新潮 2015年 08 月号 [雑誌]

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  • 新潮社 (2015年7月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・雑誌
  • / ISBN・EAN: 4910049010853

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新潮 2015年 08 月号 [雑誌]の感想・レビュー・書評

  • 水木しげる『出征前手記』

    「静かな夜、書取のペンの音が響く。その背後には静かな夜のやうに死が横はつてゐる。この心細さよ。

    将来は語れない時代だ。毎日五萬も十萬も戦死する時代だ。芸術が何んだ哲学が何んだ。今は考へる事すらゆるされない時代だ。画家だらうと哲学者だらうと文学者だらうと労働者だらうと、土色一色にぬられて死場へ送られる時代だ。

    人を一塊の土くれにする時代だ。

    一切の自分ていふものを捨てるのだ。

    吾は死に面するとも、理想を持ちつづけん。吾は如何なる事態となるとも吾であらん事を欲する。

    吾を救ふものは道徳か、哲学か、芸術か、基督教か、仏教か、而してまよふた。道徳は死に対して強くなるまでは日月がかかり、哲学は広すぎる。芸術は死に無関心である。


    俺は画家になる。美を基礎づけるために哲学をする。単に絵だけを書くのでは不安でたまらん。

    前に哲学者になるやうな絵描きになるやうな事を書いたが、あれは自分で自分をあざむくつもりに違ひない。哲学者は世界を虚空だと言ふ。画家は、深遠で手ごたへがあると言ふ。(中略)之ぢや自分が二つにさけねば解決はつくまい。

    時は権力の時代だ。(中略)こんな時代に自己なんて言ふ小さいものは問題にならぬ。希望だ理想だ、そんなものは旧時代のものだ。(中略)時代に順ずるものが幸福だ。現実をみよ。個人の理想何んて言ふものは、いれられるものではない。恐ろしい時代だ、四方八方に死が活躍する。こんな時代には個人に死んでしまふ事だ。

    私の心の底には絵が救つてくれるかもしれないと言ふ心が常にある。私には本当の絶望と言ふものはない。

    唯心細さと不安の中に呼吸をする。なにくそなにくそどんなに心細ても、どんなに不安でも己の道を進むぞ。四囲の囲ひを破るのだ。馬鹿、馬鹿たれ、馬鹿野郎。(中略)黙れ、黙れ、吾が道を進むのぢや。己の道を造るのだ。

    生は苦だと言ふ事。明白に知る事が必要だ。生ある限りは戦である。休息は死だ。本当に死程幸なものはないだらう。(中略)生とは活動である。死とは休止である。生ある限り戦ふ事だ。」



    去る5月末に、水木しげるの原稿用紙38枚にわたる手記が72年の時を隔てて発見されたそうです。

    それは、彼が南方戦線・ラバウルへ出征される1943(昭和18)年の前年の10月から11月に書きつけられた模様で、20歳の水木しげるは、徴兵検査に合格した後で、もうすぐ戦争へ行かなければならない覚悟の時期でした。次の春には鳥取の連隊へ、そして南方へと送られます。

    抜粋を先程から読んで、二度、三度、四度、五度・・・もう何回読んだかわかりません。読んでいるうちに、その時の水木しげるが憑依したよに、身体全体がブルブル振え手や脇の下や顔から汗か涙か涎かわからないものが溢れだし、目の前が真っ白になりそのうち震えが止まらなくなり、自分が回っているのか自分以外の外界が回っているのかよくわからないような感じになって、気がついたら5、6分間気を失っていたようです。母が、何か叫んだり嗚咽をあげていたみたいよといいますが、まったく記憶にありません。

    何人ものこういう手記を読みましたが、水木しげるの凄さは際立っています。

  • 後の花[新連作]/古井由吉
    春の寒気に、特攻機と少女を思う。季節の移ろいが「永遠の今」を現前させる小説の豊饒。

    メメント・モリ[250枚]/原田宗典
    精神の失調、自殺未遂、麻薬逮捕、家庭崩壊、大震災……死を想いながら、それでも小説家は生きて書いてゆく。十年ぶりの復活長篇。

    ■ 川端康成文学賞受賞第一作 ■
    病棟の窓/大城立裕
    妻の脳梗塞に続き、老作家は骨折で入院することに。それでも繊細に、豊かに、生は続く。

    赤い風船/森内俊雄
    禊/藤沢 周

    ■■ 連載小説 ■■
    荒れ野にて(八)/重松 清
    薄情(十二)/絲山秋子
    長流の畔(十三)/宮本 輝

    ■新潮
    ・パンテオンの式典に参列して/小野正嗣
    ・霧の晴れ間に/谷崎由依
    ・詩を漫画にする 中也と秀雄を描く/月子

    ◆第48回《新潮新人賞》応募規定

    ■■ 新発見 ■■
    水木しげる出征前手記/解説・中条省平
    召集直前、二十歳の青年は死の予感に打たれながら、生への、芸術への想いを書き綴った。国民的漫画家が戦中に刻んだ精神の記録。

    ■ 対談 ■
    古典=現代を揺らす/町田 康×古川日出男
    漂白された「物語」を豊かにするために。古典と対峙する同時代作家の刺激的な初対話。

    『風と共に去りぬ』の謎を解く/鴻巣友季子
    第一回・パンジー・ハミルトンの奇妙な消失
    僕達の勝敗 戦後七十年に寄せて/ミハイル・シーシキン  奈倉有里・訳
    温室を襲う雨と雪と風 ――追悼・杉本秀太郎/片山杜秀
    ジャン=リュック・ゴダール、3、2、1、 [第五回]/佐々木敦
    石川啄木[第十四回]/ドナルド・キーン  角地幸男・訳
    島尾ミホ伝 『死の棘』の謎[第二十七回]/梯 久美子
    小林秀雄[第二十四回]/大澤信亮
    地上に星座をつくる/石川直樹
     第三十三回・未知の山、K2へ
    見えない音、聴こえない絵/大竹伸朗
     第一三一回・濡れる絵の匂い

    ■本
    ・赤城修司『Fukushima Traces, 2011-2013』/太田靖久
    ・カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』/小山田浩子
    ・中村文則『あなたが消えた夜に』/倉本さおり
    ・荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の漫画術』/高橋弘希
    ・舞城王太郎『淵の王』/三輪健太朗

  • 文学誌を普段購入することがまずないのだが、水木しげるの「出征前手記」が気になって初めて購入。

    「出征前手記」は水木しげるが戦争に徴兵される不安に慄く満20歳のときに書かれた手記であり、当時様々な哲学・思想書に沈溺していた彼の世界観がありのまま伝わってくる。

    ある日の手記。

    「自我を否定する時は今だ。この環境がこぞつて我を滅ぼさんとする時、泣かずわめかず自我を否定して怠らざるべく努めるは今だ。耐へるのは今だ。自我はかうした事件(召集令)にその強さを発揮する」(p146)

    そしてまた別の日の手記。

    「人と生れた以上は矢張り自分と言ふものを持たなくてはなるまい。いや、自分の道というものを・・・・・・。どんなに苦しくてもいいぢやないか。戦はう。戦はう。戦つて戦つて戦ひぬかうではないか。さうしたら道もひらけよう。不安が恐ろしいか。混乱が恐ろしいか
    。死が恐ろしいか。恐ろしければ勇気を持つて、苦しければ忍耐を持つて。」(p156)

    自我を否定したり、肯定したりという思考の逡巡に、この当時の若者が置かれていた壮絶な内省の世界を知ることができる点で、「きけ わだつみのこえ」のような資料的価値のある手記。

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