華麗なるギャツビー [DVD]

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監督 : バズ・ラーマン 
出演 : レオナルド・ディカプリオ  トビー・マグワイア  キャリー・マリガン  ジョエル・エドガートン  アイラ・フィッシャー 
  • ワーナー・ホーム・ビデオ (2014年5月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4548967075632

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華麗なるギャツビー [DVD]の感想・レビュー・書評

  • Blu-ray

    小説的なモノローグ説明がとても多いので、時代背景やレッドフォード版では暗喩されていた事実が簡明に分かる。その分演技はあっさりしていて、キラキラしたファンタジックな雰囲気に包まれている。

    引き立て役のはずのトビーマグワイアとベイカー役の女優が美しすぎやしないか…。レッドフォードは世界一白タキシードと白バラの似合う男だったけど、アラフォーのディカプリオに白バラ背負わせるのは無理があったのかランに変更されてるし…。と勝手に心配していたけどさすがレオ様、観ているうちに段々とプリンスの風格が笑

    ミアファローの名演技を見た後だと、どうしてもデイジー役の女の子が a beautiful little fool にしか思えなかった。

  • フィッツジェラルドの名作
    『華麗なるギャツビー』を
    レオナルド・ディカプリオ主演で
    リバイバル版です。
     
    20数年前にオリジナル版を観ていますが
    正直、オリジナルの方がおもしろかったです。
     
    ディカプリオ版はかなり
    現代風にアレンジされている感じ。
     
    アメリカン・ドリームの終焉を思わせた
    昔の作品は、どこか物悲しさが
    映画を名作たらしめていましたが
    今作は男女の悲喜劇に集約されています。

  • 原作を読んでいたので話の筋は知っていたが、それでもギャツビーの最期を観てなんとも言えない気持ちになった。
    逃避行したいと言われたときにそうしていれば…と思ったけれど、そんなギャツビーだったら恐らく何年も周到な用意をしてデイジーの前に現れるような人物にはならなかっただろう。

  • 原作は超有名な小説「グレート・ギャッツビー」フィッツジェラルド著です。。。。まだ積んでて読んでませんが(笑
    映画化は5作目らしい。男子の一途なピュアな女子への思い=ギャッツビーといわれるくらい有名(って、私の中でだけ?)

    1920年代のアメリカ、アメリカンドリームというのが体現できてた頃のアメリカ(住んだことないから知らないが)何をやったか知らないけど大金持ちになったギャッツビー(ディカプリオ)がが大好きなデイジー(キャリー・マリガン)を取り戻すために夜な夜な豪邸でド派手なパーティーをするってお話。

    ニック(トビー・マグワイア)の語りでお話は進みます。
    トビー・マグワイアはマイブラザーで狂気のお兄ちゃん役だった人。いいねぇ。

    なんせパーティーが狂瀾すぎて、、、そしてデイジーに感情移入ができずに(昔のお嬢様ってこんなのかね?)映画としてはぱっとしなかったけど、ま、これはこれでいいのかな?って感じ。
    昔、日本のソープドラマで超流行った「愛の嵐」を彷彿とさせる感じでした。
    まぁ、とにかく男子は女子より一途でピュアだってこと。

  • 一途なギャツビーがかわいそうだった。
    ニックはギャツビーの前から去る前に「君の周りはクズばかりだ、君だけが価値がある」と言うけれど、
    これはクズなのは、デイジーだけでなく、ニックもクズ(真実を言っていない)ってことだけど、デイジーのために一人純粋だったのは彼だけだった。


    以下あらすじ引用
    金融マンのニック(トビー・マグワイア)は、とある大富豪の物語を精神科医に話しはじめる。
    ニックは宮殿のような豪邸のそばで暮らしていた。その豪邸の持ち主こそジェイ・ギャツビー(レオナルド・ディカプリオ)だった。
    ニックの知り合いの富豪トム(ジョエル・エドガートン)の妻であるデイジー(キャリー・マリガン)は、ギャツビーのことを知っているようだったが・・・




