ザ・マスター [DVD]

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監督 : ポール・トーマス・アンダーソン 
出演 : ホアキン・フェニックス  フィリップ・シーモア・ホフマン  エイミー・アダムス  ローラ・ダーン 
  • 東宝 (2013年9月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4988104077400

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ザ・マスター [DVD]の感想・レビュー・書評

  • \*\ 男優二人の演技に陶酔 /*/





     ホアキン・フェニックスの“あの眼力”にいつも魅かれるものを感じての観賞でした。

     本作でもその期待を裏切ることのない彼の怪演は、先立って惜しくも逝去されたフィリップ・シーモア・ホフマンのこれまた力演と真っ向から勝負し、フレディ・クエルとランカスター・ドッドという男二人の
    深層心理のまさぐり合いが、「これでもか!」といった感じで火花を散らしていました。


     そこに花を添えている(??)のが女優:エイミー・アダムス。しかしながらこの彼女の役どころが一番の曲者といった趣きでして。。。
     
     その楚々とした面構えに相反し、“カルトの「コア」は彼女なり!!”というオーラを放って、ストーリー展開と共に次第に見せつけてくる、
    アダムスの堂々たる演技も本作を引き立たせていると思います。


     荒野をバイクで突っ走るシーンも象徴的でした。 
    自分で宣言(決定)した地点まで《脇目も振らず目標に向かって行(生)き抜くということ》


     そのサンプリングのようにし、ドッドとクエルがバイクのアクセルを噴かしていたのですが、ドッドはクエルを見て「速いなぁ」と感嘆の声をもらします。

     この時のクエルの中に、危なっかしくも愛おしく、どこか憎めず、不器用にしか女を愛せないこの男の基盤が、バイクの形を借りて疾走しているかのようで。


     2冊目の本が出版された時、ローラ・ダーン演じるヘレンがランカスターに対し、
    “想起”を“想像”としたことに、自らの疑念をぶつけると、彼が激昂するシーンも実に印象的でした。 


     クエルを真に癒やせる者はドリスだったのだろうな…と思わせつつ、〝アルコール依存症から這いあがれないクエルの足掻き(怒りでしか自己表現ができない弱さ)〟と孤独色〟の表現が秀逸です! 


     《プロセシング》という怪しげな自己啓発のようなセミナーを開く【カルト教団:ザ・コーズ】  
     
     ◆クエルの乗り込んだ運命の船は〝ノアの方舟〟それと も…??◆ 



     フェニックスが演じるクエル。
    芯はピュアで小心者なのだと感じさせるフェニックスの“背中の演技が絶妙”で見事です。


     フェニックスがグウィネス・パルトロウと共演した作品である『トゥー・ラバーズ』
    彼が演じたレナードという役柄と、本作でのフレディという役とが私の中で見事なまでに交錯し、
    更にはホアキン・ファニックスと故・フィリップ・シーモア・ホフマンの両男優の演技に、陶酔、陶酔の138分でした。
     


    *追記*  
     ここに慎んでフィリップ・シーモア・ホフマン氏の御冥福をお祈り申しあげます(合掌)

  • 生きていく上で宗教であれ何であれ、なにかを信じて生きるのも、何をも信じずに生きるのも、自分を信じられるかどうかで幸福感を得られるかどうかが決まってしまう、そんな気がした。

    フレディは一生孤独と無縁では生きられないだろう。ただそれは誰も同じこと。
    彼はマスターに愛された過去で新たにまた誰かを愛することができ、生きていけるのではないだろうか。
    同じ土壌では生きていけなくても孤独ではない。
    この出会いに彼は救われたのだろうと思う。

  • さすがのP・T・A。
    大変魅力のある映画でした。

    今回のザ・マスター。
    今までの作品からまた一歩先へ進んだ感のある内容。
    漫然とストーリーに身をゆだねていいというものでなし
    暗喩・比喩に溢れた哲学的でアーティスティックなものともいえない。
    見る姿勢を決めにくいゆえの難解さに
    賛否の分かれるところがあるかもしれないなぁ。

    社会のルールにどうしてもそぐう生き方の出来ないフレディ。
    真理を見つけたりとしながらも認められないことに
    苛立ちながら生きる新興宗教の教祖(マスター)は
    そんな彼を更生させることで自分のメソッドの真価を
    世に示したいと思っているかのよう。

