ゴジラ(昭和29年度作品) [60周年記念版] [DVD]

  • 93人登録
  • 3.86評価
    • (17)
    • (12)
    • (16)
    • (4)
    • (0)
  • 29レビュー
監督 : 本多猪四郎 
出演 : 宝田明  河内桃子  平田昭彦 
  • 東宝 (2014年5月14日発売)
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4988104084415

ゴジラ(昭和29年度作品) [60周年記念版] [DVD]の感想・レビュー・書評

  •   原子マグロ―第五福竜丸、放射能雨 

    評価:4.5

    マルセル・プルースト の「失われた時を求めて('27)」では無いが(笑)・・・
    勿論 リアルタイム では無かったが映画館で観た記憶の中で一番古く「断片」の印象が残っている・・・
    立ち見の混雑の中観客の隙間から覗き観た事を「実写版・鉄腕アトム ('59年 3月 7日-'60年 5月28日)」の記憶が補完してくれている。ヾ(≧ε≦)ノ彡
    その頃、“雨に濡れると放射能で頭が禿げる”も何のその――裏返された メンコ の コバルト 爆弾 に雨が降っていた。​(​ ​´​_​ゝ​`​)​ゞ​
    小学校の引率で観た、核爆弾へのもう一体の抗議者『大怪獣ガメラ('65)』が立ち上がり・・・双璧と為ったっけ。
    当時「本作」を TV で観掛けた時「断片化(Fragment)」された記憶を「De-fragment(デフラグ)」処理し・・・

    ・・・
    ゴジラの咆哮とテーマ曲と共に失われた時(明神礁――第五海洋丸、原子マグロ――第五福竜丸、放射能雨)が甦り・・・

    孤高で ストイック な芹沢博士の“オキシジェン・デストロイヤー(水中の酸素を一瞬に破壊して生物を窒息させ溶かしてしまう)”に一縷の望みをかけ――
    芹沢博士のあまりにも献身的自己犠牲と門外不出最後の“オキシジェン・デストロイヤー”を前にゴジラは断末魔の叫びを上げ、只々白骨化するしか無かった!
    「もし水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類が、また世界のどこかへ現れてくるかもしれない」と山根博士は謂われたが――(現在の日本には「54体」のゴ​ジ​ラが・・・ ┐(´ー`)┌)
    この頃『怪獣島の決戦 ゴジラの息子('67)』観た後だっただけに・・・
    私の中では芹沢博士の遺志を汲んで「本作」で完結させ「力石 徹」より前に葬送したっけ。_ _)。oO
    ・・・

    その後、芹沢博士の遺志は『渚にて('59)』『猿の惑星('68)』拙レビュー『魚が出てきた日』
    週刊少年 ジャンプ の「はだしのゲン('73)」に引き継がれていったかしらん。φ(ー​。ー)y―~~
    中沢啓治 氏(-2012年12月19日)を偲んで...。
    ​(​N​o​.​10​0​)​

  • 『シン・ゴジラ』が話題なのをキッカケに観ることにしました。

    怖いですね。底知れぬ不安感と絶望感を煽られます。ストーリーや演出等、いろいろツッコミどころ、粗さ、あると思います。ただ、やはり1954年の『ゴジラ』こそは原点にして怪獣映画の全てがここに詰まっていると私は思います。

  • 多分、生まれた頃にはもうゴジラがスターだった世代の私が観たから行けなかったのだろう。

    本筋は原水爆への優れた批判なんだけど、リアルな銀座の風景を、有名なテーマ曲をバックに、ゴジラが破壊するシーンがカッコ良すぎて頭に入らないのだ。

    また、人間ドラマとしての出来は酷くて、芹沢博士カワイソス、ヒロインの女死ね、としかならない。

  • ゴジラファンであるにもかかわらず,おそらく唯一鑑賞していなかった本作を見る。人間の業をゴジラというかたちであらわすところに,シリーズとして60年以上もつづいたのだろうか。

  • ゴジラシリーズ記念すべき第1作目。
    都市を破壊し、人を襲う巨大怪獣に、人々が立ち向かっていく。
    現代の我々からするとリアリティが感じられない演出部分もあるが、50年以上も前にここまで映像にリアリティをもたせ、かつ迫力も出していることに、ただただ驚いた。

