やがて哀しき外国語 (講談社文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 村上春樹氏の、米国滞在中のエッセイを本にしたもの。かれこれ25年ほど前のものです。

    今は押しも押されぬ日本の代表的作家として、すわノーベル賞獲得かと近年噂されることも多い氏ですが、本作執筆時に既に40代半ばながら、まだまだ瑞々しさというか、なりゆきで作家になったんだというなんだか新人作家の弁解のような空気が漂う作品。

    ・・・
    ひさびさに再読して強く感じたのは、ひらがなの多用。
    個人的には、どうもワードプロセッサーを使うようになると、メールでもレポートでも漢字への変換は基本的にソフトウエアが担当してくれるわけで、漢字を敢えて使うことが増えてきてしまう気がします。

    でも、今回本作を読み、村上氏はそうしたつまづきもなく、やわらかい文章を奏でているように感じました。

    「あまりにも(余りにも)」「なんだか(何だか)」「そのうえ(その上)」「まったく(全く)」など。ぱらぱらと振り返るだけでたくさん出てきました。奇しくもすべて副詞でした。で、こうしたひらがなを使うことで、氏の飄々とした雰囲気や、かしこまらない感じがよく伝わるなあと感じました。

    ちなみに私が勤める金融機関の方々は漢字が大好きです。しっかりとすすめてまいります、という文なら「確りと進めて参ります」、進捗が良くないながらも何か材料がある場合は「足元進捗は不芳乍ら(あしもとしんちょくはふほうながら)」(この「ながら」が、いかにも)、何かと基準や考え方を合わせる(be in line with)と言いたいときは99%「平仄を合わせる」等々。ほんと、固いなあ。

    ・・・
    また、あとがきにあるように、外国に住むことで芽生える日本語への意識やその気持ちの変化という話も興味深いものでした。併せて、「さらばプリンストン」にあるように、米国学生による日本文学の評論の採点のために、英語に翻訳された吉行淳之介の作品を読んでみて、原作と英語版との「ゆらぎ」にちょっとした違和感を感じたり、でもそれもそれで仕方ないと独りごちたり、言葉への感覚にスイッチが入る瞬間の描写は膝を打つものでした。

    この手の話は異文化受容の時にはしばしば出てくる話ですよね。日本人が作るフレンチは本当にフレンチなのか、外国文学の翻訳を読むことでその作品を理解することは可能か、等々。個人的には100%完全な理解はできなくても、それでいいんじゃないかな、というのが意見。だって同じ日本人だってお互い理解しあえるかどうかは分からないじゃないですか。もちろん同じ言語を使えて同じ文化を共有できれば、より理解できる可能性は高いのでしょうがね。

    ・・・
    もう一つだけ。
    「ヒエラルキーの風景」で語るいわゆる「駐在組」ちょっとおかしい人が多いというお話。私は官僚のお友達はいないのですが、村上氏がしばしば遭遇したという、共通一次のテストの点数を初対面の人に誇示する官僚たち、これには驚きました。それ以外にも大企業に勤める「何をそんなにエバっているんだろうと思う人が散見される」、ひいては『日本は、僕が想像していた以上にエリートが幅をきかせている国だったんだ』という驚きのも、心当たりアリです。

    9年前に初めてアジアで働き始めた時の直属の上司はラ・サール→トーダイの方で、「アジアの英語は英語じゃないから」と現地ローカルの発音を批判する割には、「おまえもな」という程、本人は日本人発音でした。ローカルの部下への批判は厳しいわりに、本人はゴルフにのみ熱心で、夜の8時から社用車で打ちっぱなしに向かうこともしばしばな方でした。

    まあこの手の話は湿っぽいし、無尽蔵にあるのでやめておきます笑 でも、海外に出ると急に気の大きくなる輩ってのはは確かにいますね。まあ私のことやもしれませんが汗

    ・・・
    ということで、村上氏の米国滞在中のエッセイでした。ユーモアのセンスや目のつけどころが面白い、味のあるエッセイでした。

    日本語、外国語、米国文化等に興味のある方にはお勧めできる作品だと思います。

  •  この方の文章はいつも自然体ですごく親しみを感じる。いくつになっても「男の子」でいたい。その3要件がまた可愛い!なんと、スニーカー、床屋、言い訳をしないことなんだそう。米国プリンストン大のあるケンブリッジでの自然な生活がこの著者には非常に似合う。そこで出会った日本人エリートたちの日本の出身大学、所属役職、そして何と入試偏差値の話が出てくるという姿には同じ日本人として恥ずかしささえ覚えた。米国人学生たちが、庄野潤三「静物」、安岡章太郎「悪い仲間」「海辺の光景」、吉行淳之介「木々は緑か」を読んで日本語のレポートを書く!脱帽である。この吉行の文を英語訳で読み、それを再び日本語に訳しなおして、原文との読み比べが出てくる。そこから出てくる日本文の特徴が面白かった。

  • エッセイも愉快でいいです。

著者プロフィール

1949年京都府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。79年『風の歌を聴け』で「群像新人文学賞」を受賞し、デビュー。82年『羊をめぐる冒険』で、「野間文芸新人賞」受賞する。87年に刊行した『ノルウェイの森』が、累計1000万部超えのベストセラーとなる。海外でも高く評価され、06年「フランツ・カフカ賞」、09年「エルサレム賞」、11年「カタルーニャ国際賞」等を受賞する。その他長編作に、『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』『街とその不確かな壁』、短編小説集に、『神の子どもたちはみな踊る』『東京奇譚集』『一人称単数』、訳書に、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『フラニーとズーイ』『ティファニーで朝食を』『バット・ビューティフル』等がある。

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