    不可解なほどフレディに粘着するマスター。
    フレディが救いを求めていると言う感じではなく
    むしろマスターが彼に何かを求めている感じ。

    そしてフレディは逃げる・・・

    何かひとつの事を言いたいというものじゃない気がする。
    社会的、道徳的に生きることが難しいフレディ
    比喩、暗喩がポイントではなく、言いたい事は全て映像で表現してある。
    でも見えているものが言いたいことではなく
    そこに漂う空気が何かを語っているような映画…

    とてもうまく言えない。

    何度か出てくる海辺で女性をかたどった砂山に寄り添うシーン
    最初の方、中ほど、ラストシーン。
    何を言いたかったのだろう。
    きっと監督の伝えたい何かがここにあるとおもうのだが・・・

    ただ、ただ、大好きだなぁと。
    心酔する監督、ポール・トーマス・アンダーソン。
    と思うばかりです。
    私の中ではマグノリアは超えないけれど屈指の映画だと思います。

    絵の雰囲気、モチーフの選び方、役者、シーン構成、
    アングル、色合い・・・どれをとっても惚れ惚れするばかり。

    ホアキン・フェニックスのもう演技とは思えない
    フレディそのものという存在が怖くなる。
    PTA常連のフィリップ・シーモア・ホフマンのマスター。

    点数なんて付けられないのが本音です。

    字幕で見て、吹き替えで見た。
    空気感や雰囲気は断然字幕版ですが
    内容をしっかり理解するには吹替えでも見ないとと思った。
    字幕では理解し切れていないことがまざまざとわかる。
    吹替えでの鑑賞も補完の意味で必須。

    あぁ、感想長すぎ。


    追記。
    ニュースを聞いて絶句した。
    急逝されたフィリップ・シーモア・ホフマン氏。
    P・T・A作品に無くてはならない存在だった氏。
    残念で仕方が無い。

  • 制作年:2012年
    監 督:ポール・トーマス・アンダーソン
    主 演:ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムス、ローラ・ダーン
    時 間:138分
    音 声:英:ドルビーデジタル5.1ch、日:ドルビーデジタルステレオ


    第二次世界大戦末期。海軍勤務のフレディ・クエルは、ビーチで酒に溺れ憂さ晴らしをしていた。
    やがて日本の敗北宣言によって太平洋戦争は終結。
    だが戦時中に作り出した自前のカクテルにハマり、フレディはアルコール依存から抜け出せず、酒を片手にカリフォルニアを放浪しては滞留地で問題を起こす毎日だった。
    ある日、彼はたまたま目についた婚礼パーティの準備をする船に密航、その船で結婚式を司る男と面会する。
    その男、“マスター”ことランカスター・ドッドは、フレディのことを咎めるどころか、密航を許し歓迎するという。
    フレディはこれまで出会ったことのないタイプのキャラクターに興味を持ち、下船後もマスターのそばを離れず、マスターもまた行き場のないフレディを無条件に受け入れ、彼らの絆は急速に深まっていく。
    マスターは“ザ・コーズ”という団体を率いて力をつけつつあった大物思想家だった。
    独自の哲学とメソッドによって、悩める人々の心を解放していくという治療を施していたのだ。
    1950年代。社会は戦後好景気に沸いていたが、その一方では心的外傷に苦しむ帰還兵や神秘的な導きが欲されていた時代であり、“ザ・コーズ”とマスターの支持者は急増していった。
    フレディにもカウンセリングが繰り返され、自制のきかなかった感情が少しずつコントロールできるようになっていく。
    マスターはフレディを後継者のように扱い、フレディもまたマスターを完全に信用していた。
    そんな中、マスターの活動を批判する者も現れるが、彼の右腕となったフレディは、暴力によって口を封じていく。
    マスターは暴力での解決を望まなかったものの、結果的にはフレディの働きによって教団は守られていた。
    だが酒癖が悪く暴力的なフレディの存在が“ザ・コーズ”に悪影響を与えると考えるマスターの妻ペギーは、マスターにフレディの追放を示唆。
    フレディにも断酒を迫るが、彼はそう簡単にはアルコール依存から抜けることができなかった。
    やがてフレディのカウンセリングやセッションもうまくいかなくなり、彼はそのたびに感情を爆発させ、周囲との均衡が保てなくなっていく…。