    「ムーラン・ルージュ」のバズ・ラーマン監督最新作です。

    原作はF・スコット・フィッツジェラルド による同名の小説であり、長らく古典として親しまれていた作品です。
    今までに2度実写映画化もされている作品で、特に有名なのはロバート・レッドフォード主演の1974年の作品でしょう。






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    自分はこの映画も原作も未見だったので、新鮮な気持ちで本作を楽しむことができました。

    1974年版は原作とは異なる解釈で物語が綴られている箇所があり、今回の2013年版はそれよりもだいぶ原作に忠実になっているようです。
    参考↓
    華麗なるギャツビー(1974年) - Wikipedia(超ネタバレ注意)
    【ネタばれ】「勝者は鉄人Fコッポラ コッポラ版との比較」 ユーザーレビュー - Yahoo!映画(超ネタバレ注意)

    その作品群を全く知らない自分でもすんなりと飲み込めたので、本作は過去作品を知らなくても問題なく楽しめるでしょう。


    本作の舞台は1920年代のアメリカ・ニューヨークです。
    第一次世界大戦が終了したばかりの「ジャズ・エイジ(狂乱の時)」と呼ばれる時代で、とにかく世の中はバブル景気に湧いていました。

    監督自身が2008年に体験したリーマン・ショックが、1920年代の人々が体験したこととそっくりであることに気づいたからこそ、本作を現代に蘇らせることを決めたそうです。

    何せ、その「狂乱の時代」の先には1929年の大恐慌が待ち受けているのです。
    その華やかな生活はやがて終わりを迎え、退廃していく・・・本作がきらびやかなビジュアルに対し、もの悲しい雰囲気を感じられるのは、そのためでもあります。

    原作者が「グレート・ギャツビー」を執筆したのは1920年のことなので、原作者は大恐慌が起こることを知りません。
    しかし、この物語はやがて来る「悲劇」を想定して書かれたようにしか思えません。
    原作者は先見の明をもって、この物語を考えていたのではないでしょうか。

    セレブレティは毎日のように豪遊し、街中のモラルが低下しまくっていたときに、ギャツビーは多くの「謎」を携えて登場します。

    なぜギャツビーはこの時代に大富豪になったのか?なぜ自宅でパーティを行っているのか?彼の正体は?ヒロイン・デイジーとの関係は?
    当時のきらびやかな風情に圧倒されながら、そのミステリー要素や、ラブストーリーが楽しめることが本作の魅力と言っていいでしょう。


    役者も総じて魅力的で、言わずものがなのレオナルド・ディカプリオをはじめ、狂言回しとしてのトビー・マグワイア、「弱い」立場であるキャリー・マリガンも素晴らしかったです。

    ただ上映時間が2時間24分と大変長く、会話シーンばかりで物語の進展がない中盤はかなり退屈でした。
    きらびやかな装飾やパーティーのシーンも何度も流されるので、くどさを感じます。
    役者の演技も、この冗長さでは少し魅力を削いでしまうような気がします。

    ここは監督の個性だと割り切るしかないですが、ほかの監督が撮っていたらどんな作品だっただろう?と想像もしてしまいます。

    また本作には3Dで観たい!と思わせるシーンもたくさんあったのですが、会話シーンの比重が大きい作品なので、2Dでもよいでしょう。

    「金で幸せをつかもうとした男の悲劇」を描いた本作は、普遍的で、多くの人の共感を呼ぶことでしょう。
    本作が再びリメイクされることがあるのなら、それはまた世界中が不景気になったときなのかもしれません。

    以下、結末も含めてネタバレです 鑑賞後にご覧ください↓













    ~お茶会~

    唯一の「招待状」をもらったニックは、ギャツビーと親密になっていきます。
    そしてニックは、デイジーとギャツビーの間に何かしらの関係があること、そしてギャツビーがパーティーでデイジーを待っていたことを知ります。
    ニックは彼らのために、自宅で「お茶会」をすることを提案します。

