「ものづくり」の科学史 世界を変えた《標準革命》 (講談社学術文庫) [Kindle]

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  • 現代では、ミリ規格のねじであれば、何も躊躇することなく必要なミリの大きさを買えばよい
    その標準化の歴史の始まりは、市場経済の中からよりも まずはコストを度外視した軍事技術の中から生み出された

    A0というサイズは、1,189X841mm、掛け合わせえちょうど1平方メートルになる
    もとはドイツから規格が展開

  • ものづくり(製造)における科学は,「標準化」によって図られたとするのが本書である.

    第一章から第三章にかけて,工廠におけるものづくりにおける標準化の第一歩にまつわる歴史が語られる.ここでは,大砲や銃を対象として「互換性」をキーワードとして,正確かつ効率的に製品を生産を可能とするための設計および製造手法(工作機械の導入)のできあがってゆく様に焦点を当てた.この互換性の舞台はイギリスにはじまり,アメリカに移り花開く.第四章では,基本的な機械要素であるネジの「規格化」,第五章では,フレデリック・ウィンスロウ・テイラーの手がけた科学的管理法に触れる.第六章および第七章では,ここまでの流れを受けて,標準化・規格化を広める活動を紹介した.このとき,広められた標準化は,ある科学的な根拠に基づいた「デジューレスタンダード」がほとんどであったが,経済的な理由に基づく「デファクトスタンダード」について,第八章では,キーボード配列を例にとりながら,その功罪を述べた.

    前半の互換性にまつわるエピソードで,興味深かったのは,初め,部品に互換性を持たせるというアイディアはイギリスの工廠に興ったものであるが,実際に根付いたのはアメリカ合衆国であったことだ.この理由としていくつかの見解が紹介されている.
    まず,イギリスでは,軍用の銃だけでなく狩猟用の個人嗜好に合うものが好まれており,こういったオーダーメイドの銃の製造にあたっては,長時間の修行期間を要する工程が重んじられ,職人の権限が強かった.さらには,クリミア戦争の終了により銃の大量需要がなくなり,次第にこれらの職人的工程が大半を占めるオーダーメイドの銃の需要が増したことで工作機械をフル活用する必要がなくなってしまったという歴史的な要因もあったという.
    また,アメリカの労働力不足が工作機械の導入を促進せざるを得なかったという労働市場における理由もあった.先述したように,イギリスの階級社会における既得権益者である職人は,機械の導入を好まなかった.これは,ヨーロッパで見られたラッダイド運動とも関連が深いが,アメリカではこういった動きは起きなかった.
    このような見解は「古典的」とされながらも,現代にも通じると思われる(ラッダイド運動について調べていたら,ネオ・ラッダイド運動という「AIに仕事が奪われる」というような過剰な危機感を指す動きことばもあるらしいということを知った).

    以前に読んだ「基準値のからくり」によれば,日本で用いられている基準は他国に追従することが多いそうだ.本書でも日本における標準化や規格化のエピソードは登場していない.これは,互換性のある製品を効率よく製造することや輸出入の問題があることを考えれば仕方がないとは思うが,諸外国の基準に追従するばかりではなく,率先して科学的根拠に基づいた基準を示してゆくことは,国際貢献のひとつであると考える.デファクトスタンダードではなく,デジューレスタンダードとなるような「基準」を対象とできるような息の長い研究のやり方ができることを私は望む.

    (参考)基準値のからくり 安全はこうして数字になった (ブルーバックス) 村上道夫 https://www.amazon.co.jp/dp/B00M98XGDO/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_pFcOCbGA18SFE

  •  近代製造業における標準化の発展と、それに伴う管理手法の発達を標準革命として紹介している。
     標準化という試み自体は、本書で扱う範囲よりもずっと古くから存在するが、著者は本書で紹介している標準化をそれとは分けて標準「革命」と呼んでいる。
     この標準「革命」とは、18世紀にフランス人技術者が提唱した、完成品としての大砲だけでなく、大砲を構成する部品の品質まで標準化し、互換性を持たせるという発想に始まるイノベーション。
     これが独立まもないアメリカで受け入れられ、大砲の整備や製造の効率を上げただけでなく、業務の科学的管理の普及、雇用形態の変化といった変化をもたらしたとしている。
     標準「革命」よりも前の完成品の精度のみが問われた時代、部品は精度に大きなばらつきが許容されていて、組み立てに際しては職人が部品同士をヤスリなどで調整して製品を完成させるような作り方が許容されてた。このような個人の技量と工夫に頼る工場では、同じ製品を作る時でも工数は一定ではないから、ホワイトカラーの管理、介入は限定的にならざるを得ない。
     部品を標準化するとなると、組み立て作業はむしろ職人技が工場から排除され、それは人事、労務から生産工程まで、製造業をとりまく科学的な管理に置き換えられていく。
     ホワイトカラーが定めたルールに従い、決められた時間に出勤して、退勤まで仕事に没頭するという働き方は、アメリカ人にとってありえなかったらしく、労働条件を変更した工場長が退職した労働者に殺される事件まで起きる。

