目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書) [Kindle]

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著者 : 伊藤亜紗
  • 光文社 (2015年4月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・電子書籍

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目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)の感想・レビュー・書評

  • つまり一人暮らしの難波さんがパックの中身を知るには、基本的に開封してみるしかありません。ミートソースが食べたい気分のときに、クリームソースがあたってしまったりする

    こうやって何事もポジティブに捉えられたら良いですね。どうしてもネガティブに考えてしまう自分がいます。それで得することなどほとんどないのに。

    言っても残りの人生50年くらい、楽しかったと思えるような人生にしたいです。そのためには、できるだけこう言った考えたができるようになれたら、と思います。

  •  タイトルから認知科学的なアプローチを想像しましたが、むしろ障害者福祉論に近い内容でした。著者は生物学を志したが途中から文系に転向したという経歴とのことで、視覚障害者について学術的に研究しているというわけでもないようです。

     とは言え中身の薄い本ということもありません。何人かの視覚障害者にインタビューした結果をもとに、障害者を一方的に弱者として扱う従来の福祉のあり方に一石を投じる試みがなされています。

     言うまでもなく、視覚障害者の世界は、晴眼者(目が見える人)が目を閉じた状態と同じではありません。彼らが世界を認識するのに使っている手法とその特徴を知ることはおおいに知的好奇心を刺激されます。たとえば、視覚は二次元であるが彼らが他の感覚で得る認識は三次元であるため、晴眼者の方が狭い領域しか“見えて”いなかったりするなど。本書では多数のエピソードを交えてそういう違いが紹介されています。

     また、紹介されているイベント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(真っ暗闇の会場を、盲人に導かれて歩く)については別のどこかで耳にして興味がありました。いつか機会があれば行ってみたいと思います。

  • 視覚障害者の世界への一般的な入門書、かな。
    視覚障害者と付き合いのある人なら「あー、そうだねー」と頷くだろうし、視覚障害者が未知の存在である人なら「へー、そうなんだ!」と驚くだろうと思う。
    全体的に文章が柔らかいので、軽い気持ちで読みたい人におすすめ。

    著者の、「情報」ベースだけでなく、「意味」ベースの関わりも追加していきたい、という考えには納得。
    たしかに、視覚障害のある人に何かを伝えるとき、ついつい正しく詳しい「情報」を伝えようとしてしまう。それは必ずしも彼らの求めるものではないのかもしれない。
    「意味」ベースでの関わりとは、つまり、もっとお互い気楽に付き合っていこう、という解釈で良いのかな?
    そのためには、まず視覚障害者を知ることが大切。知らないものは怖い。知れば慣れる。慣れれば日常になる。

  • 障害者といわれる方々とそうでない方が、物事に対してどのような感じ方、対処の仕方の違いがあるのか、お互いの距離をどうやって縮めればよいのか。要は私たちは、障害者の方々とどのように接すれば良いのかについて、まさに目からうろこが落ちるような内容が書かれています。非常に難しい問題で、取り扱うのにも気を使うことの多いものです。それに対して、なぜ壁があるのかの理由から、それをどのようにクリアしていくのかについても、著者が接せられた方々からヒアリングされた経験などから具体的に書かれています。
    扱われているのはタイトルにありますように「目の見えない人」ですが、それ以外の身体の不自由な方々への接し方、またそもそも人との接し方について、現代人は損なってしまっていることを感じます。お互いの障害に対する努力を、語り合い、理解し合うこと、その重要さが分かる本だと思います。

  • 題材はいいが、研究ではなく取材によって書かれたもの。なので著者はこう思うとなりがち。とはいえ興味深い話も多く、個人的には実況鑑賞というべきソーシャル・ビューはちょっと面白いと思った。

  • 視覚障害者は見えない分、脳の中のスペースに余裕があり、情報を結び付ける力も高い。 また、『視点』が無い事で、表も裏も死角も無い。 欠如ではなく、バランス。むしろ我々は、見える情報に囚われ過ぎ、盲目性を帯びている。感覚を研ぎ澄ます大切さを著者は説く。 “耳で見て目できき花でものくうて、口で嗅がねば神は判らず。” “ユーモアとは視点を移動すること。” 声を出して美術作品を鑑賞する『ソーシャルビュー』ブラインドサッカーの件にある『サッカーに視力は必要無い』(確かに、ノールックパスと言うテクもある) など、「目から鱗」の気付き多し。

  • 盲目の人と健常者との違いは、ただ単に目が見えるか見えないかの違い以上に、本質的な差異があるというのが本書の主張ですが、本書に記載されている例が薄い。。。
    たとえば、盲目の人は地形を抽象的に捉えている(捉えざるを得ない)という章について東京工業大学の大岡山キャンパスを例にとって説明しています。

    行ったことがある人ならわかるかもしれないが、大岡山キャンパスは山の上にあるわけではない(少なくともキャンパス内はほぼ平坦)。にもかかわらず、著者と盲目の方が駅からキャンパス内を歩いていると、(地理的な名前と)坂を下りたので、盲目の方が大岡山キャンパスが山の頂点にあるものだと勘違いした。というエビソードを語っていますが、正直So what?と言いたくなる。

    しかしながら、盲目者に対する科学者の視点で社会的に分析した例をあまり見たことが無かったので新鮮味があった。
    特に、絵画鑑賞については面白く読めた。
    盲目の人が絵画なんて鑑賞できるのか、と思うかもしれないが、健常者が絵の内容を説明して、盲目の人もいろいろ質問して共通認識を形成していく、という方法で鑑賞するそうだ。

  • 目からウロコのことがいっぱい書かれてる。
    特に、ソーシャルビューの話が面白かった。普通、絵画鑑賞って黙ってひとりでするものだけど、視覚障害者と健常者が一緒になり、声に出して情報を共有したり、感想を言ったりして鑑賞するというもの。以前、健常者だけで美術館のワークショップで同じようなことをしたことがあるけど、意味深いと思った。
    ソフィ・カレの展覧会「最後のとき」は、実際見に行ったけど、視覚障害者の方たちの作品の感想がリアルで興味深かった。
    目が見えないということを障害と捉えるのでなく、差異を楽しむといった価値の変換が痛快。
    自分も、幼い頃から片目がほとんど見えないのを、楽しんでいた感覚があるので、あ、似てるって思った。

  • 「作品を鑑賞するときは、私たちは「頭の中で作品を作り直している」わけですが、この「頭の中の作品」はとてもやわらかい。」

    目の見ない人は、目の見える人から視覚をマイナスした存在ではない。違う感覚を使い認知している。目の見えない人を前にすると、どうしても社会的弱者として対応してしまう。その結果、対応が事務的になる。それこそ差別ではないか。ただ、これはとても繊細な話だと思う。特別視されるのは嫌かもしれないが、特別な存在である点には間違いがない。

    この本の中で、特に興味深かったのは、美術鑑賞での意見交換だ。やはり、見える人でも、作品の捉え方は違う。視覚を通して作品を頭の中で構築している。

    SHOW-1グランプリもまた、興味深い。

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