    以下、ギャツビーが久しぶりに会うためにドギマギしちゃう描写の数々です。
    ・前の日には「芝を刈らないと」と言うけど、当日になったら「芝生なんて刈らないよ」と言う
    ・当日に花束を買い込んで運ばせる
    ・ケーキも金に物を言わせて運ばせる
    ・豪雨が降っているのにも関わらず「今日は4時に雨は止むはずだ!新聞に書いていたんだ」
    ・4時2分前なのに、「遅すぎる」と言って帰ろうとする
    ・いざデイジーが来た時も玄関に戻って逃げようとする
    ・せっかく出会ったのに緊張して何も話せない
    ・キョドってニックの時計を落として壊してしまう
    ・席を外そうとするニックを呼び止めようとする

    うん、カワイイ。ディカプリオ様がキョドる演技は完璧でした。

    その後ニックが戻っていた時には、物音に全く気付かずに話し込んでいたギャツビーとデイジーでしたが、対面した時には両者ともどこか険しい表情でした。

    喜んでいないキャリーマリガン<喜んでいない?

    全然喜んでいないディカプリオ<険しい表情

    なぜ彼らが心からの再会を喜べなかったのか・・・それには理由がありました。


    ~すべては彼女のために~

    ギャツビーは、はじめはニックに「両親とも大富豪」「オックスフォード大に行った」などと言っていましたが、それらは(ときには真実を織り込ませた)嘘でした。

    ギャツビーはとても貧しい農家の息子として生まれました。
    その後に富豪の命を助けたことをきっかけに、彼は上流階級の帰属の仲間入りを果たすことになります。

    デイジーとギャツビーは5年前に知り合いましたが、ギャツビーはオックスフォードに向かう戦争のために、彼女に会えなくなってしまいます。

    そしてギャツビーの帰還を待てずに、デイジーは大富豪のトムと結婚をしてしまっていたのです。
    デイジーは式の当日に、ギャツビーから送られた「帰れなかった理由」を読んで式を取りやめたいと言いますが、できませんでした。

    ギャツビーが選んだ道は、「彼女が結婚した大富豪よりもさらに金持ちになり、自分の家のパーティに招き入れること」だったのです。

    なんとも回りくどくて不器用な方法ですが、ギャツビーのように夢のために全てを捧げることは誰にでもできるものではありません。


    ~愛していないと言え~

    ギャツビーは「デイジーにトムを愛していないと言わせてみせる」と宣言していました。

    デイジーの夫・トムは浮気をしていました。
    トムの浮気相手のマートルは、夫とともに旅立とうとしていました。
    トムは浮気相手と、(ギャツビーと再会した)妻を同時に失おうとしていたのです。

    街のビルの蒸し暑い部屋に来たギャツビーとトムは、口論をはじめます。
    ギャツビーは「彼女は君のことを愛したことはない」と、
    トムは「愛してあっている!」「愛したことはないのか?山を降りたときに支えたときも、一度もか?」とデイジーに詰め寄ります。

    デイジーは涙ながらに応えます。
    「ジェイ(ギャツビー)は何もかも望みすぎよ」「彼(トム)のことも愛していたわ」と・・・

    トムは「お前の知らない夫婦の話もある」と言い、さらにギャツビーの金回りのことも口にします。
    ギャツビーはウルフシャイムというギャング(賭博師)に取り入って「サイドビジネス」をしていたのです。
    ギャツビーは友人となったニックにも、サイドビジネスの話を持ちかけようとしていました。

    トムは「ギャングの隠れ蓑だ」「血統が違うんだよ」とさらに罵倒をします。
    そんなトムの持ったグラスが、ギャツビーのグラスにぶつかったとき、ギャツビーはトムの胸ぐらをつかみました。
    殴ることはしなかったギャツビーでしたが、その時の形相はニックには「(噂をされていた)人殺し」に見えたそうです。
    ギャツビーはデイジーと話をしようとしていましたが、彼女の心は引いていきました。

