道 [DVD]

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監督 : フェデリコ・フェリーニ 
出演 : ジュリエッタ・マシーナ  アンソニー・クイン  リチャード・ベイスハート 
  • 紀伊國屋書店 (2014年3月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4523215101912

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道 [DVD]の感想・レビュー・書評

  • 1954年イタリア映画。監督および共同脚本はフェデリコ・フェリーニ。
    主演は旅芸人ザンパノ役のアンソニー・クインと、彼の巡業に連れ添うことになったジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナ。ジュリエッタ・マシーナは実際のフェデリコ・フェリーニ監督の妻であり、本作はフェリーニ監督の出世作でもあります。他に、ザンパノと対決する芸人役にリチャード・ベイスハート。そして音楽担当は、ニーノ・ロータ。

    この映画はたぶん20年以上前に一度観たことがあり、今回再見になります。ところどころ以外、ほぼ記憶なしでした・・・。(>_<)

    少し頭の弱いジェルソミーナは家族の口減らしのために、旅芸人のザンパノに売られてしまう。ぼろぼろのオート三輪に乗って2人の旅巡業は続く。必死に芸を憶えようとするジェルソミーナに対し、ザンパノは酒に女にと余念がなく振る舞いも粗暴だ。ザンパノの傍若無人ぶりに嫌気がさしたジェルソミーナにはある考えが・・・。

    印象深いニーノ・ロータのメロディにのって、哀しくも細やかに揺れ動く2人の関係性がとてもよく表現された作品です。
    粗暴で大男のザンパノと、少し頭は弱いけれど心根の優しいジェルソミーナの組み合わせがいいんですよね。ジェルソミーナのことを都合の良い女にしかみないザンパノに、どこまでも尽くし自分の方を向いてもらおうとするジェルソミーナ。しかし、最後に面倒くさくなったザンパノは・・・。こんな一途で葛藤するジェルソミーナに、哀しみを感じない人はいないでしょう。さすがフェリーニ監督の出世作だけあって、ジェルソミーナ演じたジュリエッタ・マシーナは、愚かで哀しみのある女性をそのものさながらに演じ切ったといえます。
    それにしても鎖を胸で断ち切る大道芸なんてそんなに面白いのか?(笑)しかしながら、これを何度も何度も見せつけられると何だか逆に面白くなってきて・・・。(笑)こんな大道芸に全てを賭けているところにも2人の生き方の哀愁が感じられます。
    ところで、「道」とはどういう意味なのか。直接的には、巡業につぐ巡業を繰り返す、道すがらの彼らの出来事を象徴として指しているのかもしれない。そして、人が人として生きる道のことを表現しているともいえます。あるいは、ラストのザンパノの様子から、人はいつか人としての道に気付くという道程のことを示していたのかもしれないですね。
    最後に道の彼方にそっと消えてしまい、後に道の傍らで消息を聞くことになるジェルソミーナの演出は心憎いばかりです。
    全編にわたり真面目過ぎるところが少し難点だったかも・・・。(笑)これはきっと監督の性格ですね。

  • フェリーニの映画は先に『カビリアの夜』を観たけれど、これも同じくジュリエッタ・マシーナ主演。知的に問題のある、純粋だけれどそれゆえに少しめんどくさいタイプの女性ジェルソミーナと、芸人で人間的にクズな男性ザンパノ。ジェルソミーナは嫉妬というものがよく分からず、ただザンパノには自分しかいないと寄り添っているのだけれど、ザンパノにとっては芸ができないならばただの厄介者。結局、失って初めて彼女の大切さを知る。どちらもただただ哀れ。そして綱渡り芸人もそこまで悪い男ではなく、ザンパノへの過剰なちょっかいもある種の愛情表現だったのかなとこちらもまた哀れだ。
    ジェルソミーナの姉が死んだ時はたぶん何も思わなかっただろう人格的に欠落のあるザンパノと、愛情がなかったわけではないだろうけれど貧困と他の子とは性質が違うために母親から疎まれ気味だったジェルソミーナ。お互い心を埋められるのはこの人しかいないという状況だったのに悲劇にしかならなかった。

  • マチズモ!っていきり立って終わらせることができない。
    .........なんでなんだろうね、みたいな。本当になんでなんだろう。

  • すべてにひきこまれる

  •  先ごろ引退した高橋大輔がバンクーバー・オリンピックの際に使用した楽曲の元ネタの映画。彼の演技を見て、気になって観てみた。

     うーん、個人的には微妙かな。悪くはないのだが、どうしても今と状況が違いすぎていて、感情移入できない。果たしてそれが「状況が違いすぎる」ことが原因なのかどうかも分からんのだが。

     ジェルソミーナもザンパノも、合理的な行動をしているようには見えない。それは別にいいのだ。人間、合理的な行動ばかり取れるわけではないので。だけど、それにしても動きが微妙な感じで、なぜそうなる?が抜け切らないのは事実だ。

    あ、あと、「あの程度の芸で金取れるとか、おかしいんじゃね?」というのが一番強いかも。ホンマにあの芸に金払う人間とかいるの?という感じ。それが一番の違和感だったかも。