     こういったアメリカの大砲製造におけるイノベーションを起点に、テイラーの科学的管理法やフォードの流れ作業、さらには工場を離れた標準化の取り決めや、標準化規格策定の主導権が民間の競争によって定まるデファクトスタンダード方式の勃興とその影響についても触れている。
     標準化の紹介とはいえ、データだけでなく、ネジの形など、パッと見てわかりやすいものが図版入りで取り上げられているので腹落ちしやすかった。
     また、オフィスワークやキッチン労働の科学的管理(テイラーシステム)導入も写真入りで簡単に紹介されていたが、事務労働者や家事の最適化、作業工数の定量的評価は、今日に至っても実現できていない。
     定量的に評価できる範囲がライン作業よりも狭いとはいえ、もっと効率的な動きを追及されても良いのではないかと思った。

  • 製造現場で設計図が使われだしたのは19世紀になってからで、それまでは手作りのオーダーメイドだった。標準化が採用されたのはマスケット銃の製造でこれは大量生産というより修理のしやすさに注目されたからだった。引き金を引くと鶏の頭の様な火打ち石(だから撃鉄の英語がcockなんだ)がバネで重心に叩きつけられ着火する。アメリカ大統領になったジェファーソンがフランスのこの製造法に注目し、武器工廠に導入を始めた。この工廠の技術者がコルト、S&W、ウインチェスターなどの銃器メーカーやリンカーンや航空機エンジンのP&Wなどが生まれて行った。1851年に開かれた第一回のロンドン万博ではコルトの拳銃が出展され好評を得た。専用工作機械により均一部品を作る方法はアメリカン・システムと呼ばれヨーロッパに逆輸入されたのだ。フランスでは高コストが原因で廃れていたのだがこれは規模の効果が得られなかったからのように見える。

    標準化のために必要とされたのがゲージだ。同じサイズの大砲と砲弾を作るためわずかに直径の違う筒が作られ砲弾を転がす。大きい方から入るが出口でつっかえれば適正サイズだ。また砲身を削るため水力を利用した工具が生まれた。鉄製だと硬くて削れないが青銅の場合は中心に柔らかいスズが溜まるためそこを削り取ることで結果として均質で頑丈な砲身を作ることができた。標準化は大量の武器を準備し戦場で交換修理をしやすくするために生まれたと言っていい。

    プレス機の原型もこの頃生まれている。自転車のホイールの製造に落とし鍛造という技術が採用された、熱い鉄の塊にハンマーを振り下ろし形を整えて整形するのだが食肉解体業をヒントにした流れ作業とともにフォードの自動車製造にプレス技術として受け継がれて行くことになる。

    1999年末ニューヨーク・タイムズはこの1000年間に生まれた最も役に立つ技術としてネジを選んだ。標準化の好例だがネジ山の角度は55°に決められた。これは当時流通していたネジ山の平均値で理論的な整合性は特にない。後にアメリカのセラーズ規格が国際標準規格と採用されるのだがこのネジ山の角度は60°で簡単に測定できる(円周の1/6)。一方蒸気機関車のような振動が激しいところではよりピッチが細かいものが、蒸気配管のように錆びやすいものには外しやすいように緩いピッチの物も残った。

    ネジの規格を定めたセラーズの元にやってきたのが科学的管理法の生みの親フレデリック・テイラーだ。テイラーは旋盤の切削加工に影響を与える12のパラメーターを上げそれぞれを数値化していった。またレンガ積み作業ではギルブレイス夫妻が作業の標準化を進めて行った。

    1884年には材料試験方法の国際標準化が始まっているがこの会議結果は拘束力を持たず情報交換を主としている。理由は新たな材料や試験法の発展を見込み規格が時代遅れになることを見越してのものだった。これがISOの元になっている。

    アメリカのフーヴァー大統領が商務長官時代に進めたのが「作業’単純化'部」でこの時決められた重要な物がある。紙のサイズだ。AB版は折りたたんだ時に縦横比が変わらない。グローバル化を決定的に進めたのが箱の標準化、コンテナだった。詳しくはマーク・レビンソンのコンテナ物語「The Box」に書かれている。成毛眞氏やビル・ゲイツも推薦の一冊だ。

    紙やコンテナそれと交流電源などは合理的な理由が標準になったが、今では不合理な物がデフェクト・スタンダードになったものもある。今この文章を書いているQWERTYキーボードでこれはタイプ速度を遅くするために発明された配列だ。より合理的な配列はすでに発明されているがQWERTYに慣れた人を新しい配列になれさせるための訓練期間が参入障壁になってしまっている。

    電流の話などは今後スマートグリッドと風力や太陽光などの小規模送電システムが出来上がると今度は直流が見直されるだろうし、新しい技術に合わせて標準も変わって行く。

著者プロフィール

東京大学大学院総合文化研究科教授。科学史家。

「2010年 『〈科学の発想〉をたずねて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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