    ギャツビーは自信を持って「トムを愛していないと言わせてみせる」と思っていましたが、それは彼の傲慢さを体現したものにほかならなかったのです。


    ~看板の意味~

    ギャツビーの車は、トムの浮気相手のマートルをひき殺してしまいます。
    そのとき、看板の「目」が事故の現場を見ていました。

    「目」が見ていた<不気味な目が見ている。

    これは引き払った眼科医院の広告です。
    広告というのは華やかなもので、目当ての相手にアピールをする存在です。
    ちょうどギャツビーの人生にも似た存在でしょう。

    序盤にニックが「自分自身を見ている」と言ったように、これはギャツビーが自分自身を見ていたという描写なのだと思います。
    参考→<佐藤秀の徒然幻視録:華麗なるギャツビー(2013)>


    ~人生の終わり~

    浮気相手の夫は、妻をひいた車の持ち主がギャツビーと聞かされて「マートルの間男もギャツビーだったのか」と口にします。
    当の『間男』であるトムは、彼を抱き寄せてそれを聞くしかありませんでした。

    さらに、マートルをひいたのはギャツビーではなく、デイジーでした。

    ニックは、トムとデイジーが「一緒に逃げよう」と話していたことを聞いていましたが、それをギャツビーに告げることはできませんでした。
    なぜなら、ギャツビーが「デイジーは朝には電話をくれるさ、デイジーと打ち合わせをして出て行くよ」と希望を持ったことを言ったからです。

    ニックはギャツビーの前から去る前に「君の周りはクズばかりだ、君だけが価値がある」と言います。
    ニックがこのときに思ったのは「言ってよかった、それが唯一の賛辞になる」ということでした。

    そして・・・執事が電話を受け取ったとき、ギャツビーはマートルの夫に拳銃で撃たれ、プールで死んでしまいます。
    電話をかけたのは、デイジーではなくニックでした。
    ギャツビーが苦心をして一緒になりたいと願ったデイジーは、あっさりと彼の目の前から去ってしまうのです。


    ~ギャツビーとデイジー~

    デイジーは弱く、そして自分に自信のない人間です。
    彼女が序盤に自分の娘のことを「女の子にはバカで美しくしていてほしい」と言ったのは、ギャツビーと一緒になれず、大富豪との生活をただ享受していた自身のことをも表しているのではないでしょうか。

    デイジーが「ギャツビーにシャツを放り投げられる」シーンで泣いたのは、もう彼との生活に戻れない、失った時間は戻ってこないと思っていたからなのではないでしょうか。

    ギャツビーは貧乏から抜け出そうとしていた少年時代に、自身のことを「想像の中の神の子」であると言っていました。
    ギャツビーは出会った頃のデイジーとキスをする前に「自由な『神の国』に戻れなくなる」と言っていました。
    「神の国」にいることを諦めるほどに、ギャツビーはデイジーのことが好きだったのです。

    しかしデイジーは、ギャツビーの葬式に花を手向けることもなく、出て行っていまします。
    自身が人を轢き殺したことを悪びれず、その罪の告白もしないままに・・・

    あれだけたくさんいたセレブ達も、彼の葬式には姿を現しません。
    大恐慌の時代を迎えてニューヨークの街は喧騒だらけになっていき、ギャツビーの豪邸はあっという間に「がらんどう」になってしまいます。

    あまりに、ギャッツビーが報われません。


    ~緑の光~

    ギャツビーは桟橋から、対岸に見える「緑の光」を見つめていました。
    それはデイジーの家があるところに見えるものです。

    緑の光が見える<緑に輝く光

    ニックは緑の光のことをこう言います。

    「彼は汚れのない夢を抱いていた、緑の光はギャツビーに驚きのことだったろう。
    長い道を進んでいた彼にとって、その夢は過去のものとは限らない。
    緑の光は、消えていく未来だ。
    明日にはもっと手を伸ばそう。
    そうすればいつかは手にれられる。
    押し戻されながらも・・・・」

    ニックがギャツビーの手記をまとめあげ、その「Gatsby」のタイトルに「The Great」と付け加えたところで、映画は幕を閉じます。

    ギャツビーは「過去はやり直せる」と言っていました。
    しかし実際のデイジーは以前の彼女とは違っていて、どうしても昔のような関係にはなれませんでした。

    過去の輝かしい思い出を追い求めているだけでは、できないこともあるでしょう。
    だからでこそ、ニックはギャツビーが見つめていた緑の光を「未来への希望」であると考えたのです。


