諦める力~勝てないのは努力が足りないからじゃない [Kindle]

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著者 : 為末大
  • プレジデント社 (2013年5月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (240ページ)

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諦める力~勝てないのは努力が足りないからじゃないの感想・レビュー・書評

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  • 諦めるの語源は「明らかにする」という意味で、前向きな意味を含んでいる。世の中のほとんどのことはトレードオフだ。何かを選ぶということは何かを諦めるということだ。むしろ、諦めた数だけ成長すると言ってもいい、と為末さんは言う。人に左右されない自分独自の価値観に気づき、諦めるという選択を前向きにとらえることで世の中をサバイブしていこうというのが本書の趣旨である。
    やりたいことがいっぱいで追い込まれている人にはおすすめです。いいガス抜きになる。

  • Kindleにて読了。
    一気読み。


    ・方向転換する理由について。
    「飽きたから」で方向転換する人の話は面白かった。この人は自分に似てる。法学の道を辞めた理由は,かっこいい細々としたものはたくさんあるけれど,やっぱり最も大きなものは「飽きた」のと「一番にはなれない」と思ったのと,「もっと面白そうなのがあった」からだと思う。当時を振り返って興味深いのは,サンクコストについては考えていなかったこと。それよりも一番になれないことについて3年もやれば悟って,その道を継続する方が辛かったように思える。

    ・考え方について。
    好きな一節は,「自分に向いている仕事を作れないか?」「自分が一番になれるスポーツを作れないか?」という発想。一番という序列を持ち出すとちょっと自分の考え方とは違うのだけど,自分が最も輝くようなものを新たに作り出すことはよくやっていたように思える。ルール作りとか。
    でもそれ以上に,一番みんなが面白がれそうなもの,を作るのが好きだったかな。あんまり自分の得意不得意に基づいてみんなを誘導したりはしてなかったかも。そこはちょっと違うか。

  • ほぼ同意同感
    あー仕事諦めようかなぁ〜(違)

  • 「辛くても続けなきゃ」「途中で投げ出すなんてよくない」

    こういった固定観念の呪縛から解き放たれた感覚がした。読みながら、何度も「うんうん」ってなった。でも日常に戻ると、また本を読む前の自分に戻っちゃう気がするから怖い。何度も読んで、どんな自分の選択も肯定してあげられるようになりたい。

  • なんかいまいち、、、
    途中であきらめました

  • 3度のオリンピック出場者であるアスリートの為末さんが、自分の経験から書かれています。
    諦めると言ってもネガティブではなく、ポジティブに諦める。
    人生の選択をアスリート人生から、とてもうまく教えてくれます。
    無我夢中に努力している人、挫折、夢破れた人、客観的な気持ちにさせてくれるお勧めの本です。

  • 恐らくここ数年間に読んだ本の中で最も多くハイライトの線を引いた本。為末さんとはこれほどまでに成熟し達観した人だったのかと改めてその思慮深さに驚きました。金言が多すぎてお腹いっぱいになります。

    ■メモ
    ・諦めるとは、真理や道理を明らかにしてよく見極めるという意味
    ・憧れ、夢想する相手がいるとき、出発点の違いをわかっておくこと。相手が自分の延長線上にいる人かどうかを見極めることが重要
    ・さしたる努力をすることなく勝ってしまうフィールドを探すほうが間違いなく勝率は上がる
    ・論理的に突っ込んでいくと、成功と努力の相関関係はどんどん曖昧になる。やればできる↔できない人はやっていない?
    ・願望と希望を錯覚するとやめどきを見失いがち
    ・自分ができる範囲について体感値が無いと危うい
    ・自分の走っている人生の横には別の人生がある
    ・メダルをとることと山に登ることになんの違いがあるのか。人生は暇つぶしだと思えば
    ・選択が正しいかどうかはわからない。納得感をもって終えるしか無い。
    ・決断を引き伸ばすことは心地よい、周囲との関係性を断ち切れないことと同じ
    ・自分のレベルを上げるならトップレベルに触れること
    ・人生の目的は絞りにくい、戦略と同じ、何を勝利条件とするかによる
    ・どこで勝つかより何が勝ちかをはっきりさせておくことが勝利につながる
    ・人生とはトレードオフの積み重ね、ジレンマを解消するためには優先順位を決めるしか無い
    ・時間の限界をきちんと見て、計算高く、言い換えると限りある人生を納得行くように生きること

  • 自分が勝てる場所で、勝てば良い。やってみて、ここでは自分は勝てないと判断してやめることは逃げではない。誰からも認められたい、失望されたくない、そういう思いが「諦める」ことを邪魔する。今の仕事が向いていない。この場所では勝てない。そう思うのは逃げではないのか・・・。向いていないと思いながら、耐えてこのままいくのか、「諦め」て別の場所(本当にやりたいこと)を選ぶのかは自分次第。人生は一度きり。思い切って生きれば良い。

