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感想・レビュー・書評
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30年近く前になるが、大学で政治思想史を講じていた勝田吉太郎先生の著書を通じて、自由と平等のパラドクスや多数者の専制という現代民主主義の病理に警鐘を鳴らしたトクヴィルの所説に接し、左翼気分の抜け切らない青二才の評者は目から鱗が落ちる思いがした。悪名高い井伊玄太郎訳を英訳を参照しながら悪戦苦闘して読んだものである。長らく新訳が出なかったのが不思議なくらいだが、ようやくまともな日本語でトクヴィルが読めるようになった。ウィーン体制で復活したブルボン王政が1830年の7月革命によって瓦解し、ブルジョア支配体制が確立した直後、いち早くフランス革命の精神を体現した民主主義の母国アメリカに渡り、その見聞をもとに著した本書は、民主主義論の古典であるとともにアメリカ政治文化論の金字塔と言ってよい。
ただ何分1500頁を越える大著であり、文庫本とは言え全巻揃えると結構な出費でもある。導入にあたる本巻は、今となっては常識に属する(そして一部は古くなった)アメリカの憲法体制の教科書的叙述が大半を占めており、解説書や研究書などで引用・言及されることも少ない。評者が参照した英訳は抄訳であるが、現代の視点からあまり重要と思われない本巻該当部分はかなりカットされている。トクヴィルが本領を発揮するのは多数者の専制を論じた1巻の下からであるが、これも5年後に同じ論点を文明論的に掘り下げた続編である2巻との重複が多い。本書と並び称されるバークの『 [新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき 』が佐藤健志氏の編集・抄訳でヒットしたが、暇のない社会人や金のない学生のために、本書にも抄訳版があってしかるべきと思う。
本巻で評者の印象に残った部分を挙げるとすれば、平等の進展と民主主義を積極的には信奉しないながらも、避けられない歴史の趨勢と観念し、徒らに排除するのではなく、その悪徳を緩和し美点を伸長する観点から本書執筆の動機を述べた序論や、民主主義の欠点を抑制する制度的枠組として、連邦制という一見複雑で非能率的なアメリカの政治システムを評価するところなどである。フランス革命がもたらした中央集権体制の強化に自由の圧殺を予見したトクヴィルならではの洞察が光っている。
(追記)『世界の名著』シリーズに入っていた抄訳 『 アメリカにおけるデモクラシーについて (中公クラシックス W 82) 』が復刊しました!詳細をみるコメント0件をすべて表示