郭をつかむことができました。今となっては不思議なものの見方に思える普遍史ですが、想像以上に近代までの西欧の歴史観を形作っていたことに驚かされました(そしてこれをテーマに一冊書き上げた岡崎氏にも同様に感嘆)。


    普遍史そのものも大変興味深いのですが、それが時の移り変わりとともに、「万国史」や「世界史」に取って代わられる、いわばパラダイムシフトが起こる過程がまた興味深い。聖書に対する愛着(?)のせいか、普遍史と世界史の間で葛藤する研究者の姿勢などは、当時のある知識人の関心が那辺にあるかを知る上で有益ではないかと思います。

    〜すなわち「年代学論争」は、「年代」をめぐる論争というよりは「キリスト教的時間」を守ろうとする論争であった。そして論争がこの枠内で行われるかぎり、混迷を免れることは不可避だったのである。〜

    読む前と内容の印象がここまで異なる本も珍しい☆5つ

  • 世界史というものは、たんに各地域の歴史的事実を時系列に連なったモノという見方しかしていなかった。
    そもそも「世界」の範囲が自国もしくは自地域だけで成り立つのであればそれでもかまわないが、他国・他地域を範囲とすると、共通の時間的流れという規則が底辺として存在しないと世界史なるモノの記述は不可能であるということに気付かされた。

    「聖書」というある意味ローカルの歴史を連ねた書物に始まるキリスト教的時間の流れが、大航海時代・科学革命を経てこれまでの「世界」がより広範囲に広がりをみせたとき、普遍史と呼ばれたキリスト教的時間の流れがいかに世界万物の時間の流れに科学的に置き換わられていったかを時系列に解説してくれるそんな本である。

    いやいや興味深いものでありました。

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