  • シドニー(二〇〇〇年)金5銀8銅5メダル総数18(一四位)アテネ(二〇〇四年)金16銀9銅12メダル総数37(六位)北京(二〇〇八年)金9銀6銅10メダル総数25(一一位)ロンドン(二〇一二年)金7銀14銅17メダル総数38(六位)

    金メダルと銀メダルの間には「ここ一番での強さ」や「持っているか持っていないか」といった決定力の差といった運もある。しかし、表彰台に上がる選手の実力は、多くの場合互角である。今回の銀メダル、銅メダルの多さの背景には、やはり何かしら日本特有の事情があったように思える

    日本柔道チームは、男女合わせて一四階級のうち半数の七階級でメダルを取った。内訳は金メダルが一個、銀メダルが三個、銅メダルが三個だ。日本国民がオリンピックで柔道にメダルを期待するのは今に始まったことではないが、ロンドンオリンピック柔道チームに対する評価は「七個メダルを取った」というものではなく「七階級でメダルを取れなかった」ということになっている。しかも、金はたった一つだ。あらためて外から見ると、こういう評価をされることがかなりつらそうに見えた。

    「勝てなくて申し訳ないと思っています」僕はこの言い方に強い違和感を覚える。金メダルを取るために毎日身を削るような努力を重ねてきた選手は、力を出しきれなかったとしても誰からも責められるいわれはない。海外の選手のインタビューではこうしたことはまずない。そういう意味で、日本の柔道選手のインタビューは際立った違いを見せていた。



    ものごとには因果があり、努力や苦労は報われると世間では言われるけれど、災害で犠牲になった人を前にして僕は因果なんて何もないと感じた。犠牲者とそうではない人の間には特に理由がない。何か理由があって犠牲になったわけではなく、ただそうだったとしか言えない。日々を一生懸命に生きた漁師の方が津波で亡くなった。そこに理由などない。ただ不条理があるだけだ。

    自分が自分であることに理由はなく、ものごとにも因果なんてなく、真面目な人に災害が降りかかり、何も考えず平穏無事に暮らしている人もいる。世の中は不条理で、それでも人は生きていくしかない。一方で、理屈ではどうしても理解できない、努力ではどうにもならないものがあるとわかるためには、一度徹底的に考え抜き、極限まで努力してみなければならない。そして、そこに至って初めて見えてくるものもある。



    「バカヤロー。おまえがなれるわけないだろ!」武さんは、お母さんのことを「ひどいことを言う母親だろ?」と言わず、「そういう優しい時代もあったんだよ」と言った。何にでもなれるという無限の可能性を前提にすると、その可能性をかたちにするのは本人(もしくは親)の努力次第といった話になってしまう。しかし「おまえはそんなものにはなれない」という前提であれば、たとえ本当に何者にもなれなくても、誰からも責められない。もしひとかどの人間になれたら、「立派だ、よくやったな」と褒められる。

    僕の母親は、僕が何か新しいことをやろうとすると、今でもよくこういう言い方をする。「広島の田舎から出ていって、東京のど真ん中でなんて大それたことを」この言葉は競技人生を送るうえでも、今でも、僕をすごく楽にしてくれる。期待値が低ければ低いほど、自由にチャレンジできる気がするからだ。僕は「何にでもなれる」「何でもできる」という考え方には息苦しさを覚える。本当は、何にでもなれる人なんていないはずだ。しかし、誰もが結果的には何者かになっている。それを「何にでもなれる」から出発すると、何かすごいものにならなくてはいけないような気になってしまう。すると、すでに「何者か」になれている自分を、きちんと認めてあげることができなくなる。


    アスリートにとって、応援は何よりありがたいものだ。勇気づけられ、励みにもなり、モチベーションが上がる要因の一つであることは間違いない。ただ、応援してくれる人が一人でもいるかぎり現役を続けたいという考え方をしていては、引退後のキャリアで苦労するのは目に見えている。それは、応援してくれる人の責任ではなく、自分の責任でしかない。

    「きみが成功する確率は万馬券並みだ。だから今の競技は諦めて、こっちに進んでみたらどうだろう。僕はきみがこっちに向いていると思うよ」その人の夢を叩きつぶすだけでなく、人の人生を左右するかもしれない重みを持つ言葉なので、言うのには勇気がいる。日本の場合は特に、指導者には「全人格的な教育者であるべき」という役割が期待されているので、そのなかで「きみはだめ」と言ってその若者の人生を壊してしまうリスクを避ける傾向がある。それでも僕は、だめなものはだめだと言ってくれる人間は必要だと思っている。

  • さすがベストセラー!
    共感する部分も、多く楽しく読めた

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