    ~僕だけが知っている才能~

    終盤、ニックは桟橋で会ったギャツビーに「彼に希望を見出す才能を見た」と思います。
    ギャツビーはどんな状況にあっても、ただただ純粋に思い人と寄り添うという夢を成し遂げようとしていました。
    それこそが、ギャツビーという人間の魅力なのです。

    デイジーは、パーティーで出会ったギャツビーに「理想を実現したの?」「(君のためにやったと言われて)完璧よ、その想像力のおかげでね」と、彼の努力や本質を見ていない物言いをしてました。

    しかしニックは、唯一対面を気にすることなく彼の葬式に出て、そして唯一その魅力を知った人物なのです。
    哀れな人生を送っていたギャツビーに、ニックというかけがえのない親友がいたことが、本当に嬉しく思います

  • もう二度と "自由な神の心に戻れなくなることは彼にも分かっていた”

    そう、彼はもう引き返すことが出来なくなっていたのだろうな
    男は元に戻そうとさて
    女は先へ進もうとする
    必ず後悔する時が来ることは二人とも知っていてそれでもどうしようもない事もまた分かっている

    こんなストーリーを身近で見ているのは辛い
    辛すぎる
    辛すぎるよ

  • 毎夜毎夜豪遊する謎の富豪ギャツビーと
    その周りの人々の人間模様にまつわる物語。
    ディカプリオははまり役でした。
    あの人こういうのやらしたらほんと上手い。
    特に最後のプッチンしてからの取り繕うところとかは
    周りの俳優さんの演技もそうだけど
    言葉がなくても「あぁ…」ってなるくらいには悲痛でした。
    ギャツビーに感情移入させられたのか勝手にしていたのかはわからないけれど
    ギャツビーの中に入り込んでいたからこそのどんでん返しは辛かった。
    小説も読んでみたいけど英語で読まなおもしろくないんやろうなという気はしてる。
    良い文学作品には時折ふれると心が豊かになります。
    久しぶりに去年の久石譲のコンサートに行ったときのことを思い出した。
    フィッツジェラルドもギャツビーと同じような経験をしたのだろうか。。

  •  1922年のアメリカのニューヨークが舞台。
    大豪邸に暮らす謎の男ギャツビー。
    彼の豪邸では、毎晩パーティーが開かれていた。

     しかしなぜ、一人で大豪邸で暮らし、毎晩のようにパーティーを開くのか?
    そして、その財産をどのように手に入れたのか?
    それらの謎が、少しずつ明らかになっていく。

     時代に不釣り合いな音楽やCGに、違和感を感じました。
    映画は、ハッピーエンドではなく、もやもやした状態で終わる。

  • 一度枝分かれしてしまった人生を、
    もう一度共に、なんて
    うまくいくわけないんだよ、ギャッツビー

  • 主人公のニックをトビー・マグワイアが演じている。トビー・マグワイアの抑制の利いた主人公がかなりいいね。この手の抑制の利いた主人公は好みです。

  • 恐らく原作を今風にアレンジするとこうなるのだろうが…

    またレオナルド熊さんも、未だロバートさんの域には達してないような気がする。
    ※どちらかと言うと、ギャツビーはブラッドピットの方が適していると思う。

  • 原作みてません
    他の映画も見てません

    こんなにみんな美しくて、豪華なのに
    人間関係はどろどろしている
    そんな中ギャツビーは真っ直ぐに生きていて
    とても悲しい話でした

  • ストーリーは原作通りだったが、映像美が圧倒的。特に衣装が美しい。キャストも美しかった。

  • 謎の多い富豪ギャツビー邸の隣に引っ越して来たニック。 過去も仕事さえハッキリしない
    ミステリアスなギャツビーにレオナルド・ディカプリオはまり役!
    ミステリアスと名家の坊ちゃん風で,登場シーン
    の笑顔はこの人じゃなかったらクサく感じるのでは? 過去は変える事が出来ると信じ偽りの自分を作り上げたギャツビー。
    デイジーとの再会を機に理想が一気に現実に近づいた所から全てがおかしくなっていく。
    全てを捧げ愛したデイジーでさえ見送られる事なく亡くなったギャツビーの悲しい人生。