  • 怪獣映画としての面白みはないけれど、非常にメッセージ性の高い映画。
    人間ドラマとして観るのがいい。

  •  ゴリラ+クジラ=ゴジラ
     水爆の影響で棲家を追われた超古代生物の怒りが、日本本土を蹂躙する。日本を代表する怪獣映画のスーパーヒーロー、『ゴジラ』の第一作。
     幼い頃、映画館でゴジラの映画を見たことがあるが、あまり面白くなかった。第一作もその頃抱いた感想と根本的には大差のないものだと思う。
     致命的なのがストーリーだ。あまり面白くなかった。ひたすら怪獣が町を蹂躙するのが物語の肝なのだろうが、駆け引きのない戦いなのでつまらない。怪獣映画と言えば『ジョーズ』も有名だが、あちらは戦況の分かり易い人間VS鮫の駆け引きが繰り広げられていたので面白かった。鮫への対抗策が予め立てられており、樽のついた銛で攻撃し、敵の体力を奪うというものだ。最終的にはガスの爆発によってトドメを差したが、どちらが勝つか分からない全力の攻防がとても面白かった。『進撃の巨人』でも巨人にはうなじという弱点があり、立体起動装置によって駆逐可能であることが示されているので、攻防が面白い。だがゴジラに弱点らしい弱点はなく、攻防も敵が巨大過ぎるため、罠を張ったり化学兵器を使ったりと絵的に地味になる。ゴジラの絶対的な優位こそが「神の怒り」的魅力とテーマ性を持つのかも知れないが、面白いとは思えなかった。
     キャラクターに関しては色々な立場の人間が描かれていて面白かった。芹沢は特に眼帯に白衣と実に「秘密研究の科学者」的な姿をしていた。このタイプの走りなのかも知れない。
     ストーリーに関しては前述に加え、実に日本的だった。邦画なのだから当然なのだが、五十年以上昔から変わっていないな、と思うと良いことなのか悪いことなのか判断しかねる。国会での罵詈雑言の嵐や、命懸けで報道しようとする自己犠牲精神、少女聖歌隊を用意するなど、良くも悪くも日本に変化がないことを見せつけられる。
     世界観に関してはゴジラ出現の原因が人間側にあるのが良かった。後述のテーマに繋がっている。敗戦後あまり時間が経っていないせいか、アメリカ軍の介入はなく、当時編成されたばかりの自衛隊が活動している映画でもある。だがあんな化け物が出ておいてアメリカが何も言わないのは違和感があった。
     テーマは「化学兵器の是非」と「自然環境の脅威」だろう。水爆実験をゴジラを呼び起こした根源として否定し、オキシゲンデストロイヤーをゴジラを討つために使われた「善性の兵器」として表現している。これは戦後に作られた映画なので、「原爆批判」も含むのだろう。ゴジラのような人類の敵を討つために兵器は使うべきであり、戦争に使ってはならない。芹沢の死はオキシゲンデストロイヤーの封印と共に、兵器の善性の保護を意味している。だがゴジラの被害に遭ったのが日本国民に過ぎないことを考慮すると、オキシゲンデストロイヤーの善性には幾つも穴がある。日本国民を救うため、という大義名分は、アメリカが世界(アメリカ国民)を救うため核弾頭を落としたという主張と大差ない。また、海にオキシゲンデストロイヤーを使用したことで、近隣に影響は出ないのか、という問題もある。「正しい化学」を主張するには、あまりにも危険な兵器過ぎる。正しく使っても危険物は危険物に変わりないのだ。広島の原発事故も、「正しい化学」の延長線上に起きた事故である。
     自然環境の脅威については、ゴジラが水爆実験を原因に現れ、自然の怒りを体現するかのように暴れ回る様から推察できる。こちらに関してはゴジラがあまりにも無敵なので良く表現できている。だが無敵過ぎるせいで、結局化学兵器でしか太刀打ちできない点が、この映画の瑕瑾だ。「化学の失敗は化学でしか賄えない」という皮肉を題材にしているのであれば、良いテーマ性だが、兵器の善用を説いている以上、組み合わせが悪い。
     映像は当時は最先端だったのかも知れないが、今見ると酷過ぎる。現... 続きを読む