  • CS無料録画>2012年米。相変わらず感想を形容し難い、難解なPTA作品。。。いつもこの監督作は町山さんの解説なしには理解できないので大変(^^;)…。
    う~~~ん、町山さんの解説(予習,復習編)見てそういう事か、と何とか納得。一貫して(疑似含めて)親子(父子)愛を描いた葛藤の作品なんだという事で。
    それにしても主人公フレディ・クエル(ホアキン)の精神不安定さと言ったら…衝動的で浮遊,暴力人間で酷い。説明がなく次の展開にいっちゃったりするもんだから?が多くてキョトンと置いてかれる事がしばしば。。役者の演技で重厚さは十分伝わりました。

  • 時計仕掛けのオレンジよりも此方の方が良作。

  •  不思議なテンポの癒しの物語。 「何者にも支配されない」というのは、ひとつの究極の救済かもしれないが、真にそこに辿り着くことはとても難しい。 人は、多くのものに無自覚に支配されているから。

     とにかくホアキン・フェニックスとフィリップ・シーモア・ホフマンの演技が見応えがある。 その脇のエイミー・アダムスもいいスパイスになっている。 そして、コントラストの強い映像は常に美しく、派手ではないけれど静かに印象的な映像的見せ場も多い。 物語の内容云々よりも、俳優と映像の合わせ技による上質感がまずよかった。

  • 面白かったー!カルト的な体質を持つ組織への否定と、個人の感情の割り切れない部分を描いているところが好きだった。
    俳優の演技、映像、演出は全体的には抑えられているなかで、時折見せるセンス溢れる閃きがすごく刺激的だった。

  •  第二次大戦直後のアメリカ、新興宗教の教祖の男とその男に惹かれた青年を描く。

     教祖様がだんだん信じられなくなりましたなんて単純な話ではなくて、最初っから二人の間には複雑な感情が入り乱れている。その姿はまさしく親子。
     俳優の力にしびれる作品である。改めてフィリップ・シーモア・ホフマン はすごい。

  • 内容は明るい映画ではないけれど、この監督の作品はハズレがないから安心して見れますね。

  • 主演二人の演技が見事。

    カリスマに心を奪われた男の話。

  • ホアキンとホフマン上手過ぎ。
    町山さんによるとゼイウィルビーブラッドから製作方法が変わって、それまでの緻密に計算された脚本通りではなく、撮りたいシーンだけ撮って編集で無理やり繋ぐから分かりにくいスタイルに変えたようだ。前の方が好きだったな。

  • 前作There will be blood のような人間臭さ溢れる自分劇。宗教に絡めつつ人間がどこに向いて進んでいるかの苦悩がじわじわと伝ってくる。

    カメラアングル・カット割り・陰影の使い方、どれも秀逸だなと感じるくらいの素晴らしさでした。

    フィリップ・シーモア・ホフマンとホアキン・フェニックスの演技が半端なく素晴らしい。ホアキンの常に酔っぱらっている感じや猫背の姿勢にただただ驚かされました。

    こんな名優フィリップが亡くなったのはほんとに残念だ。。。

  • PTA監督はあまり好きではないんですが、この『ザ・マスター』も劇場で観るか迷って結局行きませんでした。というのは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』から、それまでとは明らかに作風が変わってその延長線上だろうなと思ってたからで、実際に観てもやっぱりそんな感じ。

    PTAで一番好きなのは当然『ブギーナイツ』、2位は普通に『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』。かつての作品は普通に面白かったんですけど、最近は大人になったような印象で、そこがあまり好きではない理由。個人的に、映画なんてものは何でも良い、何でもアリなんだけどまず「面白い」作品が好きなんです。

    『ザ・マスター』ですが、けっこう高評価の方が(ブクログ外で)多いけども、みんなこれ意味をわかって言ってるのかなあ?という感じ。そういうところが苦手なんです。この映画は特に面白い映画じゃないし、他人にお薦めできません。ただ、面白いシーンはいっぱいあります。
    これももうひとつ嫌いな評価なんですが、ストーリー・話のスジだけで面白いかどうかって映画の場合はできませんし。良い映画監督ほどセリフではなく映像で語る。そういう映画でも、心の中に入ってくる時はすっと入ってくる。でもこの映画はあんまり心の中に入ってくる映画ではありませんでした。だから好きではない。

    めちゃくちゃすごいのは、やっぱりホアキン・フェニックス。それと緊迫感がある長回しのシーン。
    フィリップ・シーモア・ホフマンの方は、これではあんまり良いと思わなかった。『ブギーナイツ』のホフマンがめちゃくちゃ好きで・・・そういえば、あれははっきりとゲイの役でしたね。
    もうひとつ好きなのは、エイミー・アダムスの使い方。エイミー・アダムス=ディズニーとか'50年代のアメリカって感じで気持ち悪さがあるんです。美しいんだけど、作り物の気持ち悪さ。