    原作同様に,ギャツビーの投げた高価なシャツに
    顔を埋め静かに泣くデイジーのシーンが印象的。

  • 狂騒の1920年代を現代風に描いた良作
    展開が止まらず、ジェイZやビヨンセのノリの良い音楽も手伝って、全く飽きずに最後まで見れ、エンタメとしてはこの上ない出来
    また、レオナルド・ディカプリオがこれ以上ないハマり役で、彼に焦点を絞った構成も論点が散漫になることを防いでいて素晴らしい。
    あえて欠点を言うなら、余韻が残らないことぐらいかな。

  • 字幕: 藤澤睦美

    原作をもう一度読もう。

  • 花火をバックにして、ギャツビーがニックに挨拶するシーンが最高。音楽も現代的で、パーティーシーンはとても華やか。時代を感じさせないにぎやかさが素敵。全体的に、純粋すぎてどこかズレているギャツビー像が、原作よりやや滑稽に描かれている印象。文章で読んでいた時は、あまり笑える要素はなかったと思ったのに、映画では笑えるシーン満載。チャーミングさが増した感じとでもいうか。原作を読んだ直後に見たので、原作との違いをより自覚して、また本を読み直したりして、理解が深まった。

  • ディカプリオかっこいい系の映画かと思ってたら全然違ってただのストーカーだった……笑笑
    登場人物総じて女々しい&クズだし名作言われるほど面白くはなかったなあパーティーシーンは楽しそうだったけど

  • んー、恋愛話でした…

  • 旧ギャツビーを以前見たので、話の内容はわかった上で見たわけですが、
    旧ギャツビーよりもモノローグやナレーションが付いている分、登場人物達の心理が分かりやすい。
    読み取るのも醍醐味かもしれないけれど、正直旧ギャツビーはデイジーの思考回路が読み取れなくていらいらしたので…。今作はデイジーの気持ちがよく分かるから、二人がすれ違ってしまう理由も明確ですね。
    それにしてもギャツビーの登場シーンは笑いどころでしかなかった。

  • ニックの前に初めて姿を現した時のギャツビーの微笑みが最高に魅力的。ディカプリオは鏡に向かってあの表情を研究したんだろうなぁ。うっかり惚れそうになった。

  • タイトルだけは知っているけど中身を何も知らなかったので、ようやく見ることができてホッとしてる。バズ・ラーマンと聞いて勝手にムーランルージュを連想したんだけど、バカバカしいほど華やかなシーンは確かに似ていた気がする。
    話の内容はというと、出てくる人間ほぼすべてが屑ぞろいで、誰にも感情移入できず、白けてしまった。デイジーは、いみじくも自嘲していた通り、「可愛いだけ」の何も自分で決められないどうしようもない女性だった。ある意味難しい役で、そういう意味ではキャリー・マリガンの透明感に救われたと思う。一番かわいそうなのは殺された愛人かな。

  • ええ?これレビュー書かなかったっけ?

    まあ、バズ・ラーマンですからね
    ムーラン・ルージュ好きとしては間違い無しですよね

    頭脳明晰、冷静沈着のように見えてもどこか憂いてて
    もの悲しさがある表情、素敵ですね
    原作読んで無いのですが、結末だとか同じなのかな?

    シーン、ところどころムーラン・ルージュを
    彷彿とさせるような華やかな演出、音楽でとても
    素敵でした、ほんと語彙が無くてきちんと書けずに
    それが悔しいw

  • 男はどこまでもロマンチストだけど、残念ながら女はどこまでもリアリスト。

  • HUMICでの請求記号「DVD15/0048/楽楽 : 最上級/(142分)」

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