  • 芹沢博士ってのはいろいろなマッドサイエンティストのもとになってるんですかねえ。しかし志村喬も何でも出てるなあ。

  • ようやく観ました、オリジナル版。
    1954年という早い時期に、これだけクオリティの高いエンターテイメントSFがつくられていたことにまず驚嘆します。もっとオモチャっぽい特撮を想像していたけど、今見ても迫力満点。現実そっくりの街並みが破壊されていく映像、当時の人は怖かっただろうなあ。
    と、純粋なエンターテイメントとして楽しめる以上に、時代状況がくっきりと刻印されたストーリーがすさまじく興味深い。
    水爆から生まれたゴジラがようやく敗戦から復興した日本を再び焼け野原に変えるという恐怖のビジョンは、いうまでもなくビキニ環礁事件をきっかけに沸き起こった、ふたたび戦争に巻き込まれるのではという日本国民の恐怖を反映しているわけですが、この映画で日本国民が無垢な戦争犠牲者の役を演じていることに、まず愕然とします。それほどに国民は太平洋戦争に主体性を感じていなかったのかと。
    そしてゴジラは、科学技術がもたらす危険の象徴であると同時に米国の象徴でもあるわけで、危機に瀕した日本人が水爆を上回る科学の力でゴジラを倒すというストーリーは屈折したナショナリズムの発露と見ることができる。
    この最終兵器はゴジラを倒すだけでなく海域すべてを死の世界に変えてしまうため、開発者の学者は使用をためらうわけですが、敗戦のイメージと重なりあう、たいへんエモーショナルな日本人民の被災の映像を見て心を変えるというストーリー展開になってます。
    これってつまり、日本人が壊滅の危機にあるときに原爆を手にしていたなら使用しない法があるか、ということですよね。科学者にためらいはあっても日本国民を代表する主人公2人には何の逡巡も葛藤もないのが、またすごいことだと思う。
    むろん、原水爆禁止運動を担っていた人々の中には、日本の戦争責任について主体的に考えていた人も、科学の社会的責任について市民の立場から考えていた人もいたのでしょうが、当時の人々を何よりもとらえていたセンチメントとは、やはりナショナリズムだったのだろうかということを、改めて考えさせた映画でした。

  •  今更ながらようやく「ゴジラ」第一作を見ました。
    (見たのはデアゴスティーニ東宝特撮映画DVDコレクション版です)
     第一作はモノクロなんですね。

      
     冒頭、船が謎の沈没をする事件が続く。
     良く分からない描写です。
     一体ゴジラがどうやると船が沈むのでしょうか。

      
     水中でも陸上でも呼吸できるゴジラ。
     ゴジラは鰓呼吸も肺呼吸もできるのでしょうか。
     水爆を受けると陸上でも呼吸できるようになるのでしょうか。

      
     何でゴジラの足跡に三葉虫がいたのでしょうか。
     海中のゴジラの巣の近くにはまだ三葉虫が生きているのでしょうか。

      
     芹沢博士(平田昭彦)はこんな若いのに立派な研究所の所長をしている。
     学術的実績も財力もずば抜けているようです。
     芹沢博士のプロフィールはどう設定されているのでしょうか。


     山根博士(志村喬)は、柄本明が演じてるのかと思いました。
     似てませんか?
      http://sfkid.seesaa.net/article/411096563.html

  • 解説:

    19XX年、南太平洋で行なわれた核実験によって、ジュラ紀の肉食恐竜が甦った。

    ゴジラと名付けられたその怪物は、大戸島を襲った後、東京へと歩を進めていく。

    放射能をまき散らすゴジラの前に、帝都は為す術もなく蹂躙されるかのように思われた。

    だがその時、防衛軍に一つの朗報がもたらされた。

    それは若き天才科学者、芹沢の発明した“オキシジェン・デストロイヤー”という、核を凌ぐ超兵器の存在である。

    しかし芹沢は、核の二の舞を怖れ、その超兵器の使用を認めようとはしなかった……。

    この作品によって本邦の特撮映画は始まった、と言っても過言ではない程の大傑作。

    戦争と核兵器への警鐘をテーマとしながらも、堂々たる娯楽大作に仕上がっている点は、スタッフ及びキャストの尽力の賜物であろう。

    芹沢博士の、“オキシジェン・デストロイヤーの使用”に対する怒りの絶叫が、本作のテーマのひとつである。

  • ゴジラ(シリーズ第一作目)というものを初めて観た。
    破壊的パワーを持つ恐竜っぽい巨大動物が、いきなり東京に出現して、街を踏みつけ人々を恐怖に陥れる話と思いこんでいた。が、実は、水爆実験・政治家の事実隠蔽体質・化学兵器の開発など、深いテーマに基づいた真面目な映画だったことを知る。
    本作が制作された昭和29年に既に提起されていた問題が、3.11を経た現在でも、ほとんどそのまま解決されておらず、人間というものは、なんと欲深く・学習能力が低いものだと、あらためて考えさせられた。
    ゴジラさん、あなたを、単なるウルトラマンに出てくる怪獣レベルと誤解していてごめんなさい。

