「スペードの3」「ハートの2」「ダイヤのエース」、3篇からなる中篇集。
宝塚歌劇団(とおぼしき劇団)のファンと構成員の3人を中心とした物語。
著者の勤務先のお話ともいえるのか。
もう20年近く前の話になるが、寒い冬の夜、有楽町の道を歩いていると、なんだか人だかりがしていて、通りにくいな、と思っていると、その人だかりのうちの一人が、どうぞこちらへ、と歩ける場所を案内してくれた。
不思議に思いつつも、そこを通っていると、私が歩いている場所の横のビルの通用口みたいなところから、誰だか女性が出てきた。人だかりのみなさんは、特に誰に規制されているのでもなさそうなのに、道路を挟んだ一角にあって、控えめに「きゃー」などといっていた。
どれだけ著名な人だか知らないが、もう少し近づいてもよさそうだし、事実無関係な私は、その人たちより、その女性のよっぽど近くを歩いていたのだが、その人たちは、なぜか整然としていて、正直なんだか不気味だった。という記憶がある。
後で調べてみると、そこは東京宝塚劇場の裏で、著者は、多分同じものを見て、同じ違和感を感じ、この本の題材としたのだろう。
単なる想像にすぎないが、この本を書こうと思った、最初の種とそこからの思考の展開が見える気がした。
スペードの3、ハートの2は少々残念。
たまたまこの本の前に読んでいたのが、「太陽の坐る場所」で、その本に使われていた、名前の読み方トリックのような技法が使われていて、比べると「太陽の坐る場所」のほうが、凝っていて面白い。
しかし、最後のダイヤのエースは、自尊心がライバルの姿を正当に認識することを拒み、そのことにより歪み続けてしまい、ついには自分を損ないかねないところまで陥りつつ、そこからなんとか立ち上がる再生の物語となっていてとてもよかった。嬉しかった。
著者は私より20歳も若い人。
結婚したり、子供が生まれたりしたら、もっと面白い本を書いてくれるのではないかと、とても楽しみである。