    ストーリーは、戦争後遺症のPTSD~アル中の男の話。これはPTSDだけじゃなくて原因はもっと根深いということがだんだんわかってきて、性的な問題もある、と。もうひとりはサイエントロジーがモデルの宗教指導者で、このふたりの話。サリンジャーなんかもPTSDだったけど、やはり禅に影響されてる。

    ホアキン・フェニックスは野獣みたいな男だけど、これとPSホフマンが父子のような友情のような恋愛のような、お互い惹かれあう・・・というのは一応語られる。

    性的な問題・・・日本語でどう言うかちょっとわからないけど、性的な強迫性障害。ここのところが重要なんじゃないかなあと思いました。特に、おなかがぽっこりした女性。PTSDの話かと思ったらEDの話なんじゃ?とも思ったんです。が、これもはっきりとはわかりません。
    僕はこれ、ハッピーエンドだと解釈しました。

    公式サイトの監督の言「人は何かマスターという存在なしに生きられるか?もしその方法があるなら教えて欲しい。我々誰もがこの世をマスターなしで彷徨えるとは思わないから。」だそうですが、まさにこのままの作品。たとえばモデルになったサイエントロジーは当然おかしい、除外してみる。そうすると欧米ではキリスト教が残るけど、それもマスターなんです。
    ホアキン・フェニックス・・・フェニックス家もカルトに入ってたんですけど、アリゾナのフェニックス(これは実際にサイエントロジーがそうですが)での話になるのが因縁めいてます。

  • とても色の美しい映画であった。色の明暗によるコントラストに加え、陰影の美しさが際立つカメラワークの美しさには心奪われた。1950年代…アメリカが心の闇に沈み込む前の優雅で裕福な時代。車もバイクもスーツもドレスもどれをとっても本当に素晴らしい。シルエットの美しさはこの時代が一番いいね。ホアキンフェニックスの目が声が…ホフマンの存在感が…本当に素晴らしくて思わず身震いしちゃいました。トラウマと欺瞞と虚実の物語。凄い映画でした。

  • うーん、薄っぺらい。あまり印象に残らず。

    作中の宗教の教祖のように多くの人をなんらか導くのもマスターだし、それを裏でコントロールするその奥さんもマスターだし、主人公みたいに破天荒で回り道をしても、宗教という大きな船に乗らず、自ら人生を主導していくのもマスター

    それぞれが違う生き方だからこそ惹かれ合い、それでいて、別れを告げなければならない。
    別れを告げた時がスタートで、充足を伴った自分の船旅が始まる。

  • カルトについて考えさせられた。マスターの家族や信者の言動に気味の悪い思いを感じつつも、その神秘主義を批判し、警察沙汰にしようとする側にも嫌な感じを抱いた。主人公は戦争のトラウマを抱えた、精神的に問題のある男で、カルトの鉄砲玉を自ら担う一方で、カルトのお荷物でもある。洗脳の怖さより、洗脳しきれない人間の心の深さが怖かった。

  • ガソリン等を調合してお酒をつくる

  • もう一回見ないとなぁ。

  • 鬼才ポール・トーマス・アンダーソン監督が新興宗教を題材に、カリスマ教祖と迷える復員兵の愛憎入り交じる関係性を俳優陣の重厚な演技で描き出した人間ドラマ。出演はホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムス。

  • 第二次大戦の帰還兵がPTSDになる話。なのかな。
    音楽が壮大すぎるのと、フィリップ・シーモア・ホフマンの歌がよくわかんない。

  • これまでのPTA作品に比べて少し地味…?と思いながら観てたけど、ラスト20分で一気に引っくり返されてしまった。PTSD持ちのぶっ壊れ青年フレディを演じるホアキン・フェニックス凄い。彼の表情は終始顔面左側のみで構成されていて、本音が顔に出ているはずなのにそう見えないという危うさが込められている。フィリップ・シーモア・ホフマンはもうその存在だけで胸にこみ上げてくるものがある。疑似家族的な関係に終止符を打った二人の最後はそこに真の友情が立ち現れたからこその必然だ。何かを克服したホアキンの笑顔が忘れられない。

  • ちょっと小難しくて、評価されてるほどのものを感じることができなかった。

  • 俳優の熱演は間違いないけど、きっと何回観ても理解できそうにない…
    フィリップ・シーモア・ホフマンの声、ホントにかっこいいな〜。歌声もよかったな〜。

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