  • 戦後すぐの作品で、この映画を映画館で観た人たちはきっとものすごく衝撃を受けただろうなと思います。
    だって、水爆によって生み出された得体のしれない巨大な怪獣が突然やってきて街中を壊していくってものすごく恐怖です。

    人々はパニックに陥り逃げながらも、ゴジラが襲う街に留まって「もうすぐお父ちゃんのところにいくのよ」と子供を抱えてうずくまる母親がいたり、戦後の哀しさも映し出されていてせつない。

    科学者や研究者たちの苦悩も描き出されていて、“ただの怪獣映画”の一言では片付けられない映画だと思います。

  • 戦後すぐの映画、子どもたちを抱えて「おとうちゃまのところにいくのよ」というシーンでは胸が詰まる。理不尽に破壊される街と逃げる人々。ゴジラと知らずに見たら戦争の映画だと思うかもしれない。台詞をよく聞くと、よくぞこの映画を日本で作れたものだとも思う。今の日本ではむしろ難しいかもしれない。ラストシーンも、逡巡し考えさせられるものであった。

  • いまさらながらの鑑賞。でも押さえておくべき古典。60年も前の作品だから特撮もチープですが、白黒ということもあって、味があってよいですな。

    それにしても、水爆実験で生まれた怪獣という設定のリアリティよ。この怪物を生み出したのは人間であり、その悔恨と罪悪感に苦しむ日本人の姿。山根博士も芹澤博士も皆苦悩している。戦争への反省という当時の日本人の心情をここに感じることができます。

    アメリカが作るエイリアンムービーだとこうはならない。武器の使用をためらう芹沢博士みたいな人は真っ先に死にますよw 好戦的で権利主張が強いアメリカ人には作れない物語です。

  • 終戦後わずか9年の作品なんですよね。
    想像していたほどゴジラは出てきません。
    ただその恐怖感が伝わります。
    再び廃墟となった東京のリアリティは、さすがです。

  • これだけは見とかんとなー、と長く思っていた念願を、この機に鑑賞。
    いまはその後を知っているからいいようなものの、当時の衝撃はどんなに大きかったことか。

    河内桃子も素敵。

  • 2014年8月4日観賞。1954年に公開された記念すべきゴジラ第1作。東京の南の海中に突如現れた伝説の怪物・ゴジラ。東京を火の海に変えたゴジラに対しなすすべのない人類のとった手段は・・・。さすが60年の風雪に耐える映画は違う!単なる怪獣パニック映画ではない、不穏でドキュメンタリータッチの前半は怪獣はなかなか姿を現さず、この異常事態への対応を巡って荒れる国会やマスコミの狂騒、軍の出動など今の時代を予見したかのような描写・テーマには背筋が寒くなる思いがする。いざ東京に上陸したゴジラの破壊・炎上する東京の景色は、空襲を経験した54年当時の人々にとっても大震災を経験した現代の我々にとっても決して絵空事の風景ではない。被災した児童へ対応する医師たちの絶望的な表情が印象に残る・・・。出演する俳優たちも超豪華、すごい映画だ。

  • 傑作!
    ゴジラが象徴するのは核だったり、理不尽さだったりする。
    ゴジラに対して見る者は畏怖を覚えるような感覚になる。そういう存在として描かれる。
    その後のゴジラシリーズと違って、ゴジラから逃げ惑う人々の描写が非常に残酷で、悲惨なものであり、圧倒的な破壊の後に残される人々を表現している。
    これが戦後わずか9年の作品ということに驚きを隠しえない。
    登場する人々のセリフの中で「あーあまた疎開か、やんなっちゃうな。」というのが印象に残っている。このセリフは淡々と、しかし確実に戦争の中で生きていた人々から滲み出る言葉なのだ。
    またSFの可能性を示している映画だとも思う。
    ゴジラは60年以上たっても、色褪せない、普遍的な人間と原子力の問題、さらには「人間を超えた理不尽さ」を示しているように思う。

