若き数学者のアメリカ [Kindle]

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著者 : 藤原正彦
  • 新潮社 (1981年6月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (283ページ)

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若き数学者のアメリカの感想・レビュー・書評

  • 数学者である藤原正彦氏のアメリカ滞在記。

    彼の著書には若干の国粋主義を匂わせる文言が見受けられるが、それはアメリカの滞在がそうさせたのだとわかった。

    海外駐在をしたほとんどの人は日本の良さを改めて認識することを多い。
    文化というのは実際に体験してみて違いを真に理解することができるのだ。

    これが著者の初めてのエッセイということもあり、内容はそれほど良く練られているいるわけではないが、彼がアメリカで感じたこと、体験したことはその瑞々しい文章から十分に伝わってくる。

    アメリカと日本の大学生の比較は読んでいて面白かった。

  • 「国家の品格」の藤原正彦によるアメリカ紀行。
    アメリカ人とは「故郷を失った人々」「故郷を自らの意思で捨てた人々」だという、横の連帯はない。2百年前に別々り国にいた人間なので国民性がない。
    そして弱さを見せる事は悪徳なので自分の弱さを絶対に人に見せてはならない開拓民なのだと言う。(弱さを人に見せないと言う点は格闘家に似ているなと少し思った)
    アメリカに滞在する日本人で自分の日本性を除去することによりアメリカに溶け込もうとする者がかなりいるが傍から見ると滑稽である。アメリカに融和するには日本性を維持したままただ気持ちを開いて彼らに接するのが近道である。
    俺は思うに、自分のオリジン・ルーツというものを大事にしながら他国の文化にもある程度の理解を示すことが日本における国際人として重要なのではないか?藤原正彦の言うとおり他人に迷惑を掛けない限り、全て日本流でやれば良いと思う。

  • 数学者から見たアメリカという立場で描いた作品ではあるが、1人の日本人としてアメリカをどう見たかとも言える内容。
    研究員としてアメリカに渡り、助教授になるまでに起こった身の回りのエピソードを交えつつ、その日常や心情の変化が変遷していく家庭が非常におもしろい。
    最終章ではいきなり日本人論とアメリカ人論を述べており、話の飛躍感はあるが相違点、類似点などに言及するなどこれも興味深い内容。全体的には非常に読みやすく、人間臭いとこもありながら、人間の本質みたいなものに触れられた一冊だった。

  • 藤原さんの、毒舌と何とも言えない良い意味での性格が全面にわかるノンフィクション小説。
    ネットのない時代にアメリカで少しづつ情報を集めながら暮らしていく物語であり、現代のネット社会にはないコミュケーションのあり方が見て取れる。コミュケーションというものを考えさせられる。

  • 数学者である著者のミシガン大学研究員、コロラド大学助教授としての約3年間のアメリカ滞在に関するエッセイ。
    30年代で、初のアメリカ滞在中で抱いた国家としてのアメリカ、そしてアメリカ人への洞察を興味深く読み入った。
    共感する部分も多く、心の持ち様として参考になる部分もあった。

    アメリカ人について「国民性のないところが国民性」、としている。詰まり、アメリカは異なった文化、背景を持った人々の集合体であり、その個性は収束せず、平均的に捉えることができない。総括的なアメリカ人論は存在し得ない、とする。
    それ故、日本人はアメリカ人になりきるのではなく、日本人のままでありさえすればよい、と結論付けている。これは、ある意味で納得感のある発想。
    以下引用、
    「多少、逆説的に聞こえるが、日本人のままでありさえすればよいのだ。周囲の目などは気にせず、日本人らしい顔をし、日本人としてごく自然に考え、行動すればそのままでアメリカ人的なのである。そして彼らに好感さえ持たれる」
    「とにかく、アメリカという集合体に、外部の何かが、自らの異質性を放棄することにより適合しようと試みると、絶対にうまくいかないのである。それはオーケストラに似ているかも知れない」
    「アメリカに融和するには、日本性を維持したまま、ただ気持ちを開いて彼らに接するのが近道である。気持ちを開くというのは易しいことではないが、それさえ出来れば既にアメリカ人と違いはない」

    また、アメリカの大学で助教授として学生に接していた著者の日本とアメリカとの教育の違いに関する考察も興味深い。(納得)
    以下引用、
    「アメリカの学校(高校まで)では、知識を詰め込むというよりも、「いかに他人と強調して仕事を進めるか」とか「いかに自分の意思を論理的に表明するか」とか「問題に当面した時、どう考え、どう対処して行くか」とか「議論において問題点をどう掘り出し展開するか」などといった基本的なことに教育の重点を置いているらしい」
    「平均的な日本人とアメリカ人を集め、知識に関する試験をしたらアメリカ人が劣等に見えるだろうし、話し合いになったら日本人はまるで太刀打ちできないだろう」
    「知識というものは、必要になれば学校で教わらなくとも自然に身についてくるものであるのに反し、論理的な思考方法とか表現方法は、若い時に身につけないと後になってはなかなかむずかしいということだ」

  • 著者のミシガン大学への研究員としての留学、その後のコロラド大学への助教授としての生活を通して、アメリカという国、アメリカ人とはどういうものなのかを様々な経験を通しながら分析していく。

    著者のアメリカの地に降り立った際のアメリカに対する敵対心・表面的なイメージは、やがて瓦解し、深い部分では日本人となんら変わりはない点に気づいていく。

    アメリカに対する分析を展開した後の、その地で日本人としてどう振る舞い、暮らしていくかという考え方を綴る章が、この本の全ての魅力を凝縮しているように感じた。

    アメリカに無理に溶け込み自分を消すのではなく、日本人としてのアイデンティティをあえて存分に主張し、心の深い部分での交流を重ねること。

    アメリカに住む自分にとって、共感を覚えるエピソードもたくさんあり、自分のことのように捉えながら読みすすめることができた。

    読み終えた時、現状にくすぶる自分の背中を少し押してくれたような、そんな感じがした。

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