     ジェルソミーナはあれくらいの女優のほうがピッタリとマッチしていると思う。ザンパノのアンソニー・クインも良かった。役者はなかなか良いんだけどね。

  • 1954(昭和29年)。イタリア。フェデリコ・フェリーニが34歳の時の作品。彼はこの映画で初めて日本に紹介された。黒澤明の、『7人の侍』と同じ年。

    ゴッド・ファーザーのテーマも手がけた、ニーノ・ロータによる「ジェルソミーナのテーマ」が美しい。

    『フェリーニ 映画と人生』
    『フェリーニ』 ジョン・バクスター
    『フェリーニ 映画を語る』
    『フェリーニ』 ジルベール・サラシャ
    『フェリーニ・オン・フェリーニ』 コンタンティーニ

    『神の道化師 フランチェスコ』 映画 フェリーニが脚本で参加。

     この映画に時代は無い。人間を描いているからだ。最も基本的で、最も人間的な行いが、この映画のテーマだからだ。自分と違う人に人生について考えること。それが人間をいかに輝かせるか。それが欠けた人生が、人間に何をもたらすのか。

     この世の全ては繋がっている。この世に、何か無価値なものがあるとするなら、この世の全てが無価値だ。全てに宿る価値は、神の手によってではなく、人間自身の行いによってこの世に現れるのを待っている。

     路傍の石が持つ、存在する意味を体現すること。これがイル・マットと出会って以降、ジェルソミーナの生きる目的となった。生きる目的を持ったことで、自覚的に生きられるようになったのだ。それは彼女を救ったイル・マットの存在を感じ、愛し続けることでもあった。でもその愛も、無関心が引き起こす暴力によって奪われた。人を殴ったら、それはどんな風なのか、その痛み、熱さ、悲しみを想像できないのは、無関心なのと一緒だ。

     4~5年後のザンパノは、ジェルソミーナを想って泣き伏したのではない。自分が人を愛してこなかったことに泣いたのだ。自分自身の間違った人生への哀れみの涙だ。犬としてではなく、人間として生きるチャンスを、イル・マットとジェルソミーナは与えてくれた。だが当時のザンパノは、そのチャンスが与えられたことに気づきもせず、恩人たちを死に追いやった。そしてようやく気づいた時には、とても生き方を変える力は残っていないと感じている。遅すぎる悔恨の涙だ。しかもその涙さえ、誰のためでもない、自分のための涙だ。

     ところで、ジェルソミーナは知的障害ではないと思う。知的障害なのは、ジェルソミーナとローザと、彼女たちの4人の妹たちの母親だろう。一緒にいた女性が、どのように死んだのか、どこに葬られたのかを満足に説明できないような男に、また娘を売り渡す母親は正気ではないか、知能に問題があるかのどっちかだ。もし、あの場に父親がいたら、ジェルソミーナを売り渡すことを許しただろうか。

     イル・マットが彼女を認め、話をするまで、ジェルソミーナは誰にも見つけてもらえなかった。まるで人の姿をした家畜のように扱われていた。だから誰にもなれずに、常に強い不安を感じていた。不安は思考力は判断力を低下させる作用がある。ジェルソミーナの村は、教育機関が整っているようにも見えない。世間知らずな娘が、頼りにすべきでない人を頼りにするしかない状況で、世間に出ることになったら、どんな娘でもジェルソミーナの様に振る舞いそうじゃないか?

     これら全ての要素が絡み合って、教育を受けるチャンスに恵まれた現代のわたしたちには、ジェルソミーナが白痴に見えるというだけで、彼女自身は、極度の不安と無力感を抱える、普通の知能をもった女性だったのではないか。

     ザンパノは、「親父の家で生まれた」と言っていたが、もしかしたら、父親のない子だったのかもしれない。

     この映画は、発表した時カトリックに支持されたそうだ。確かにキリスト教に充分な敬意を払っている。でも、イル・マットの語るアニミズム的な愛や、修道女に、「土地への愛情は神への愛に勝る」と語らせているところを見る... 続きを読む

  • DVDにて視聴。

    ずっと前から観ようと思っていたので、今回やっと視聴しました。
    かなり難しい内容で、所見では完全には理解出来ないのだと実感しました・・・。(そういった理由で☆3です・・・;)
    ザンパノの心理もジェルソミーナの心理もなかなか理解する事が出来ず、解説を読んで、やっと「そういうことなのか」と少しだけ理解する事が出来ました。
    只々ジェルソミーナが不憫で可哀想と感じるのと同時に、彼女が狼狽している時とザンパノに強く言う時の雰囲気が全然違っていて、そこにえも言われぬ恐怖感を感じました。綱渡り芸人も変わり者で、ジェルソミーナ同様恐怖心を抱かせるような人物でしたが、個人的には一番好きな登場人物でした。彼の「この世で役に立たないものは何ひとつ無い」という台詞がとても印象的でした。

    何度も観て、この作品の意味を理解したいなぁと思いました。

  • 1954年のイタリア映画。これ、故 淀川長治さんも絶賛していたとか。
    終始モノクロなのだけど、画質が綺麗。
    キリスト教がやたら出てくるこの映画。聖者の行進というよりも、仰々しい感じ。
    ところで、映画のタイトル「道」だけれど
    最後までキッチリ観れば分かる。
    軽度の知的障害を持ち、様々なことを疑わない女と
    欲が強く、自己中で自分本意な男の話。
    ザックリだけど。
    「私は何も役に立たない女よ」
    「石ころも、星も同じ。お前だって何かの役に立ってる」
    人それぞれ。
    泣きながら修道院を出るシーンとか、グッとくるものがある。
    自分がこれから進むべき道は何なのか…という感じでしょうか。
    1954年の映画とは思えない内容と演技力と音楽。
    近年の映画は見習って欲しいくらい。

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