  • ゴジラこわいけどかわいい。
    事実の公表を避けるのはどういう意図か。なめとんか。

  • ゴジラの圧倒的存在感に、モノクロ特撮だからこその怖さがある。おなじみのあのBGMや鳴き声にも、「人間の手ではどうすることもできない存在への得体の知れない恐怖と絶望」をすごく感じる。風刺やメッセージ性もたくさん。

  • シリーズ化する中でゴジラが主役化するが、第一作は人間が主役。白黒画像とあいまって怖さが伝わってくる。

  • 菅井きんさんがノンクレジットでご出演。野党?議員の役で答弁をヤジる20秒程度しか出てらっしゃいませんが、強烈な存在感を出してらっしゃいます。

    芹澤博士と尾形さんは一見宝田明の二役に見え
    、実際2人が同時に映り込むシーンは極端に少ない(特に前半)が、別人。

    そして、本当に関係ないがゴジラの東京襲撃の際、3度だけカメラに入る電車の運転士が、三島由紀夫にすごく似ている。(思わず製作年を確認したが、当時三島は18歳の筈である)

    ともかくGoogleで画像検索してからご覧になるといい。本当に似ている。


    特撮のすごさ・当時の風俗を知ることのできる映像については言うを待たない。一見の価値ありである。

  • 凄い作品でした。60年も前の日本人は濃い顔してますね〜非常に個性的で戦争を体験しているからか、皆土臭く力強さが滲み出すような顔つきです。ですが、流石に50年代…モダンでゆったりとしたシャツやスーツの形とか、ピシリと清潔感に溢れる女性達のワンピース。菅井きんさんのモガっぷりにもかなりやられました。かっこいい〜それでも草履だわ着物だわ日本刀だわ…まだまだ旧日本文化の色が濃く残っていて非常に面白い。
    1950年当時の二大大国の核開発競争や戦後の経済発展による急速な進歩の反作用としても描かれている。
    人間とは数年後、数十年後に起る災禍の遠因になると思われる事柄でも、今ここにある目先の利益を優先させて来たんですね。そういう選択が本当に正しいのか考えるキッカケを与えられた様に思います
    ゴジラ…って人間の業の被害者であり、大いなる鉄槌(天災)の象徴として描かれているんですね。とても素晴らしい映画でした。最新作も是非観ておきたいです。

  • 水爆実験によって目覚めた太平洋の怪獣ゴジラは
    東京湾から本土へと上陸を果たす
    これに対し、虐殺兵器オキシジェン・デストロイヤーを用いて抗するのが
    隻眼の科学者、芹沢博士だ

    オキシジェン・デストロイヤーとは
    ガス室のシャワーを浴槽へと置き換えたものである
    その存在を最初に知らしめたのは、芹沢の友人のドイツ人だった

    鉄塔の上でゴジラと向き合うアナウンサーは恍惚とした表情を浮かべる
    彼は、最後まで逃げることなく実況中継を続けた
    それが何を意味するかは問うまい
    ただ、彼がそうなることを望んだのは確かであり
    そこには、何らかの贖罪意識があったものと推測できる
    そう、贖罪
    芹沢博士も、戦争で死にぞこなったひとりであるが
    そういう意識でもって戦後を生きることには
    現代人にはわからない苦しみがあったのかもしれない
    日本人がかつて抱いた野心への後悔や
    本土決戦を回避したことで生ずる裏切り意識といったものだ
    そしてそれらの罪は繰り返される
    山根博士の、ゴジラ捕獲への野心や、許婚の背信といった形で

    芹沢の「特攻」は、もちろん悪魔の発明を隠匿する意図でなされたのだが
    それ以上に、こういった人間の罪に対して
    耐えきれなくなったという側面もあるように思う
    彼の魂が、水爆の申し子であるゴジラと対消滅することで
    人々の罪をほんの一瞬でも浄化することに成功したならば
    これを戦後日本のキリストと呼ばずしてなんと呼べばいいのだろうか?

    しかし半年後
    復活したのはゴジラのほうだったのである

全29件中 1 - 25件を表示

外部サイトの商品情報・レビュー

ゴジラ(昭和29年度作品) [60周年記念版] [DVD]を本棚に「観たい」で登録しているひと

ゴジラ(昭和29年度作品) [60周年記念版] [DVD]を本棚に「観終わった」で登録しているひと

ゴジラ(昭和29年度作品) [60周年記念版] [DVD]を本棚に「いつか観る」で登録しているひと

ツイートする